17.ダンジョン探索(3)―胸に手を当てながら、その様子を静かに見守っていた
「前方の角に二体待ち伏せ、後方からも二体来ているな……。近くの小部屋にも一体待機しているみたいだ。全員近接系の武器を所持している」
ダンジョンに入ってしばらく進んだところで、ロノムが警戒しながらパーティメンバーに言った。
「メルティラさん、小部屋の一体を念頭に置きながら、ひとまず前方の二体を頼んで大丈夫? アイリスさんとルシアさんはメルティラさんの傍で援護を。俺は遊撃しながら数を減らしていく」
そして手早くパーティに指示を出す。
「承知いたしました。アイリス様とルシア様は必ずやお守りいたします」
「おっけーです! ロッさんも無茶しないように!」
「どうして敵の数を正確に把握されているのか分かりませんが、やってみます」
それぞれが戦闘態勢を取ったのを確認すると、ロノムは後方に向かって駆け出した。
「はっ!」
後ろに潜んでいたリザードマン二体のうち片方はハンドアックスの一撃で倒すことができたが、もう一体には攻撃を躱された。
同時に、生き残ったリザードマンはその手に持った槍でロノムの太腿を一突きする。
「ちぃっ! しくったか……!!」
前回は逆奇襲でうまく行ったが今回は流石に問屋が卸さなかったようだ。
太腿に大きな傷を負ったロノムは一旦バランスを崩した。
「妖精たちは騒がしい。嫌いなことには敏感だ。中でも痛いの大嫌い。発現せよ、治癒の力よ! ヒーリング!!」
しかし、リザードマンにつけられた創傷の痛みはアイリスの魔法によって緩和される。
ヒーリングはリジェネレイトよりも効果が限定的だが、その分離れた相手に対しても効果を発揮する治癒魔法だ。
傷口が癒されたロノムは体勢を立て直し再びリザードマンと相対した。
「ロノム隊長、援護します!」
そう叫ぶとルシアは自身が持つ金属製の射撃武器を構え、筒状になった武器の先端をリザードマンに照準を合わせる。
そして射撃武器の引き金を引くと、乾いた破裂音がすると同時にリザードマンは身体の一部から体液を吹き出して、跳ねるように仰け反った。
「おらぁ!!」
その隙をロノムは逃さず、一刀の元にリザードマンを斬りつけ沈黙させた。
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「恐ろしく威力の高い武器ですね。その射撃武器は一体……?」
リザードマン合計五体を砂へと還した後の小休憩中に、メルティラがルシアに問いかけた。
「詳しくは分かりません。ただ、旧文明をよく知る方によれば『銃』と言うものだそうです」
ルシアは自分の武器を手入れしながら答える。
「破壊魔法に似た魔力を指先に込めながら引き金を引くことで、弾丸を撃ち出すことができます。非力な僕にも扱えるのですが高温によって弾がひしゃげてしまうので、矢と違いその場で再利用できないのが欠点です。弾丸は金属製のものであれば何でもいいみたいなので、街の鍛冶屋さんに作って貰っています」
射撃士の武器としては基本的には弓、他にも投石や投げナイフ等が一般的であるが、極稀にダンジョン内で旧文明の強力な射撃武器を入手しそれを愛用している冒険者も存在する。
ルシアもそんな冒険者の一人のようだ。
「この子のお陰で僕は射撃士Bランクを貰っていますが、正直に言えば冒険者としての能力はDランクがいいところかもしれません。それよりもアイリスさんもメルティラさんもBランクなのでしょうか……? リザードマンの集団相手にこの安定感、Aランクでもおかしくなさそうですが」
「あとロノム隊長もです。白兵士としての実力も確かながら、支援術師としては間違いなくAランクですよね? 常時探索魔法を複数展開しながら他の事をしてって、ありえないですよ……」
リザードマンはオーガと比べれば単体での脅威度は少なく、また、ゴブリンのように数にものを言わせて襲ってくるわけではない。
しかし冒険者パーティのようにチームで戦闘を仕掛けてくる上に奇襲や時間差襲撃等の知能プレーによる攻撃もザラである。
それ故に危険度は相当高いのだが、ロノムが常時探索の魔法を展開していることによってリザードマンの危険度が激減してしまっていた。
「探索とか感知、あとはメモ帳魔法が得意なだけで攻撃補助とか防衛魔法とかそう言うの全然ダメなんだ。だから、支援術師として偏り過ぎてるしそんなにいいランクは貰えないと思う」
支援術師のランク試験は受けたことがないが、ロノム自身の感想としてはそんなところだった。
確かに攻撃補助や防衛魔法は支援術師の必須能力とされているため、どちらも満足に使えないロノムからしてみれば支援術師のランク試験を受けないのも然りと言える。
「いやーでも、そう言わずに次の機会にロッさんも支援術師のランク試験受けてみたらどうですか? 案外CとかBとか貰えちゃうかもしれませんよ?」
「そうだね……今度はちゃんと受けてみようかな……。さあ、休憩も済んだし探索に戻ろう。何とか今回の探索中にルシアさんのパーティメンバーを見つけよう」
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しばらくダンジョン内を行ったり来たりしていると、先人達によって探索済みとなっている部屋の一画で、かつて冒険者であった者達の亡骸が三体転がっていた。
「間違いありません……。僕のパーティメンバーだったゾルー隊長、パディさん、エルードさんです……」
「そうですか……。心中をお察しいたします……」
ルシアがぺたりと三体の前で座り込み、メルティラがその肩に手を置きながら優しく声をかける。
「そっか……ゾルー隊長達、ここから逃げられなかったんだ……。僕が……うまく敵を引き付けられなかったから……ごめんなさい、ごめんなさい……」
ギルドに探索報告がされていなかったこと、そして手つかずで残されていたルシア達の野営地……状況を考えればこういう結果だと言うことは頭では分かっていたのだが、現実を突きつけられるとどうしてもやりきれない気持ちになってくる。
「遺品の一部を回収してギルドに提出しようと思う。ギルドに提出すればギルドが葬礼を主催してくれるから。それとは別に、三人の中から形見としてとっておきたいものがあったら、持っていくといい」
「あんな別れ方をしたとは言え、一緒に冒険した仲間です。みんなが大事にしてたものを選んでギルドに葬儀をして貰おうと思います。でも、形見はやめておきます。持っていると多分、辛くなってしまいますから」
ロノムは立ったまま極力感情を出さずに声をかけ、ルシアも座ったままそれに答える。
「アイリスさん、送りの魔法をお願いできる?」
「うちの里伝統の方式でよければ」
そう言うとアイリスはいつもの童話のような詠唱とは違う、古めかしくどこか郷愁を感じる節の魔法詠唱を始めた。
アイリスの詠唱と共に冒険者達の亡骸は少しずつ崩れ、土へと還っていく。
と、同時にキラキラとしたものが天井の方へと昇っていき、そして、消えていった。
ロノム達は胸に手を当てながら、その様子を静かに見守っていた。