夢への第一歩
「ほほう、これが蜂箱でがすか」
グスタフは運ばれてきた蜂箱を見ながら感心したように唸った。
養蜂の試験に手を挙げた村人たちが二十人ほど集まり、蜂が満載された蜂箱を感心したように眺めている。
蜂箱は見たところ、三十センチ程度の正方形の箱を重箱状に積み上げるような形で作られたもので、中の蜂が騒いでいるのがゴソゴソと音がしていた。
「これが我々が近頃主流にしている重箱式巣箱です。他の地域ではまだ編み籠での養蜂が一般的ですが、こっちの箱式の方が採蜜には適しています。今までの籠での養蜂だと採蜜の際に全ての巣を破壊して、蜂も殺してしまいますからな」
「では、この巣箱ならばその心配はないと?」
「ええ、採蜜の際はこうやってこの箱の隙間から糸や針金を差し込んで、ひと箱分の巣を切り取ります」
ダグラスは箱の隙間を指で示した。
なるほど、この方式なら蜂蜜も蜜蝋も、巣を完全に破壊することなく効率よく手に入る。
養蜂家の知恵は凄いものだと私は素直に感心した。
「素晴らしい工夫ですね。この工夫もあなた方が?」
「いえいえ、これもアニエス奥様の発明です。全く、あの方は貴族の奥方様でありながら、誠に素晴らしい知恵をお持ちの方です」
ダグラスは手放しでアニエス夫人を褒めていた。
叶うことなら後で会って話でもしてみたいものだと私は思った。
「採蜜はいつ頃がいいんでしょうか?」
「この巣箱は採蜜を終えたばかりの巣箱です。分蜂と言って、蜜蜂は巣が大きくなると新女王を誕生させて三分の一程度が新居に向かって飛んでゆきます。その勢いを削いでやるように五月頃採蜜するのがいいでしょう」
「群れの管理のやり方は?」
「基本的に蜜蜂は巣屑やゴミなども自分で掃除してしまいますからな。たまに内部を点検して問題がないことを確かめる程度でいいでしょう」
「他には……」
「あはは、アリシアは本当に勉強熱心だなぁ」
ロランが呆れたように笑った。
そうだった、これはあくまでネリンギ村の人々に対しての研修会で私の質疑応答の時間ではない。
私は少し赤面しながら一歩引き下がった。
「まぁ、細かい技術に関してはおいおい確かめてゆくとして、まずは蜂を放してみましょう」
ダグラスがそう言い、他の養蜂家たちに指示した。
蜂箱の口を閉じていた蓋が外され、そこから豆粒ほどの蜂がおっかなびっくり這い出てきた。
しばらく辺りを窺うように数匹がこぼれ出ると、やおら一匹が羽を広げて空へ飛び立った。
姿を追おうとした私が虚空を振り返っても、小さな蜜蜂はあっという間に木立に紛れて見えなくなった。
一匹が飛び立つと、多くの蜂が後に続いた。
次々と飛び立ってゆく蜂たちは、次々と空に吸い込まれてゆく。
「すげぇなぁ、次々と飛んでいくぜ」
同じく養蜂の試験に手を挙げたオスカーが感心したように蜂箱を覗き込んだ。
ネリンギ村の農民たちも、感心したように飛び立ってゆく蜂たちを見ている。
「この分だと、採蜜した分もすぐに取り返してくれることでしょうな。蜂は働き者ですから、昼夜を問わずに働き続けますから。好天が続けば夏の前にもう一度採蜜ができるでしょう」
「ダグラス、最終的に集めた蜜はどうすればいいんだい?」
ロランが訊ねると、ダグラスは頷いた。
「集めた蜜は全てヒルデブラント領で加工に回します。このハノーヴァーにはマロニエがたくさん植わっておりますからな。美味しい蜂蜜酒ができる。値よく買い取ってくれることでしょう」
「なるほど、確かにこいつはいい副業でがすな」
グスタフが満足そうに頷いた。
「しかも我々には貴重な現金収入になる。俺たちが勘を掴んだ後は、早速他の村人も誘ってみることにしましょう」
よかった、もともと私の思いつきのような話だったけど、なんとか軌道に乗ってくれれば、ここハノーヴァーは前にも増して豊かになるだろう。
「後はこの小さな蜂たちに期待だね。アリシア、僕らの夢の第一歩だ」
ロランがそう言って、私に微笑みかけてきた。
彼が「僕らの夢」、と言ってくれたのが何だか気恥ずかしくて、私は慌てて視線を虚空に戻した。
そう、この小さな働き手たちが私たちの夢の第一歩。
勢いよく空へ飛び立ってゆく蜂たちは、天に昇ってゆく私たちの希望に見えた。
「面白そう」
「続きが気になる」
「頑張れ農協聖女」
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