8.逆に闘志に火が付いた気分だよ
「シルバー・ゲイルの勝利を祝して!」
「「勝利を祝してー!!」」
ロノム達三人は木製の容器に注がれた麦酒と果実ジュースを飲み干した。
ギルド近くの少し洒落た酒場で、ロノムとアイリスとメルティラの三人はダンジョン攻略の祝勝会を上げている。
魔法を使う大型オーガを倒した後、大部屋にあった魔法鍵でロックされた箱を開錠すると、売れば相当な額になる「紫紺の宝珠」と言うお宝を手に入れた。
大型オーガのいた大部屋を今回探索の最終地点として引き上げたロノム達はアンサスランに戻り冒険者ギルドに簡単な報告を済ませた後、祝杯を上げるためにその足で近くの酒場へと向かったのだった。
「しかし、まさか『紫紺の宝珠』が見つかるとはね。あのダンジョン、しばらくは人気になって簡単に許可が下りなくなるかもしれない」
麦酒を片手に炙ったキノコを口に入れながら、ロノムは言う。
「それ程までの財宝なのでしょうか、紫紺の宝珠と言うのは」
果実で作られたジュースを飲みながら、メルティラが聞いた。
「貴族にとっては保有することがステータスになるような代物だからね。頃合いを見て売り払えば、家が一軒建つくらいのお宝だよ」
「ひえぇ、そんなにですか!」
麦酒の入っていた木製容器を空にしながら、アイリスはいつもと変わらない大袈裟さで驚く。
「紫紺の宝珠は大元を辿れば我が国の初代国王が功績に優れた貴族に対して下賜したのが始まりでね。それが伝承となって今では……」
「あ、そういう話は別の機会に聞きます。ロッさんの悪い癖です、その手の話を始めると際限なくしゃべり続けます」
「う……すいません気を付けます」
この世界でもうんちくおじさんは嫌われているものである。
ロノムも自分の悪癖を見直し、自重することにした。
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「改めて分かったんですけど、ロッさん追放したパーティは見る目ないですねー」
「え、そうかな……。アイリスさんにそう言って貰えるとありがたいけど」
麦酒を何杯も飲み干し、程よく出来上がったアイリスがロノムを褒める。
「だって、感知魔法を常時使ってるお陰でほとんどのトラップが無意味になってましたし、奇襲されたのも最後の一回だけだったじゃないですか。財宝の知識だって半端ないから価値のない余計なものをかばんに詰め込む必要ないんですよ?」
「それはありますね。私も前に在籍していたパーティでは防衛士として常に奇襲に対して気を張っておりました。今回はロノム様から的確に指示を頂けるお陰で精神的に楽をさせて頂きました」
メルティラも同調した。
「ありがとう。トラップに関しては今回は少なめのダンジョンを選んだので全部潰すことができたよ。奇襲については最後のが強烈だったからね。今度はちゃんと気を付けよう」
「あと、ギルドに対する報告書! 報告書全部ロッさんが書いてくれる!! 前いたところは術師が持ち回りで書かされてだるかったーー」
「それは、うん、前のパーティの時から俺が全部書いてたから、ルーチンワークになってた」
「申し訳ありません、私もお手伝いしたいのですが、学がないもので……」
「いや、今は仕方ないよ……! 今度一緒にやって書き方を覚えよう!」
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宴もたけなわ、そろそろ解散かと思われたところで、ロノム達の水を差すような出来事が起きた。
「ようよう、誰かと思ったら無能すぎてパーティから追放されアライアンスもクビになったロノム君じゃあないか!」
声のする方を見ると、茶髪を伸ばした馬顔の男が、黒髪を短く刈り上げているガタイのいい男を連れ立ってロノム達を見下ろしている。
ロノムを追放したパーティのリーダーであるボルマンと、その腰巾着のホリドノンだ。
「何かね? パーティを追放されて寂しくなったのでなけなしの金で女でも買ってきたのかね?」
「失礼なことを……。この人達は俺のパーティメンバーです。訂正してください」
ボルマンに目を合わせないようにしながら、ロノムは答える。
「はっ、冗談だ冗談。しかしなんだ、昨日の今日でパーティメンバーとは恐れ入ったな、お手が早いことで! で、君達のランクはどれくらいかね??」
「恐縮ながら、未だ駆け出し故ランクなど持ち合わせておりませぬ。殿方様のお目に適うような者では無いと自覚しております」
防衛士Bランクのメルティラはボルマンに対してさらりと嘘をつく。彼女なりの処世術だった。
「そうか、オレ様は射撃士Bランクのボルマンだ。この若さでBランクだぞ? 次に会う時はAランクになっているかもしれんがなあ! 君もCランクくらいに上がったら、我がアライアンス『レッド・ドラグーン』に推薦してやらんでもない。いや、冒険者を辞めてオレ様の通い妻にでもなると言うのなら、それも吝かではないが」
ご自慢の馬顔の顎をなでながら、ボルマンはニヤニヤ笑いを続けている。
「不束ながらしばらくは冒険者としてやっていきたいと思っております。ここで殿方様にお会いできたのは僥倖です。殿方様を目標に精進して参りたいと思います」
メルティラはボルマンのハラスメントをひらひらと躱しながらにこりと笑い、言葉を紡いだ。
「ボルマン隊長、今日は俺達のパーティが初めてダンジョンを攻略した祝いの席なんです。三人だけにして貰えますか」
ロノムは席から立ち上がり、アイリスとメルティラを守るようにボルマンの前に立ち塞がった。
「そうかそうか!! 未熟で無能な君達なりに頑張ったのだろうな! 冒険のモトくらいは取れてるといいがなあ!! はっははは!」
「なにおー!? 今日はすんごいお宝見つけたんだぞー!! 紫紺のほ……むぐーーー」
今まで黙っていたアイリスだったが堪忍袋の緒が切れたのか何か言いかけた。しかし、途中でメルティラに口を塞がれ言葉を止められる。
「ま、いいわ。オレ様は忙しいんでな、君達に構っている暇はないのだ。これで失敬するよ」
そう言うとボルマンとホリドノンは高笑いをしながら店を出て行った。
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「申し訳ない。せっかくの祝勝会なのに、俺のせいでダメにしてしまって」
「ロッさんのせいではないですよ! そうかー、あれが見る目が無い人達かー。確かに見る目が無いって顔してたなー」
ロノムは深々と頭を下げ二人に謝り、アイリスはそんなロノムをフォローしている。
「それで、ロノム様はどう思われました? やはりあの方達の言う通り、ご自身は無能だとお思いですか?」
「いや、無能だとは思っていないし少なくともあいつ等には負けたくないな。逆に闘志に火が付いた気分だよ」
メルティラの言葉にロノムは強く返した。「このままでは終われない」そんな思いがロノムの中にふつふつと湧いてきたところである。
「そうこなくっちゃ! さあ、みんなで飲み直しましょー!!」
「おう!」
「はい!」
アイリスの音頭にロノムもメルティラも声を上げる。
しばらくした後にはボルマン達の事などすっかり忘れ、非常に愉快な祝宴となった。
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宵闇は更け月のない空は暗さを見せ始める。
冒険者の吹き溜まりであり一大歓楽地を有するアンサスランでも、流石に街の明かりが落ち始める時間となりつつあった。
「はははは! 見たかよアイツの顔!! 未練タラタラって面しやがってさ! 『足を引っ張っていた無能な仲間に別れを告げたパーティリーダーは足枷がなくなり成り上がり街道を駆け上がる~今更自分の無能さに気付いたようだがもう遅い。土下座してきても知りません~』ってなタイトルで小説が書けそうだなあオイ!」
「いや、自分、小説はわかんないッスね。まあ、相変わらずの能無しらしい辛気臭さではあったと思うッスよ」
暗がりの大通りの中を二人の男達が悪口で盛り上がっている。
「しかしまあ、奴にはかわいそうなことをしたな。折角パーティを組んでくれるっつー奴等がいたってのに、オレ様と言う貴公子が目の前に現れたせいでまた離れちまう可能性があるなんてな。見たか!? あの長髪の女、オレ様にメロメロって感じだったぜ!?」
「あー、はい。まあ、そうッスね」
夜闇の中をおぼつかない足取りでフラフラしながら、二人の酔っぱらいは周辺の迷惑も顧みず高笑いをあげながら歩いて行った。