23.まさに変態の所業、変態オブザイヤーです
「今日は暖かいですねえ。なんだか軽食を持ってピクニックに行きたくなってまいりました」
鋼をベースに銀で装飾された大盾を磨きながら、メルティラが言った。
「日差しもポカポカですしねー。野歩きするには最適の気候です」
アイリスもそう返しながら、ローブの解れを補修している。
日差しも暖かく穏やかな気候の昼下がり、ロノム達一行はアライアンス「シルバー・ゲイル」の本部でそれぞれが作業をしていた。
メルティラとアイリスは日が差し込む窓辺で冒険者道具一式の手入れを、ルシアは部屋の隅で装備を整理している。
ロノムは「アライアンス団長」と書かれたプレートの載っている机に向かって、魔法式メモ帳を展開しながら何やら紙に書き物をしていた。
「こんな日は外に遊びに行ったり山歩きの一つでもしたくなるところだけどね。体を休めることも重要だし道具の手入れも冒険者の仕事だ」
「はーーーい。分かっておりますよ仕事中だって」
ロノムの言葉にアイリスが気の抜けた返事をする。ローブの解れをちくちく縫い縫いしているがあまり進んでいない。集中力が足りていないようである。
「お昼寝はお仕事の内に入りませんか?」
「お昼寝は……どうでしょうか、体を休めることに当たるのでしょうか」
メルティラの問いにルシアが答えになるのかならないのかと言ったような返事をする。
二人の作業はアイリスと比べれば幾分か先に進んでいるようではあった。
シルバー・ゲイルの本部は元々ゲンさんが倉庫として使っていた部屋を借りているため、そこそこに広くはあるのだがパーテーションが少ない。
現状は着替えをする場や私物を置く場所だけ簡易的な間仕切りで分けて、それ以外は一緒の空間で過ごすと言う形を取っている。
そのため本部内で作業する場合は大体四人一緒であった。
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「ところでロッさんは何をしているのです?」
「今は帳簿をつけてるよ。年の初めに提出しなきゃいけないものだし、こまめに付けておかないと収支がどうなっているかも分からないからね」
ロノムが机に広げている紙にインクで数字を書き込みながらアイリスの問いに答える。
「なるほどなるほど。では今展開している魔法は算盤かなにかですか??」
アイリスがロノムの展開している魔法式を見ながら聞いた。
「ああ、これはさ、帳簿付けって面倒くさいよね、計算も記録もしておかなきゃいけないものも多いし」
「ええ、私も家計簿と言う名のお小遣い帳を作ってますので、ロッさんには及びませんがその面倒くささはよく分かります」
「だからちょっと前から数日かけて、表計算の魔法をね」
「はい」
「作った」
「ほう、作った」
ロノムは魔法陣をアイリスの方へと向け、構成している要素を開示する。
アイリスはその魔法の複雑怪奇な構成を見て、一言呟いた。
「ははあ、ロッさんは変態なのですなあ」
「変態とは何たる物言い」
「魔法に関してはあまり素養が無くてすみません。ロノム隊長はそれほど複雑なことをしているのですか?」
ルシアが鞄の中身の整理をしながら、アイリスに対して聞いた。
「これだけ細かく複雑な演算をしながら記録を蓄積していく魔法ともなれば、魔法アカデミーの研究機関が何年もかけて構成を練り上げるものとなります」
「しかも実用に足りるものが作れるかどうかも分からないので、だーれも挑戦しないような代物です。それをごく僅かな時間で作ってしまうとはまさに変態の所業、変態オブザイヤーです」
「なるほど、そう言われますとロノム様が変態オブザイヤーを受賞したのも頷けますね」
「変態オブザイヤーは受賞していない」
そんな話をしながら、四人は再びそれぞれの作業を進めることにした。
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「あ、ルシアさん。その射撃武器にかかる弾丸の費用、一回のダンジョン探索でどれくらい?」
帳簿を付けながらロノムがルシアに聞いた。
「ええと、十日分の一般的な食費くらいでしょうか。使った弾はできるだけ回収して加工し直したりして貰ってますけど、どうしたってそのくらいはかかってます」
「そうか。それじゃあ弾丸分は経費として出すか、給金に上乗せしておくか考えておこう。あ、後で懇意にしてる鍛冶屋さんの名前も教えてね」
その言葉に、ルシアは目を丸くして聞き返す。
「ええ、そんな、いいんですか? 前の少数アライアンスの時もその前の大手アライアンスの時もそんなことして貰ってませんでしたよ??」
「パーティの事なのに射撃士一人に背負わすわけにはいかないでしょ。大丈夫、それくらいの稼ぎはあるよ」
「あ、ありがとうございます……。それでしたら、久し振りに乾パンと塩水の生活から抜け出せそうです」
「Bランクの冒険者にも拘らず、どれだけ不憫な生活を送っていたのです……? あの、ロノム様はちゃんとお給金を払って下さいますので、せめて体が折れない程度には栄養をつけてくださいませ……」
ルシアに対してメルティラが心配そうに声をかける。ルシアの華奢さは冒険者として不安になるほどの細さであった。
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「おわっっったーーーーー! もういやです疲れました不肖このアイリスはもうだめです俺を置いて先に行け」
黙々と作業を続けてどれくらい経ったであろうか。
穏やかな午後の日も傾き始め夕刻の始まりを告げる鐘の音が鳴り始めたところで、アイリスがそう言いながらアライアンスの床に大の字になって寝転んだ。
「僕も何とか終わりました……。正直ダンジョンを探索している時の方が充実している感じはあります」
ルシアも広げて整備していた装備品の片付けをしながらそう答える。
メルティラは自身の鎧を抱きながら居眠りしているようだった。
ロノムも目の前の帳簿表に数字を埋め終わり、ペン立てにペンを置く。
「よし、今日の仕事はここまで! もう終わりにして、いつもの酒場へ行こう。アイリスさんとルシアさんはメルティラさんを起こしてくれ」
「「賛成です! 了解です!!」」
そう言いながらロノムが机を片付けはじめ、アイリスとルシアがメルティラを起こしていると、不意に玄関の呼び鈴が鳴った。
「突然の訪問失礼します。アライアンス『シルバー・ゲイル』の団長様及びそのパーティメンバーの皆様でしょうか。至急の要請で申し訳ありませんが、身なりを整えて冒険者ギルドへの出頭をお願いします」
ロノムが玄関の扉を開けるとそこには冒険者ギルドの年若い職員が二人、立っていた。