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儲けたもの

「アリシア様、ほっ、本当に行っちまうのかよ……! もっ、もう少し王都にいたらいいじゃねぇかよ、いやもういっそ王都に住んじまえよ……! 寂しいじゃねぇか……!」


レオやシェリーの父親であるダッドはそんな風に嘆きながら、物凄く恐ろしい顔をくしゃくしゃにし、顔中を分泌液まみれにして私の手を握っている。こんな人外の怪物にしか見えないのに、ダッドは驚くほど涙もろいらしかった。


私たちがライラやアランを連れ、ハノーヴァーに帰る日。

見送りにはノーマン医師やロレッタだけでなく、色々とお世話になった冒険者ギルド【自由家族(リベラル・ファミリア)】が総出で見送りに出てきてくれたことはありがたかったが、困ったのは来る前からすでに号泣しているギルドマスターのダッドの存在だった。

そんなに親しく言葉を交わした覚えもないのに、寂しい寂しいと連呼するばかりのダッドは、どうしても私たちを行かせまいとするかのように、こうして馬車を前にして十分ばかりゴネ続けているのであった。


巨大な手で私の手を器用につまみ、決して離そうとしないダッドの背中を、シェリーが強めにどついた。


「オヤジ、もういい加減にしなって。別にアリシア様は海の向こうに行くわけじゃないんだからさ。そのうちまた会えるって」

「ぐすっ……! そ、それでも寂しいじゃねぇかよシェリー! それにアリシア様やロラン様だけじゃなく、レオも帰っちまうなんてよぉ……! 三年も帰らなかったのに王都にいるのはたった一月、親不孝な倅だなぁお前は……!」

「訳わかんねぇこと言わねぇでくれよオヤジよぉ。全く、この図体とツラでどうしてこうも涙もろいかなぁ……」


レオが呆れたように眉尻の傷を掻き、ライラは少し引きつった顔で笑い、ロランは苦笑した。

あはは……と乾いた声で笑い、私がやんわりダッドの手を振りほどくと、ずびーっ!とダッドが強く洟を啜った。


「ひっぐ……おい、行っちまうのか?」

「え、ええ。こんなに泣いてくださって痛み入りますわ。それでもそろそろ行かないと……」

「ずびっ、そうか……そうだよな、アリシア様にも帰る場所があるんだもんなぁ」


ダッドはしょんぼりと呟き、泣き腫らしたことで普段の何倍も恐ろしくなった顔で私を見つめた。


「見苦しいところを見せちまってすまねぇな。でも頼みがある……いっぺんだけ、いっぺんだけでいいんだ、抱き締めさせてもらってもいいかい?」

「え、えぇ……!?」


私は仰天した。冗談でしょう? と言いたかったが、それを言ったらダッドはまた野太い声で泣き始めてしまいそうな表情だった。

流石の私も、顔が引きつるのを隠すことが出来なかった。


「あ、あの、本当に失礼ですけど、そんなことをしてもらうぐらい私たちって仲良くなりましたっけ……!?」

「何を言ってんだよぉアリシア様、この薄情者! 冷血人間! 人でなし! 俺たちゃ一緒に死線を潜った仲じゃねぇか! つまりもうアンタは俺の娘ってことだろ! オヤジが娘を抱っこして何が悪いんだよぉぉぉぉ!!」


うわーん! とダッドは滅茶苦茶な理由を口にしながら泣き喚いてしまった。

どうしましょう? と周囲に視線を振ると、レオは視線を逸らし、ロランは苦笑し、ライラは吐きそうな顔をした。

唯一、オヤジの背中をさするシェリーだけが、悪いけどそうしてやってくれない? と視線だけで言ったので、私も覚悟を決めた。


「あ、あのダッドさん、わかりました。一度だけ抱き締めるんですね?」

「ぐすっ、ひっぐ……! お、おお、いいのかい?」

「その代わり、ふんわり、ふんわりでお願いしますね? あまり力を入れられると……」

「わかってるとも」


ダッドは神妙な顔で頷き、そっと私の身体に太い腕を回した。

途端に、感極まったようにダッドが強く鼻をすすり――ギリギリギリギリ……と私の身体を万力のように絞め上げ始めた。


「うおおおおおんやっぱり寂しいぜぇ! 辛いことや悲しいことがあったらいつでも帰ってきてくれていいんだからな! いつでも寝る場所と食べるものは用意するからよぉ!」

「ウッギャアアアアアア!! だ、ダッドさん!? ちょ、ぐ、ぐるじっ……!」

「アリシア様、割と早めに王都に帰ってきてくれな! 俺ァ寂しくて寂しくて胸が張り裂けそうなんだ! うおおおおおん!!」

「潰れる! ダッドさん、私が先に張り裂けます! ……ぎゃああああああ!!」

「オヤジ! ブレークブレーク! アリシア様が潰れるよ!」

「オヤジこの野郎、いい加減離せってんだよ! 殺す気かバカオヤジ!!」


途端に、シェリーとレオが本気の力でダッドをボカスカと殴り始めた。

十発も殴られたところで、ようやっと私の全身に掛かっていた圧力が緩み、私は二、三度盛大に咳き込んだ。


「ぐすっ、すまねぇな、急に取り乱したりなんかしてよぉ……」

「い、いや、いいんです。お気になさらず……げほっ」

「だっ、大丈夫かいアリシア?」

「ロラン様もアリシア様、悪いけどもう帰ろう。これ以上オヤジを放っておくとアンタらを殺しちまうかもしれねぇし」


レオがほとほと困ったというように促すと、次はライラたちの番だった。

ライラはノーマン医師の手を握り、潤んだ目で語りかけた。


「テッド、ノーマン先生、それにロレッタ。あなたたちには本当にお世話になりました。浮浪者だった私の身柄を引き取ってくれただけじゃない、ここまで立派に医者として育ててくれて……」


ライラが鼻を真っ赤にしながら、感極まったようにしばらく絶句した。


「……このご恩は一生忘れません。きっと私、ハノーヴァーの人たちを癒せる医者になります。先生、ロレッタ、見ていてね……!」

「ああ、ライラ。君もがんばるんだぞ。きっとわしも王都から見とる」

「ライラ先生、どうかハノーヴァーでもお元気で……!」


三人はお互いの身体に腕を回し、しっかりと抱き締め合った。ライラの足元にいたアランでさえ、ノーマン医師の足元に抱きついて顔を埋めた。

血族など関係のない、本物の家族でしかないその姿に、ふと思わず私の目頭も熱くなった。

いいよなぁ、家族って……【自由家族】とライラたち、そのふたつを見ていると、なんだか心の底からその絆の確かさが羨ましくなってしまう。

私が指で目尻を拭うと、ロランが私の肩に手を置いて微笑みかけてきた。


「さぁ、お別れが済んだらハノーヴァーに出発しよう。みんな、本当にお世話になりました! きっとまたいつか!」


うぉーっ! という野太い声が【自由家族】の面々から上がった。

私たちが乗り込んだ馬車が王都の石壁を出るまで、天地を揺るがすようなお別れの声はずっと聞こえ続けたのだった。







「しかし、騒がしかったなぁ」


王都を遠くに見ながら、今更その狂騒が懐かしくなった、とでも言うようにロランはぼんやりとした口調で呟いた。


「ええ、騒がしかったですわね。ハノーヴァーに帰ったら静かすぎて気持ちが落ち着かなくなるぐらいに――」


私が苦笑すると、ロランもつられたように苦笑した。


「ああもう……しばらくはハノーヴァーの外には出ないぞ、僕は。それに存分にぐうたらしたい。日が高く昇ってから起き出して日暮れと一緒に寝てしまう生活がしたい。……そうだ、しばらく二人で保養地にでも行くかい? ハノーヴァーには天然温泉も豊富なんだよ」

「もう……生憎ですけどロラン様、これからはそんな暇はありませんよ」


楽しそうに言ったロランには悪いけど、私は苦笑しながら窘めるしかなかった。

二人きりでひっそりと温泉旅行――凄く魅力的な申し出ではあったけれど、それはまたの機会に取っておくことにしよう。


「まずは王都から入植してくる人々の住まい探しからです。荒れ果てた耕地を耕し直して、住む家も直して、村の互助組織も組み直して……」


私は指折り数えながらやるべきことを確認した。

そう、今回私たちが手に入れた中で一番大きなもの、それは減ってしまった復興村の人口だった。

実験農場から解放された貧民たちの中には、解放されたとしても今更ゆく当てのない人々も多かった。

これらをハノーヴァーの復興村で引き取り、住む家と耕地を与えることになった経緯については、その先行きを不安視したライラたちの執り成しの結果だった。

最終的に、実験農場で働かされていた中から二十名程度がハノーヴァーへの移住を希望することとなり、王都での身辺整理が終わった者から順次ハノーヴァーの復興村に入植する手筈になっていた。

ゆく当てのなかった貧民たちは農民として再スタートを切る事ができ、復興村は減った人口を回復することが出来る、それは瓢箪から駒、お互いに一挙両得の解決法だった。


「それに、もうすっかりと秋です。収穫の秋でもありますし、麦の作付けももう始まりますから。これからは休んでる暇なんかありませんわ」


その一言に、おお、とロランは今更気が付いたというような声を発した。


「そうだった、そうだったね……もうすっかり秋なんだ。収穫の秋か。これからハノーヴァーは忙しくなるんだった」


たはは……とロランは頭を掻いた。


「もう季節なんかすっかり忘れていたよ。てっきりまだ夏だと思っていた。ワインの仕込みもこれからだ。一年で一番忙しい時期になるな――」


確かに、もうすっかりと秋だった。

それは一年で一番、農村が忙しくなる時季。

辛く、苦しい農作業の中で、唯一と言ってもいい喜びの季節だ。


その季節が、もう目の前にある。

それだけで私の心は宝物を前にしたように踊った。


「ねぇねぇ、そういえばハノーヴァーって名物とかあるの? やっぱりワインかしら?」


ふと窓の外を見ると、馬に器用に横座りしたライラが銀色の髪を靡かせながら楽しそうにしていた。

名物だぁ? と呆れたように答えたレオは、それでも少し考えるような表情になった。


「まぁ名物ってほどでもねぇが、馬鈴薯は最近増えてるぜ。俺が村に広めてんだ」

「馬鈴薯? なんだか地味ねぇ。それにあなたが広めてるって? あなたが土掘って大きく育てよーなんてやってるわけ? 似合わないわね」

「何を言いやがる。こう見えても俺ァ鍬の扱いは剣よりも上手いんだぜ。俺の手にかかれば見渡す限りの荒れ野も一日で立派な畑になるさ」

「結構時間かかってるじゃない」

「バカお前、すぐ土を耕せばいいってわけじゃねぇんだ。畑作りってのは草を刈るところから始まるんだぜ。それにな――」


傍目にも随分仲が良さそうなライラとレオは、それをじっと見つめている私の視線など気にも留めていない風だった。

羨ましいぐらい仲よくなったんだなぁ、とその姿を見つめていた私は、不意にそれを盗み見するのも悪い気がして、馬車の窓を閉めた。


馬車の窓を閉めた私は、そのまま自分の席には戻らず、ロランの隣に腰を下ろした。


「アリシア――?」


私は何も言わずに、静かに高まっていく胸の高鳴りにじっと耐えた。

無言のまましゃちほこばって座っている私に何らかの意志を感じたのか、ロランもなんだか急にソワソワした雰囲気になり、顔を背けてしまった。


このまま、まだ何もないままにハノーヴァーに帰りたくない。

トマトも、医者も、新たな仲間たちも手に入れた。

妹であるノエルとも――少しだけ、元通りの姉妹に戻れた。


あと変わっていないことがあるとしたら――それは私たちの関係だけだった。


いい加減、この人の婚約者になったときから、私たちの関係には今の今まで何の進展もなかった。

そりゃ一緒に添い寝ぐらいはしたけれど、それにしたってじゃれ合い程度のもの。本当の男女がやるような行為には一切手を出していない。

ロランはこういう人だから、私から何らかのアプローチをしない限り、手を出して来ないことはわかっていた。

そして私の方も――そういうことに手を出させるようなアピールが全く苦手であることも、自分自身でわかっている。


でも――今回は何回も修羅場を潜って、多少の度胸はついた。

これぐらい、大好きなロランの隣に座るぐらい、今は何でもないことだった。


「アリシア――」


不意に名前を呼ばれて、私の身体が小さく震えた。

覚悟は出来ている、覚悟は出来ている、覚悟は出来ている――。

何回繰り返しても、胸の高鳴りは少しも弱まってくれなかった。

ロランが身動ぎする気配がすぐ横に伝わり、私は目を固く閉じた。


さぁ、逃げも隠れもすまい。

煮るなり焼くなり好きにしやがれ――!


私は一世一代の覚悟で、「その時」を待った。

長い長い、沈黙の時が流れた気がした。




その時、すっ――と、膝の上で全くお留守にしていた自分の手に、温かい感触が触れた。

はっ、と目を開けると――馬車の椅子の上で、自分の左手とロランの右手とが、指を絡めてしっかりと繋がれていた。




「ロラン様……?」

「ご、ごめんアリシア。その、急なことでびっくりしてしまって――」


顔を明後日の方向に背けながら、なんだかぼそぼそと呟いたロランの姿。

そのときのその姿は――一言で言えば、もう真っ赤っ赤としかいいようがなかった。

頬から耳から首筋から、もう赤くなる余地がないと言えるぐらいどこもかしこも桜色になり、頭から湯気が出ているのではないかと思わせるほどだった。

しっかりと絡まった手の指から伝わる体温は火傷しそうな程に熱く感じられ、ロランの心臓がたった今、全速力で稼働しているのが感触だけでもわかる。


「でっ、でも、これぐらいは、いいよな? ぼっ、僕らはその、ほら、その、こっ、婚約者どうし? なんだし――」


手を繋ぐことだけで、たったこれだけの段差を乗り越えるだけで、このやられよう――。

傍目には完璧なダーリンとしか思えないこの青年は、もしかして私よりも何倍もウブなのかもしれない――いや、きっとウブなのだ。

そう確信できるほどに、手を繋ぐことだけで気の毒なぐらい精一杯と見えるロランは、全力で「恥ずかしい」の感情を全面に打ち出していた。


思わず、釣られて恥ずかしがるよりも、どうしようもなく笑けてきた。

私もロランの手を握る手に力を込めると、ロランがようやく私の方を見た。


「ロラン様、なっかなかにウブですわねぇ……」

「なっ――!? なんだよアリシアその顔は! 何がおかしいんだよ!?」

「おかしいですとも。そんな涼しい顔してこんなにウブだなんて。まぁ、そういうところも可愛いんですけれどね……」

「かっ、可愛いって……!」


可愛い、と思わず言ってしまうと、ロランの真っ赤っ赤の頬がぶうっと膨れた。どう見てもカッコイイとは言い難いその反応がますます可愛く思えて、私はそっとロランの肩にしなだれかかった。


「お、おいアリシア、ちょ――!」

「大丈夫、大丈夫ですわ。今後はこうならないように、ロラン様が慣れるまでしばらくこうしていてあげます。また真っ赤になられたら同じことがやりにくいですからね……」


しばらくはこの手を離さないぞ、と、そういう意味の言葉のつもりだった。

私の言外の意志がわかったのか、ロランは真っ赤の顔のまま、ぷい、と横を向いてしまった。




ようやく訪れた甘々な空気をはち切れんばかりに満載して、馬車は遠くハノーヴァーへ続く道をガタボコと進軍した。




ようやく異世界恋愛ジャンルみたいになってきました。


「面白そう」

「続きが気になる」

「がんばれ農協聖女」


そう思っていただけましたら下から★★★★★で評価願います。

何卒よろしくお願い致します。

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『がんばれ農強聖女』第三巻、2022年11/19(土)、
TOブックス様より全国発売です!
よろしくお願い致します!
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