3.アライアンス名はどうしましょうか
「おーい、ロノム! いるんだろー? でてこいやー!」
朝からおっさんの大声に起こされ、年季の入った共同住宅の一室で寝ていたロノムは二日酔いの頭を抱えながらのっそりと寝床から立ち上がった。
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「ええ……本当にアライアンス立ち上げるんですか? 冗談だと思っていましたよ……」
擦り切れて色褪せた綿製の街着を纏いながら、ロノムは朝から大声を出していたおっさんにそう言った。
「ばっか、おめぇ善は急げだぞ。とっととやっちまおうと思ってな」
羊毛で織られたお洒落な服を着こなす白髪交じりのおっさんはそう答える。
「いや、ゲンさん、そう言いますけど……。アライアンス設立費用もコネもないですよ? 俺……」
「金なら貸してやっから。ほら、行こうぜ?」
ゲンさんと呼ばれた白髪交じりで髭面のおっさんはロノムをせっついた。
「あと、後ろにいるすっげー美人はどなたです?」
「おお! そう言や紹介がまだだったな、スマンスマン! こいつは俺の娘みたいなもんでな! メルティラって言うんだ」
ゲンさんの後ろにいた、絹糸のように細く艶やかな金色の髪を背中まで伸ばした長身の女性は、一歩前へ歩み出てロノムに対して一礼する。
「冒険者をしているメルティラと申します。ロノム様のお話はかねてより養父からお聞きしておりました。以後、お見知り置きを願います」
物腰柔らかく、それでいて涼しげで怜悧な風貌を持つ女性はにこりとロノムに笑いかけた。
「こいつは防衛士をやっていてな。つい先日、所属していたアライアンスを方向性の違いで脱退したんだ。で、今はフラフラ遊び歩いてるだけだから、ロノムのアライアンスに入れて貰おうと思ってよ」
「い、いや……入れて貰おうって言ってもまだ設立すらしてませんし、設立できるかどうかも分からないですし……」
ロノムが訳も分からずオロオロしていても、どうやらアライアンス設立は決定事項のようである。
「大丈夫だって! それにメルティラは防衛士Bランクだ。ちったあ戦力になるだろうよ!」
「ちっとどころか超優良物件じゃないですか! 放出した前のアライアンスもおかしいし、今未所属なのが不思議なくらいです! 俺みたいな付け焼刃で防衛士やらされていたのとは訳が違いますよ!?」
攻撃の中心である白兵士がパーティの花形であるとするならば、防衛士はパーティの要石である。
防衛士の働き次第で冒険者パーティの生存率は大きく異なり、また、ダンジョン探索においては深部探索のキーマンとされている。
しかし防衛士に資する為の技能や体術の取得には困難を極めるため人口自体が少なく、特に高ランクの防衛士は希少な存在であった。
それ故に、ロノムのような白兵士がパーティの構成上仕方なく盾を持たせられて急造防衛士をさせられる事は多い。
「細かいことは気にするなって! それじゃあアイリスも誘って行こうぜ!」
そう言うと、ゲンさんはメルティラを連れ立って大きな体を揺すりながら行ってしまった。
呆気にとられていたロノムだが何とか我に返り、ゲンさん達を追いかけていった。
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「うおお! 本当にアライアンス設立するんですね!! 不肖このアイリス、燃えて参りましたよー!」
途中で合流したアイリスは元気いっぱいに気合を入れた。
「ええ、私も気分が高揚いたします。楽しみですね」
メルティラも緩やかに微笑みながら、アイリスに同調する。
「いや、アライアンス設立要件は満たせていますし、Bランク冒険者が何故か二人もいますけど本当に大丈夫ですかね……?」
ロノムはまだまだ半信半疑で首をかしげていた。
確かに冒険者数名が独立して新規アライアンス立ち上げと言うのは珍しくないし、実力も備わっているBランク冒険者なら尚のことである。
しかしロノムは最高ランクがC止まりのDランク白兵士だし、ゲンさんは飲み友達であり信用もしているが、ここまで肩入れしてくれる理由もよく分からない。
ロノムが不安になるのももっともであったが、そんな不安をよそにゲンさん、アイリス、メルティラの三人はこの街、「自由都市アンサスラン」の大通りを闊歩していた。
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自由都市アンサスランの中心にあり一番の巨大建物である冒険者ギルドの前に到着すると、ゲンさんはどこからか用紙の束と金の入った袋を取り出し、ロノムに手渡した。
「スマン! すっかり忘れてたけど、俺、ここでちょっと野暮用あったんだわ! すぐ戻るからよ、お前達三人でアライアンス設立の手続きしてきてくれや!」
そう言うとゲンさんは冒険者ギルド建物の脇に入っていってしまった。
ゲンさんは自分の事をしがない元冒険者だと言っていたが、今でも何か冒険者として仕事をしているのだろうか?
そんなことを考えながらロノムは受け取った用紙の束を見ると、既にアライアンスの設立事項がある程度記載されている。
「養父は今朝早くに私の家を訪ねると、上機嫌でこの用紙を記載しておりました。余程楽しみにしているのでしょうね」
メルティラがにこやかにそう言った。
「ゲンさんの嬉しそうな姿が想像できますね! さあ、ロッさん! 設立申請しに行きましょー!」
アイリスがそう急かしたところで、ふと、ロノムが申請書の空欄に気付いた。
「あ……。アライアンス名はどうしようか……」
肝心のアライアンス名が空欄になっている。
「あーーー。名前……名前は全然考えてなかったですね……なまえ……なまえ……」
「名称については考えの外でしたね……。どのようなものがいいのでしょうか……」
アイリスが可愛い格好をしながら頭を抱え、メルティラも口に人差し指を当てながら首をひねる。
「『森のくまちゃんと愉快な仲間達』みたいなのはどーでしょーか」
「それだと字数制限を越えてるね……。文章的なアライアンス名は付けられないみたいだ。あと、冒険者としてやっていくには可愛すぎやしないかな……」
「それでは、『任侠集団荒波極道』と言うのはいかがでしょう?」
「ど……どうしてそうなったのか分からないけど、ある程度シンプルな方がいいのではないかな……? ほら、組織名でもあるので呼びやすさとか親しみやすさとか……」
「悩むものだなあ……アライアンス名か……」
「うーん、それじゃあ、『シルバー・ゲイル』ではどうだろう。銀の瞬風と言う意味であり、響きも悪くないと思いけど」
ロノムがそう提案すると、アイリスとメルティラが顔を見合わせて考え込み、やがて明るくなった。
「シルバー・ゲイル……!」
「シルバー・ゲイル……、いいですね。私達のアライアンス名にぴったりだと思います」
「よし! それじゃあ改めて!! 申請しに行きましょーー!!!」
そしてアイリスがロノムを引きずるように、冒険者ギルドの入口へと引っ張っていった。
これからどのような困難が待ち構えているのか、それとも困難どころかアライアンスが三日と続くのだろうか。ロノムの心配は尽きない。
かくして団長ロノムの心配をよそに、新アライアンス「シルバー・ゲイル」は設立となったのである。
メルティラの一人称は「私」と書いて「わたくし」でお願いします。