悪魔のリンゴ
秋も近づいた夏の暮れ。
とある村の郊外にある畑で、ごそごそと蠢く数人の人影があった。
彼らは皆一様に灯りも付けず、闇夜を這い回るように動いた。
彼らの目的は、畑一面に植えられたとある作物だった。
彼らは持ってきた鍬や鋤を振るい、呪いの言葉とともに次々と畝に振り下ろした。
土塊が飛び散り、そして土の中に眠っていた、赤茶けた塊が飛び出した。
彼らはその半球状の礫を憎々しげに一瞥すると、靴の踵で踏み潰した。
ぐしゃ、と、ほとんど抵抗もなく、礫は土と泥に塗れた。
彼らは同じ作業を繰り返し、畝を荒らし畑を荒らし、出てきた礫を踏み潰し、蹴散らした。
小一時間も経つと、それほど大きくはない畑は見るも無残に荒らされ、そこに植わっていた作物の殆どは彼らによって踏み潰された。
あらかた全ての作物を荒らすことに成功すると、彼らは顔中の汗を拭うこともなく逃げ出した。
誰かが振り返り、畑を一瞥した。
「悪魔のリンゴは滅びたり!」
その呪いの言葉は、ふと強く吹いた夜風によって掻き消されていった。
◆
「よし! なかなかいい出来だな!」
シャツの袖を捲くり、慣れない大工仕事に精を出していたロランが満足げに言った。
その手には金槌が握られており、隙間の空いた寝室の壁には分厚い板が打ち付けられていた。
「うんうん、やってみるとなかなか大工仕事は楽しいもんだなぁ。自分で家を作るって事がこんなに楽しいとは。今後は大工でも趣味にしてみようかな」
「もしもし、ロラン様」
同じくこの館に引っ越すことになったリタを手伝い、雑巾で柱を磨いていた私は腰に手を当ててロランをたしなめた。
「家を作るって、ただ一枚板を打ち付けただけじゃないですか。それに釘がまだ飛び出てます。きちんと打ち込まないと怪我をしますよ」
「ちぇ、アリシアは手厳しいなぁ……そういう君は随分手際よく掃除をしているんだな」
「えぇ、これでも聖女見習いの頃は聖女様の身の回りの世話をしておりましたから。掃除、料理、洗濯……一通りのことは出来るつもりですわ」
私がえっへんと胸を張って言うと、リタが絶妙なタイミングで言った。
「アリシアお嬢様、拭き残しがありますが」
……まったく、リタは意地悪だ。
私がばつ悪く振り返ると、ロランが実に嬉しそうにケラケラと笑った。
「一通りのことは出来る、本当かな?」
「惣領様もその辺にしておいてくださいませ」
リタが呆れたように言った。
「第一、貴族の子弟であるお二人がわざわざこんな作業をするものではございませんわ。貴族は貴族で、平民は平民でやるべきことは違いますのに」
「君の言ってることはわかるよ、リタ。でもこれはあくまで僕らがこれから始めることの第一歩なんだよ」
ロランはよくわからないことを真剣な口調で言った。
「僕らも晴れてこの村の一員となるんだ。今からある程度のことは自分でもやっていかないといけないからね」
ルーカスに相談してから一週間、私たちは壊滅した四つの村の中でも中央部に位置するセントラリア村に移住する準備を始めていた。
衛兵や侍女の選出から始まり、私たちの当座の着替えや荷物、私の本などを満載した荷馬車は、一日二往復して村に物資を運び込んだ。
私たちが当座の宿とする館は、昔とある素封家の別宅として建てられた、湖のほとりにある風光明媚な館だった。
傷みは酷かったが、掃除をし、たまの雨漏りや隙間風に全力で目を瞑れば、住むのに問題はなさそうだ。
これが私たちの当座の宿か……と考えれば力が入るのも当然で、私とロランは張り切って館の補修や掃除に打ち込んでいたのだった。
「お志は立派ですけれどね、惣領様」
リタはあくまでドライな口調で言った。
「お言葉ですが、その釘はその壁には少々長すぎます」
「うっ……」
「おそらく、隣の部屋の壁から釘が突き出ていることでしょう」
「あ……」
「それにお嬢様、そこはもう乾拭きが終わっておりました」
「えっ、そ、そうなの……?」
「全くもう、大工や掃除ごっこもいいですけれど、お二人にいられては却って仕事が増えます。もうここは私たちに任せて、どうぞ村の見回りにでも出てくださいませ」
クスクス……と周りの侍女や村人の苦笑が聞こえてきて、私たちは居た堪れない視線を交錯させた。
「……村の視察に行こうか、アリシア」
ロランの言葉に、私も頷く他なかった。
「面白そう」
「続きが気になる」
「頑張れ農協聖女」
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