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篤農家に出会った

本人は田舎屋だと言ったが、グスタフの屋敷は明らかに他の農家の家とは違い、雑然とはしているものの、造り自体は洗練されていて、落ち着いた風情のある家だった。




ややあって、野良着の上にジャケットを羽織り、髪に櫛を通したグスタフが現れ、私たちに茶を淹れてくれた。

得てして篤農家と言われる人たちは、長い間風に吹かれ、雨に濡れて自然と戦って来たせいか、身体のどこかに一本筋のようなものが入る。

このグスタフ・シュヴァルという男の印象はまさにそれで、私は知らず知らずのうちにグスタフを詳しく観察していた。


「どうだい、グスタフ。そろそろ麦も葡萄も始まるだろう?」

「ええ。前の飢饉の影響も今年でやっと取り返せそうでがす。七年もかかりましたな」


茶を淹れながら、グスタフはここまでの道を思ったのか、遠い目をした。

七年前の飢饉では、王国中でも十万に近い人たちが餓死したと聞く。

中には村中全てが死に絶えたところもあり、その影響は甚大だった。

七年かかったとはいえ、グスタフの家はその程度で済んだともいえるだろう。


「村の人口はまだ回復していないのか?」

「いえ、あの後は色々流れ者も多かったで、私が住むところと畑を世話したりで、なんとか回復してはおりやす。まぁ、八割は元通りでがすな」

「それでもまだ二割も影響があるのか」


ロランは少し厳しい顔で頷き、出された茶を啜った。

私もロランと同じように口をつけると、何だか飲んだことのない味の茶だった。

レモングラスのようなフルーティな薫りの中に、なにか木のような味がした。

思わず液面に視線を落とすと、それに気づいたグスタフが気恥ずかしそうに笑った。


「そこらの木の樹皮を茶にしたもんでがす。本当であれば紅茶でもあればよかったんだが、薫り高い木でね。私にはこの味が気に入っているのでがす」

「へぇ、樹皮のお茶ですか。美味しいですわね」

「気に入っていただけたなら嬉しいでがすな」


グスタフが嬉しそうに笑ったのを見て、私は既にこの男に興味を持ち始めている自分を自覚していた。

樹皮の茶か。味はともかく、木をお茶にして飲もうという発想の柔軟さは、得てして頑迷な農家には珍しい挑戦的な傾向だ。

何故この人がロランの相談相手になっているのかわかったような気がしたところで、ロランが本題に入る口調で言った。


「それで、グスタフ。今日の相談内容なんだけど」

「はい」


瞬時、ロランが私に視線を移した。

何を話してもいいと私が目で合図すると、ロランは言った。


「君はノエル・ハーパーという人を知っているかい?」


グスタフは大きく頷いた。


「新しく聖女様になられた方でがすな。それはそれは美しい方だそうで。私は出席しませんでしたが、隣村の村長は就任式に行ったそうでがすよ。なんとも華やかな方であったそうでがす」


私の心の底に、じりっと嫉妬の炎が爆ぜた。

二月も前、ノエルが王都で盛大な聖女就任の式典に参加したことは私も聞いていた。

あのノエルのことだから、きっと早晩、聖女の仕事には興味を示さなくなるだろうが――ともかく、三年間空位だった聖女が戻ってきたことで、今では王国中に祝賀ムードが漂っていた。


ロランは私に気遣わしげに言った。


「実はね――ここにいるアリシアはそのハーパー家の令嬢なんだ。聖女ノエルの双子の姉で、本来ならば彼女が聖女となるはずだった」

「ほへ!?」


グスタフが仰天して椅子から腰を浮かせた。


「す、すると――あなた様が聖女様になる予定であったでやすか!?」

「まぁ、とある事情から妹に譲りましたけどね。私は聖女候補者だった人間、というだけです」

「と、ということは! 七年前にここに来た聖女様についてきたあの女の子が、あ、あなたなんでやすか!?」


グスタフは素っ頓狂な声で言った。


「あんれまぁ、大きくなりさった! あのときは私の腰ほどしかなかったのに! こんなに美しくなりなすって……!」


美しく、は見間違いだけどね、と、私は心の中で意地悪く付け足した。

私はあのときと相変わらず、地味で、可愛げがない。

いやむしろ、少女だったあのときのほうが、まだ子供だった分可愛げがあったはずだ。


そんな僻みに気づいていないグスタフは、懐かしく言った。


「先代の聖女様は立派な人物であったですなぁ! 私でさえ知らないような知識を持っておられる方でした。あのときはこの村も決定的に飢えていて、私が備蓄を放出することでやっとみんなが重湯を啜っているような状況でした。聖女様は私の手を取って私のしたことをお褒めくださった。とても冷たくて、温かい手でござんした――」


そうだよな? というようにグスタフは私を見て、私は微笑と共に頷いた。

彼自身のことは覚えていなかったけれど、グスタフの言うことは本当だ。

聖女様の手はいつも冷たかったけれど、でも、人々の心に寄り添う温かな手だった。


「それで――その聖女候補の奥様が、どうしてここへ?」

「いや、正確にはまだ奥様じゃないんだ。正式に婚約もしていない。いわば足入れ婚みたいなものだよ」


律儀に訂正してから、ロランは私に目配せした。


「アリシア、グスタフは七年前の飢饉の時、いち早く葡萄や小麦を諦めてジャガイモや他の作物に切り替えるように父に進言してくれたんだ。その時、自分の家の収穫をこの村に放出して、飢饉の影響を抑えた人でもある。きっと君の言いたいことを僕以上に理解してくれるはずだ」

「褒め過ぎでがす、ロラン様。私はただできることをしたまででがすよ」


その説明に、グスタフは気恥ずかしそうに頭を掻いた。

なるほど確かに、この飾らない人物ならば十分に信頼できそうだ。

私はロランに頷くと、話し始めた。


「グスタフさん、この土地に嫁いできて間もない人間の分際で不躾なお願いだとは思うのですが――養蜂をやってくれそうな農家を紹介してくれませんか?」

「養蜂、でがすか」


グスタフの目が光った。

やはり、この男は口調や佇まいこそ垢抜けていないが、とんでもない切れ者だ。


「そうです。ここハノーヴァーには有力な蜜源植物であるマロニエが多い。更に、この国の砂糖の生産はまだまだ十分とは言えません。そこで蜂蜜は重要な甘味として有望であると私は考えました」


ふむふむ、とグスタフは赤い髭を震わせて頷いた。


「更に、蜂蜜から生産できるミードは、ワインよりも高値で取引されています。ただでさえ最高級のマロニエの蜂蜜に更に付加価値をつけることができるし、更に蜜蝋からは高級のキャンドルも生産できます。この地の農業の副業として有望ではないでしょうか」


グスタフはしばらく何かを考えるように、赤ひげを左手でしごいた。

時々上を向く目は、何かを物凄い勢いで考えている人間の目だった。

しばらく頭の中でそろばんを弾くような沈黙が続いた。


やがて、グスタフが言った。


「正直、なるほどそれは魅力的な話でがすな。この土地は見ての通り痩せた土地でがす。私はワイン用の葡萄も栽培しておりますから、販路もあるといえばある」

「そう言っていただけると心強いです」

「ですが、そいつは技術次第でがすな。何事もなにもないところから始めることは出来ない。その技術を教えてくれる人を招聘して、ロラン様がそれを奨励してくださるのであれば、手を挙げる小作はこの村にも多いでしょう」


どうだ? というようにグスタフはロランを見た。

ロランはすぐに頷いた。


「アリシアが言ったことならば僕は迷わず父に進言する。これにはハノーヴァーの未来がかかってると思っているんでね」

「未来、でがすか」


グスタフは何度か頷いた。


「わかりした。状況が整い次第、早速村のものに声をかけましょう。技術の方はおいおい身につけていくということでどうでがしょうか」


よかった、これで私の思いつきは本格的なプロジェクトとして起動し始めた。

後はこの養蜂がどれだけ上手く行ってくれるか、それを見守ることを忘れてはいけない。


「ありがとう、グスタフ。君ならわかってくれると思っていたよ」


ロランの言葉に、グスタフは首を振った。


「これが聖女候補様の言う事なら、私たちは喜んで従いやす。それが恩返しのひとつにもなりやしょうから」


それはとても頼もしい言葉だった。

聖女様の陰徳が私に味方してくれている――そう思えた。


「しかしロラン様もご立派になられましたな。いよいよ領地経営にも本格的にこなされることになったのでげですか」

「いやいや、僕はまだまだだよ。今は王都にいる父が頷くかどうかだ。それに、このひらめきだってアリシアがやってくれた。僕は関係ないよ」

「それでも、随分ご立派になられた。今のロラン様を兄上様が見たらさぞお喜びに……」


グスタフの一言は、そこではっとしたような表情とともに終わった。

ロランの顔から微笑が消え、一瞬だけ、その視線が下に落ちた。


兄上様? 私はその言葉に少し驚いた。

ロランは一人っ子だとばかり思っていたし、事実、屋敷にも他の令息の気配はなかった。

なにより、この反応。失言を悟ったようなグスタフの表情と、影がさしたロランの顔――それが気になった。




そういうことか――私がふと何かを納得しかけたときだった。




バン! と部屋のドアが勢いよく開かれる音がして、私たち全員がドアを見た。

息せき切って走ってきたのはグスタフと同じぐらいひげもじゃの男で、その顔は汗みずくだった。


「村長、ちょっと来てくれ! カールのやつ、また始めやがった!」


そう言うと、グスタフが大きくため息を吐いて首を振った。


「またか。今度は何をやろうとしてる?」

「村のど真ん中で倅の髪を刈ろうとしてるだ。あんまり言うことを聞かないからって……」

「言うことを聞かんのはどっちなんだ、あの乱暴者めが」


グスタフは「ロラン様、奥様、ちょっと悪いがここで待ってもらうことはできるかね」と言って立ち上がり、大股で部屋の出口に向かった。




私とロランは顔を見合わせて、どちらともなく立ち上がってグスタフの後を追った。




「面白そう」

「続きが気になる」

「頑張れ農協聖女」


そう思っていただけましたら下から★★★★★で評価願います。

何卒よろしくお願いいたします。

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『がんばれ農強聖女』第三巻、2022年11/19(土)、
TOブックス様より全国発売です!
よろしくお願い致します!
― 新着の感想 ―
[一言] 「足入れ婚」という単語を21世紀に目にするとは思わなかった。 明治までの風習と聞かされていたので驚いた。 今の時代なら「ググれ」と注釈した方がいいかも。
[一言] これはいわゆる変化をもたらす三つの者の予感がします…!! それにしてもグスタフさんは凄いですね。 昔は街道沿いの村にはこういう篤農家が一軒はあって、見込みのある若者を支援して学校に行かせたり…
[一言] >先代の聖女様は人物であったですなぁ 人物? 偉人だったとか言いたいの? それとも何か文字が抜けているのか?
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