閑話 ユキムシ
雪が凄い。※本編とは何ら関係しません。雪め!蒸発しろ!
「…おはようさん。ザインの旦那」
「ざいん様、オハヨウゴザイマス…」
「…おう」
「「「「「…………」」」」」
「………何か言いたい事があれば言ったらいいんじゃない」
「…イヤ、別に」
「フシッ…」
「………(視線を逸らすウルフ)」
「クスッ」
「申し訳ありませんのぅ。その…ザイン殿」
「……眠い」
「あ。昨夜に貰ったお肉でソーセージ作ったんだけど食べるかい?」
「…うん」
ここは【パアルス遺跡】のほぼ中央に位置する"王の巣"。昨夜、新たなるウルフ達家族の長となったザインが修繕した建物でザインの住居となった。その最上階のフロアである。何もないのは寂しいのでとりあえず余裕で10人は席につける即席の大きな円卓と椅子をザインは混成魔法によって創り出し、主要な人物たちをその席に招き座らせた。
山賊団、厳密に言えば好き好んで略奪行為を働くわけではないので自衛集団とも呼べる亜人種の家族"狼の歯"の実質リーダー、ゴブリンの男ジョニー。
その右腕、先祖返りが酷くマトモに喋れない。リザードマンの槍使いドナテロ。
そして家族の中では最強の男にして唯一の賞金首、狼とトロルの混血である巨漢ウルフ。
家族の女代表としてこの場に同行した双子の我が子をあやす、ウルフの妻マル。
ザインと共にこの遺跡まで旅をしてきた老エルフにして建築家、ナットー。
その孫で聡明な幼き天才エダマノ。
ザインに拾われた元山賊の気の弱い青年ボンレス。
そして、この異世界【シットランド】を救うべく使徒として降り立った男、ザイン。
少し疲れた表情を浮かべる彼の両隣に腰掛ける美少女がふたり。
ザインが命を救った美しい桃色の髪を持つ少女キナ。ナットーの孫娘でエダマノの姉である。彼女はザインの左腕にしがみつきほのかな嫉妬心からか、小さな可愛い唸り声を上げている。
もう片方の腕には柔らかい両翼で包み込むようにベッタリとザインに張り付くハルピュイアのチュチュ。空を自由に移動できる優れた斥候役である。
「むぅぅ…」
「今夜はアタシの番ネ。絶対に逃がさナイ…!」
「ちょっとふたりともさぁ、すこし暑いんだけど…はあ、もういいや。それより…ユキムシ。お前も席についてくれないか? お前の分の椅子も創ってあるからさぁ」
「結構じゃあ。わての定位置はここと決もうた」
「イヤ、お前。ずっと俺の背中に張り付いてる気か?」
「当たり前じゃあ。この命が尽きるまで、一生なぁ…(チラリ)」
「…ええ~」
そしてもうひとりこの場に気配を絶ってザインの影に隠れる装束姿の少女、忍者のユキムシ。
窓の外から微かに騒ぎ声が聞こえる。昨夜と同じくザインが他の住民にパンと水を配ったからである。昨日に引き続き美味いものが食えると階下の者達はまるで祭りのドンチャン騒ぎである。
「楽しそうだな…」
「そりゃあ、皆あんな美味いものなど口にしたことないからですぜ。女もガキも腹を空かせて泣かせる心配がなくなって本当に旦那には感謝してますぜ…!」
「「「………」」」
ジョニーに続き、ウルフ達が無言で深く頭を下げる。
「いいよいいよ。しばらくは何とかそれで持たせる。今後は色々とやってきたいからな、皆によろしく言っといてくれよ」
「それにしても見事ですな、ザイン殿。この円卓といい…床や壁の石材の再現は。たしか大理石でしたかな?」
「ああ、そうだよ…この世界じゃあ一般的じゃあないみたいだな」
ザインは朝一番にやってきて床にへばりつくナットーとエダマノを思い出して苦笑する。
「……御爺様。この材質を模したゴーレムを作ってみたいんだけど、無理かな?」
「ううむ。動石像の領域であるが、中級魔法で可能であろうのぅ」
「うん。でも実際ボクも動石像の創成は試したことがあるんだけど思った以上に上手くいかないんだよね」
「ふむ。やはり問題は魔力の循環と維持…それと可動域の問題が…」
ゴーレムで白熱するふたりの間に忍びなくザインが割ってはいる。
「悪いんだが…とりあえず爺さんに知恵を借りたい。とりあえずこの建物の各階にトイレを設置したいんだ。あと水洗にしたいから水道管と下水も。本格的に軌道に乗ったら各場所毎にも設けたい」
「スイドウカン? ああ、トイレとは不浄処のことですな。下水…確か、水路を巡らした大きな要塞で構造を学んだことがありますぞ」
「おお、そりゃあありがたい!俺はイメージだけで実際の知識に欠ける。魔法じゃあ限界があるんだ…だから爺さんや、他の皆の力が必要だ。ジョニーやウルフ達にも色々と教えて欲しいことや手伝って欲しい。頼めるか?」
「勿論ですぞ、ザイン殿」
「…ボクも」
「微力ながら僕も手伝いますよ」
「旦那のおかげで皆腹が膨れて、このままじゃあ肥え太っちまう。だから腹ごなしに喜んで何でもしてくれるはずですぜ? 旦那の言うことに従わねえヤツはいねえよ」
「…アア、ソウダナ!」
「フシュウ!」
「わ、私もお手伝いできることならっ!」
「勿論、アタシもネ」
助力を惜しまない面々に満面の笑顔で応えるザイン。その横顔を彼の影から覗くユキムシは昨夜見た夢を思い出していた。それは昔の冷たい記憶。
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ユキムシは極寒地【ジルモ】で生を受けた。吹雪に隠された隠れ里。そこに住まう者はかつて大きな国に仕えた隠密の一族の末裔。忍者と呼ばれる特殊なクラスを代々引き継いでいた。
しかし、現在は寄る辺とした大国も滅び去り、獣人の連合国である隣の土地【クー】を隠れ蓑に世界に暗躍する傭兵・暗殺者・テロリストと成り下がった異能者の集団と化していた。
ユキムシもまた、幼い頃よりその先兵として育てられた。産みの母親は彼女が独り立ちする前に自害した。亜人種モスマンの女は希少な存在であると共に高い能力持つ。捕らえられ自由を奪われたユキムシの母親を無理矢理手籠めにして産ませたのがユキムシであった。半亜人である彼女は異様な集団の中ですら迫害され、薄い翅と呼ばれ、彼女は名前で呼ばれることすらなかった。母親から数度聞かされた生まれ故郷や亜人種の話と思い出が唯一の心の救いであった。しかし、その母親も娘が殺し屋として育てられている事を知ると自ら命を絶った。既にユキムシの他にもうひとり子供を産み、新たな生命を宿していた。ユキムシの弟か妹は才能無しと早めに見切りをつけられて里を追放され、極寒の中で凍え死んだと後から聞いた。
母親の死を知るまで里の操り人形でしかなかったが、ユキムシは自ら人形の糸を切った。母親の死を切っ掛けに感情を取り戻したのだ。奇運なことにユキムシは忍者としての才能には恵まれた。そこに里の者に隙が生まれた。【ロアッツ】の主要な要塞に不治の毒病を撒き散らし、大量の死者を出して混乱させるという非道な任務を任されたユキムシはそれを阻止。同行した仲間達を殺し逃走する。しかし、すぐさま放たれた里の追跡者から1年近く戦い逃げ延びるも、瀕死の傷を負う。
そして辿り着いたのが【ステークオ】の荒野。野垂れ死に寸前のところをモンスター狩りに遠征していたジョニー達に救われたのだ。
ユキムシは全ての素性を"狼の歯"、家族達に明かすことはできなかった。匿って貰っている彼らに余計な危険を寄せてしまう可能性があった為である。もし、里の影がちらつくことがあれば速やかに去るつもりでいた。しかし、半亜人である自分を差別しない家族とこの場所はとても居心地が良かった。
そんなある日、チュチュから遺跡に近づくものありとの報告を受ける。そして、目の前に黒髪黒目の純血らしいヒューマンが現れた。
「……異常やぁ!」
その男は全く武装してもいない様子なのに強過ぎた。ジョニー達より確実に強い。…肉弾戦ならば自分も敗北する可能性すらあると直感した。彼女は種族のユニークスキル【触覚】と高い能力値から対象のステータスの強弱を判別できるし、近距離であれば感情すら読み取ることすらできるのだ。
武装したジョニー達の取り囲まれてあの余裕。危険だと判断した彼女は隠れたアーチ門の影から手にしたクナイを男に向かって投擲する。死角から放たれたクナイは確実に男の急所に突き刺さるはずだった…
しかし、それは危うげも無く男に掴み取られてしまう。
「うおっ。なんだこれは? まさかクナイとか。君、忍者なの?」
「っ?! コチラを見もせず除けもせずに掴み取られた…! しかも、わえのクラスのことや苦無のことまで…何者じゃ?」
しまった!長居し過ぎた。ユキムシの心の中に後悔の感情が淀んだ渦となって沸き上がり、胸を灼いた。忍者を知る者など里の人間か同等の裏稼業の人間だ。ついに刺客に見つかってしまった。このままでは彼らまでも口封じに殺されてしまうとユキムシは焦る。
あくまで山賊などと言う男の名はザイン。走る箱の中から出たきた男の仲間はあまりにも平凡だった。ほとんど危険を感じない…偽装の為だろうか?
だが、ウルフと対峙したザインを見て身の毛がよだったような気分に襲われる。
強すぎる…!
恐らく人間種であろうザインには成しえない、拳でウルフを打ち負かして見せた。それだけではなく、ウルフから負わされた傷を一瞬で自ら治してしまったのだ。
その度、ザインの強さがガラリと変わるようでユキムシは大いに混乱していた。思わず人前で自らの触覚を引っ張りたくなる思いであった。
最後にはウルフとさほど変わらない大男になったザインは1発のパンチでウルフを吹き飛ばしてしまった。
無理だ…。到底勝てる気がしない。しかしユキムシは同時に里の者では無いと確信した。こんな男がいれば流石に耳に入るだろう。里が外の人間を雇うとは考え辛かったが可能性はある…
しかし、ザインはあろうことか皆に庇われる瀕死のウルフを助け起こすと、家族になろうと言い始めた。そして何処から取り出したのか大量の食糧と水を住民に振る舞った。調べたが毒ではなかった。日頃から腹を空かしている家族達に抗うすべはなかった。
信じられない事に、ザインは重要な役目である"初女"になんとユキムシを選んだ。彼女は見た目の良いチュチュを袖にしておいて自分が選ばれるなどおかしいと勘ぐるが、ウルフやマルに諭される。
「でもさあ、あの人なら。ザイン様なら…ユキちゃんをさ、本当の姿を目を逸らさずに見てくれる!…ってなんだかそんな気がするんだよね。だから…勇気だして!男は愛、女は度胸って言うでしょ? ザイン様なら、ユキちゃんと私達を本当の家族にしてくれるかもしれないよ…!」
自身が姉と慕う女の言葉が心に不思議と突き刺さる。
ユキムシは気付くと極寒の吹雪の中を彷徨い歩いていた。
寒い。
辛い。
苦しい。
寂しい。
…思い浮かぶのは家族達の顔。後ろを振り返れば思い出したくも無い、隠れ里が見える。
しかし、雪に埋もれていくのに…これっぽちも冷たくなどなかった。むしろ…温かい。
最後にザインの顔が浮かぶと全てが明るい光で包まれ、目を覚ます。
ユキムシは自分が寝ていたことに気付く。頬にはうっすらと涙すら流れていた。夢を見たのは何時振りであったろう。自身の身体を乗せて上下する胸に再び顔を埋め、その男の頬を撫でる。薄く光る鱗粉が付着していた。混血である自分の薄翅や触覚を見ても悪感情の欠片も持たない不思議な男…表に出る事はこの先も決して許されない自分の素肌を唯一晒せるただひとりの主人。
ユキムシは母親の遺した言葉を思い出していた。
『モスマンの女の肌は一生愛しても後悔しないと心から思った男にのみ晒すことができる…それが、モスマンの尊い血の誓約。私の娘には、貫いて欲しい… 私の娘。 ユキムシ…』
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「……よし。じゃあ設計図を起こすから爺さん頼める? 取り敢えず皆で飯食おうぜ。俺はボンレスのハムかソーセージ焼いてさ、それをパンに挟んで食いたい! んで、その後に寺院跡地まで案内して欲しいんだけど。ジョニー、そこまで日帰りで行けるのか?」
「…フムフム。承知しましたぞ」
「御爺様、ボクも手伝いたいです!」
「ハハハ…喜んで、ザイン様。改心の出来のハムがありますよ」
「行けますぜ? センテ様のとこから帰ってくる頃には夜近くになっちまいそうですがね」
「んじゃ馬車に乗って行こう! 俺は走ってくから案内役や爺さんを乗せればいいだろ」
「ばしゃ? アア、アノ箱カ…」
「アタシも付いてくネ! 空飛べル。問題ナイ!」
「わ、私も…連れていって下さい」
「キナも? いいぞ。 …って、ユキムシ。お前、何してるの?」
「………」
いつの間にかユキムシはザインの背中に腕と足を回してしがみついていた。
「両手をキナとチュチュに押さえ付けられて。お前にしがみつかれたらさあ…流石に俺でも身動きできないんだけど?」
それを見たマルが、両手に赤ん坊を抱えたまま涙を浮かべながら笑い声を上げる。
その笑顔はどこまでも優し気で、その表情にユキムシは自分の母親の記憶を重ねるのであった。




