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ゴミ虫たちの宴

冒険者ギルド【自由家族】一行の参戦により、形勢は着実に反乱軍側に傾きつつあった。


流石は一騎当千の冒険者と言える動きで立ち回るレオの兄妹たちは、わずか二十名足らずなのに、五十人をゆうに超える伯爵側の増援部隊を確実に圧倒しつつある。

もう何人を蹴り倒したかわからない脚は段々と重くなってはいたが、ライラには自分たちは確実に勝利に向かっている確信があった。

抑圧され、好き勝手痛めつけられていた貧民たちが、鍬だの棒だのを振るい、完全武装の兵士たちを押し遣ってゆく姿――。

その様は反乱というよりも、まるで長くて暗いトンネルの先に見える小さな光を目指して猛進しているような感覚だった。


長い困難の果てに待つ自由と太陽の光を全身に浴びようとする貧民たち。

希望などという言葉が創り話にしか思えない人生の中で、初めて自分が思い定めた希望に向かって歩いていこうとする姿――それはライラが今まの人生で見てきた中で最も心躍る光景であった。


「この野郎――!」


と――そのときだった。一瞬の隙を突かれ、兵士に後ろから抱きつかれてしまった。慌てて身を捩って逃げ出そうとするが、その前に自分の首元に剣が迫る。

ヤバい、斬られる――! ライラの心臓が一瞬強く収縮した瞬間、ゆらりと目の前に現れた巨体が、折り曲げた右肘をライラの顔の横に叩き込んだ。

パキッ、と、何かが砕けるような音が発して、自分を縛っていた両腕の感覚が消える。


「ライラっ、無事か!?」


汗だくの血まみれになりながらも、レオはいまだ死んでいない目で叫んだ。

「ええ……ありがとう」と応じながら、ライラは煤だらけになった顔で少し笑った。


「とんでもない有様ね、お互いに」

「ああ……くそっ、帰ったらいの一番に水浴びしてぇや。おっと――!」


そうボヤきながらも、レオはすぐ背後に迫っていた白刃を躱し、兵士の後頭部を掴むや、顔面に強烈な膝蹴りをくれた。

そのままズルズルと崩れ落ちた兵士を脚で蹴転がして荒い息をついたレオが、ふと何かに気づいた表情で顔を上げた。


一瞬あって、ライラもあることに気づいた。

さっきまで怒号と殴り合いの音が渦巻いていた周囲が奇妙に静かだった。

ふと顔を上げると、おおお、と貧民たちが恐れを成したような声を上げ、兵士たちがある一点を凝視している。

【自由家族】の冒険者たちでさえ、それぞれの得物を構えたまま強張った表情を浮かべている。


「なんだ――?」


レオが不審そうに眉間に皺を寄せたとき、音もなく側に現れたシェリーが小声で言った。


「レオ兄ぃ、なんだかヤバいヤツが来たよ――!」


ヤバいヤツ? シェリーが指さす方向を見て、ライラは息を呑んだ。




他を圧倒する大柄をまるで壁のように反り立たせた巨漢。

その周囲にはうめき声を上げる貧民や冒険者たちが幾つも転がっていた。

胸倉を掴んでいた貧民を傍らに投げ捨て、まるで魔王の如くに反乱軍の前に立ち尽くす男――。


伯爵家家令にして、ライラの実の兄である男。

ライザール・アル・ジャンマール。

その血のような赤い双眸が、静かな殺気を湛えてこちらを睨み据えた。




「ライザール――!」


ライラが呆然と呟くと、レオが動いた。

前にいた貧民たちや兵士たちを押し退け、ライザールの前に進み出る。

ライザールの脚元に転がった人々をちらと見たレオは、ライザールの顔を真正面から見た。


「おいデカブツ、俺の兄妹たちを随分可愛がってくれたようだな、え?」


静かな怒りを滲ませた声で、レオは開戦の口上を述べ始める。

どうしようか迷ってから、ライラも後に続き、レオのすぐ後ろまで進み出た。


「ここの親玉はてめぇか、デカブツ。生憎だがもう止めようはないぜ、花火は打ち上がっちまった。王国軍がじきにやってくる。テメェらの負けだ、観念しな」

「何故――」


渡されようとする引導を拒否するように、ライザールが目を顰めた。


「お前たち、何故反乱など起こした?」


レオではなく、固まっているままの貧民たちに向けられた声だった。

低く、問い詰めるような口調に、貧民たちが慄いた。


「馬鹿なことは考えるなと何度言った? 反乱など起こしてもお前たちに行く場所はない。ここにいさえすれば衣食住は保証される。後先考えない冒険者風情に焚きつけられてついその気になったのか? この、この大馬鹿どもが――!」


あくまでも冷静でいようとしているらしいライザールの顔に、それでも抑えきれない怒りが浮かんでいる。

その表情は実の妹であるライラですら初めて見る、兄が真剣に怒ったときの表情に違いなかった。


「そうでないというならひとつ問おう。お前たちはここを出たらどこへ行く? 誰がお前たちを受け入れる? 誰がお前たちの相手をする?」


その問いに、貧民たちが徐々に俯き始める。

忘れていた未来を突きつける言葉に、今までの戦意が萎え始めるのがわかった。


「答えは簡単だ、お前たちには何もないのだ。誰もお前たちを受け入れず、誰も相手にしない。ここがお前たちにとっての唯一の居場所だったのだ。それを己の手で破壊してどうする。ここを出たお前たちはどこへ行って何をするというのだ」


静かに、言い聞かせるような言葉で、ライザールは貧民たちに絶望を刷り込んだ。

ライラが言い返そうとすると、素早く動いたレオの左手がそれを制した。

言わせろ、言わせておけ――無言でそう告げるレオに、ライラも言葉を飲み込んだ。


「馬鹿なことはやめて投降しろ、命令だ。今なら私が伯爵にお前たちの助命を嘆願できる。しばらく痛めつけられるかもしれんが私の命に懸けて殺させはせん。よく考えろ、自分たちがどれだけ無力で惨めなのか思い出せ。まやかしの希望は捨てろ」


しばらく、農場に場違いな沈黙が落ちた。

ざっ、と、火薬臭い煙を拭き散らす風が吹き――砂埃を立てた。


「言いてぇことはそれだけか?」


不意に――レオが嘲るような口調で嗤った。

ぴくり、と、ライザールの顔の筋が痙攣した。


「デカいのは図体だけじゃなくて態度もだな。テメェがどれだけ偉いつもりだ、ええ? 人に偉そうに指図しやがって。ハッキリ言ってやる。テメェは単に、テメェのやられたことをやり返してぇんだろ?」

「何――?」


ライザールの声が震えた。

レオは半笑いの顔で腰に手を当てた。


「爆発で耳がバカになってんのか? 聞こえなかったならもう一度だ。テメェは、自分が、やられたことを、周りに押し付けたいんだろうって、そう言ってんだよ」


むらっ、と、ライザールの身体から凄まじい怒気が発した。

それだけで貧民たちは恐れ慄くが、レオは「図星かよ、だろうな」と何度も頷いた。


「今の言葉は明らかに経験の話だ。ライラから聞いてるぜ、テメェも貧民街を這いずり回ってたそうだな? 国を追われ、二親に死に別れ、かつて医者として助けた患者にもそっぽを向かれた。辛かった、苦しかった、何よりも、誰も助けてくれないことに腹が立った――そうなんだろ?」


ライザールは無言だったが、徐々に強張っていく顔が着実に増してゆく怒りを物語っていた。

レオは火に油を注ぐかのようになおも続けた。


「だからこんな地獄みてぇな農場にこだわりやがるんだ。自分がいた地獄を再現して、自分がされたことを他人にやり返し、してほしかったことを他人に施す――自作自演だ。何をすました顔してやがる、この場で一番深く地獄に堕ちてんのはテメェだろうが。居場所がどうのこうのなんて単なるおためごかしだ。テメェは単にこの農場がなくなったら困るんだ。過去をやり直せなくなるからな――」


握り締められたライザールの拳がはっきりと震えた。

皮一枚下に怒りを充満させたライザールに向かって、レオは拳を構えた。


「俺たちも元は地虫だ。親の顔も知らず、自分の名前すら知らず、腹を空かせて掃き溜めを這いずり回ってたゴミ虫さ。けれどな、俺たちは辛い過去じゃなくて楽しい未来に生きてんだ。言っとくが、テメェと一緒にするなよ、くれぐれもな」


未来――このガサツの塊にしか見えない男から吐かれた言葉とは思えなかったけれど、その目は真剣だった。


「もうこの場の誰もテメェには付き合わねぇ。俺たちはテメェが作ったこの地獄を出ていくぞ。どうしても止めるってんなら、男らしくゲンコツで止めてみやがれ――!」


それと同時に、レオが地面を蹴った。

ややあって構えたライザールに、あっとライラは声を上げた。


「レオ、ダメよ! 待って――!」


叫んだが遅かった。ライザールの顔面を狙ったレオの右拳が空を切り、大きく弧を描く。

機械的に正確で最小限の動作で身を躱したライザールが深く踏み込み――ガラ空きになったレオの右脇腹を狙った。


パァン! と、拳が生じさせたとは思えない乾いた音が発した。

それと同時にレオのつま先が地面から浮き、その表情が苦悶に歪んだ。


「ガ――!?」


潰れた声がレオから発した。

ライザールは素早く間合いを切り、腹を押さえたレオを見下ろした。


「っぐ……! へへ、いいもの持ってんじゃねぇか、デカブツ――」


レオが苦悶の笑顔でライザールを見上げた、その瞬間だった。

目にも留まらぬ速さで動いたライザールのつま先がレオの顎を強かに捉え、レオの顔が鋭く跳ね上げられた。

飛び散った鮮血が地面に落ちるよりも先に、二撃、三撃――とライザールの拳が腹と言わず顔と言わず次々と叩き込まれてゆく。


「レオ――!」


ライラが悲鳴を上げた途端、ふらふらになったレオに向かい、ライザールが大きく振りかぶった。

右掌を盾のように広げ、肘を固定したライザールの掌底が、目をひん剥いたレオの顔面を真正面から捉えた。


凄まじい衝突音が発し、レオの身体が吹き飛ばされた。

慌てて駆け寄り、砂まみれの身体を起こしてやる。


「レオ、大丈夫っ!?」

「ぐぐぐ……! な、なんなんだよくそったれが……なんだアイツ、あの動き……!?」


レオが憎しみの籠もった視線で見た先で、ライザールは腰を落とし、身体を小刻みに上下させながら顎を引き、両手を平手にして構えた。

あれは――ライラは封印していた過去の光景を思い出し、思わず呟いた。


「……ライザールはトラヴィア式軍隊格闘の達人よ。あの体躯と膂力で子供の頃から大人さえ圧倒していた。その腕前は御前試合で皇帝から直々にお褒めの言葉を賜るくらいで――」

「なんだと……!? そういうことは最初に言え、最初に! 気の利かねぇ女だなテメェは!」

「な――何よ人のせい!? アンタが勝手に突っ込んでいって勝手に叩きのめされたんでしょうが! 挙げ句に逆ギレ!? 情けないと思わないのッ!」

「うるせぇよ、正論でごまかすな! ……ええい、単にウドの大木ってわけじゃねぇのかよ。畜生めが――!」


口元の血を袖で拭い、レオは立ち上がった。

既に脚元が危なくなっている気がするのは、多分気のせいではなかったはずだ。


「へっ、テメェがこの農場のボスってことかよ、悪くねぇ大冒険だな。――おい兄妹、コイツは俺がブチのめす! 何があっても手出しは無用だぜ!」


大声でギルドの全員にそう宣言してから、レオは拳を構えた。

あくまで抵抗の意思を見せたレオに、フッ、とライザールが失望したように鼻白んだ。


「まだやるというのか。もう一度だけ言う、降伏しろ。貧民街で多少身についた程度の格闘技術では俺には敵わん」

「へっ。今『俺』って言ったな? ようやく地が出てきたんじゃねぇの?」


目ざといその指摘に、ライザールが目を見開いた。

「黙れ……!」の一言とともに動いたライザールの拳が唸りを上げてレオを狙った。

レオは両腕で顔面をガードするが、その防御すら圧倒する拳がレオの顔面に突き立った。


バキッ! ゴッ! という音が連続し、レオの身体が何度も感電したように踊った。

正視に耐えないような光景に、思わずライラは手で顔を覆った。


「レオ、何やってるの、反撃してっ!」


ライラが思わず声を上げると、ふら……と後ろに揺らいだレオに向かい、ライザールがぐっと身体を矯めた。

そのままとどめだというようにライザールが大きく拳を振りかぶった途端――ぐっ、と顔を起こしたレオの目が光った。




ブーッ! と、なんだか不潔な音が発し、ウッ!? と悲鳴を上げてライザールが顔を背けた。

レオの口から吹き出た赤いもの――あれは血か? ライラが仰天している前で、ライザールの様子が変わった。




「ぐ……!? こ、これは……!?」


顔面にべっとりと吹きかけられた血が目に入ったらしい。

唸り声を上げてめちゃくちゃに目をこするライザールに向かって、レオが渾身の怒声を張り上げた。


「うるぁアアアアアアアア!!」


レオが振るった拳が、初めてライザールの顔を捉えた。

巨石と巨石が激突するような衝撃音に、ライザールの巨体がはっきりと揺らいだ。

そのままライザールの袖と裾を掴み、気合いの一喝とともにレオが身体を捻ると――二メートル近いライザールの身体がふわりと浮き上がった。


あの巨体を一本背負い――ライラが目を瞠ると、凄まじい音とともにライザールの身体が地面に叩きつけられた。

それと同時に、明らかなダメージを負った声がライザールの口から漏れ出て、周囲にぶわりと砂埃がまき起こった。


「……ようやく一本、だな。多少は目ェ覚めたか、デカブツ」


レオが血混じりの唾を吐き散らしながら笑った。

地面に手をついて身体を起こしながら、ライザールは怒りに顔を歪めた。


「こっ、この、この卑怯者――!」

「やっかましいぞボケェッ! 喧嘩に卑怯もクソもあるか! 俺たちはこうやってどうにかこうにか生きてんだよ、ゴミ虫をナメんじゃねぇっ!」


こめかみに血管を浮き立たせての大音声に、ライザールがよろよろと立ち上がって構えた。

それと同時に、レオも体勢を低くし、猛獣の目で相手を睨み据えた。


「レオ兄ぃ、がんばれ!」


不意に――ライラの横にいたシェリーが声を張り上げた。

シェリーはまるで(いにしえ)の英雄劇を見るかのような輝いた目で拳を突き上げる。


「絶対に負けないでよ! そんなデカブツ、レオ兄ぃの敵じゃない! レオ兄ぃは強いんだ! 悪いやつをやっつけてやれっ!」


その力強い声援に、ライラの心もなんだか熱を発してきた。

ライラも思わず声を張り上げた。


「レオ! お願い、がんばって! ライザールなんかに負けないで! ここの皆を助け出せるのはあなただけよ! がんばれ、がんばれっ!!」


その声援に、徐々に周りの貧民たちも声を上げ始めた。

拳を突き上げ、口元に手を添えて、全員が口々に、がんばれ、がんばれと繰り返した。

圧倒的な声援に応えるかのように、ライザールから目をそらさないまま、レオが薄く笑った。




文字通りの焦熱地獄と化した農園のど真ん中が、真実、宴の騒ぎに揺れ始めた。




「面白そう」

「続きが気になる」

「がんばれ農協聖女」


そう思っていただけましたら下から★★★★★で評価願います。

何卒よろしくお願い致します。

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『がんばれ農強聖女』第三巻、2022年11/19(土)、
TOブックス様より全国発売です!
よろしくお願い致します!
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