混成魔法とオニキス
なんか設定説明回みたいなのがあと1話ほど続きます。
「魔力と【混成魔法】?」
「左様です。魔力とは儂らような知恵ある獣(人間種・亜人種)・知恵無き獣(動物※但し、この異世界には現状モンスターの類しか存在しない模様)・動かざるもの(石や木の自然物を指すものと解釈する)…あらゆるものに差こそあれど宿りし力。そして【混成魔法】とは言うが如く万物を司る属性と魔力を"混ぜ合せて成す"魔法のことなのですなぁ」
昏くなりはじめた空の下。焚火の明かりを囲んだ者の中で最も魔法に精通している老エルフ、ナットーがザイン達に魔法の講習を行っていた。
「あの~。属性とは、属性スキルのことですか?」
「あ、俺もそれ気になった。…爺さん、俺そのスキル持ってないんだが?」
そして魔法の基礎らしきは習ったボンレスと魔法初心者のザインがナットーにそう質問する。
「ホッホッホッ。なに属性スキルがなくとも鍛錬と理解を深めていけば、下級と中級程度ならばザイン殿ほどの魔力があれば問題なく使えるようになりますぞ? …そうですなあ」
そう言ってナットーは自分の懐からゴソゴソと紐で吊るされたピンポン球くらいの大きさの黒い玉を取り出して見せる。不思議なことに玉の中で何かが流動しているようにも見える。
「ナットーさん。変わった形ですが、それってオニキスですか?」
「爺さん、何だコレ?」
興味津々なふたりの顔が球の表面に映り込む。
「厳密に言えば…オニキスを結晶化させずに別の形に成したものなのだ、若いの。ザイン殿、これは【エーテル球】と言いましてな。かつて儂の魔法の師から頂いた非常に珍しい品物なのです。恐らくは古代の魔法技術で製作されたものであると伝え聞いておるのですがの。そしてこの球は魔力に反応して、その者が持つ属性を調べることができるのですよ…」
そう言ってナットーはザイン、ボンレス、キナとエダマノの顔の近くに近づけていった後、最後に自分の顔の前で揺らして見せる。
「どうやら、残念なことにこの中で属性スキルを持つ者はおらんようだがの」
「はぁ~、そっか皆持ってないのかよ。爺さん、属性スキルって手に入ったり、自力で修得できたりするのか?」
ザインの質問に対して如何にも面白そうな表情を浮かべて老エルフは髭をさする。
「そうですなぁ…不可能ではないかと、と申し上げる他ないのですがの? 例えば儂がそうなのですが…ムゥゥッ」
ナットーが球に向かって手をかざす。唸り声と同時にナットーの身体の周りに薄い光のモヤのようなものが浮かんだ。すると球の中の恐らく液体のように流動していたものが僅かな間ではあるが蠢き出し、その中に黄色と緑が混じったのだ。
「おおっ!色が変わった!」
「儂のスキルである【土木魔法】は、限定的ではありますが【土】と【木】の魔法、または複合的にそれらを扱うことができるのです。この場合、黄色が【土】で緑が【木】となるわけですな。…ですが、先も言いましたがの、悲観することは無いのです。なぜなら属性スキルが無くとも既に儂らは、ほぼ全ての属性を生まれながらに持っていまする」
その言葉にザインとボンレスが首を傾げる。それを見てナットーは愉快なのか笑みを深くする。そして、すうっと老エルフは焚火に手をかざす。
「儂らは熱を持ち、熱を感じ、熱を失えばいずれ死ぬ。即ち、これは自らの身の内に【炎】を宿しておるのです。 ―――"火の創成"」
老エルフの指先に小さな火が灯る。それはボンレスが見せてものよりも洗練されており、揺らがずに力強く燃えていた。
そして火を消すと、今度は空のボトルを手に取って見せる。
「儂らの五体には血潮が巡っておりまする。故に儂らは【水】を有し、また求める… ―――"水の創成"」
すると片手に持ったボトルの中にみるみる水が溜まっていく。
「儂らは息をするもの。そこには常に【風】が生まれ、それが絶えれば生きてはゆけませぬ ―――"息吹の創成"」
ボトルの中の水が急にボコボコと激しく沸騰したかのように泡が沸き立ち、ボトルの飲み口からヒューと風の音がする。
ザインとボンレスがナットーの披露する魔法に夢中になっている傍らでキナとエダマノは、過去に里で祖父であり里の魔法指南役であったナットーから耳にタコができる程にはこの手の話を幾度も聞かされていた。そして、まだ幼い弟はその過酷さに耐えられず、老エルフの隣で余所見をするどころか船をこぎ始めていたので姉に小声で窘められていた。
それに気づいたナットーがエダマノに手を近づける。
「…儂らは常に見えざる強い力を纏っており、それは時として【雷】となって迸り、壊して焦がすほどの脅威となって怒りの叫びを上げる ―――"電流の創成"」
少年の耳元近くでナットーの人差し指と親指との間に青白い電流がビリリとはしり、エダマノは小さな悲鳴を上げて飛び跳ねる。
姿勢を正した孫の頭を撫でて微笑む老エルフは片手でその辺に落ちていた小枝を拾い上げる。
「儂らは草木と同じく、時が巡れば【木】の如く成長し、そしていつかは老いては枯れていく… ―――"時過の創成"」
そう唱えたナットーの持つ枝がみるみる水分を失い、ひび割れて崩れ落ちた。
「儂らの肉体は死ねば塵となり、いずれは【土】へと還っていく ―――"塵の創成"」
先程の枝が完全に塵に分解されて地面と区別がつかなくなった。
「儂らは【光】によって照らしだされて存在しうるもの。光が無ければ互いに存在すら知れぬ
―――"光の創成"」
ナットーの掌の上に淡く輝く光の玉が現れたので、焚火の周りにいたのにも関わらず周囲が一瞬暗く感じるほどであった。
そして、老エルフはその光の玉を両手でそっと親指と他の指で窓をつくるように囲んだ。
「光あれば影がある。光によって生み出された儂らはみな【闇】を持つ… ―――"闇の創成"」
すると指の間に漆黒の暗闇が発生し光を飲み込んでしまった。
ナットーが指先を崩すと闇は霧散し、ザインを穏やかな視線で見やる。
「とまあ、これが儂ら生まれながらにして持つ属性にして、背負う業。【炎】【水】【風】【雷】【木】【土】【光】【闇】8属性の創成系魔法。つまりは下級の基礎となるものをひと通りお見せしましたが、いかがですかな? これが基礎の魔法とも呼べるものでして、中級と上級、超級に至る魔法ですら基礎の応用、または派生して昇華させた魔法がほとんどなのです」
「…おお~っ!凄ぇっ!なるほどな~」
ザインが感動の余りパチパチと拍手し、ボンレスも釣られて手を控えめに叩いている。
キナは祖父の満足そうな顔が見られたのが嬉しかったようで微笑み、エダマノは髪が一部パーマになっていないかを気にしていた。
「でさ、ボンレスが聞いてた【オニキス】って何なの?」
「ああ、オニキスのことですか? けど、ザイン様は昨日モンスターの肉(アンデッド・ゴブリンの腕)を既にお持ちでしたよね? ではモンスターを倒された経験がお有りなのでは…」
ザインが首を傾げる。
「ああ、あるぞ。ゴブリンを素手で1体だけど。と言っても昨日ボンレスのスキルで加工して貰ったのは、ソイツのじゃあないんだけどなぁ~。なんか倒して暫くしたら勝手に灰になっちまったんだよ」
「うむ。ザイン殿、そのゴブリンはアンデッドだったのでしょうな。例え元はそのゴブリンがブルーであったのだとしても、アンデッド化したモンスターを魔法に依らずに倒すのはかなりてこずるのです。流石はザイン殿…」
ザインは更に首を傾げた。まるで玩具のフクロウのようにも見える。
「それでオニキスって結局なんなんだろ? ドロップアイテムとか?」
「ドロップ? ドロップアイテムとは言い得て妙ですが、厳密言えばオニキスはアイテムって言うよりはモンスターの核のようなものなんです。 …そうだ(ゴソゴソ)、これがそのオニキスですよ」
ボンレスは腰の皮袋から何か小さな細長い石を取り出して見せた。ザインは無遠慮にそれを摘まみ上げて顔の前で観察する。それはまるで黒いベッコウ飴のような石であった。
「なんか飴みたいだな…」
「あっ!間違っても口の中に入れてはいけませんよっ!? そのオニキスはモンスターの特に心臓の近くから獲れる結晶なんですが、人間には猛毒です。昔、村の者から子供が誤って飲み込んで惨い死に方をしたと聞いたことがありますから…」
ザインは「げっ」と呻くと口元から離してボンレスにその石を返した。
…恐らくだが口に含もうとしていたのかもしれない。
「随分と小さいの? この辺りだとブルー・フロッグか、若いの」
「いえ、アスピックですよ。ああ、もちろんブルーですけどね。噛まれても痛いだけで毒はありませんからね」
ザインの視線に気付くとナットーは同じく腰の皮袋を取り外して中を見せてくれる。中には大きいもので太さ直径2センチくらい、長さは7か8センチ程度で不揃いの棒状のオニキスがジャラジャラと入っていた。
「ああ、話の腰を折って申し訳ないのザイン殿。オニキスはホレ、このようなものですぞ。儂らはモンスターから主に獲たものだが、要塞や行商人とこれを用いて物品と交換するものなのでしてな」
「なるほど通貨代わりなのか。して、コレでどの位の価値があるんだ?」
ナットーはザインの問いに苦笑いを浮かべる。
「うーむ、この程度ではいっとう弱い剣1本と取り換えられるかというくらいでしょうな。食糧に変えられても3人で5日分も貰えれば御の字ですなぁ」
「へ~。でもモンスターから獲れるくらいだから交換以外の使い道もあるのかね」
そうザインがしげしげとナットーの財布の中身を眺めていると老エルフは表情を暗くする。
「…ザイン殿。オニキスとは先程、儂が申した"エーテル"がモンスターの体内で結晶化したもの。エーテルとは純粋な魔力の源であるとも、魔力の淀み、残滓とも言われておりまする。確かにオニキスは魔力を通せばそれを増幅させる性質を持っておりますので、遺跡から発掘された魔道具の燃料や外法魔術師の輩に怪しげな魔法の媒介などに使われることがあるのですが…」
ナットーは豆粒ほどしかないオニキスを手に取ると何かを念じる。すると見る見るオニキスが赤く光りはじめた。するとナットーはそれを荒野に向かって放り投げる。その瞬間…
―バァン!
「おわわっ!」
「キャア!」
凄まじい音と閃光を放ってそのオニキスが爆ぜたのだ。
ザイン達の頬に確かな熱量を感じる程であった。
「今のは儂の魔力を【炎】の属性と共にほんの少し通わせただけなのですが… オニキスとはこのように危険な代物であり、本来儂ら人間には扱い切れぬものであると先人からの教えなのです。そして、このように燃焼したオニキスは大気中にエーテルを放出する…それの質によっては儂らには毒であり、呪いのように肉体を蝕むものとなるのです。かつての獣や亜人種をモンスターに変えてしまうほどに…」
この広い荒野に生き物がまるでザイン達以外に存在していないかのように静寂がその場を支配した。
【属性または属性スキル】
【炎】【水】【風】【雷】【木】【土】【光】【闇】の基本8属性。
属性によって性質や解釈がそれぞれ異なる。
【炎】は熱量や変化を主に司る。
【水】は液体や束縛。
【風】は気体や解放。
【雷】は電気や衝撃。
【木】は生命や時間。
【土】は非生物や重力。
【光】は創造や消滅。
【闇】は異空間や吸収。
また各属性をスキルとして持つものは、中級以上の上級や超級の適性を持ち、使用できる可能性が有る。これらを属性スキルと呼称する。
【オニキス】
主にモンスターから採取できる黒い結晶体。
強い種族・個体で質や大きさに差がある。
その正体は自らの肉体に取り込んだ魔力とは異なるもの"エーテル"である。
異世界【シットランド】では通貨のように広域で扱われる。
魔力に強く感応する性質があり、様々な触媒としも使われているようだ。
【エーテル】
第9の属性とも歪んだ魔力のような存在と呼ばれる魔法物質。
その存在は非常に不安定であり、既知の者からは危険視されている。
"穢れ"として畏れられ、肉体に取り込んでしまった動植物を生物的に歪めてしまう。
この異世界におけるモンスターの大半がエーテルによって歪められてしまった存在である。
また、このエーテルの作用によって死後、遺体がアンデッド化する可能性が高まる。




