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転落の始まり

「餓死風――?」




私が訊ねると、村長が呻いた。


「この地方ではこの時期にこのような突風が吹きますで……この風が強まれば強まるほど、この土地は雨雲を奪われて……飢饉をもたらす不吉な風ですだ」


村長は青い顔で私を見た。


「聖女様。申し訳ねぇども、儀式に手抜かりなどあったんでねぇべか?」

「えっ――」

「こんなことは有り得ねぇ、いや、有り得てはなんねぇ……! この風がこんなに早く吹いたことはありませんでな。この風が吹くということは、今年もヴァレンディアは乾くっつうことでございますだ!」


村長は絶望的な顔で言った。


「聖女様、これは天がお怒りに違いねぇだ! 祭壇は早いとこ組み直しますで、どうかもう一度、儀式を!」


村長は膝を揃え、地面に額をこすりつけた。


「村のものが全員見ていた! この風は普通じゃねぇ。お願ぇ、お願ぇしますだ。もう一度、もう一度だけ真剣に祈りを込めてくれねぇべか……!」


その顔を見て、少なからず動揺する私の心の中に、ふと冷たいものが溢れた。


「……私の儀式では不足だったと、あなたはそう言いたいのですか?」


信じられないような冷たい言葉が口を衝いた。

自分で聞いても異様に聞こえる声に、村長は慌てて顔を上げた。


「いや、そんなことはねぇだども……!」

「もう祈りは捧げました。女神の加護は備わったはずですわ」

「聖女様……!」

「それに今のは――単なる偶然です。祈りは――確かに届いたはずですわ」


馬鹿、何をやってる。今すぐやり直すと言え――!


私の頭の冷静な部分が、勝手に動く私の口を叱った。

だが、私の頭は今の突風でまともに機能しなくなっていた。

まるで私の不信心を咎めるかのような、出来すぎた偶然。

だがその偶然が村長の迷信深さに火をつけたのは事実で、村長は縋るような声を出した。


「聖女様、お願いしますだ。どうぞもう一度、儀式をしてくだせぇな! 儀式に手抜かりがあるようじゃ、この村は飢えますだ! どうぞもう一度……!」

「そんな馬鹿なことがあるはずありません!」


お前ではなく、アリシアならばちゃんと出来たのに――。


村長の今の言葉は、私には明確にそのように聞こえた。

思わず大声を出した私を、大神官が困ったように見た。


「儀式に手抜かり!? あなたは私がなにか失敗したとでも!? もう一度言います、今のは単なる偶然です! 私に結びつけて考えられても困りますわ! それに、雨乞いなんて所詮は気休めです! こんな儀式で雨が本当に降るわけがないでしょう!?」


そこまで言いかけたときだった。

村長がはっと顔を上げ、私を見た。




「気休め? この儀式は……気休めでごぜぇますだか?」




ぞっ、と、私は不意に恐怖を感じた。

なんだ、この話の通じていない感じは。

雨乞いなんてただの気休め、そんな事当たり前なのに。

まさか――真剣にこの儀式が雨をもたらすと、そう信じているのか?


村長の目が、驚愕から失望に変わった。


「聖女様……おらたちは何代も何代もこの村で聖女様に雨乞いをお願ぇしてきましただ。聖女様のおかげで雨が降り、今年も村は冬を越せたんだと……」


なんでよ、そんなこと、私に言われたって困る――。


絶句する他ない私を、村長は虚脱したようなうつろな目で見た。


「でも、聖女様はそうでねぇのですか。この儀式は……単なる気休めでごぜぇましただか? おらたちは聖女様が雨を降らせていたんだと……」


私は今すぐこの場から逃げ出したくなった。

聖女はお飾りで、人々の迷信や無知蒙昧の象徴。

だけど――彼らにとってはそうではない。

聖女が雨を降らせる。

聖女がこの村を飢饉から救う。

この村では――それが絶対であるのだ。


「聖女様、あんた、おらたちを騙しただか?」

「えっ――?」

「おらたちが学のねぇ百姓だからって、適当な気持ちで雨乞いをやっただか? おらたちを騙せると思ったんだか?」

「ちょ、ちょっと待って下さい! 私は何もそんなことは――!」

「いいや、確かに聞いただ。こんなものは気休めだと、はっきり」


村長が敵意を剥き出しにして私を睨んだ。

私たちのやり取りを聞いていた村人たちの間にも不穏な空気が漂い、私はあたふたと辺りを見回した。


「おらたちを馬鹿にしたな。おらたちは真剣に、聖女様なら助けてくれると信じていたのに……!」


村長は赤ら顔を更に赤黒く変色させた。


「……先代の聖女様は、おらたちひとりひとりの手を握って、おらたちを励ましてくれた。きっと雨は降るでしょうと言ってくださった! それに比べてあんだは何だ! この儀式が気休めだと!? どうせ適当こいたんだべ! だから天が怒って餓死風を吹かせたんだっ!」


その剣幕に、私は二の句が継げなかった。

慌てたように大神官や他の神官が私たちを取り囲んだ。


「ま、まぁ村長、そう怒らずに……」

「大神官様! 神官様たちも! 一体これはどういうことですだ!」


村長は血相変えて大神官に詰め寄った。


「なんでこんなに早く餓死風が吹くだ! 聖女様が吹かせただか!? おらたちが飢えて死のうが何しようが関係ないって思ったんだべ! この野郎ども、なんてことをするだ!」

「せ、聖女様も仰ったように、今のは偶然ですよ。それに、今の儀式にはどこにも間違いはありませんでした。だから安心して……」

「気休めのつもりでやられた儀式に間違いがない!? それに今のが偶然だと? 偶然で祭壇がひっくり返るほどの風が吹くか! どこまでおらたちを馬鹿にすれば気が済むんだっ!」


村長は短躯を怒らせて大神官たちを睨んだ。


「とにかく、もう帰ってくれ! もう二度とあんたたちには雨乞いなんぞ頼まねぇ! これで村が飢えたらあんたたちのせいだど! それを忘れるな!」

「村長……! お願いですから話を……!」

「やかましい、どの口が言うだ! とにかく出ていけ! 聖女様、もう二度とあんたにはこの村の敷居を跨がせねぇど! おらたちを馬鹿にしやがって! ここにあんたがいるだけで天がますます怒るに違ぇねぇ! さっさと出ていってくれ!」


もう懐柔など不可能な声色と表情で、村長は私を何度も指差した。

その瞳に浮かんでいるのは、憎悪――村を破滅に追いやる人間に向ける眼差しだった。


どうして、なんでよ。

私が一体何をしたっていうの?


私は繰り返し、私でも村長でもない、なにかもっと大きなものに繰り返し問うていた。


雨乞いなんて気休め。

聖女なんてお飾り。

そのはず、そのはずなのに――。

この私に向けられている、はっきりとした憎悪は何なの?

私は――一体何を誤ったというのか。


呆然と立ち尽くすことしか出来ない私を、神官たちが馬車まで引きずっていった。

村長や村人の敵意ある視線に送られながら、私はめちゃくちゃに破壊された祭壇から、結局最後まで目を離すことが出来なかった。




思えば、これが聖女である私の転落の始まりだった。




ここからじっとりと聖女が追い詰められてゆきます。


「面白そう」

「続きが気になる」

「頑張れ農協聖女」


そう思っていただけましたら下から★★★★★で評価願います。

現在、ポイントがめちゃくちゃ滞っているので何卒よろしくお願いいたします。

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『がんばれ農強聖女』第三巻、2022年11/19(土)、
TOブックス様より全国発売です!
よろしくお願い致します!
― 新着の感想 ―
[気になる点] この展開だと、しっかりと聖女教育を行った歴代聖女は、なんらかの力があったのか?
[一言] 村人達を怒らせてしまった。 さて、神官たちはノエルの言動をどう思ったでしょうね?
[良い点] 考えるより先に言葉が出る。 いいね! いいよ! [気になる点] ちょっと簡単にボロが出すぎかな。 人々を籠絡できる手練手管がある筈なのに田舎百姓相手に逆切れは腑におちない。 [一言] し…
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