38.幕間―武器についてのご相談があるのですが
「どうしたものかなぁ……」
ロノムはシルバー・ゲイル本部にある自分の机の前で、鋼鉄でできた刃は折れ曲がり修繕不能なまでに裂け、木製の柄部分は縦方向に破砕された愛用の双刃のハンドアックスを眺めながら独り言を呟く。
しばらくハンドアックスの前で逡巡していると、シルバー・ゲイル本部の玄関が開いた。
「あら、ロノム様、おはようございます」
艶やかな金色の髪を肩まで伸ばし上品な絹の服を身に纏った背の高い女性。
シルバー・ゲイルの防衛士、メルティラである。
「おや? メルティラさんおはよう。五日ほど休日のつもりだったけど、どうしたの?」
「お恥ずかしながら忘れ物をしてしまいまして。ロノム様は?」
「ちょっと溜まっている書き仕事があるんだ。それと、商売道具を早いうちに何とかしなければと思ってね」
ロノムはそう言って机の上のハンドアックスに目をやった。
「なるほど……ただ、素人の私の判断で申し訳ないのですが、ここまで破損してしまったとなると修復は難しいかもしれません」
メルティラの机の上のハンドアックスを見ながらそう答える。
「だよねぇ……。随分長い間戦いを共にしたけど、新しいのを調達するしかないのかな……」
「そう言えば、ロノム様は何故ハンドアックスを?」
メルティラが率直な疑問をロノムに聞いた。
ハンドアックスは武器としての用途の他にも伐採や金槌代わりにも使えるため、一般的な冒険者には重宝される。
しかしダンジョンアタックが主業務であるアンサスランの冒険者は基本的に剣や槍と言った対魔物性能の高い武器が主流であり、ハンドアックスの使い手は少ない。
同じ斧でもバトルアックスやハルバード型の方が人気であり、ハンドアックスは既に絶滅危惧種となりかけている。
「使い勝手がいいからって言うのもあるけど、やっぱり冒険者になりたての頃に憧れだった人が使っていたからと言うのが大きいかな。ただ、アンサスランの冒険者はやっぱり剣や槍が主流だからハンドアックスってなかなか取り扱ってないんだよね」
買い物の際に何店か武器屋を覗いてみたが、作業道具としての斧はあれども武器としてのハンドアックスの取り扱いはなかった。
「それだったらいい鍛冶師の方をご紹介いたしますよ。私も武器と盾の整備によく利用しております」
「本当に? ありがとう。それじゃあ紹介して貰おうかな」
ロノムとメルティラはその日のうちに鍛冶屋へと向かうことにした。
ちなみに忘れ物を取りに来たメルティラであったが、忘れ物を回収するのを忘れたため翌日もシルバー・ゲイル本部に来る事となる。
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「メルティラさんの防衛士としての技術はゲンさんから教えてもらったの?」
ロノムはメルティラとアンサスランの街を歩きながら聞いた。
「はい、歩けるようになった頃には既に盾を持たされておりました。身体が出来始めた頃からは毎日毎晩のように盾技の指導を受けました」
「なるほど、筋金入りだね。『剛盾のゲンディアス』からの直接の指導ともなれば、実力が伴っているのも納得できる」
そう言えば自分も防衛士としてやっていた時期もあったなと思いながら、メルティラと比較して稚拙な技術と未熟な判断だったことを思い出し、少し恥ずかしくなった。
「それで、その、申し訳ありません。養父の事はご承知の事とばかり思っておりました」
「いや、メルティラさんのせいでも、ましてやゲンさんのせいでもないよ。ゲンさんからしてみれば、せっかく掛値なしに仲良くなった俺達の態度が変わるのが嫌で、話したくなかったんだと思う。どうしたって伝説の人だからね」
「それはそれでいいと思うし、今でも俺達にとっては『剛盾のゲンディアス』ではなくて『飲み友達のゲンさん』だよ」
そう言いながらロノムはメルティラに軽く微笑む。
「ありがとうございます。その方が養父も喜ぶと思います」
メルティラも緩やかに笑みを返した。
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裏路地にある鍛冶屋に到着すると、メルティラは奥にいる職人に対して声をかける。
「ホートン様、おられますか? 武器についてのご相談があるのですが」
その言葉に反応して、職人は道に面する鍛冶場の方へと出てきた。
「おう、なんだ。ゲンの娘か」
スキンヘッドにバンダナを巻いた、筋骨隆々の男。
その身体にはいくつもの傷跡が残され、熟練の冒険者であった様子が伺える。
「ホートンて……鉄火剣使いのホートンさんですか!? ゲンさんと昔パーティを組んでいたあの!?」
ホートンはかつてのAランク白兵士である。
攻撃補助系の支援魔法も身につけ、自身の剣に炎の魔法を付与する戦法を得意としていた。
「おうおう、随分懐かしい呼び名だな。で、お前は何だ。ゲンの娘のコレか」
そう言いながら、ホートンはハンドサインで恋人を示すジェスチャーをする。
「上司です」
「上司です」
ロノムとメルティラは思わずして二人でハモってしまった。
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「なるほどな……今時のアンサスランじゃハンドアックス使いなんてめっきり減っちまったもんで、誰も作りゃしねえからな」
鍛冶場の椅子に腰かけながら、ホートンが言う。
「これを機に剣に乗り換えようとか思わなかったのか? 双刃のハンドアックスを使ってたんなら、片手剣に乗り換えるのなんてすぐだろ」
事実、ハンドアックスから片手剣に乗り換えるのなら今だろう。
まだこの街で冒険者として現役でやっていくなら、手に入りやすい武器の方がいい。
「乗り換えるにしても、この歳ですからね。それに、初心と言うかその憧れをなくした時が、俺の冒険者としての人生の終わりだと思っているので」
ロノムはホートンに対して言った。
比較的柔軟なロノムではあるが、そこだけは譲れない一線であった。
その言葉を聞いてホートンはしばらく思考を巡らせた後、にやりと笑いロノムに言う。
「いいだろう、そこまで得物に冒険者魂を預けているのが気に入った。お前に合うやつを俺が作ってやる。それと、今まで使ってた奴も持ってこい。刃の部分でも溶かしてちょっとでも新しい方に組み入れてやった方が、今までの相棒も浮かばれるだろう」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
ロノムは頭を下げながら感謝の念を述べる。
「ハンドアックスなんて打つのは久方振りだからよ、ちょっと時間はかかっちまうかもしれん。まずはお前の手から見せてくれや。どれだけの物がいいか、測ってやるよ」
そう言うとホートンは真剣な眼差しでロノムの手の大きさや筋骨を測り、絵図面を引き始める。
その日から数日の間、ロノムはホートンの鍛冶屋に通い詰めながら二人で、製作しているハンドアックスの事について議論を交わし合った。
十日後、ロノムの新たなハンドアックスが納品された。
ロノムは新しいおもちゃを手に入れた子供のように、しばらくは必要以上に全力の手入れを続けていたと言う。





