9.ビバ、不労生活!!
「ほー? 紫紺の宝珠なんて見つけてきやがったのか。我が娘ながら、大したものだな」
「いえ、ロノム様とアイリス様のお力です。養父に対する借金が早めに返せると喜んでおりましたよ」
「あいつ等の力を見込んでの投資のつもりだったが、俺の想定以上にどでかく返ってきそうだな。楽しい限りだぜ」
快晴の太陽光が燦々と降り注ぐ昼下がり、絹糸と麻で織り込まれたお洒落な街着姿のメルティラと亜麻で織られた派手めの服を着こなすゲンさんは、オープンテラスのカフェでコーヒーを飲んでいる。
「養父のおっしゃっていた通り、あのお二人は実力のある冒険者ですね」
「そーだろー? アイリスはいつAランクに行ってもおかしくねえ治癒術師だし、ロノムはロノムでランクでは見えない強さを持ってやがる。いやー、ほんと都合よく二人同じタイミングでフリーになってくれたわ。運命なんざ信じてないつもりだったが、これが天命ってやつなんだろうな」
「その天命に、私も連ねて頂けますか?」
「ははは! お前もちょうど前のアライアンス抜けてフラフラしてたしなぁ! あの二人に負けないように頑張れよ!?」
「はい、精進いたします」
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遮る雲のない美しい青空が広がる昼下がりの中、冒険者ギルド近くの大通りをロノムとアイリスの二人は歩いている。
「紫紺の宝珠抜きにしても相当な額になりましたね。ほっくほくですなぁ!」
「アルケアの星座盤とかポパル眼鏡とか色々あったからね。ゲンさんが立て替えてくれたアライアンス設立費用の一部も返せるし、しばらくは家賃も払い続けられると思う。あ、でも、武器防具の買い揃えやお二人への給金も考えると、またすぐにダンジョン探索に出かけた方がいいのかな」
二人は紫紺の宝珠以外の戦利品の換金を行い、冒険者ギルドに対して正式なダンジョン報告に向かう途中だった。
今回探索の目玉である紫紺の宝珠は街の商人に対して売るには勿体ない代物であり、何かの切り札に使える可能性もあるので手元に置いておくことにした。
現在はシルバー・ゲイル本部の金庫内で厳重に保管している。
「ロッさんのハンドアックスも随分年季が入ってますものねえ。今のに拘りがないなら、もうちょっといいもの探しに行きましょうかー。あと、服! 普段着!! アライアンスの団長なんだから、もっとちゃんとした服を着なさい!!!」
アイリスがビシっとロノムを指さしながらそう言った。
「あ……、やっぱりコレじゃダメかな……」
ロノムは今自分が着ている擦り切れてボロボロの色褪せた服を見回した。
金のなかったロノムの一張羅であり最後の砦の服である。
この服が着られなくなってしまったら、まさに「服を買いに行く服がない」と言う状況に陥ってしまうものだった。
「お金も手に入ったし、身なりはちゃんとしましょー。ほら、丁度仕立て屋さんもあるじゃないですが! 善は急げですふぉろーみー!」
「え、ちょっ! 今!?」
そう言うとアイリスはロノムを引きずりながら、目抜き通りの仕立て屋へと吸い込まれて行った。
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「やっぱり新品の服はいいですね! サマになってますよ団長!!」
「ああ……なんと言うか落ち着かないと言うか、気恥ずかしいものがあるね……」
ロノムにとって実に数年ぶりの街着の更新であった。
上等とは言えないまでもしっかりした綿糸で織られた服は、おっさんの男前度をしっかり上げている。
「これでまた十年は戦えそうだね。ありがとうアイリスさん。礼を言うよ」
「いや……ひょっとしてその服だけでまたずっと戦うつもりですか……? いかんですよロッさん、まだ服を買うための服を買った状態ですよ。これからまた服が服を生む戦いに出るのですよ」
「ええ……どういうことなの……」
街の中心へと続く目抜き通りを歩きながら、アイリスとロノムは冒険者ギルドを目指して他愛もない会話を続けた。
冒険者の都市と言うこともあり一般的な町人の割合が少ない事が特徴的なアンサスランではあるが、街の中心部は老若男女問わず溢れている。
「服と言えば、ゲンさんってなんであんなに羽振りがいいんですかねぇ。いっつもいい服着てますし、アライアンスの設立費用もぽーんと貸してくれましたけど」
「冒険者をやってた頃に偶然とんでもないお宝を発見して一生遊んで暮らせるお金を手に入れた、と言っていたけどね。紫紺の宝珠も凄いお宝だけど、一生遊んで暮らせるまでには至らないかな」
ゲンさんは自分のことを「しがない元冒険者」と言っていたが、一生遊んで暮らせるようなお宝を見つけられるような人がただの冒険者のわけはない。
そのことはロノムも薄々感じてはいるが、それ以前にゲンさんは飲み友達のゲンさんだ。
素性を詮索する気はないし、ゲンさんが何も言わないのであれば態度を変えるつもりもない。
「一生遊んで暮らせるお宝手に入れてみたいですねー! ビバ、不労生活!!」
「ははは。いずれはそんなお宝も見つけてみたいね。冒険者ギルドに到着したら、報告ついでにダンジョン探索許可も貰っておこうか」
「はい!」
始めはどうなる事かと不安しかなかったロノムだったが、今は不安こそあれ希望が持てる気持ちにはなってきていた。
アライアンスの経営者として心配の種は絶えないが、アイリスさんとメルティラさんがいてくれればやっていけるだろう。
「二人に見限られないように、頑張らないとな」
そんな独り言を呟きながら、ロノムはアイリスを連れてこの冒険者の都市を歩いていった。