閑話 目を覚ました山賊達 後編 【ウジムシ視点】
もしかしたら、また別の話で登場するやもですが、ウジムシ編?はこれにて完となります。
次話からやっと1章が始まるでよ!
「おっかァ……!おっかァ~~~~!!」
「フィレっ!ああっ、よく無事で…」
抱き合って涙を流す母子を見て、俺はやっと息を吐けた。
周りを伺えば仲間達も武器を収め、顔に跳んだ血糊を拭っている。
「………。どうやら片付いたみてぇだな? ウジ!」
「ああ。そのようだが…油断はまだできねえな、ザザ。悪いがこの後、俺達が戻るまで魔法と弓が使える奴と一緒にここに残って見張っといて欲しいんだが。頼めるか?」
仲間のザザムシが仕方ねえな、と首を振る。
「…あの、危ないところを助けて頂いて…その、ありがとうございました。…しかし、貴方達は一体…?」
母子を背に庇うように壊れかけたバリケードの隙間から妙齢の女性が恐る恐る俺達の前に歩み出て来た。
オレンジ色の髪と猫のような毛耳。だいぶ獣人の血が濃いようだがなかなかの別嬪だな…。今はここの代表者ということでいいんだろうが、雰囲気から俺達はかなり警戒されている…それも仕方ないんだろうな? 女子供ばかりで、俺達は武器を携えた怪しい男どもだしな。
「俺はウジムシ。…んで、あっちのスケベ面がザザムシってんだ。安心してくれ、俺達は冒険者だ。【ジルモ】から来た」
そう俺が言うと、何故か彼女の表情はより困惑を強めてしまった。
「…ぼ、ボウケンシャ ですか? その、私達は代々この土地で生活してますが、そのようなものを知りません。恥を忍んでお聞きしたいのですが、…その【ジルモ】という村か要塞か、または別の土地の名なのか、どちらのことなのですか?」
「って、オイオイ!冒険者どころかオレ様の【ジルモ】すら知らねえ~とはなァっ!一体、オレ様達はどんな辺境まで飛ばされてきちまったんだかァ!?」
そう叫んで大袈裟に両手を広げたのは、俺に誰がスケベ面だっ、とにじり寄ってきたザザだ。
…まったく、コイツはすぐ話の腰を折りやがる。それに、いつから【ジルモ】がオメーのモノになったんだよ、この阿呆め。
いきなりザザが大声を上げたものだから、女達が目に見えて萎縮してしまったじゃあねえかよ。
「…飛ばされた?」
「悪いな。アイツもそこまで悪気はねえんだ。…たぶん、俺達の事をアンタ達は信じられねーだろうが、折を見て必ず話す。先ず聞きたいんだが、ここの土地の名を教えちゃあくれないか?」
彼女は首を傾げる。
「はぁ、祖父母からはこの土地の名は【ステークオ】、だと聞いていますが…」
「何っ!【ステークオ】だと…?」
「オイオイオイっ!マジかよ? あの荒れ地ばっかで、この世の果てとか言われる土地じゃあねーか!」
…この馬鹿っ。よりによってその住民の前で言うなよ。
しかしだ、ここは【ジルモ】から【ロアッツ】の山を抜けた先の荒野【ステークオ】だったのか!下手すれば移動に数ヶ月は掛かるぞ…? だが話に聞いた通り、【ジルモ】とは真逆の乾いた土地だ。どうやら嘘ではないようだな。
「こんなことを頼むのはなんだが、俺達をしばらくの間、この村に置いてくれないか? なんなら家の外でもいいんだ。…その、男手も少しはあった方が良いだろう?」
「もちろん、その…礼はさせて頂きたいのですが…」
俺は武器を外し、ザザムシ達に目線を送る。仲間達は頷いてそれぞれ自身の武器を取り外して、地面に放り出す。
俺も目の前の女性に鞘に収まった剣を押し付ける。
「俺達を信用できるまでコイツを預かっていてくれて構わない。…ただ、これから案内して欲しいところがある。それまで同行する何人かには最低限の武器は持たせてやって欲しい。まだ、山賊共の残党が残ってねえとは言い切れないんでな?」
俺はそう言って足元の死体を睨む。
「…わかりました。その案内して欲しい場所、とは?」
「…アンタらの旦那達のいる所だ。早く弔ってやんねえと、最悪アンデッドになっちまうからな。…辛いなら、場所だけ聞いて俺達が探しに行ってもいいんだが?」
そう言うと彼女はその大きな瞳に涙を溜め、女達は堰を切ったようにすすり泣きはじめた。
「いえ、…いえっ!私達で案内しますっ。この剣はお返しします。それと、私の他にも何人か村の者を連れていきたいのですが…お願いしますっ、どうか…!」
「…わかった!」
涙を必死に堪えて頭を下げた彼女の願いを俺達は迷うことなく聞き入れた。
その日の夜は朝日が昇るまで村で火が焚かれ、女達の悲しい声が途切れることはなかった。
====(数年後)====
「…まさか、冒険者だった俺達がこんな風になるとはなあ~」
俺は髭を剃った顎をさする。
目の前にあるのは数年前まで半壊した村と生き残った女達とその子供しかいなかった村だった。
だが、今は大物を仕留めた俺の仲間達と、その嫁と子供が嬉しそうに輪になって踊っている。
特に変わったのはザザの奴だな。間違いなく。
ザザは村の子供から揉みくちゃにされている。アイツがあんなに子供好きで子煩悩だとは思わなかったなあ。そのザザの元に娘のフィレを連れて奴の嫁さんが料理を片手にザザの息子を抱きながらやってきた。…ふたり目か? 嫁さんのロースはだいぶ腹が大きくなったなぁ。イヤ、奴にベッタリくっついている娘のフィレをいれたら三人目だな。…うちのと同じ、か。
「アラアラ、男前の村長さん。こんな寂しいところでどうしたの?」
「ん。ああ、お前か。もう夜はだいぶ冷えるぞ? 大丈夫か、カルビス」
平気よ、と言ってひとり焚火の前に腰を掛けていた俺の隣にスルリと座った。彼女は初めて会ったあの日よりも若く見えるが、ホントにいくつなんだろうな? それとも獣人の血を引くとそうなのか…まあ、俺にとっちゃあ最高の女房だ。何も問題なんて無いさ。
未だに思い出す。あの日、俺に涙を堪えて頭を下げたカルビスの姿を。…思えば、俺の一目惚れだったのかもな?
そうだな、薄汚い山賊共から彼女達を助けてから色んなことがあったな。俺達はほんの数日の間、村に置いてもらうつもりだったんだが、世話になるついでに村の周りをうろついていた山賊団や盗賊共を少しばかり潰してやったのさ。ほんの数百人くらいかな?
それからモンスターを狩ったりしている内に、フィレに気に入られたザザの奴が、「もう少しだけこの村にいないか?」なんて言い出したのを切っ掛けに仲間達が全員、女達を嫁にしだしやがった。んで家族を守る為に冒険者を辞めると言って俺に装備を放り投げてよこしてきたから堪らない。…仕方なく俺達はこの村に根を下ろしたって訳だ。
まあ、一番に村の女と子供ができたのが俺だったから強くは主張できないがな。そう思い出に浸っている俺の頬を、滑らかな毛皮に包まれた柔らかい手が撫でまわす。
「なんだ? …頼むから、その、頑張るのは腹の子が産まれてからにしてくれよ?」
「フフっ…馬鹿ねぇ。ウジが自分で髭を剃るなんて珍しいからよ」
俺はカルビスの手を取る。
「…礼儀だよ、レ・イ・ギ。お前もしってるだろう? ここから歩いて5日くらいの場所で2、3年前に新しい要塞ができたのを。その要塞から友好を結びたいって使節団が来るからな」
「ええ、なんでも山賊の要塞だって聞いたけど、…アナタ、大丈夫なの?」
「それがな、信頼できる相手なんだよコレが。1ヶ月前に行商で俺とザザ達とで行ってきただろう? 山賊の砦だとかいう噂はまるで嘘だな。近くの要塞のフージなんて目じゃない!見たこともない建物が並んでて住人も平和そのものだったんだぞ? 俺、亜人種と人間種が一緒に住んでるとこなんて初めてみたしさぁ~。そうだ、あの案内してもらった"神殿"って建物は凄かった!それにメガミの像ってやつも初めて見たんだ」
「いいわね~。とっても楽しそうな場所じゃない!」
俺は年甲斐もなくはしゃいだ自分に恥ずかしくなったが、ザザの永遠と続く娘と息子の自慢よりは幾らかマシだろう。
「なに、明日来る予定の使節団が来たら頼んでみよう。…なんでも、代表はクマの獣人か亜人らしいんだが?」
「…そうね。この子が産まれて落ち着いたら、家族みんなで行ってみたいわね」
そう言って、カルビスは俺の手を重ねて大きくなった腹を優しく撫でる。
俺の頭に何故かあの新人の顔が浮かんだ。
アイツは無事に生きて暮らしているんだろうか? …不思議と俺達みたいに上手くやってるかもな。変なんだが自然とそう思えてしまう。自分の幸福さに麻痺しちまってるんだかね? まったく。
この世界は広いようで狭いもんだ。あの要塞にゃあ、きっとこの土地どころか他の土地からも人が集まるに違いない。
…意外と次にあの要塞に行ったときにバッタリ会えたりしてな。ハハハ…。
俺の家の中から子供の声が聞こえる。ありゃあ、下の息子の呼ぶ声だ。怖い夢でも見ちまったか? 上のはザザの腹にパンチを繰り出している。おおっ!なかなか筋が良いんじゃあねえか?
「坊主が起きちまったみたいだぜ。家に戻るか?」
「ええ、帰りましょう。私達の家に…」
俺達は消えかかった焚火の前から立ち上がって腕を組んで家に向かって歩き出した。
…ハハッ。ザザの奴のこと悪くは言えねえなあ? どうにも早歩きになっちまうぜ。




