54.白竜騎士団の騎士団長をしております、ハーネートと申します
「アンサスランの周辺とは全然空気が違うなぁ……。あ、アイリスさん、大丈夫?」
川下りから三日後、王都レイ・トレリムまで歩いて半日程のところにある河川港のある街へと到着し、ロノム達は新天地へと降り立った。
冷涼な高原地帯にあるアンサスランと比べて若干気温が高く、そして空気の重さが違うように感じた。
恐らく海が近く夏場に近い今の時期だと湿度が高いのだろう。
ロノム達一行は船酔いで余裕のない約一名を除いて皆が皆、アンサスラン付近と王都近郊の空気の違いを味わっていた。
「正直死ぬかと思いましたと言うか不肖このアイリスは一度死にました。帰りは……帰りは歩きにしませんか……」
「ダメです。既に帰りの乗船券もギルドが手配しています。そもそも船のルートを使わなければ山を登り谷を越えなければならず、最低でも十日はかかる計算となります」
「ヴぇーーーーーー」
シーリアのその言葉に、アイリスは白目を剥きながら後ろ方向に倒れ込む。
果たしてアイリスの帰り道はどうなってしまうのか。
次回を待て。
「ようこそいらっしゃいました、アンサスランの冒険者ギルドご一同様」
そんなこんなで船から降りた開放感を感じていた一堂に対して、突然声が掛けられた。
その方を見ると銀製と思われる明るい色の鎧を着こなす金髪の優男が、多数の甲冑兵達を従えながらにこやかに笑みを浮かべている。
端麗な容姿ではあるが、左目の上、眉の辺りを覆うように頭に包帯を巻いていた。
「白竜騎士団の騎士団長をしております、ハーネートと申します。遠路はるばるようこそお越し下さいました」
ハーネートと名乗るその男は優雅に一礼する。
「ローレッタ妃殿下より直接のご命令を賜り、皆様を王都までご案内いたします。ここより先は我等が先導いたします」
その言葉の直後に一瞬だけ、ロノムはその男が鋭い眼光で自分の事を睨んだような眼をした気がした。
しかし、その顔はすぐににこやかなものへと戻っており、恐らく自分の気のせいであろうとロノムは収めることにする。
ロノム達はハーネートに一定の警戒をしながらも、王家の紋章が入った御旗を信じて用意された二台の馬車にそれぞれ乗り込んだ。
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「俺が今回派遣されたメンバーの一応の責任者であるゲンディアス。そして、こいつが今回の主役、アライアンス『シルバー・ゲイル』のロノムだ」
ゲンさんが馬車の中で向かいに座っているハーネートにメンバーの紹介をした。
シーリア含む、アイリス、メルティラ、ルシアの女子組は別の馬車に乗っている。
「ええ、お噂は遠く王都レイ・トレリムまで響き渡っております。何でも『紫紺の宝珠』を発見し、迷うことなく陛下へ献上したとか……。その武勇、胆力、無私の心……どれをとっても素晴らしいものと聞いております」
「それは……どうも。ところで、なにぶん田舎者なもので、不勉強をお許しください。騎士団長と言うからには、ハーネートさんも相当身分の高い方ですよね……。我々なんかと一緒の馬車に乗り合っていて、宜しいのですか?」
やたらと胡散臭いハーネートの追従を聞きながら、ロノムはこの男から王都の話やその周辺の話を学習がてら引き出すことにした。
「いえいえ、私なんぞは平民からの叩き上げでございますから。……そうですねぇ、一口に騎士団と言っても、御貴族衆が率いる団と我々のような平民から組織される団がございます。私が率いている団は皆民衆の兵力……言ってみれば寄せ集めの兵団みたいなものなのですよ」
「その叩き上げが王家の一員たるローレッタ妃殿下から直々の命令とは、随分と覚えがいいんじゃねえか? 大したもんだな」
ハーネートに対して、ゲンさんがやや挑戦的な口調で言葉を返した。
「はい。ローレッタ様とその夫であるシルバス王太子殿下は、王家であり軍の統括者の一員でありながら、我等のような民衆上がりの兵士にも等しく接して下さいます。私が偉いのではありません、ローレッタ様が素晴らしい方なのです」
しかし終止にこやかな口調を崩さないまま、ハーネートはロノムとゲンさんの質問に答える。
その後も王都に関する質問や冒険者ギルドに関することをいくつか聞いてみたが、ハーネートの態度はあまり変わらぬままだった。
あまり質問攻めにするのも良くはないな……と思いながら、ロノムは最後に自分の聞きたいことを問いかけてみる。
「ああ、もう一つ聞きたいことがあります。先日アンサスランに黄金のドラゴンが現れました。申し訳ないことにそれを討伐には至らず、西の方へと逃してしまったのですが、何かドラゴンに関する噂はありませんか?」
「ドラゴン……ですか……。いえ、分かりませんね……。この王都の周辺にもドラゴンが出る……などと言う噂もあるようですが、私自身は遭遇したこともありません。そう言った話を聞いても、酔っぱらいの与太話程度に聞き流すといいでしょう。あ、王都の大正門が見えて参りましたよ」
一瞬だけ、ほんの一瞬今まで変わらなかったハーネートの顔色が変わった気がした。
しかし、その後はにこやかな態度を崩すことなくロノム達一行を冒険者ギルドへと案内し、そして団員達を連れ立ってハーネートは王宮の方へと去っていった。
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「おさらいをすると、今回探索するダンジョンはミノタウロスが徘徊するダンジョンであり、中には大型のボスがいるかもしれない……。ミッションとしては、可能な限りボスを撃破した上で、ダンジョンそのものを封印して欲しいと言うことだね」
冒険者ギルド内の一室でロノムがアイリス達三人に説明し、ゲンさんとシーリアがその様子を後ろから見ていた。
「中にいると思われるボスがどれほどのものか、気になるところですね」
「ボスもそうですがミノタウロス自体も中々厄介なんですよね……。それがダンジョンから出てきて村々を襲い始めているのですから、恐ろしいです」
メルティラとルシアがそれぞれ言う。
冒険者ギルドの建物前に到着するとすぐに、王都の冒険者ギルド職員が出迎えてくれた。
アンサスランの冒険者ギルド程立派な建造物ではなかったものの、街の中では格式が高く、古くから存在していると言ったような建物である。
王都の冒険者ギルドマスター及びギルドを統括する貴族に対して謁見を済ませた後、ロノム達は冒険者ギルドの一室を貸し与えられた。
今の時間は晩餐までの休憩時間と言ったところである。
「王都のギルドも手放しで歓迎……と言う感じではなかったですが、かと言って敵視と言う程でもなかったですね」
「王都のギルドとしても、余所者の手を借りなきゃならんのは癪だろうさ。もっとも、ダンジョン探索にはあまり力を入れてないみたいだから致し方なしだな」
部屋の隅の方でシーリアとゲンさんは予定表やギルドから貰ってきた資料を読みながら、ロノム達の邪魔をしないよう小声で話し合っている。
王都の付近にダンジョンはそれほど存在しない。
それ故にギルドにもアンサスランにあるようなダンジョン探索専門の部署と言ったものは存在せず、ダンジョンの出入り口を管理していると言うわけでもない。
王都の冒険者にとっては貴族や裕福な商人達の下働きと言ったものが主な仕事であり、ダンジョン探索は得意ではないのだろう。
「まあ資料をざっと見た感じ、ロノム達の敵じゃねぇだろう。ダンジョン内をある程度探索してボスがいたら倒す。そんでアンサスランのギルドから預かった封術を使い出入口を封鎖して数日程経過観察をしたら、それで仕事完了だ」
「そのようにうまくいくといいのですがね」
何やら厳しい顔で不穏なことを言い出すシーリアを知らずに、ロノム達は晩餐の時間が始まるまでダンジョン探索の打ち合わせをし続けていた。





