大喧嘩の理由は
「全く、情けないですわ。私たちってこんなに生活力がなかったとは……」
「言うなよ、もう」
ロランが恨めしそうに私を見た。
「いくらなんでも大工仕事ぐらいは出来ると思ってたんだけどなぁ……僕らは貴族の子なんだと改めて思わされた。情けないなぁ……」
ロランは本気で悔しがっている口調だった。
既にしてこんな感じなのに、私たちはこの村でちゃんとやっていけるのだろうか。
私たちはなんとなく不安に思いながら、やっとこさ村としての体裁を保っているセントラリア村の一角を歩いていた。
もう夏も半ばになり、空の向こうには入道雲がむくむくと育っていた。
ハノーヴァーに蓋をするかのように空を覆っていた山背も、本格的な夏が来るとどこかへ去り、からりとした太陽の光が降り注いでいた。
「うっ、暑いですわね……」
「まだ午前中なのに、今日も暑くなるなぁ」
ロランが老人のように言った、その時だった。
「この野郎、ぶっ殺してやる!」
――この暑さよりもなお暑苦しい男の胴間声が路地の方に弾け、私たちは同時に声のした方を見た。
「なんですかね、喧嘩――?」
「アリシア、行こう」
ロランに促され、私たちは同時に駆け出した。
セントラリア村は、村というよりはいまだ数軒の農家の寄せ集めでしかない。
少し走ると、すぐに険悪な雰囲気で怒鳴り合う二人の男たちの姿が見えた。
顔を赤黒く変色させ、もうひとりの男に噛み付くように怒鳴っている男の腕を、年若い女が必死に引っ張っている。
反対に、怒鳴られている方の男の肩を掴んでいるのはルーカス村長で、村長はお互いをどうにか宥めようとしている。
「ヨーゼフ、畑を荒らしやがったな! あの畑はナミラが丹精込めて作った畑なんだ! 今日という今日はお前をブッ殺してやるぞ!」
「呼びつけておいていきなりなんだよ。証拠があるのか、レオ? 俺がやったという確たる証拠が!」
「おっ、おい! 二人とも、いい加減にしないか……!」
ルーカス村長はほとほと困ったような表情で気弱な大声を上げた。
どうにも、こういう仲裁ごとには慣れていないらしい。
事実、二人の方もルーカス村長を無視したかのように遠慮なく怒鳴り合いを続けた。
「こんなことをするのはお前らと仲間以外にいるわけねぇだろ! この野郎、この期に及んでしらばっくれるつもりか!」
「しらばっくれる? はっ! しらばっくれるも何も、俺がやらなくたって、遠からずお前らの畑なんてああなってるだろうさ! 当然だろ!」
「お、おいヨーゼフ……!」
ルーカス村長が男の発言を咎めるように険しい声を発した。
だが、その言葉に相手方の男はますます激情し、真っ赤だった顔が更に赤黒くなる。
このままだと殴り合いの大喧嘩になると思った時、ロランが大声を浴びせた。
「おい、お前たち!」
その場にいた全員が、はっとロランを見た。
「ろ、ロラン様……!」
「一体何があった? この領地内のどこでも農民同士が傷つけ合うのはご法度だぞ」
「誰だよ? いきなり出てきてなんだ、お前?」
女に手を引かれている方の若い男が、肩で息をしながらロランを睨みつけた。
女は怯えたようにロランを見る。
「僕はロラン・ハノーヴァー。グウェンダル・ハノーヴァー辺境伯は僕の父だ。この僕の見ている目の前で殺すだのなんだの、不穏な物言いは看過できないな」
「はっ、ハノーヴァー……!?」
怒鳴られていた男の方が、驚いたような声を発した。
その声に、怒鳴っていた男の方も怒りを忘れたようだった。
男が一瞬目を丸くした途端、女が男の腕を引っ張り、ひしとその背中を抱き締めた。
ぎょっと後ろを振り返った男に、女は泣きそうな表情で首を振った。
その所作を見て、何故なのか怒鳴られていた男の方が悲しげに女を睨みつけた。
女の方はその視線を受け取り、必死の形相でまた首を振る。
「……いいか、レオ。何度も言うが、あの畑は俺たちは絶対に認めないぞ。お前らがあの畑を諦めない限り、俺じゃなくても誰かが同じことをやるさ。それを忘れるな!」
何度も何度も男を人差し指で指しながら、男は釘を刺すように言うと、くるりと踵を返してその場を去った。
レオ、と呼ばれた男がギリリと歯を食いしばり、悔しそうに去ってゆく男の背中を睨みつける。
しばらく、殺気立った雰囲気が落ち着くまでに時間がかかった。
男が完全に見えなくなると、ルーカス村長がロランに向かって軽く頭を下げた。
「すみませんロラン様。お見苦しいところを見せてしまって……」
「別に気にしなくてもいいさ。止めてなかったら大事になりそうだったしな」
「本当に、私はこういう揉め事の処理には不慣れで……本当は村長である私が解決せねばならない問題なのでしょうが……」
ルーカス村長はそこで疲れ果てたようにため息をついた。
この間から思っていたのだけれど、どうもこの人は人の上に立つような人ではない。
繊細で線が細く、リーダーシップを発揮してぐいぐい人を引っ張っていくようなポテンシャルがある人物ではないようだ。
ルーカス村長は先代の村長の息子ということでその職を継いだらしいが、どうにもその職は重すぎる気がしないでもない。
「ルーカス、仲裁ありがとう。あとは僕らがこの件を聴取する。悪いが君は席を外してくれ」
「申し訳ねぇことです。……おいレオ、ロラン様にあまり噛み付くんじゃないぞ」
これ以上面倒事をややこしくしてくれるな、という意思がありありとわかる声で、ルーカス村長は男に言った。
レオと呼ばれた男は無言を貫いた。
村長が立ち去ってから、私は遠慮がちに男に声をかけた。
「あの」
いまだに怒りが収まらない男に話かけると、男が燃える瞳を向けてきた。
その目に少し気圧されながら、私は諦めずに口を開いた。
「落ち着いて、落ち着いてください、ね? ……なにか揉めていらっしゃったようですけど、何がありました?」
宥めることを優先に声を出すと、男の殺気がゆっくりと萎んでいった。
「……彼女の、ナミラの畑が誰かに荒らされたんだ。今回で三度目になる」
男が呻くように言った。
「獣じゃねぇよ、人間にだ。俺たちがやろうとしていることを邪魔しようとしている人間が村にいる。あいつら――ヨーゼフ以外にこんなことをする奴らはいない」
畑を荒らす――何故そんなことを?
私が問おうとすると、男は力が抜けたようになり、そのまま地面に座り込んだ。
男はがっくりと肩を落とし、悲壮な声で嘆いた。
「ちくしょう、なんでだ、なんで俺たちの畑が荒らされなきゃいけない? 俺たちはただ、あの馬鈴薯をこの村に根付かせようとしてるだけなのに……」
「馬鈴薯?」
私の声に反応して、男が私をゆっくりと見上げた。
「なんだ、アンタ……知ってるのか、馬鈴薯」
「えぇ、もちろん。なるほど、なんとなく経緯がわかりました」
馬鈴薯、か。なるほど、この喧嘩の原因があの作物なら、問題は根深そうだ。
私は男を見て言った。
「私、アリシアと言います。彼――ロランの婚約者で、この村に先程移住してまいりました。もしよければ、どこかでお話を聞かせていただく事はできませんか?」
男と女は顔を見合わせた。
やがて男が何度か頷き、立ち上がってズボンの尻を払った。
「……貴族様をもてなすような家じゃないぜ、ここの村はどこでもな」
それだけ言うと、若い男がのしのしと歩き出した。
女の方も少し戸惑ったように男の背中を見てから、申し訳無さそうに頭を下げて男の後を追った。
「面白そう」
「続きが気になる」
「頑張れ農協聖女」
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