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鉱山に向かう決意をした

「このやくざ息子が! 今日という今日は反省してもらうぞ!」

「痛い! やめてよ父ちゃん! 俺は別にそんなつもりじゃ……!」

「そんなつもりでねぇならなんのつもりだって言うだ! 馬鹿たれが!」


言い争っているのは親子と見える一組で、嫌がる息子の首根っこを掴んだ小柄な男がカミソリを持っている。

男は興奮していて、しかも強く酒の匂いがした。

これではとても人の頭にカミソリなんて当てられないだろう。


「カール! お前は何度言ったら懲りるんだ!」


暴れる親子に大股で近づいたグスタフが一喝すると、カールと呼ばれた父のほうがはっと顔を上げた。


「そ、村長……!」

「村人の前で倅の髪を刈ろうなんてむごいことだと思わんのか! オスカーを離せ!」


カールはしばしグスタフの顔を見てから、目を逸らし気味に言った。


「……これはうちの家族の問題でがす。村長がなんと言おうと、倅に言うことを聞かせるのが俺の役目だ。口出ししねぇでもらいてぇ」

「なら、これが親子の問題じゃないならどうなんだ?」


そう大声で言ったのはロランだった。

ロランが険しい顔で男に詰め寄ると、男は「ろ、ロラン様……!」と顔を青ざめさせる。


「ハノーヴァー辺境伯が令息、ロランが命じる。その手を離せ。この領地内ではいついかなる理由があろうと、そのような暴力行為は許さないぞ」


ロランが冷たい声で命令すると、男は息子の首根っこから手を離した。

そのまま、実に憎らしげに息子を一瞥すると、男はさっと踵を返し、自分の家らしいボロ屋に引っ込んでしまった。

後には、悔しそうにその背中を視線で追った少年だけが残された。


「君、大丈夫? どこも怪我はしていない?」


私が駆け寄ると、少年はがっくりと項垂れた。


「……父ちゃんは何もわかってない。いつまでもあんなんじゃ、七年前の繰り返しになるのに」


土埃にまみれた少年が呟いた。

そこへグスタフが近づいてきて、少年を立たせた。


「オスカー、大丈夫か? 今日の大喧嘩の理由はなんだね?」

「喧嘩なんかしてないよ。俺は父ちゃんにあのことを言っただけだ。またその話をするのかって父ちゃんが怒り出して……」

「またか……カールもカールだが、お前もお前だで」


グスタフは呆れたような顔で、オスカーと呼ばれた少年を見遣った。


多少煤けているものの、よくよく見れば少年は愛らしい顔立ちをしていた。

歳は十五歳程度だろうか。色が浅黒くて、ダークブロンドの髪には強い癖がある。

見惚れる顔というよりは愛嬌ある顔で、会う人間に好感を抱かせる雰囲気がある。


「いい加減、目を覚まさにゃならんのはカールだけでなくお前もだ。黙って父親の跡を継げ。去年の葡萄の病気で、お前の家は今大変だろう」

「だから、いつまで経ってもそれじゃあ同じことの繰り返しなんだよ!」


カールはグスタフを見て大声を出した。


「うちの葡萄畑は小さくて、いつ小作になるかもわからない。それに、山背が来たらまた葡萄は病気で全滅しちまう! だから俺は父ちゃんにあのことを言ったんだ! あの青い石のことを……!」

「青い石?」


私は驚いて少年を見た。

少年の方も、私が突然発した大声に驚いたようだった。


私は少年の肩を抱いた。


「オスカー、って言ったわね、あなた」

「あ、ああ、お姉さんは……?」

「私はアリシア・ハーパー。元聖女候補よ。青い石について何を知ってるの?」


私が「聖女候補」と言うと、少年の目にみるみる光が灯った。


「ほ、本当なの!? お姉さんはあの時の青い石を知ってるんだね!?」


少年は私の手を取った。


「あの時?」

「七年前だよ! 俺たちの村に聖女様が来たときだ! 聖女様は俺ん家の畑であの青い石を使ったんだ! そしたら葡萄の病気がみるみる消えたんだよ!」


来た――私は確信した。

聖女様はここであの青い粉を実験したのだ。

そしてその青い粉は――想定通りの効果を発揮したのだ。


オスカーは私の両手をぶんぶんと上下に振った。


「お姉さん、あの青い石のことを知ってるんでしょう!? どんなに高くてもいいから俺に売ってくれ! 必ず、何年かかっても必ず代金は払うから……!」


オスカーは懇願するように言ったが、私も困惑してしまった。

あの青い石が私の幻ではなかったことははっきりしたが、それでは不十分だ。

少年になんと答えようか迷っていると、ロランが言った。


「アリシア、青い石とは?」

「ええ、ロラン様にはまだ話していませんでしたが――聖女様が研究していた薬ですわ」


私はあの青い石のことを、ロランとグスタフに説明した。

強い興味を持ったのはやはりグスタフの方だった。


「そんな薬が……ということは、青い石はオスカーの嘘や妄想ではねえっつうことでありやすか!」

「間違いありません。聖女様の遺言でしたから」


私は言った。


「おそらく、聖女様は七年前の飢饉のときもその青い石を研究していたんでしょう。そして、オスカーの父親の圃場でその効果を実験した。目覚ましい効果が上がったけれど、聖女様はその研究を終える前に亡くなられてしまった……」


オスカーは少し残念そうに顔を俯けた。

私はオスカーに訊ねた。


「オスカー、あなたのお父さんはその青い石について何か言ってるの?」


私が尋ねると、オスカーは吐き捨てるように言った。


「あんなものはまやかしだ、って。父ちゃんもあの石の効果を見たのに……本当は青い石じゃなく、聖女様が祈りの力で病気を退治してくれたんだって言ってるよ」


少年の目にみるみる曇りが生じる。


「本当は父ちゃんだってわかってるんだ、あれが嘘や祈りのせいじゃなかったことなんて。でもダメなんだ。七年前の飢饉で母ちゃんが死んでから、父ちゃんは荒れて酒浸りだ。あのときを思い出すのが怖いんだよ」


ボロ屋の戸口を口惜しそうに見ながら、オスカーは小さな声で言った。


「だから俺はこの家の跡を継がないで、冒険者になるって言ったんだ。何年かかってもあの青い石を手に入れるって。そうしたらうちだけじゃない、この村の人、ハノーヴァーの人……この王国中、世界中の人が喜ぶはずなんだ」


それで、父親が激怒した。

妻と娘を失って希望を見失った男に、オスカーの考えていることはあまりにも大きな夢物語だろう。

だが、だからといってあそこまで激しく息子を罰しようとするのも異常なことだと言える。

あのときのことを思い出すのが怖い――オスカーのその言葉はおそらくその通りなのだろう。


オスカーは私を見た。


「ねえ、お姉さん。あれは聖女様の祈りじゃない。聖女様は薬でうちの葡萄畑を癒やした、そうだろう?」

「それは間違いないわ。でも――」


私は少し考えてから言った。


「でもおそらく、その青い石もそんな貴重なものじゃないはずよ。聖女様なら、みんなの手が届くような安価でありふれたものを使おうとするはずだから」

「青い石――ふむ」


ロランが考え込むような顔つきをした。

その後、ロランははっと思いついたような顔をした。




「……まさか、鉱山か?」




はっと、私はロランの顔を見た。


「ここハノーヴァーには鉱山資源も豊富なんだ。その青い石を掘り出している鉱山があるかもしれない。それに鉱山の人夫たちや鉱山技師なら、その青い石について手がかりぐらいはわかるかもしれないな」


そうだ、ここハノーヴァーは金や銀、銅などの一大産出地帯だ。

聖女様がここハノーヴァーの各鉱山からその青い石を発見した可能性は、確かにある。


「グスタフ様、この村から最寄りの鉱山までどれぐらいですか?」

「え、ええ――? そうでがすな、歩いて半日、というところでがすが」


半日か。まだ日は高いし、天候も問題なさそうだ。

私ははっきりとした声で宣言した。




「私、今から行きます。その青い石を探しに鉱山まで」




その場にいた全員がぎょっと目を見開いた。


「あ、アリシア――! 別に今日じゃなくても――!」

「いいえ、春までもう時間がありませんわ。それに、鉱山で青い石のことがわかるかどうかわかりません。時間を無駄にしたくないんです」

「だ、ダメでがすよ奥様! 鉱山への道は夜は危ねぇんだ!」


グスタフが血相変えて言った。


「あそこは狼や獣も多いんでがす。大の大人が昼間歩くのも嫌がるぐれぇだ! もし万が一の事があったら――!」


私は頑強に首を振った。


「大丈夫ですわ、何の根拠もないけれど。これは聖女様の遺言なんです。私にしかできないことだと思うから――」

「なら、俺がお姉さんについていくよ」


オスカーが言い、グスタフが目を丸くした。


「オスカー……!」

「大丈夫だよ、村長。ここらの山は俺にとっては庭みたいなもんだ。それに、コルス銅山には俺の叔父さんも働いてる。きっと話を通してくれると思う」


オスカーが私を見た。

私もオスカーに強く頷き返した。


「お姉さん、俺はあの青い石の事がわかるならどんな危険があったって構わない。それが母ちゃんとの約束だから」


オスカーはそこで言葉を区切った。


「母ちゃんは口減らしのために死んだ。まだ腹の中にいた、俺の弟か妹を抱いて川に飛び込んだんだ……。川原に引き上げられた母ちゃんの死に顔を俺は一生忘れないよ。青い石さえあれば葡萄の収穫が上がって、二人とも死なずに済んだかも知れない。死んだ母ちゃんや俺の兄妹のためにも、俺があの青い石を見つけなきゃ……!」


オスカーの、目を真っ赤にしながらの言葉に、仕方なく、というようにロランが言った。


「……まぁ、言ったってアリシアは聞かないだろうからな」


ロランは呆れたように微笑みながら言った。


「わかった。鉱山には僕もついていく」


ロランの言葉に、私が笑顔を浮かべようとした途端だった。

「ただし」とロランがぐっと顔を近づけてきて、私は言葉を飲み込んだ。


「これ以上は危険だとか、引き返そうという判断は僕がする。いいね?」


有無を言わせない言葉だった。

頷いて立ち上がった私を、グスタフは心配そうに見た。


「……本当に行くんでがすか?」

「大丈夫だよ、グスタフ。僕も……えっと、オスカーもついてる。危険なことはしないようにするよ」


そう言うと、グスタフは困ったように私たちを眺めてから、オスカーに視線を移した。




「オスカー、道案内はできるな?」

「任せてよ村長。きっとあの青い石を取ってくる」

「いいか、無理はするな。責任はでけぇぞ。お前が必ず二人をお守りするんだ、いいな?」





「面白そう」

「続きが気になる」

「頑張れ農協聖女」


そう思っていただけましたら下から★★★★★で評価願います。

何卒よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] オスカーの父ちゃん、領主じゃないとはいえ、辺境伯の子息に無礼な態度取ってること気づかないのかな? ロランやアリシアがヒドイ処罰をするわけでないのは読者はわかっているけどさ・・・
[良い点] わんぱく親子のドタバタ騒動かと思ったら、結構どシリアスな展開でしたね。青い石を求める三人の鉱山への危険な旅路にドキドキします。次の更新も楽しみにしています!
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