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怪我の功名

あの馬鹿騒ぎから五日間。

永遠に続くかと思われた王宮への報告・事態収拾のための事情聴取が終わり、やっとのことでハノーヴァーに帰れる目処が立つまでには、それぐらいの時間が必要だった。

私はずっしりと疲れを溜め込んだ身体を半ば投げ出すようにして馬車の背もたれに預け、いつの間にかすっかり青が深まった秋空をぼんやりと見つめていた。


「こんなことを言っても何にもならないけどさ」


不意に、対面の椅子に座ったロランが、同じぐらい疲れたような表情で口を開いた。


「今回の王都は本当に疲れたな。少しいろんな事がありすぎたよ」

「ええ。その通りですわね。本当に――疲れた」


私も太いため息をつきながら頷いた。


「まさか王都の平和を揺るがすようなことに巻き込まれるなんて……本当に災難でした。霊薬だなんだとまやかしに踊らされていた自分の不明を恥じる他ありませんわね」


そう、私たちは確実に驕っていた。ハノーヴァーの聖女だなんだと呼ばれ、驕っていたからこそ、悪魔につけ込む隙を与えてしまったのだ。

大自然の脅威に多少抗う術を見つけたことで、その全てをねじ伏せ、駆逐できるのだと思ってしまったことへの、それは明確なしっぺ返しだった。

今回はこれだけで済んだが、もし自分があの魔女の霊薬に軽はずみにお墨付きを与えていたら、もしかしたら私は永久にハノーヴァーには帰れなかったかもしれないのだ。


「人間は本来無力。渇きに雨を降らせることも、苦難に歓喜を与えることも出来はしない――そんな原理原則を忘れかけてましたわ、私。どうして忘れてしまったんでしょうね。ネリンガ村や復興村の人々を見ていたら、そんな大事なことを忘れるはずもなかったんでしょうけれど……」


私は高い空から、王都イステレニアを囲う城壁に視線を移した。

謎の病魔から解放された王都には再びの平安が訪れており、その威圧的な城壁も、今はひっそりと静まり返っているような気さえした。


ハァ、と私は再びため息をついた。


「もう……ともかく今は一刻も早くハノーヴァーに帰りたい。もう数年間も離れてしまったような気がしますわ」

「言えてる。僕もだ。もうハノーヴァーのことを忘れかけてたよ」


ロランは苦笑した。


「どうにも王都の空気はくすんでいて、やっぱり僕の性に合わないな。ハノーヴァーはなんにもない辺境だけど空気と水だけは綺麗だ。それに人も……ああもう、王都はもうしばらく来たくないな」


ロランはむしゃくしゃしたように髪の毛を掻き毟ったときだった。

パカ、パカ……という蹄の音がすぐ横に聞こえ、私は窓の外を見た。


「アリシア様、馬車酔いしていないかしら? もしそうならいいことを教えてあげる。鼻を掴んで耳を引っ張って、その場で三度回転するといいわよ」


半分冗談だ、というような声でそう言ったライラは、いつになく手綱を握っているレオの背中に引っ付くようにしながら微笑んだ。

窓から顔を出した私も釣られて苦笑いし、「それ、本当ですか?」と訊ねてみた。


「ライラさんがその口調のときは危険サインであるような気がするんですけどね。もしかして馬鹿正直にそれをやる私を笑うつもりじゃありません?」

「これでも私は医者よ。患者さんが不調を訴えるなら笑ったりはしないわよ。ましてやからかうことなんてしないわ」

「それなら安心です。今のところは馬車酔いしてませんけれど、後で機会があったら試してみますよ」

「でも、あんまり婚約者さんの前ではやらない方がいいかもね。何しろ周りから見たらこれ以上なく滑稽な治療法だからね」

「お、おいライラ……あんまり引っ付くなよ。暑いんだっての」


レオは野太い声で、しかし何だかぼそぼそとした口調でそう言った。

肌が浅黒いからよく見ないとわからないけれど、その顔はやっぱりいつもより確実に赤く見える。

ライラの一世一代の情熱キッスをまともに食らって以降、レオはライラの顔をまともに直視することもできなくなっていて、こうして何かと理由をつけてひっついてくるライラに日夜翻弄されまくっているのだった。


「あら、私は暑くても平気よ? トラヴィアは気温が摂氏四〇度にもなることもあるから。暑いのには慣れてるの」

「俺が慣れてねぇんだよ……とにかく少し離れろ。あとハノーヴァーに入ったらお前も馬車に乗れよ。ったくお前、わざわざロラン様が用意してくれた馬車に乗らないんじゃもったいねぇじゃねぇか」

「あら、ちゃんと許可はもらってるわよ? それに馬車にはアランと私の治療道具が乗ってる。無駄にはなってないわ」

「ったく、ああ言えばこう言う女だなぁ……。いいか、くれぐれもハノーヴァーに開業した後は大人しくしとけ。間違っても患者を蹴り倒したりすんなよ、お前」

「安心なさい。あなた以外は蹴らないって決めたからね」

「俺は蹴るのかよ」


むうっと下唇を突き出して背後を振り返ったレオに、ライラは実におかしそうにケラケラと笑った。

復興村の村長であるレオとこれだけ仲がいいライラなら、きっとハノーヴァーの人々ともすぐに打ち解けてくれるだろう。


復興村に、そしてハノーヴァーの辺境に、医者がやってくる――。

そのことを考えただけで、私の心がまるで春の訪れを喜ぶときのように踊った。

今まで医者にかかることなく命を落とす他なかった農民たちが、きちんとした医学的治療を受けられるようになる。

それだけでハノーヴァーの農村の生活水準はどれだけ向上し、これからどれだけの人々が救われるだろう。

私にはそれがとても革命的なことのように思えて、ライラの姿がこれ以上なく頼もしく見えるのだった。


「やれやれ、今回は色々あったけれども、儲けたものも多い。医者、トマト、それに復興村に入植してくる王都の貧民たち……」


ロランは指折り数えながら微笑んだ。


「どう考えても大騒ぎ分は儲けたな。怪我の功名、ってヤツだ。よかったなぁアリシア。これで僕たちの復興村はもっと賑やかに、豊かになる。そうだろう?」


はい! と大きな声で返事をしながら、私はこの馬鹿騒ぎの五日間の顛末をひとつずつ思い出していた――。




「面白そう」

「続きが気になる」

「がんばれ農協聖女」


そう思っていただけましたら下から★★★★★で評価願います。

何卒よろしくお願い致します。

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『がんばれ農強聖女』第三巻、2022年11/19(土)、
TOブックス様より全国発売です!
よろしくお願い致します!
― 新着の感想 ―
[気になる点] 怪我の巧妙という誤字…もしかして当て字…は かなり読後感を台無しにして居る気がします
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