前を向かねば
その言葉に、カールは驚いたように顔を上げた。
そして、ロランの視線に怯えたように身体をよじって、それから逃れようとしたように――私には見えた。
「オスカーから聞いたよ。君の奥さんは、オスカーの弟妹と共に口減らしのために死んだと。あの年、君の家はこの村でも一番追い詰められていた。だから奥さんは一番悲しい選択をしてしまった。そうだね?」
「や、やめてくだせぇ……あのときのことは思い出したくねぇんです」
カールが両手で顔を覆った。
「カール、君が戦わなければならないのは、畑の病気じゃない。過去だ。奥さんを死なせてしまったから、君はずっと自分を罰するために救いを拒否してる、違うかい? でも、それじゃあいつまで経っても、奥さんも、君の子供も浮かばれないよ」
ロランは決して声を荒げたりはしなかったが、その言葉には不思議と説得力があった。
まるで自分もカールと同じであるかのように――莫大な後悔を背負って生きている人間の苦悩を知り抜いた言葉であるように聞こえた。
ロラン、この人は一体――。
私が驚いている前で、ロランは顔を覆ったままのカールの背中に手を回し、諭すように言った。
「カール、前を向くんだ。君にはまだオスカーという守らなければいけない存在がいるじゃないか。君がいつまでも過去のことに苦しんでいるから、オスカーだって君を救おうと必死になっているんだ。そしてそのオスカーの頑張りで、僕たちはその青い石を手に入れることができた」
カールが顔を上げた。
黄色く濁っていた白目が真っ赤になっている。
「青い石……倅の言ったことは……本当だったんでやすか?」
「ああ、僕とアリシアがコルス鉱山で見つけた。あの石は夢でも幻でもなかった。そうだよな、アリシア?」
ロランの言葉に、私も大きく頷いた。
「コルス鉱山からあの石の採掘許可も頂いています。オスカーの言っていることは真実で、嘘ではありません。元聖女候補である私が保証しますよ」
私が言うと、カールがはっとした表情を浮かべた。
「聖女様――!? すると、あ、あのときに来た聖女候補の女の子が、奥方様だったんでやすか!?」
「聖女は妹に譲って、元候補、ってだけですけどね。でも、七年前のあの時、この畑であの青い石を使った時、私は先代の聖女様とこの村に同行していました。あの癒やしの力が聖女様の祈りの力でなかったことは、私が保証できます」
私は更に言った。
「先代の聖女様は、祈るより行動せよと常々仰っていました。今がその時ですわ、カールさん」
カールの目に光が戻った気がした。
カールは熱に浮かされたようにぼうっとした顔で、ロランと私の顔を交互に見つめた。
「父ちゃん……」
と、そのとき。
オスカーの声が聞こえて、私たちは声のした方を振り返った。
オスカーが、不安そうな表情で土手の上から父親を見下ろしていた。
ただならぬ雰囲気の私たちを見て、オスカーは何が起こったのか察したらしい。
少し迷うような素振りを見せてから、オスカーは土手を駆け下って父親の隣に立った。
「オスカー……お前、あの青い石を手に入れただか?」
カールが聞くと、オスカーは大きく頷いた。
「そうだよ、父ちゃん。アリシア奥様とロラン様のお陰だよ。あれはカルカンサイトっていう石だったんだ。スヴェン叔父さんと一緒に確認もしたよ」
カールの顔が歪み、皺だらけになった目から一滴の涙がこぼれ落ちた。
そのまま、カールはオスカーに身体ごと向き直り、がっくりと頭を下げた。
「すまねぇ、オスカー。堪忍してくれ……!」
突然の謝罪に、オスカーは驚いたように父親を見た。
「ロラン様と奥方様から聞いただ。おらは、おらは、ずっとお前が嘘をついていたものだと……。それでもお前は、あの青い石を、おらのために見つけてきてくれただか……!」
「や、やめてよ父ちゃん! 急にどうしたんだよ!?」
オスカーが慌てて父親の肩をさすった。
カールはくしゃくしゃの顔を上げ、泥汚れで黒ずんだ手でオスカーの頭を撫でた。
「ロラン様がおらに言うてくださった……あいつが死んでから、おらはずっとあのときのことを恨んでいた。もっと早くあの石があれば、畑は蘇って、あいつは口減らしなんぞしないで済んだんじゃねぇかと思うと、恨めしくて憎らしくて、あれは幻だったんだと、起こったことに蓋をしてな……」
今しがたロランが言った通りのことをカールが言った。
ロランは痛ましい表情でカールを見つめていた。
「けれど――それじゃあいけねぇんだ。おらにはまだお前がいる。孝行なお前のために、おらだって諦めねぇでまだまだ頑張らなきゃいけねぇ。死んだあいつのためにも、おらが諦めたらいけねぇんだもんな……」
カールはしみじみと言い、背筋を伸ばして、大きく息を吸った。
オスカーはそんな父親の表情を、張り詰めたような表情で見上げていた。
カールはオスカーの頭から手を離し、私の手を両手で包み込んで、頭を垂れた。
如何にも農民のそれらしい、節くれだって、分厚い皮を感じる両手だった。
「奥様、いや、聖女様。お願いがありやす。どうぞ、どうぞそのお力とお知恵でこの畑を癒やしてくだせぇ。おらにできることならなんでもしますだ。どうか――どうか、この畑を、おらたちをお救いください」
ここからそろそろ農協聖女が無双乱舞します。
「面白そう」
「続きが気になる」
「頑張れ農協聖女」
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現在、ポイントがめちゃくちゃ滞っているので何卒よろしくお願いいたします。





