角の生えた私
部屋に通されたスコットは、私の顔を見るなり、隠すことなく顔を引き攣らせた。
お久しぶりです、と私が早速の先制パンチを喰らわせると、スコットの顔が更にひきつった。
「いやいや、お会いしたかったですわよ、スコットさん」
「アリシア様……」
「さぁさぁ、そんなところに墓石みたいにボケッと突っ立ってないでお座りくださいませ。色々と言いたいことが溜まっておりますのでね」
「アリシア様、あの……」
「何を妙な顔をしているんですか! さぁ、いつも通りここに座って! 紅茶もありますから!」
ニコニコニコニコ、と私が笑顔を絶やさずに勧めると、スコットは遂に観念したような表情でソファーに座り、視線を逸らしがちにしながら頭を下げた。
「あの……お久しぶりです、ロラン様、アリシア様……」
「えぇ、とってもお久しぶりですわね! 最後にお会いしたのはいつのことだったかしら! 確か王都での夜会以来ですわね!」
王都での夜会。私がその部分を強調すると、スコットの顔が更に青くなったような気がした。
やっぱりその件か……と言いたげな表情のスコットは、ハンカチで額の脂汗を頻りに拭っている。
内心ニヤニヤしながら、私は遠慮なく世間話を続けた。
「いやぁ、スコットさんのお陰でこの一月は楽しかったですわ! 王都であんなことやこんなことに巻き込まれて! 生まれて初めてあんな大冒険をしましたのよ! なんやかんやの命の危険を感じて今は生まれ変わった心持ちですわ!」
「あ、あはは、それはようございましたな……」
この野郎、何が「ようございました」なのか。みんなアンタがきっかけじゃないのか。
その言い回しに少しムッとしたのが伝わったのか、スコットが電撃を食らったかのように縮こまった。
「いやぁ私、感服いたしましたわ! やはりスコットさんのような一流の商人さんは、不良品を扱うにしても一級の不良品を扱っていらっしゃるんですわね! それにしたって、まさか国崩しをなさるような貴族とのお話を持ってきていただけるとは思いませんでしたけれどね。ねぇ?」
最後の方は、殆ど地声になっていた。スコットは今や頭から冷水をぶっかけられたかのように濡れそぼっている。
呆気に取られている様子のロランの隣で、私はさらに追い打ちをかけた。
「もしマルカノー商会がホイホイあの薬を取り扱っていたらと思うとゾッとしますわね! 猛毒の砒素を原料にした殺虫剤なんていうものがバラ撒かれていたら、この国どころかこの大陸がどうなっていたかわかりませんもの! 私が、わ・た・し・が、そのことに気がつけてよかった! 大陸の平和は保たれました! 誰かご褒美のひとつもくれるのが筋というものだと思うのですけれど……」
「あ、あの、アリシア様! その件については降参します、無条件で降参しますから、どうぞお手柔らかに……!」
スコットは遂に白旗を上げた。大きく前屈みになって頭頂をこちらに向け、ハエのように両手を併せて拝み上げる。
獣はああ見えて理性的だ。降参して腹を見せる弱者に追い打ちをかけて殺すようなマネはしないものなのだそうだ。
今や野獣と化した私も、スコットの「降参」のポーズを見て、流石に矛を納める気になった。
ふう、と私は大きくため息をついた。
「本当にこの一月は大変でしたわ。何度も死にかけましたもの。噂程度でも聞いているでしょう?」
「はい……」
「まさかあなたが持ってきたお話が特大の爆弾だったとは……上手い話には毒がある、そういう話ほど疑ってかかるのは商人としては鉄則じゃございません?」
「その通りです……」
「今度は儲け話を取り次ぐにしても慎重に裏取りをした方がいいと思いますわよ。これは経験者が語ることです。よろしいですね?」
「お、覚えておきます……」
スコットは額の汗をハンカチで乱雑に拭ってから、まるで処刑人相手に首を差し出すかのように項垂れた。
「はぁ……ここに呼ばれた時点である程度は覚悟しておりますよ。マルカノー商会は今回、とんでもない不良品を取り扱ってしまった。それも色々お世話になっているアリシア様を巻き込む形で……」
上司からも相当詰められたのか、スコットが少し窶れたように見えたのは間違いではなかったらしい。
よくよく見れば私が更に追い打ちをかける必要などなさそうなレベルで、スコットは明確にくたびれ、顔も髪も色艶を失っていた。
「それに、あの薬はマンシュ伯爵からの依頼で、マルカノー商会が流通網に乗せる寸前でした。あんな毒物が国内外に流通していたら……幾ら何でも取り返しはつかない事態になっていた。本当に、今回は何から何までアリシア様のお陰で、寸前で命拾いさせていただきましたような形でして……」
ハァ、とスコットは物凄く大きなため息をつき、私を見て再び頭を下げた。
「お叱りの他に、相応の慰謝料はこちらとしても覚悟しております。ですからどうか、どうかお手柔らかに願います……!」
交渉というよりは単に哀願になったスコットの言葉に、ロランが私にアイコンタクトした。
もう勘弁してあげたら? と笑っている目に、私は同じく目で頷いた。
「そちらの誠意はわかりました。それではいよいよ今回の本題に入らさせていただきますわ」
その一言に、ごくり、とスコットの喉が動いた。
ここで一体どれだけの慰謝料をふっかけられるかで、マルカノー商会に於けるこの男の将来が決定するのだと、その表情は十二分に物語っている。
「ライラさん、お部屋へどうぞ」
私が一声かけると、ドアが開き、館の応接室にライラが入ってきた。
その佇まいを見て意外そうに目を丸くしたスコットに、ライラが小さく頭を下げて挨拶した。
「彼女はライラ、今度ハノーヴァーに着任した医師です。今回スコットさんにお願いしたいのは、彼女が使う医薬品や物資の格安での購入をお願いしたいんです。それを今回の慰謝料としましょう」
ほへ? とスコットが間抜けな声を発し、私の顔を穴が開くほど見つめた。
「医薬品の、購入……ですか?」
「なにかおかしいですか?」
「あ、いや、そんなことは思っておりませんが……!」
口ではそう言ったが、実際には「おかしいと思っている」、のだろう。そんなものでいいのか? と問いかけたくて仕方ないという表情をしているのがその証拠だった。
このスマートでやり手の男からは想像だにできない、あまりにも抜けた表情に、私は苦笑してしまった。
「いやですわ、スコットさん。一体どれだけ私がふっかけるつもりでいたんですの? そんなことはしませんわ」
「ま、まぁ、こちらとしてはそれなりの出費は覚悟しておりましたから。いやしかし……」
スコットは少し迷ったような表情になった後、意を決したように口を開いた。
「よろしいのですか? ウチとしてはこれだと慰謝料どころか、新しいお話を頂いてしまうことになるのですが……」
「構いませんわ。それに今回は色々勉強にもなりましたし、それに……」
私はそこで、ちらりと自分の胸元を見た。ボロボロで、大きく穴の開いた銀とサファイヤのブローチは、長い長い漂泊の後、こうしてようやく私の手元に戻ってきた。
長らくこじれ、断絶してしまっていたノエルとの関係が、これで全て元通りになったとは流石に言えない。
言えないけれど――その原因のひとつぐらいはおそらく解決できたはずで、何よりもそれはそもそも私が今回の事件という穴に落ちなかったら拾えなかったものでもある。
色々死にかけもしたけれど、私にとってはそれなり以上に面倒分の成果は得ていると言えた。
ブローチを見つめる私に、スコットは不審さ丸出しで私を見た。
しばらく言いたいことをまとめて――私はスコットに視線を戻した。
「スコットさん。私はあなたを信頼しています。友人としてでもありますが、それ以上にビジネスパートナーとしてです。そんなあなたの弱味に付け込んでカネをふんだくろうなんてとんでもない。パートナーとしてやるべきことではない――そうでしょう?」
そう言いながら、私は今の自分のセリフがどこかで聞いたようなものである気がした。
誰のセリフだったかな――と考えて、マンシュ伯爵の端正な顔と口調を思い出した私は、彼のマネをして口角を上げるだけの微笑みを浮かべた。
「いつだかスコットさんも仰っていたでしょう? 人間、たまにはバカになって人のためになれと。パートナーとはつまり運命共同体、いわば嵐の中の小舟に乗り合わせた異邦人同士のようなもの。お互いが苦しいときには手と手を取って助け合わなければ」
スコットはまるで預言者から神の言葉を聞いたかのように激しく感動した面持ちでいる。
そう、私はこの一件で確実に成長していた。地中の栄養分を吸って馬鈴薯が肥大し、その身体に毒素を蓄積するかのように、毒物すら糧として生き残りを模索する新種の生物となっていたのである。
今の私にはかつての私のような愚直さ頼みで押し切るのではなく、時に蜜を、時に鞭を与え、相手を篭絡してしまう老獪さ、ある種のズルさまでもが身についていたのだ。
フッ、と私はなるべく慈愛あるものを意識して、スコットに微笑みかけた。
「今回の件は私の胸の中に末永くしまっておきます。ですからスコットさんも、このことは末永く胸の中にしまっておいてください――ね?」
その一言に、グスッ、とスコットが洟を啜り上げ、ハンカチーフで目頭を押さえた。
「お見苦しいところをお見せして申し訳ない。しかし、その言葉はあまりにも……!そんな過分なお言葉をまさかこんな私にかけていただけるなんて……! アリシア様……!」
グッ、と唸り声が聞こえて、私は視線をスコットから逸らした。見ると、ロランもライラも、唇を前歯で噛んで視線を下げ、必死に笑いをこらえている。
スコットには申し訳ないけれど、実は私も内心同じだった。今の言葉は、聞こえはいいけれど内容は脅迫である。このことは末永く胸の中にしまっておけ――それは要するに永遠に貸しにしておく、という意味だ。普段のスコットなら立ち所に気づいただろうが、生憎今の彼にはそんな余裕はなかったようだ。
「何もそんなに恐縮しなくてもいいのですよ。それで、医薬品の件はご了承いただけますか?」
「もちろんです、格安で取引させていただきます! なんなら多少サービスつきでも一向に構いません! いや、むしろそうさせて頂きたく思います! 是非……!」
「あぁよかった! これでこの辺境にも一流の薬が届きますわ! スコットさんのおかげです! 本当に信頼できる方でよかったですわ!」
「ま、まぁアリシア。よかったな。スコットもこれで安心しただろう? 今日の案件はそれだけだ。帰ってゆっくり休んでくれ。久しぶりに安眠できそうだろう?」
はい! と目を真っ赤に充血させたスコットは、深々と頭を下げ、私を女神を見るような尊崇の目で見つめた。
莫大な罪の意識から解放されたスコットはまるで憑き物が落ちたような晴れやかな顔をしていた。
屋敷の外に見送りに出た私たちを、スコットは何度も何度も振り返りながら去っていった。
そんな彼を見送りながら、私たちはとてもいい笑顔で彼に向かって手を振り続けたのだった。
今回、ひとつ学んだ。どんな生物でも、生きていくには武器が必要なのだ。
爪でも、牙でも、毛皮でも、角でも、毒でも辛さでも、なんでもいい。
自衛のための力は、私が大嫌いな暴力ではない、一種の知性なのだ。
私はロランのように剣も振るえないし、ライラのように人を蹴り倒すことも出来ないけれど、口ぐらいは人並みについているし、多少は知識もある。
今回、何度となく命の危機に直面した私は学んだ。私にも武器が必要であり、鍛えるべき武器はこの口先なのだと、私は気づいていたのだ。
早くも哀れな子羊をひとり篭絡し、従順な信徒にしてしまったところを見ると、私が生やした「角」はなかなかの威力を持っているようだ。
それは新たなる自分――角の生えたアリシアとでも言うべき、新生アリシアが誕生した瞬間なのであった。
大変ご無沙汰してしまい申し訳ございませんでした。
第三巻分原稿が決着した辺りで鬼の原稿祭りが到来したため、
しばらく次の展開を構想するため思い切った中断を挟みました。
これからは割とシコシコ豆に更新できていけると思いますので
次なる展開をお待ち下さい。
「面白そう」
「続きが気になる」
「頑張れ農協聖女」
そう思っていただけましたら下から★★★★★で評価願います。
何卒よろしくお願い致します。





