移住計画
「ようこそお越しくださいました、ロラン様。この村の村長をしております、ルーカス・ファレルです」
「ああよろしく、ルーカス。こちらは婚約者のアリシアだ」
そう言って握手を求めてきたのは、三十代前半と見える男だった。
それなりに好男子に見えるものの、その目はどことなく陰が差していて、日々の農作業のために厚く張った両肩には莫大な疲れが乗っているように見えた。
「君とは初めまして……ではないな。この村の視察に僕が同行したのは二年前だったかな?」
「ええ、私が村長になったのは飢饉から二年目のことでした。そのときに一度、ロラン様にはお会いしているはずですから」
覇気なく言った男は、私とロランに椅子を勧め、自分も破れたソファに座り込んだ。
村長にしてはずいぶん若いが、先の飢饉から程なくして村長が死ぬと、今は非常時ということで、そのままその息子のルーカスがその職を継いだという。
それなりに清掃は行き届いているらしいが、あちこちに傷みが来ており、なんだか村の現状を示しているかのようにあちこちくすんで見えた。
男はソファに座るなり、太いため息をついた。
ロランはそんな男を見て、その労をねぎらうように言った。
「どうだい、ルーカス。村の復興は進んでいるかい?」
「見ての通り、と言ったところです。相変わらず痩せた土地でしてね、私も参ってるようなところでして」
ルーカスはそう言って視線を俯けた。
「遠からず二回目の入植希望者が入ってくる予定なので、残された畑を一人一町歩ぐらいに切り分ける予定なんですがね……どうにも荒れてしまって、どこが畑だったのかわからなくなった場所もちらほらです」
「そんなに荒廃しているのか……畑の復興は? 誰がやってる?」
「俺たちが順繰りにやってはおりますが、どうにもまだ畑の実りもうまくねぇんでね。本格的な開墾は入植者が来てから、ということになりそうです」
そこでルーカスは再び太いため息をついた。
ルーカスの張りのない言葉には、これからやってくる秋、そして長く厳しい冬への懸念があるように感じた。
確かに、この村の現状では、食べていくのがやっとどころか、その食べていくものにも事欠くだろう。
「今、セントラリア村にはかき集められた生き残りと入植者が八十人ほどいますが、根本的に土地が痩せていてどうにも麦が育ってくれない。厩肥もそれほど多くは出来てませんからな。今年の夏はそこそこ天候が安定してはいますが、麦は慢性的な不作です。今年は麦の作付けを減らして、カブだの豆だの、糧ものの方を増やそうかという話も出てきています」
ルーカスはひとしきり喋ると、再び疲れたようなため息をついた。
どうも、この村の復興は想像より遥かに遅れ気味であるらしい。
やはり、村を復興するには、私たちの方も中途半端な気持ちではいられないようだ。
「そこでだルーカス。手紙でも連絡したが、今日は実は君たちに相談があってやってきたんだ」
ロランが口火を切り、ルーカスが顔を上げた。
「はい――なんでございましょう、ロラン様」
「実はね、僕とアリシアなんだけど、しばらくこの村に移住しようかと考えてるんだ」
「は、はぁ――!?」
その言葉に、ルーカスが仰天した。
「い、移住……!? ロラン様と奥方様がですか?!」
「流石に完全にここに住む、ってわけじゃない。寝起きの場所をこっちに移す、という意味だ。ハノーヴァーからこの村までは馬車で半日の工程だし、往復するたびに時間がかかりすぎるし、それに――」
「私たちがこの村の復興の責任者になる上で、何も知らないのに上から指図するようなことだけはしたくないんです」
私がロランの言葉を引き取って言った。
「ルーカスさんや村の皆さんは、今まさにこの村の復興という困難に立ち向かっている。いくら私たちがこの村の領主の一族だからといって、実態を知らないままでは復興が進むとは思えません。私たちもみなさんと問題をある程度共有したいんです」
私が言うと、ルーカスは困ったように明後日の方向を向いた。
「しかし、ここには貴族様が住むような場所は――」
「村の中に空き家はある。ある程度は衛兵や侍女も連れてくるから心配はない」
「食べるものは?」
「それも屋敷からある程度は届けさせる」
「しかし、やっぱりこんな辺鄙な村に――」
「なぁルーカス、僕たちはここに来る間に、一人の遺体を見たんだ」
ロランが語り出すと、ルーカスが口を閉じた。
「彼が飢饉で死んだのは、明確に僕ら領主の責任だ。数多いる領民を食べさせられず、彼を死に追いやってしまったのは七年前の僕らなんだよ。そして、僕がこの村の復興の責任者になるということは、彼らの無念も背負い込むということなんだ」
ロランの口から、おそらく正直な気持ちなのだろう言葉が溢れ出した。
私は黙ってロランの言うことを聞いていた。
「僕らはもう子供じゃない、少なくとも僕は自分を大人だと思ってる。だからいつまでも何も知らない少年のままではいたくない。僕らは責任を持ってこの村の復興をやり遂げたいんだ。頼むよ」
最後は懇願するような口調でロランは言った。
しばらく、頭の中でなにかの算段をつけていたらしいルーカスは、やがてゆっくりとため息をついた。
「わかりました。ロラン様や奥方様がそこまで仰るなら、私はお止めできません。村に古い館があります。掃除と補修すれば住めないことはないでしょう。村の人間総出で掃除しておきますよ」
そこでルーカスはやっと笑顔を見せた。
この人たちは本気なのか、と言いたげな、驚きと呆れが入り混じったような笑みだった。
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