5.ダンジョン探索(1)―ロッさんは白兵士とかよりも魔法の方が得意な気がしますねぇ
「うん、大丈夫だ。まず入口付近に魔物はいないみたいだ」
ダンジョンの内部に降りると、まずロノムは魔法を詠唱して索敵とトラップの感知を行った。
続いてダンジョンの尺を測る魔法や大気組成及び壁や床の成分を調査する魔法、更にはダンジョン内部を視覚的に記録する魔法などを次々と展開する。
「よし、探査の魔法も展開し終わったしダンジョンの奥へ進もう」
「ええと、やっぱり今使った各種魔法を展開しながら行くのですか?」
アイリスが若干引きながらロノムに聞いた。
「うん、そうだけど?」
「いえ、ロッさんがいいのであれば大丈夫です」
「?」
アイリスの言葉に若干疑問を持ったが、ロノムはアイリスとメルティラを連れて、ダンジョンの奥へと向かっていった。
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「今のところ周辺には何もないみたいだね。目標は三層からだから、既に攻略済みのこの辺りは取り急ぎ進んでしまおう」
パーティの先頭を歩きながらロノムが言う。
ダンジョン探査の魔法は依然として展開し続けていた。
「あの、やっぱり聞いておきますがロッさん、その魔法展開し続けてるの大変じゃないです??」
「え? アイリスさん、何が?」
アイリスはロノムがずっと使い続けている感知と探査の魔法について少し……いや、かなり気になっていた。
「アイリス様、ロノム様が今使っている魔法は支援魔法に分類されますよね? やはり術者の力量が高くなければ使いこなせない魔法なのですか?」
魔法に対する素養があまりないメルティラが疑問をぶつける。
「ロッさんが今やってることって、治癒魔法に例えればこの周囲の空間内全部を「治癒」とか「解毒」とか「疲労回復」「体力向上」「精神安定」その他諸々の魔法を何種類も使って、ずーっとずーーーーっと回復しながら私達とおしゃべりして歩き続けてる状態なんですよ」
アイリスが指をくるくるさせながら説明した。
「ふつー……どころかすっごい術者でも、集中力や魔力の問題でそんなに長く続きませんし、そもそも色々な魔法を重ね掛けしてたら頭がパンクしちゃいます。なーんか、ロッさんは白兵士とかよりも魔法の方が得意な気がしますねぇ」
そんなアイリスの言葉に対して謙遜と言う風もなく、ロノムは答える。
「いやー、若い頃に破壊術や治癒術も試してみたけど全然だったよ。支援術にしても、バリアとか筋力増強とかは使えもしなかったし。俺、興味が向かないことにはとことん弱いのかもしれない」
確かに若い頃は冒険者としての可能性を試すために、破壊術や治癒術なんかの魔法も使ってみようとした。
しかし、破壊術については初歩の初歩である簡単な火を生み出す魔法すら使いこなすことができず、治癒術についても小さな傷を癒すので精いっぱいだった。
伸びていったのは探査や感知及びメモや計算と言った魔法だけであり、その辺りは得意だと言う自覚はある。
だが、その能力だけ高くても防衛魔法や攻撃性能が高まる魔法が使えない以上、冒険者ギルドからも支援術師の上位ランクが与えられる事はまずないだろう。
なので今は、魔法は趣味に使える程度として割り切っていた。
「それに、戦闘が始まったら流石に探査の魔法は全部解除するよ。集中力が持たなくなるってのはその通りだしね。と言ったところで大型の魔物……オーガのお出ましだ。左の通路少し離れたところから二体、そして正面から一体近付いてきている。アイリスさん、メルティラさん、戦闘準備を!」
「はい!」
「りょーかいです!」
ロノムが声色を変えて指示を出し、アイリスとメルティラはそれぞれ自分の武器を構えて戦闘態勢に入った。
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「メルティラさん! 左からの二体を頼む!! アイリスさんはメルティラさんの右手側に隠れながらオーガの一撃に当たらないように! 俺は正面の奴をまず倒す!」
手早く指示を出すと、ロノムは三人の事を目視し猛然と近付いてきた一体のオーガへと駆け出した。
そして愛用のハンドアックスでオーガの強烈な一撃を捌くと左側に回り込み、その脇腹に斬撃を入れる。
しかしオーガの肉は厚く致命傷には至らない。
暴れまわるオーガの攻撃の嵐を潜りながら次の攻撃の機会を伺った。
ふとパーティメンバーの方を見ると、メルティラがオーガ二体を相手取りアイリスを守りながら大盾と片手剣で巧みに戦い続けている。
アイリスはメルティラとロノムの二人を視野に入れながら、治癒魔法と防衛魔法を使い分けていた。
Bランク二人の安定感に感心しながら、ロノムは目の前のオーガに集中する。
攻撃手が白兵士のロノムただ一人なので複数の魔物であっても一匹ずつ倒していかなければならない。
そして手練れの白兵士であれば防衛士のように何匹か魔物を引きつけながら別の奴の隙を見つけて攻撃を叩きこんでいけるのであろうが、ロノムは所詮Dランクの白兵士でありそのような腕はない。
そんなことを思いながらロノムはオーガの一匹と対峙していた。
「いや……俺、ちょっと前まで防衛士をやってたじゃないか……。なるほどな……白兵士だけだと見えてこないこともあるんだな」
独り言を言いつつロノムは眼前のオーガの攻撃を捌きながらメルティラが引きつけているオーガ二匹に注意を向け、一定の距離を保つ。
オーガの一匹が大振りの一撃をメルティラに加えるも、絶妙な盾捌きで受け流し拳はダンジョンの床を叩いた。
前のめりになったその隙をロノムは見逃さない。
ロノムは左手のガントレットを外し対峙していたオーガに対して目眩ましとして顔面に投げつけると、即座に方向を変え隙を見せたオーガに対して突進していく。
「うらぁ!!」
ハンドアックスの一閃は前のめりになって隙を見せていたオーガの頸動脈を切り裂き、吹き出る体液と共に一瞬で沈黙させた。
その攻撃によってロノム自身が僅かに無防備となるも、メルティラの大盾が隙を埋めもう一匹のオーガの攻撃を受け止める。
「ロッさん! 一撃までなら大丈夫です!!」
ガントレットを顔に投げつけられ激昂しながら突進してきたオーガに対して、ロノムは再び対峙した。
ふと自分を見ると、何やら青白い魔法的なものに身を包まれている。
「了解だ! アイリスさん!」
そう言うとロノムも突進してきたオーガに向かって空を飛んだ。
オーガの渾身の右ストレートは飛び掛かってきたロノムを迎撃する。
強烈な右ストレートによる一撃がロノムの腹部に当たると同時にガラスや陶器が砕けるような音がし、包み込んでいた魔法的な青白い光は砕け散った。
……が、ロノムは無傷。
「はあああぁ!!」
勢いそのままにオーガの身体を駆け上ると、顔面ごと頭部をハンドアックスで斬り上げた。
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「お見事です。ロノム様、アイリス様」
大立ち回りの後にも拘らずメルティラは涼やかな顔と声でにこやかに言う。
ロノムが二匹のオーガを倒した後の最後の一匹は楽だった。
アイリスの支援魔法でオーガの攻撃を止めながらメルティラが隙を作り、ロノムが止めを刺した。
「いや……、二人のお陰だよ。オーガ三匹は厳しいかなと思ったけど、流石Bランクと言うだけはある」
僅かに息を切らしながらロノムはアイリスとメルティラのことを称えた。
「ロッさんもDランクとは思えないほどの腕前でしたよ! メルちゃんも凄かったし、これなら今回の冒険はいけそうですね!!」
微塵も疲れていないと言う様子のアイリスはぶんぶん腕を振り回しながらロノムを鼓舞した。
「ああ、頑張ろう。せめて活動資金くらいは、今日稼いでいこう……!」
ロノムの声にアイリスとメルティラは答え、三人は更にダンジョンの深部へと進んでいった。