51.私も……いつかあんな風に……!
「アイリスさん達の状況次第だが、基本的には二人だけでの対処となるかもしれない!」
「承知いたしました、ロノム様!」
短い会話を交わしながら、メルティラとロノムは黄金色のドラゴンと対峙した。
ふとロノムが後ろを見ると、最初にドラゴンと戦っていたアライアンス「グリーン・ストーン」の治癒術師が構えている。
もう一人いた射撃士はアンサスランへと現状の報告に向かったようだ。
治癒術師の実力の程は分からないが、冒険者としての治癒魔法は心得ているだろう。
当てにするわけではないが、かと言って計算に入れないわけでもなくロノムはドラゴンへと向き直った。
「我々は時間を稼ぐだけでいい! いずれ他の冒険者達も駆けつけて来ると思うから、メルティラさんもそのつもりで!」
「そのように対処いたします!」
前回のダンジョンで対峙した大ドラゴンと同じようなドラゴンに対してメルティラは臆することなく向かって行き、片手剣でその前脚を払った。
対して黄金のドラゴンはその大きな顎を開けメルティラに炎のブレスをお見舞いする。
しかし火炎の息は大盾によっていなされ、ほぼ無傷でメルティラはその攻撃を乗り切った。
「こっちにもいるぜ! この黄色オオトカゲ!」
ロノムもドラゴンがメルティラに集中し過ぎないよう、横からちょっかいをかけ続ける。
二方向からの同時攻撃に苛立ちのようなものがあるのだろうか。
ドラゴンの攻撃は徐々に雑になっていった。
「す……すごい……。二人だけでドラゴンと互角に戦ってる……」
アライアンス「グリーン・ストーン」の治癒術師、つばの広い三角帽子を被り茶髪を三つ編みに纏めた女性「ベッテル」は治癒術や支援術で援護をするタイミングを伺いながらも、今はただ、二人の戦っている様子を見守るのみだった。
彼女もシルバー・ゲイルの名前は聞いた事がある……どころか、シルバー・ゲイルは既にアンサスランの冒険者の間では中々に名の通ったアライアンスだった。
「剛盾のゲンディアス」の再来と言われている防衛士メルティラを筆頭に、次代の治癒術師Sランク最有力候補アイリス、そして旧文明兵器の使い手ルシア。
そんな癖の強そうな連中を束ねる団長ロノムの名は、広く知れ渡っている。
「そしてあれが……Aランクの治癒術師……。あんな複雑な構成の治癒術をこんなところで使い続けるなんて……」
中でもベッテルの目を引いたのは治癒術師アイリスの実力であった。
今アイリスが使っているのは範囲治癒術「トータル・リバイタル」。
自身の周辺に治癒術のフィールドを展開し一度に複数人の身体を活性化させる魔法であるが、術の難度から使い手は少なく、また、仮に使えたとしても何の準備もなく戦場の只中で使い続けられるような魔法ではない。
本来であればしっかりと管理された治療院の中で、充分な精神統一と下準備をした上で使うような高等魔法である。
しかしアイリスは「やって当たり前」と言わんばかりに平原のど真ん中でその魔法を発動し、ベッテル自身では治癒しきれなかったであろう仲間達を癒し続けていた。
「私も……いつかあんな風に……!」
誰にも聞こえないような決意の言葉を発しながら、ベッテルは三角帽子を被り直し前方で戦っているシルバー・ゲイルの防衛士と白兵士に対して援護の治癒魔法の詠唱を始める。
「は!」
そんなベッテルの内心も知らずに、ロノムはドラゴンの一瞬の隙を見つけ近くの岩場を利用し大きく飛び上がった。
そのハンドアックスの先はドラゴンの左顔面。
跳躍したロノムの体重を乗せながら、両の手によって振り下ろされたハンドアックスはドラゴンを捉え、その左目の上に大きな傷を負わせた。
「まだか……!」
だが、その攻撃も致命傷とはならない。
「ロノム様、撤退を! 炎の息です!」
メルティラがロノムに向かって叫ぶ。
ドラゴンはまだ体力充分と見え、着地したロノムに向かって怯みながらも炎の息を吐きだそうとした。
「爆裂!」
しかし、ドラゴンがブレスを吐こうと肺に空気を溜め込んだその刹那。
顔面付近で破壊魔法による爆発が起き、ブレスは不発に終わる。
ロノムは声のした方向を見ると、冒険者ギルドの常設役員の制服に身を包んだ初老の男が冒険者ギルドの所有している馬の背に跨っていた。
「シルバー・ゲイル! 手間をかけさせたな!」
「フィスケルさん!」
ロノムとメルティラがフィスケルの方を見ると、後ろには続々と冒険者パーティやアンサスランの衛兵達が集まってきている。
みな思い思いの得物を携え、気合充分と言った様子であった。
何十名といる冒険者パーティ、そしてアンサスランの衛兵達。
その様子を見て黄金色のドラゴンは衝撃波を伴った咆哮を上げロノム達を牽制すると、飛膜を羽ばたかせながら空へと飛び立った。
「逃がすかよォ! 撃ち落とせ炎の魔槍よ、俺の叫びに答えやがれってんだ! 唸れ! フレイム・ランス!」
フィスケルと共に駆けつけてきた破壊術師の冒険者の一人が空中へと飛び上がったドラゴンに向かい炎の破壊魔法を唱える。
しかし、その魔法は間一髪のところでドラゴンには当たらず、炎の槍は虚空へと消えていった。
黄金色のドラゴンは更に上空へと飛び、破壊魔法も射撃武器も届きそうにない距離へと逃げ続ける。
そして、遠く夕日の沈みかけている山際へと消えていった。
「すみません、仕留められれば良かったのですが……」
ドラゴンが飛んで行った方向を眺めながら、ロノムはフィスケルに声をかける。
「いや……ひとまずは撃退できたことを良しとしよう。近隣の集落や都市には通達を出しておく」
「お前達も手間をかけさせたな、今回のところは無事に済んだようだ。だが、まだあのドラゴンの脅威が去ったわけではない、引き続き、警戒を宜しく頼む」
フィスケルはドラゴン討伐のために集まってきた冒険者と衛兵達に労いの言葉をかけた後、再びロノムへと向きを変えた。
「ドラゴンが飛び立ったのは西方……。気の回しすぎであればよいが、あの山の遥か先には我が国の首都『王都レイ・トレリム』が存在する」
そしてロノムに対してフィスケルは次の冒険を暗示させるかのような口ぶりで続ける。
「シルバー・ゲイル……。ひょっとしたら、君達にはアンサスランから離れて西に向かって貰うかもしれない。詳しくは後ほど、正式な事が決まってから話す」
いつになく真面目な様子でロノムに対して言いながら、フィスケルは指示を出すために冒険者と衛兵の集団の方へと向かって行く。
「西の方へ……?」
何となくではあるが大きなことになりそうな予感を胸に感じながら、ロノムも自分のアライアンスのメンバーを労うべく、メルティラとアイリス、そしてルシアの方へと向かおうとした。
「ドラゴンドラゴンドラゴンドラちゃんドラゴンドラゴンはどこーーーーーーーー!!!???」
「ま……待ってよ姉さん!! 落ち着いて、ほんと落ち着いてよー!!」
何やら頓狂な声のする方をロノムが見ると、凄い速さで向かってくる銀縁眼鏡をかけた女性。
「あ、ロノム氏おはようこんにちはこんばんはおやすみなさい!! で、ドラゴンいたよねドラゴンどこ行った!!??」
「え、いや、あの……向こうの方へと飛んで行ったけど……」
そう言いながらロノムは見知った顔の女性……シャンティーアに対して西の方を指差す。
「まっじかーーー! じゃあ私も行ってくるわまたねーーー!!」
「行かない……! 行かないから姉さんやめてーーー!」
そんな姉弟二人を見て「今は疲れているから関わらないでおこう……」と思いながら、ロノムはシルバー・ゲイルのメンバーの方へと歩いて行った。