15.ダンジョン探索(1)―いやー! 捨てないで―!!
「さてさて……どうしたものかな……」
冒険者ギルドのアライアンス求人掲示板の前で、ロノムは悩んでいた。
「お待たせしまして! ギルドから指示されてた謎手続き終わらせて参りました! って、ロッさん、求人情報なんて眺めながらどうしたんです? ハッ! まさか我々に嫌気がさして就職活動をー!? いやー! 捨てないで―!!」
「い、いやアイリスさん、そうじゃなくて! そうじゃないから!!」
「じょーだんは置いといて何かあったんですか?」
迫真の泣き顔から突然真顔に戻ったアイリスに若干の戸惑いを覚えながら、ロノムはアイリスに求人掲示板を眺めていたわけを説明する。
「この間ゲンさんとも話をしたのだけど、我々シルバー・ゲイルは今最少人数の三人しかいない状態だからね。ダンジョンのこととかも考えるとフルパーティの六人は集めた方がいいのか、そう言うことを悩んでいたんだ」
「なるほどなるほどー、確かに悩みますねえ。私としては理想のパーティが組める六人、むしろそれ以上にいた方がいいと思いますけど、そうなるとアライアンス経営とか大変になりますものねえ」
「そうなんだよね。人を増やすとアライアンス経営がどうなるかと言う不安もあるし、そもそも入団希望の冒険者がいるのかどうかと言う問題もあってね……」
冒険者は自分の命を切り売りしている商売であり、それだけに銭勘定や身の置き場に対して強かでシビアな人種が多い。
ロノムもベテランの冒険者なので、その感覚は肌で分かっている。
「主流なのは冒険者ギルドにお願いして求人を出すことだけど、その場合はギルドに斡旋料を支払わなければならない。それに運よく名前を売りだせてきているとは言っても、うちみたいな人の少ない新設アライアンスだと人が来てくれるかどうか分からないのが辛いところかな」
「ふむふむ」
「あとはフリーの冒険者を直接勧誘するとか……かな。ただ、フリーの冒険者の宛てがないからなあ……」
アンサスランの冒険者ギルドは冒険者個人の登録を受け付けておらず、アライアンスに所属することで冒険者としての仕事をすることができる。
つまり、アライアンス無所属の状態は冒険者と言うよりもただの無職なので、可能な限りアライアンスに身を置いておく方がいい。
「俺達みたいな駆け出しアライアンスこそ即戦力を求めているんだけど、冒険者として能力の高い人は新設の少人数アライアンスなんて中々きてくれないからね。正直ミスマッチだと思うよ」
「難しいですねえ。私が前に所属してたアライアンスは大手なので他のアライアンスからガンガン引き抜きとかしてましたけど、そんなことしてたら敵を作っちゃいますものねえ」
「それこそ大手アライアンスの手段だね。まあ、求人についてはメルティラさんやゲンさんときちんと相談して決めようか。ダンジョン探索の許可も貰ったし、メルティラさんと合流したら早速ダンジョンへ向かおう」
「そうしましょー」
*****************************
「今回のダンジョンはL-6ダンジョン。リザードマン・ポストと言う通称がついている」
小川近くの平原に野営地を張りながら、ロノムはアイリスとメルティラに今回のダンジョンの説明をしていた。
「リザードマン・ポストと言うことは、魔物はリザードマンが中心となっていて罠の少ない力押しのダンジョンと言うことでしょうか」
「ご名答。分かっているとは思うけど、リザードマンは独自の規律を持っていて連携を取りながら襲ってくる。リザードマン達の動きに惑わされないように注意していこう」
リザードマンもオーガと同じく旧文明が作り出した魔物である。
単体での攻撃性能はオーガに劣るかわりに、チームを組んで侵入者達の行く手を阻む厄介な存在だ。
魔法の使える個体は確認されていないが剣や槍と言った武器で武装しており、ある程度の知能も備えている。
「あと、前回探索許可を出したアライアンスが攻略に失敗したのか誰も報告には来ていないらしい。ギルドからのミッションとしてはその確認も一応含まれているので、そのつもりで」
「はい!」
「よし、ダンジョンへ潜入しよう」
*****************************
「前方から三体、後方から二体来てるな……。メルティラさんは前方の三体をひきつけて欲しい、アイリスさんはメルティラさんの後ろで支援を。俺は後方の二体を片付ける……。いくぞ!」
「「了解です!」」
ダンジョン奥の未踏地を歩いていると、ロノムが常時展開している探知魔法に魔物の反応が引っかかった。
ロノムは戦闘に集中するため探索の魔法を一度解消する。
そして後ろへ駆け出し物陰に潜んでいたリザードマン達の前に躍り出た。
後方から奇襲をかけるつもりが逆に奇襲をかけられる形になったリザードマン二体は一瞬うろたえるもすぐに武器を構える。
しかし熟練の白兵士の前にあってはその一瞬が命取りだった。
「はっ!」
ロノムのハンドアックスがリザードマン一体の首を一瞬にして跳ね、その流れでもう一体のリザードマンを蹴り飛ばす。
バランスを崩したリザードマンの胸部に対してハンドアックスの一撃を入れ、僅かな時間でリザードマン二体を沈黙させた。
再び前方に駆け戻るとメルティラが二体のリザードマンを相手取っている。
床には既に一体のリザードマンが転がっていた。
「おらぁ!」
ロノムは前方に躍り出るとメルティラが捌いていた一体のリザードマンに飛び蹴りを食らわせる。
不意打ちの飛び蹴りを受け床に倒れ込んだリザードマンをハンドアックスの一撃で仕留めすぐに最後の一体へ向き直ったが、メルティラのすらりとした片手剣がリザードマンの心臓部分を貫いたところだった。
「流石メルちゃん! 白兵士としても高ランク貰えそうですね!」
「ロノム様、アイリス様の支援あってこそです。私一人では防衛士の仕事で手いっぱいですよ」
褒めちぎるアイリスと謙遜するメルティラを見て微笑ましく思いながら、ロノムは戦闘中解除していた探索の魔法を再び複数展開し始めた。
と同時に、探索の魔法に引っかかった弱々しい生体反応に気付く。
「およ? ロッさんどうかしました??」
「いや、すぐ近くの小部屋に何かがいるんだ。野生動物が紛れ込んだにしてもここはダンジョンの奥の方だし変だなと思って」
「ふうむ……一応、確認してみましょうか」
*****************************
小部屋の扉は内側から荷物や瓦礫で物理的に封印されていた。
ロノム達三人は扉をこじ開けると、奥には少年とも少女ともとれる冒険者が傷だらけで倒れている。
「前回探索したアライアンスのメンバーだろうか……。アイリスさん、ひとまず治癒と身体活性をお願い」
「任されました! 草木に浮かぶ朝の白露は妖精の集めた花の蜜。それはきっと一匙の砂糖菓子。癒しの力をここに! リジェネレイト!!」
童話の一ページのような詠唱を唱えながらアイリスは治癒魔法を発動させる。
魔法の詠唱文言は特に決まっておらず人それぞれだ。
同じリジェネレイトでも中には「お前ならやれる絶対にできるって頑張れもっと自分の力を信じろ! だからもっと!! 熱くなれよおおお!!!」と言ったような詠唱をする人もいる。
「ここに書いてあるのは……アライアンス名でしょうか。ええと、なんて読むのでしょう……?」
治癒魔法を施されている冒険者の衣服から、メルティラが刺繡を見つけた。
「アライアンス『ストーム・ブレード』か……大手アライアンスでは無いと思う。ちょっと待っててね」
そう言うとロノムは魔法式メモを展開し検索する。
「あった、最近結成された総人数四人の小規模アライアンスだね。団長はゾルーと言う防衛士らしい」
「この方は防衛士ではないようですから、少なくともゾルーと言う方ではないですね。他のパーティメンバーの方はどうなさってのでしょうか……」
「分からない……。前回探索から十日以上経っているし、ダンジョン探索報告がギルドに上がっていないことを考えると最悪のケースであることが濃厚か……」
ロノムとメルティラはそんな話をしながら、アイリスのリジェネレイトを見守り続けていた。
魔法の詠唱は視覚的にわかりやすいように、加えてエクスエルとか言うクソ破壊術士が読みにくい詠唱を連発しているので全編ルビを振っています。