蜂蜜酒を作ることを進言した
「蜂蜜酒……?」
「そうです。この地ではワイン製造に代わる代表的な物産になり得ます」
ロランがぽかんとした表情で私を見つめた。
いきなりこの娘は何を言い出すのだろう、というような表情だ。
「現在、我が国に蜂蜜酒醸造所はほんの数カ所しか存在しませんし、生産される蜂蜜酒はそのどれもが高級品です。それは人口に対して生産できる蜂蜜の絶対量が限られているのと、より安価なビールやエールが生産されているからですが、ここハノーヴァーならばそれは――」
私は決して突飛な思いつきを喋っているつもりはなかった。
その空気を全面から押し出すと、ロランは傍にあった椅子にかけ、私にも椅子を勧めた。
「僕も本腰を入れて聞こう。他ならぬ君の提言だからな」
さぁ、話してみろ。
ロランは微笑で私に促した。
「ここハノーヴァー領には、多くのマロニエが自生、ないし救荒作物として栽培されています。このマロニエは実だけでなく、花から採れる蜂蜜は薫りが高く、最高級品として珍重されます。蜂蜜はただでさえ流通量が少ないので、おそらくその価値も高い――」
私は私が思いついたことをひとつずつ、ゆっくりと話した。
私は小脇に抱えた植物図鑑をテーブルの上に置いて、ある地図を指差した。
「ハノーヴァー領より南には、マロニエの自生区域は限られるようです。ここならばマロニエの花蜜だけを選定して生産することができるでしょう。更に、その知識のある人間を招聘し、採れた蜂蜜から蜂蜜酒を醸造することができれば、その価値は何倍にも跳ね上がります。ただでさえハノーヴァー領はワインの産地です。醸造に手慣れた人間はたくさんいます」
ふんふん、とロランは興味深そうに資料を見ている。
これはイケる。私は確信と共に先を話した。
「更に、蜜蜂たちの巣からは豊富に蜜蝋が採れます。この蜜蝋は獣脂や鯨脂から生産される蝋とは違い、キャンドルにしても煤が出ず、家を汚さない高級品として珍重されています」
知らずのうちに、私の説明にも熱が入ってきた。
そう、歴代の聖女を祀る教会などでは、今も蜜蜂が飼われていたりするのは、その荘厳なステンドグラスを煤で汚さないためだ。
私は更に言った。
「私も何箇所か養蜂園を訪れたことがありますが、蜂たちは自律性が高く、採蜜の時期以外はどんな凶作の年でも自分たちで餌を採ります。技術さえ教えることができれば、農業の片手間、農民たちの副業としても有望です。天候に左右されず、病害虫も少なく、貴重な現金収入になる新しい産業です。蜂蜜、蜂蜜酒、そしてキャンドル――この3つを生産できれば」
「ここハノーヴァー領で有望な産業となり得る、か」
ロランが後を引き取って考える顔つきになった。
この青年ならば私の言ったことを理解してくれる――そんな確信があった。
やがて、ロランは驚いたように言った。
「まだここに来て十日と経ってないのに、早速やってくれたな、アリシア。君ならなにか思いついてくれるとは思っていたが……想像以上だ」
ロランはからからと笑った。
ああ、よかった、私の言ったことを理解してくれたようだ。
その安堵感で、私は思わず微笑んでしまった。
ここに来てから、自分が屈託なく笑顔を浮かべられるようになっていることに、私自身も気づいていた。
「この件は早急に父上に報告しよう。少なくとも、僕はすっかりその気になっている。君がいるならきっとうまくいくよ」
「ですがロラン様、言い出しっぺの私が言うのもなんですが、ここは性急にことを進めてはきっとうまく行きませんわ」
私の諫言に、ロランは一転して渋い顔で頷いた。
「私が思うに、農村は得てして保守的なものです。領主が奨励したからと言って新技術に手を出すことには可能性よりリスクを感じるものでしょう。ですからここはまずモデルとなる農家を選び、養蜂の価値を知っていただくのが得策かと思います」
「わかった。それで、その農家の選定は誰がやる?」
「失礼でなければ、私が」
その言葉に、ロランはちょっと驚いたように言った。
「君がか?」
「ええ、農業に不測の事態はつきもの。誰かが責任を負わねばなりません。私なら万一失敗しても、この思いつきに乗ってくれた農家に責任はおよびません」
「わかったぞ」
「えっ?」
「いろいろと言ってるが、アリシア。君は外に出たくて仕方がないんじゃないのかい?」
ロランが半笑いで私を見た。
正直に言うと――図星だった。
もっと日の当たる場所で、実際に土と触れ合って、風を感じて。
聖女様はそうやっていつもいつも精力的に農村を行幸していた。
晴れてハーパー家から解き放たれた私も、早くこの地に馴染みたいという気持ちが強かったのだ。
「正直に言えば――それもありますわね。私ももっともっとハノーヴァー領を見て歩きたい。その中からこれはという人を見つけて、その方に計画を託してみたく思います」
ロランは私の言うことを聞いて満足そうに頷いた。
「それでは、僕もそれについていこうかな」
「えっ、ロラン様がですか?」
「嫌かい?」
「そういうわけでは」
ロランは私をまっすぐに見つめた。
「何しろ、領内の視察は次期領主の僕にとっても重要なことだ。僕も君と外を歩いて、君と問題意識を共有したいんだ」
ロランは許可を求めるように私を見た。
「ダメ――かな?」
「あ、いえ、そういうわけでは。逆です。そんなことを言っていただけるなんて」
有り体に言えば、嬉しかった。
私と歩んでくれる人は少なく、いつもその中心には私ではなくて、妹のノエルがいた。
地味で可愛げのない私は、散策するときも旅をするときも、いつもひとり。
曲りなりにも仲良くなった人たちも、やがて私の友ではなく、ノエルの友になっていく。
そんな暮らしに慣れきって、私は私と歩んでくれる人を想定したことがなかった。
私がどぎまぎとしていると、ロランは目線をそらして言った。
「それに、君と二人きりの時間も過ごしてみたいしね――」
気まずい咳払いとともに、そんな言葉が付け足された。
その小声と態度に、私は思わず口をとがらせた。
「ロラン様、実はそちらの方が本心でしょう?」
「あ、いや、そんなことは――」
「もう、デートしたいならストレートに仰ってください。こんなに可愛げのない私だって、そう言っていただければ嬉しいのに」
自分の発言に、ロラン以上に私が一番驚いた。
昔から、私はこういう自分の本心を伝えて、甘え、要求するのが苦手だと思っていたのに。
そんな言葉が自然と出てきた自分に、私は驚いてしまった。
思わずあたふたとしている私を見て、ロランは実に面白そうに笑った。
「おお、そうか。ならもう一度言おうかな」
ロランは立ち上がり、背後から私の肩を抱いて言った。
「春になったら、領内を二人で歩こう、アリシア。どうかな?」
全く――。
本当に、この人は一体何なんだろうか。
私みたいな可愛げのない女が、こんなことをされたら、どうなるかわかりそうなものなのだが。
案の定、茹で蛸のように真っ赤になった私は、小声で、はい、と頷くしかなかった。
わかっているとは思うんですが、私、蜜蜂大好きなんです。
蜜蜂の話ならオールナイトでイケます。
蜂蜜が来世の分まで間に合うぐらい家にあるんです。
だからぜひともまた蜜蜂の話します。
「面白そう」
「続きが気になる」
「頑張れ農協聖女」
そう思っていただけましたら下から★★★★★で評価願います。
何卒よろしくお願いいたします。





