31.足を引っ張っていた無能な仲間に別れを告げたパーティリーダーは足枷がなくなり成り上がり街道を駆け上がる~今更自分の無能さに気付いたようだがもう遅い。土下座してきても知りません~(4)
「あーーーお風呂さいこーーー。生き返るーーー」
「やっぱ冒険の後はこれだよねー」
自由都市アンサスランの殆どの家には風呂が無く、庶民達の多くは大衆浴場に通っている。
アンサスランの庶民は冒険者の割合が高い。
野を駆け汗をかき命を懸ける冒険者にとって、大衆浴場は身を清める場所であると同時に日頃の疲れを癒す憩いの場でもあり老若男女問わず親しまれていた。
一応浴場は全て男女別に建物自体が分かれており間違いが起こらないようにはなっているが、極稀に陰で事を起こすような不届きな者達もいると言う話である。
そんな大衆浴場の一画で、緩くウェーブのかかった長い髪を纏め上げながら湯浴みをしている者が一人。
しなやかな筋肉と引き締まった肢体、そして粗野な冒険者としては珍しい白い肌に滴る水は、一層の艶めかしさを演出している。
その者は風呂から上がると、桶に溜まったぬるま湯を肩口から浴びて火照った自らの身体を清め、唇から「ふっ」と言ったため息をつく。
そして雅な所作で肌に伝う水滴を払い落とし、着替え場へと向かっていった。
湯浴みを終え艶やかな絹の服を手に取り、袖を通す。
そしてその下半身を露わにしたまま、衝立の奥に隠れるように座っている一人の男性に向かって問いかけた。
「おやっさーん、オレ様の下着知らねえ?」
「ああん? 汚らしく放ってあったから、いらねえのかと思って捨てちまったよ!」
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「あーーー。いい風呂だったわーーー」
アライアンス「レッド・ドラグーン」の射撃士ボルマンは、所属するアライアンス本部の廊下を意気揚々と歩いている。
下着を履かずに直でズボンを履いているため中々の着心地の悪さではあったが、それを差し引いてもまあまあ気分は良かった。
「お、リッシュちゃんじゃーん、元気にやってるぅー?」
「ええ、お陰様で」
ボルマンは廊下の途中にいたエルフ族の弓士に声をかける。
「どう? この後一杯やってかなーい?」
「申し訳ありません。本日は所用がありますのでこれで」
リッシュと呼ばれたエルフ族の女性は愛想笑いを浮かべたまま会釈し、その場を後にした。
ボルマンはレッド・ドラグーン内でもあまり好かれてはいない。
ただし、エースパーティのリーダーと言うことでそこそこには遠慮されている。
「あーあー、リッシュちゃんもアレじゃあ出世できねえなー。次期団長よ? オレ様」
ボルマンは近頃、ドディウス団長が近々引退すると言う噂をよく耳にしていた。
言われてみれば最近のドディウス団長はダンジョン探索にはほとんど出ず、執務室へ閉じ籠もったり行き先も告げず出かけることが多い。
そう言った行動を見てアライアンス内の気の早い者は「ドディウス団長は引退に向けて準備中」「次の団長は誰だ?」みたいな話をしているのだった。
無論ボルマンは次期団長が自分だと勝手に思い込んでいる。
「エースパーティのリーダーだもんなぁオレ様。いやぁ、慕われすぎるのも困っちゃうなあ」
そんな独り言を呟きながら、ボルマンは自分のチームの部屋へと入っていった。
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「なんだ、いるのはお前だけかよ」
チームの部屋には金髪碧眼の少年、ティーリしかいなかった。
「ホリはどうした? 知らねーか?」
「ホリドノンさんは鍛冶屋に行くと言っていました。武器を打ち直しに行くそうです」
ティーリは書き物をしながらボルマンに答える。
「んだよ、しゃーねえなあ。じゃあティーリ、お前でいいや、飲み行こうぜ」
「ええ……報告書を書いとけと言ったのはボルマン隊長じゃないですか……。今日中に書き上げて団長に提出しないと、大目玉じゃ済みませんよ?」
「まだ終わってねえのかよ、しょうもねえなあ。じゃ、俺は行くから、ちゃんとやっとけよ」
そう言うとボルマンは部屋から出ていった。
正直ティーリはボルマンが出ていってほっとしている。
下手に手伝うとか言われても、引っ掻き回されて余計に時間を浪費するだけだ。
ティーリは再び報告書へと向き直り、書き物に集中した。
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「はー、しょうもねぇ奴等ばっかりだなうちの連中は……」
アライアンスメンバーの何人かに声をかけてみるものの結局誰も捕まらず、ボルマンは一人で歓楽街をフラフラしていた。
夕刻の街は大勢の人で賑わい、バーや酒場はよく繁盛している。
ボルマンもその辺に歩いている女でも引っ掛けようと周囲を物色ながら、歓楽街の様子を眺めていた。
「あらぁ、そこのお兄さん、お一人ぃ? いい身体つきしてるじゃない。どう? 私と一緒に飲まなぁい?」
そんなボルマンに声をかけてきた美女が一人。
男なら誰しも見惚れるような肢体と、その口元には紅を厚く塗った妙に艶めかしい女だ。
身に纏った絹製の薄いワンピースはその豊満な身体を扱い悩み、今にもこぼれ出しそうになっている。
無論ボルマンは二つ返事で女性の誘いを受け、女性の行きつけであると言う一軒のバーへと吸い込まれていった。
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「へぇー、お兄さんレッド・ドラグーンのパーティリーダーさんなんだぁ。すごぉーい」
「リーダーどころじゃねえぜ? なんとオレ様、次期団長が確約されてんのよ。つまり、大手アライアンスの団長さんってワケ」
暗い店の中、しなだれかかる女性に対してボルマンは果実酒を片手にふんぞり返りながら答える。
「そもそもよ、レッド・ドラグーンはオレ様がいないと成り立たねーの。なにせオレ様の手腕によってレッド・ドラグーンがここまで大きくなったものだからよ」
「リーダーさんやるじゃぁーん。団長になるのも当然だねぇー」
そんな話をしながらボルマンは更に酒を飲む。
「ま、下の連中にはそのことがわかんねー奴がいるってのも事実だけどさ。いやーまいっちゃうねぇ、部下が無能だとオレ様の仕事が増えるのよぉ」
「わかるぅー。出来る人のことを追い落とすような人っているよねぇ。あ、もっと飲むぅ? 店員さーん、リーダーさんにお酒、追加してあげてぇ」
「君も何か飲みたまえ。オレ様が取ってきてやるからよ」
そう言いながらボルマンが席を立とうとするが、体に力が入らない。
そしてそのまま目の前がブラックアウトし、そこでその晩の記憶が途切れた。
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翌朝、ボルマンはゴミの集積場にて全裸で目を覚ました。
既に日は昇りきり、街を行きかう人の数も多くなってくるような時間である。
衆人の注目を浴びながらボルマンは辺りを見渡し、自分の状況を把握した。
「せめて下着くらいは残しておいてくれよーーー」
そもそも下着を履いていなかった事も忘れて急所を隠しながら、身ぐるみ丸ごと剥がされたボルマンは自分の家へそそくさと向かっていった。