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今後やることは

「アリシアお嬢様ー!」


馬車から降りるなり、リタはまるで子犬のように駆け寄ってきてがばあっと私に抱きついた。

うわぁ、と悲鳴を上げると、リタは興奮の面持ちで私の両手を取り、ぶんぶんと振り回した。


「王都滞在は一週間程度の予定だったのに! ひと月以上も帰ってこないので心配しておりましたわ! お手紙で大体のことは知っておりますが、大変でしたんでしょう!? それよりもなんですか、マンシュ伯爵に監禁されていたって……! お怪我は!? お怪我はありませんか!?」

「ちょ、リタ……! 言いたいことが溜まりすぎ! 怪我とか全然してないから! とにかく落ち着いて!」

「落ち着いていられますか! 主人不在のメイドぐらいこの世に無意味なものはありませんでした! もうこのひと月あまり、お帰りを今か今かと待ち続けて! その様はまさに水を離るる魚、乳房失う赤子の如しでしたわよ!」

「何の芝居の文句なのよそれ……とにかく! とにかく後でゆっくり説明するから……!」


リタの口はまさに一週間しか生きられないセミのように止まらず、唇はせわしなく羽ばたく蝶の羽のように開閉した。

リタは激情家である故に、こういう時に自分にセーブをかけるのが苦手なのだった。まぁそのお陰で今まで色々と助けられてもいるし、この大歓迎ぶりが何だか懐かしいのも事実だった。

私はまだ私の手を握って離そうとしないその圧に圧倒されながらも、自然に表情がほころんでしまう。

やっとこのささやかで賑やかな住まいに帰ってきた――その実感が私の両手を握って離さないリタの掌から伝わってくるようだった。


「まぁまぁリタ。再会の挨拶はそれぐらいにしてくれ。それより、お客さんがいるんだ」


ロランが苦笑しながら窘めると、お客様、という単語に反応したのか、ハッ、とリタが私から両手を離して畏まった。

しゃらり、と音がしそうなほど優雅に馬車から降り立ったライラ、そして息子のアランは、雄大なハノーヴァーの山々を何だかぽかんとしたような表情で眺めていた。


「広い……空が広いわね……それに山々があんな近くに……」


そういえば、ライラは砂漠地帯の生まれで、こんなに近く山々を眺めたことは生まれて初めてなはずだった。

しばらく不安げとも言える表情で手を繋いでキョロキョロしているライラ親子に、馬から降りたレオが笑った。


「何をしばらく捕まってたウサギみたいになってんだよ。今日からここがお前らの故郷になるんだぜ?」

「わかってるけど、何だか違う世界に来たみたいで……凄い、こんなに空気が澄んでる場所がこの世にあるなんて……」


辺境地帯であるハノーヴァーの雄大な大自然に、ライラは激しく感動した様子だった。

その佇まいを見ていたリタが、私の方を見た。


「アリシアお嬢様、ロラン様、あの方は――?」

「ああ、手紙では伝えきれてなかったね。彼女はライラ。今日からハノーヴァーに着任する医師だよ」


ロランの言葉に、ライラ親子が慌てて小さく頭を下げた。


「ライラ・アル=ジャンマールと申します。彼は息子のアラン。今日からハノーヴァーでお世話になります医者です。よろしく」

「まぁ、医者先生! こんなにお綺麗でお若い方が! アリシア様、どこでどうなって医師がハノーヴァーに来ることになったんですの!?」

「あはは……確かに不思議よね。私たちも何がどうなってこんなことになったのか……」


私が苦笑すると、ハァ、とリタは大袈裟にため息をついた。


「どうやら、たっぷりと事情聴取をしなければならないようですわね――皆さん、お茶をお出ししますから中でゆっくりとお寛ぎください。さぁ、各方には色々と白状してもらいますわよ」


とっておきの脅し文句を吐いて、リタは不敵に笑った。







「さぁ一息ついたところで今後の作戦会議だ。まずはやらなければならないことを再度まとめよう」


ティーカップをテーブルの上に置いたロランが言うと、全員が頷いた。私がまず口火を切ることにする。


「まずは何と言っても、棚上げになったままの農業協同ギルドの設立ですわね」

「ああ、それが第一だな」


腕を組んで、レオが頷いた。


「今度復興村に入植してくる連中は農業の素人、それに村での生活なんて何も知らねぇ人間だ。それなりに軋轢も出るかも知れねぇし、何よりも農業のノウハウがねぇ。誰かがつきっきりで手取り足取り教えるなんてできねぇしな」

「それですわ。ここで重要なのが農業協同ギルドのノウハウの共有ですわね」


私はレオの言葉を引き継いで構想を説明した。


「農業協同ギルドという大枠さえあれば、肥料や使う農具、作物も規格化して統一できる。更に熟練した農夫に営農指導をお願いできれば心強いですわ。イチから何もかも積み上げるよりは遥かに簡単に農村に溶け込んでもらえると思うんです」

「なるほど。あなたたちはそういう事を考えていたのね。面白い取り組みだわ」


ライラがニヤリと笑った。流石は医者の頭の回転の速さで、私たちが今何をしようとしているのか早速掴んでしまったようだ。


「ノウハウや技術の共有は大事なことだわ。トラヴィアはとにかくそれぞれの医師一家が得た知識を秘伝として隠してしまう。だから全員で医療水準を上げるということがどうしても出来なかった。そういうところは変わっていかないといけないところだわ」

「その通りです、ライラさん。技術や知恵は秘するものじゃない、共有して伝えてゆくものですから」

「ああ、そういうことになるなら、なにか手順書(マニュアル)のようなものも作った方がいいか」

「マニュアル、ですか?」


私が問うと、ロランは大きく頷いた。


「そうだ。いちいち誰かを現場に招いて指導してもらうよりも、こういうときはこうしろ、というような資料があれば一番簡単だろ? まぁ、この村には文盲も多いから簡単なことではないけれどね」

「となると、農業協同ギルドでは教育もやっていかなければなりませんわね――」


ロランの言葉は、最近巷でよく聞かれるようになった公教育の概念を先取りする言葉だった。

私たち貴族階級にとって、民衆は無知であった方がよい、と考えられていたのは、最近だとどちらかと言えば保守的な発想になりつつある。

ある程度誰でも文字が読めて書けて、簡単な計算ができるようになれば、社会全体の幸福度が上がるというのは思想家や哲学者の考えることでなくとも自明のことだったし、何より、文盲であったヨーゼフの苦悩を間近に見ていた私たちにとって、村の識字率改善の問題はぜひ取り組みたいことでもあった。


「それに、一番取り組みたいのは(こう)のシステムの実現ですね。組合員が少しずつお金を出し合って基金を創り、そのお金で何かの事業をし、いざという時の保険とすること――農業協同ギルドに関してはこれが一番重要だと考えます」

「なるほどなるほど。それはいい発想だわ。ねぇアリシア様、それには医療も含まれるのかしら?」

「もちろんですわ」


ライラの言葉に、私は大きく頷いた。


「農村にとって医療費は本当にバカにならない出費ですから。このままこの村に医院を作ったとしても、農民たちは医者に見てもらう事自体に抵抗を感じるでしょう。基金の設立は医者にかかることへの抵抗感を払拭することにも繋がります」

「でしょうね。私もそこが不安だったの。あまり慈善活動って感じに捉えられたくないし」


王都で無一文に近い貧民たちを診療していたライラも、やはりそこを懸念していたようだ。

ライラたちが王都で貧民たちの診療を続けられていたのは救貧院や教会の寄付によるところが大きく、それでもギリギリの活動を強いられていた。

今後、この村の医療費全てをハノーヴァー家が負担し続けるわけにも行くまいし、何よりそういう形だと、下からの意識改革に繋がらない。

自分たちの村は自分たちで守る――そういう意識がなければ、医者を連れてきたところで状況は何も変わっていかないだろう。


ここまで一息に喋ると、レオが腕を組んで空を仰いだ。


「――わかっちゃいたが、やることが多いなぁ」

「ええ。なんだか――壮大な社会実験のような事業になりますわね」

「それでも僕はワクワクしてきたぞ。この国ではまだ誰もやっていないこと、いや、世界で初めての取り組みかもしれないしね」


ロランは何だかワクワクしたように笑った。確かに、この取り組みはもはや、単に農業のやり方がどうこうという話にはとどまらなくなりつつある。

農業協同ギルドがカバーする仕事は金融や教育、医療の分野にまで多岐に渡り、これが実現されれば、本当に農村の生活は一変するかも知れなかった。


「よし、とりあえず今後やることはひとまず決まったな。次はライラの医院の問題だ」


ロランが話題を変える一言を発し、ライラを見た。


「とりあえず、ライラの医院はこの復興村に建てるとしよう。建設資金は父上に相談してみるから心配ない」

「ありがとう。何から何まで悪いわね」

「これはハノーヴァー家の事業だから気にすることはないよ。それで、医薬品の購入先だけど――」

「ああ」


その話題に話が及んだ時、私はニヤリと笑った。

私が思わず笑ってしまうと、私以外の全員が、えっ? と私を見つめた。


「ロラン様、もちろんマルカノー商会のスコットさんにお話を通す予定なんですよね?」

「えっ? ま、まぁ、そうするつもりだけど――えっ、その顔は?」

「いえいえ。少々懐かしいなぁと思いまして」


懐かしい? その一言に、全員が戸惑ったように視線を交錯させる。

その視線にも構わず、私はウフフフ……と自分でも不気味に聞こえる声で笑い続けた。


スコットのヤツ――今回という今回はとんでもない不良品を掴ませやがって。

おかげで私もロランも物凄い大迷惑を被るだけでなく、あやうく命さえ落とすところだったのだ。

まぁもちろん全ての罪はマンシュ伯爵の方にあるのだけれど、とんでもないガセネタをあろうことか貴族令嬢に、しかも得意顔で売りつけてしまった責任は、もちろんあちらの方も感じていることだろう。

今頃、スコットは私たちに呼びつけられて文句を言われるのは今か今かと思って胃が痛いに違いない。

早めに段取りを決めて「解放」してやらないと、ライラの患者第一号が胃潰瘍の商人になってしまうやもしれない。


私はとてもいい声で言った。


「よしよし、ロラン様。早速スコットさんに連絡を取りましょう」

「う、うん……」

「さてさて、今回はどんないいお話を持ってきていただけるのかしら。楽しみですわね――」


ウフフフ……と再び私が笑うと、レオとライラは怪訝な表情で顔を見合わせた。




「面白そう」

「続きが気になる」

「頑張れ農協聖女」


そう思っていただけましたら下から★★★★★で評価願います。

何卒よろしくお願い致します。

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『がんばれ農強聖女』第三巻、2022年11/19(土)、
TOブックス様より全国発売です!
よろしくお願い致します!
― 新着の感想 ―
[一言] 面の皮厚そうだからさらりと流されそう
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