75.なるほど。こう言っては大変失礼かもしれませんが、なんともどうしたらいいか分からない気持ちになってきますね
「ご依頼主であるクリストファー伯爵とは知らずご無礼を致しました。我々はアンサスランから派遣されてきた者でして、アンサスラン冒険者ギルド所属のアライアンス『シルバー・ゲイル』団長のロノム以下、メルティラ及びルシアとなります」
ロノムが三人を代表して、立派な甲冑を着込んだ乙女……クリストファー伯に挨拶をする。
「おおー! と言うことは君達が、此方が要請を出したアンサスランの冒険者ってことなのかねかね。いや~嬉しいねぇ嬉しいねぇ待っとったのよ~」
辺境での活躍目覚ましい軍事貴族とは思えないような見た目をしたうら若い乙女が、両手と片足を上げながら目一杯の笑顔でロノム達を歓迎する。
「それでねぇ、えっとねぇ、どんな感じかというお話をするとねぇ、最近色々話がまとまりかけてた山岳民族の中に魔物が混ざり始めててねぇ、うちのにゃんこ達が……」
「遠路遥々お越し頂き感謝いたします。このような場所でお出迎え致すのも失礼に当たりますので、まずはあそこに見える町、我が主の治めるセリンヴェイルへとご足労頂けないでしょうか。セリンヴェイルの冒険者ギルドには会議用の部屋や休息室、そして説明しやすい資料が一通り揃っております故、不便はおかけしません」
黒髪に切れ長の目をした男は不遜にも自らが仕えるクリストファー伯の言葉を遮りながら、ロノム達に移動を願い出る。
「あの、我々としては構わないのですが、伯爵もそれで宜しいのでしょうか」
「えーーー別にここで話しちゃっても良くな「はい。我が主もそれが良いと申しております。有事のあと故に馬も車も用意できず大変申し訳ありませんが、我等にご同行下されば幸いです」
ロノムとメルティラ、そしてルシアは何ともいえない表情を浮かべて一度三人で顔を見合わせた後、クリストファー伯と彼女の率いる軍勢について行くことにした。
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「ロッさん! メルちゃんもルシアちゃんも無事でしたか! よかったー」
町人の歓声と共に迎えられたクリストファー伯の軍勢に連れられて、ロノム達が町の目抜き通りの一画にある安山岩と樫木で作られた建物の扉をくぐると、建物のホールでアイリスが出迎えてくれた。
「アイリスさんも逃げられてよかった。シイナさんは?」
「シイナさんは商人ギルドの寄合所におります。最初はロッさん達を助けるために町の衛兵に掛け合っておりましたが、クリストファー伯が山岳民族の軍勢を撃退したと聞いて自身の仕事に戻っていきました。私も『冒険者ギルドの建物で待機していればパーティメンバーと合流できるんじゃないか』と言われまして、ここで待機していた次第です」
アイリスと無事合流できたことを喜びながら、四人はひとまず冒険者ギルドの受付前で待機することとなった。
「それで、あの黒髪の方が噂のクリストファー伯なのですか」
アイリスが冒険者ギルドの受付で交渉と指示に当たっている立派な甲冑を着こなした背の高い青年を見ながら、ロノム達に聞く。
「いえ。クリストファー伯は男性の方ではなく、今は窓際でねずみを追いかけている女性の方です」
ルシアの言葉を聞いてアイリスが窓の方を見ると、床を走るねずみを追いかけ回していたクリストファー伯が丁度テーブルの縁に頭をぶつけたところだった。
クリストファー伯は目に涙を浮かべ泣きそうな顔をしながら、今は彼女が率いている騎士の一人にあやされている。
「なるほど。こう言っては大変失礼かもしれませんが、なんともどうしたらいいか分からない気持ちになってきますね」
「大丈夫ですアイリス様。あの方は愛らしい見た目とは裏腹に、卓抜した指揮能力を持っているのは確かです。現に先程は迫り来る北方民族を撃退し、手早く私達の救援へと駆けつけてくださいました。恐らくあのような姿を見せることによって敵方の油断を誘い、逆に領民の方々には親しみを覚えさせるという術なのでしょう」
アイリスの言葉に対してメルティラが最大限好意的にクリストファー伯のことを評価した。
なお、当のクリストファー伯はそこに動くものがいたから追いかけてみただけである。
「パーティメンバーの方とも合流できたようで僥倖です。部屋の用意も整いましたので、こちらへご足労頂けないでしょうか」
アイリス達がそんな会話をしていると、冒険者ギルドとの打ち合わせが終わった黒髪に切れ長の目をした男に促され、ロノム達一行は奥にある一室へと案内された。
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冒険者ギルドの奥にある部屋はそれほど広くないながらも、丁寧な造りの調度品が配置され来客用に設えた場所であることが伺えた。
長机を挟んで扉側の席にはロノム達四人が座り、その対面にはクリストファー伯以下三人の男女が腰を掛ける。
「改めましてご挨拶をさせて頂きます。まず上手におりますのがこの地の領主にして我が主クリストファー、続いて当冒険者ギルドのギルドマスターデイノス。末席を頂いておりますのが私、クリストファーの副官を務めさせて頂いているゼフィトと申します」
「クリストファーだよぉ~」
「冒険者ギルドマスターのデイノスだ、宜しく」
黒髪の青年ゼフィトによる紹介と共に、甲冑姿の女性クリストファーと身なりと恰幅の良い中年男性デイノスがそれぞれ挨拶をする。
「我々はアンサスラン冒険者ギルドより派遣されたアライアンス『シルバー・ゲイル』と申します。私が団長のロノム、続いて治癒術師のアイリスに防衛士のメルティラ、そして射撃士のルシアの四人です」
ロノム達一行も一度席を立ちあがり、三人に向かってお辞儀をした。
「んでねんでね、なんで此方達が君達を呼んだかっていうことを説明するとだねえ、まずうちのにゃんこ……」
「その件につきまして、伯爵に代わり私とデイノスの方からご説明させて頂きます」
「えーーーなんでーーー? 此方からちゃんと説明するよぉ~?」
「伯爵にお任せすると二十分で終わる話が二日以上はかかるからです。黙って座って威厳を保っていてください」
「ぶーーー」
クリストファー伯がふくれっ面をしながら大人しく席に座る横で、副官ゼフィトがロノム達に説明を始める。
「まず、この地は古くから北方に広がる山脈に住まう民族との軋轢が続いておりましたが、近年は当代クリストファーの軍才により我が方の優勢へと傾いておりました」
「いんやぁ~パパ達は戦い方が悪かったんだよぉ~。パパ達のやり方じゃこっちもあっちも被害がぼんぼん出るんだもの~。この間のうちの屋根の修理の時だってさぁ~」
「如何に先代が戦下手で頭も固く下の者の意見にも滅多に耳を貸すことなく内政能力や外交技術も凡夫に等しき程度の能力しか持たなかったとはいえ、仮にもお父君である先代のご批判はおやめください。それと、伯爵が間に入る度に話が長くなるのでお静かに。誰か、伯爵のために桑の実ジュースを持て」
ゼフィトはクリストファー伯に餌付けをして黙らせると、ロノム達に説明を続けた。
「我等とて山岳民族との継戦や殲滅掃討は本意ではなく妥協点を見つけながら棲み分け、あわよくば交易や交流等を持って互いに繁栄していきたいところなのです。そんな折に我が方が優勢となったことによって融和に向けた話がまとまりかけておりましたが、しかし最近になって相手の手勢が魔物という新勢力を取り込み始め勢いを盛り返し、ご破算となった次第です」
「なるほど」
ゼフィトの説明にロノムが頷く。
「魔物の手勢なのだがな、我がギルドに所属する冒険者の調査によれば、どうやら山岳の中腹にあるダンジョンが関係しているのではないかという見立てなのだ。そこでギルドに所属している冒険者達を含め何人もの冒険者や兵士を使って攻略を開始したのだが、どうにも結果が芳しくない。そこでダンジョン探索に重きを置くアンサスランの冒険者を招聘し、調査を依頼したいというわけなのだ」
「確かに、ダンジョン関係であればアンサスランの冒険者が適任かもしれません。我等が呼ばれるのも道理です」
冒険者ギルドのマスターであるデイノスの言葉にロノムが返した。
「山岳地帯にはいくつかダンジョンがあるのですが、その中の一つが周辺のダンジョンと比べて明らかに魔物達が手強く、何らかの秘密が隠されているのではないかと睨んでおります。貴君等には、まずそのダンジョンの調査をして頂きたいのです」
「承知しました。資料を読み解き近日中にダンジョン調査へと向かいます」
ロノムの言葉を聞いてゼフィトは安心したような笑みを浮かべ、部下にダンジョン関係の資料を長机の上に並べさせる。
その様子を見ながら、ゼフィトは冒険者ギルドマスターのデイノスにひとつ質問した。
「そうだ。アンサスランの冒険者と言えば、ここしばらく男女二人組の冒険者がセリンヴェイルに滞在していると聞いている。彼等はどうなったのだ?」
「はい。アンサスラン出身の二人組は現在山岳に点在するダンジョン群と山岳民族の集落付近を調査させております。流石冒険者の街から来ているだけあって優秀であり、一連の仕事が終わったら我等に色々と講義を開いて頂きたいと願い出ているところです」





