13.お見事です、ロノム様
冒険者ギルドの地下にある広めの鍛錬場にて、Dランクの白兵士とBランクの破壊術師は相対していた。
鍛錬場には決闘用のステージもあり、周囲には申し訳程度に観戦用の席も設置されている。
「白兵士と破壊術師による決闘の標準ルールに則り模擬試合を行う。審判はいないが、必要な場合はネシュレムとお前のパーティメンバーが判断を下す」
「近づいて攻撃寸止めまで行ったら俺の勝ち、これもルールに加えて貰っていいか? あと、当たり前だが治癒術で回復しきれないダメージを与えることはお互いに禁止な」
「よかろう」
ロノムとエクスエルの二人はお互いに距離を取り、それぞれ武器を構える。
ロノムはハンドアックス、エクスエルは銀製の錫杖だ。
しばしの沈黙の後、先に動いたのはエクスエルだった。
「白刃は水より出でて明けの星に形成す。貫け! アイシクル・レイ!!」
エクスエルが中空に魔法陣を展開すると同時に大気は煌めき氷柱を複数発生させる。
そして氷柱の群れはロノムへと方向を変え、一直線に飛んで行った。
「たっ!」
対してロノムは短く気合を発声しながら体を回転させ横方向に氷柱の弾幕を避け、そのままの勢いでエクスエルへと突進する。
しかしすぐに攻撃とはいけない。エクスエルもまた第二の手に出た。
「舞うは冷苞、群れるは霧氷。囚われるがよい! フロスト・プリズン!」
エクスエルの詠唱と共にロノムの周囲の気温は一気に低下し、霧とも雪ともつかない白氷がロノムに纏わりつく。
勝負を決める攻撃とはいかないがロノムの皮膚に緩やかなダメージを加え、また、体に纏わりつく氷と冷気の被膜は移動速度を確実に低減させていた。
「明けの闇に集うは群れ成す霜狼。幾重に連なる狼牙を剥きて、雪崩と共に喊声をあげよ! 凍てつく牙によって屠られるがよい!! ライムタイド・ウルヴズ!!!」
エクスエルはその猶予時間を無駄にしない。続けざまに大がかりな魔法陣を展開し仕上げにかかる。
銀の錫杖から放たれた氷の波動は大気の水分を巻き込み、さながら餓えた狼の集団のように霜と氷の群塊となってロノムに向かった。
ライムタイド・ウルヴズは数々の魔物を葬ってきたエクスエルの大技だ。
無論対人用に加減はしてあるが、直撃すればただでは済まないだろう。
フロスト・プリズンで動きが抑えられているロノムであれば尚更だ。
しかし、エクスエルの計算とは裏腹に、霜と氷の群狼による突撃は身動きが取れないはずのロノムに躱される。
「なに!?」
流石のエクスエルも動揺し慌てて次の呪文の詠唱に入ったが、魔法陣が中空に浮かぶか否かのところで、突進してきたロノムのハンドアックスがその痩せこけた顔の前で止まった。
「勝負あったな」
「馬鹿な……。何故Dランク如きのお前が私のフロスト・プリズンを抜けライムタイド・ウルヴズを避けられた……?」
エクスエルは破壊術師のBランクでありロノムは白兵士のDランクである。一概には言えないがBランクとDランクの実力差は百回やって三、四回勝てるかどうかと言う程もあり、完全に予想外の結果であった。
「おおー! ロッさん勝ちました!」
「お見事です、ロノム様」
外野にいるアイリスとメルティラも手を叩いて喜んでいる。
「まず、フロスト・プリズンだ。あの魔法に囚われている間、動きに反応してその部分に集中的に霜や氷が重なるんだわ。つまり、次に大技が来るって分かってれば下手に動かずその瞬間までじっとしていて、ライムタイド・ウルヴズが来た瞬間に大きく避ければいいってわけ。でもまあ、大体の場合はあんなの食らったら振り払おうとするし、対処法を知らなきゃ有効な魔法だと思うよ」
「次にライムタイド・ウルヴズ。大体進行方向右側に避けやすい欠けがあるんだけど、あれはエクスさんの癖だと思う。いや、魔物相手にはほぼ必中だからいいんだけどさ」
ロノムはエクスエルに向けていたハンドアックスを引き、更に言葉をつづけた。
「俺だってBランク相手にそうそう勝てるとは思ってないよ、所詮Dランクだしさ。でも、一緒にパーティ組んでたメンバーの手の内はよく分かってるよ。だから、勝てたってだけだ」
「簡単に言ってくれるな……それは私とて同じだロノム……! 私もお前の動きはよく知っていた。何故、DランクとBランクの差が埋められた!?」
エクスエルが言葉を震わせながらロノムに言う。
「うーん……単純に俺の方がよくパーティメンバーのことを見てた……だけじゃないか……? あと、ライムタイド・ウルヴズの欠けについては前も教えた気がするけど、その時はエクスさん取り合わなかったし」
「くっ……! これで勝負が決まったつもりではないな!? 決闘の標準ルールに則り、三本先取だ!!」
「ああん!? 一本とったら終わりじゃないのかよ……!?」
ロノムは渋々距離を取り、エクスエルが再び錫杖を構える。
「あ、まだやるんだー」と言う表情で見ていたアイリスとメルティラの元に、いつの間にかどこかへ行っていたネシュレムが戻ってきた。
「あの……巻き込んでしまって……ごめんなさい……。これ……上のカフェテリアで売ってるもの……お嫌いでなければ……」
そう言うとネシュレムはフルーツジュースが入った瓶をアイリスとメルティラにそれぞれ手渡した。
「おー、このジュース気になってたんですよ。ありがてえありがてえ」
「ありがたく頂戴いたします。それでその、一つお聞きしたいのですが、ネシュレム様のパーティは何故に、ロノム様を追放されたのですか?」
アイリスが腰に手を当ててフルーツジュースを飲む横で、メルティラがネシュレムに聞いた。
「リーダーのボルマン隊長は……自身のステップアップのためだと……言ってた……」
「エクスは……それとは別に……CランクからDランクに……落ちたロノムのこと……失望してた……。エクスは……時々……潔癖なところ……あるから……」
「ネシュちゃんはパーティ追放についてどう思ってるのです?」
フルーツジュースを飲み干しながらアイリスもネシュレムに聞く。
「私は……エクスの意見に……賛成する……。お二人は……怒るかもしれないけど……私にとっては……エクスが全て……」
「できれば……パーティ円満がいいのだけど……それが叶わないのなら……私は……エクスをとる……」
訥々とネシュレムは二人に語り続ける。
その間にロノムとエクスエルの間にもう一勝負の決着が付いたようだが、アイリスとメルティラの興味はネシュレムの話に移っており、二人の勝負の行方は見ていない。
「いえ、ランクで見ればロノム様が一段劣っていたことも事実ですし、パーティ戦力のことを考えればエクスエル様の意見も妥当なのでしょう。その点についてはお二人を責めるつもりはありません」
「それはそれとしてあの隊長は大嫌いですけどね!」
俯きがちなネシュレムをフォローするようにメルティラは言い、アイリスは自分の意見を力強く言葉にした。
「分からないのはパーティ追放のみならず、アライアンスそのものも解雇されたと言うことですね……。防衛士を経験しているDランク白兵士であり、ダンジョン探索に非常に有用な能力をお持ちのロノム様は、まだまだ活躍の場があると思うのですが……」
メルティラが唇に人差し指を当てながらネシュレムに聞く。
「それは……ボルマン隊長が……アライアンス団長の……ドディウス団長から提案されたって噂もあるけど……分からない……」
団長であるドディウスとロノムの間で何かあったのだろうか?
それとも単純にボルマンがロノムの実力を見誤りパーティから追放したことによって、アライアンスもついでに解雇されてしまったのだろうか。
アイリスとメルティラは首をひねり、ネシュレムもそれ以上は何も知らないと言った様子である。
「ど……どうだロノム! 氷結術で足を封じられれば次の魔法は避けられまい! 今回は私の勝ちだな……!!」
「そりゃ今回はやられたけど、俺の方がもう二勝してるだろ!? 次勝てば終わりだもんねー!」
「うるさい! 続きを始めるぞ!!」
そんな女子三人のことなどお構いなしに、白兵士のおっさんと破壊術師のおっさんは年甲斐もなくはしゃぎ散らかしていた。