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山賊の王  作者: 佐の輔
序章
13/35

ザ・シャイン 【天使?視点】

ザインと天使達の関係性が少し明らかになる話です。


「テテテテテテテーン♪ 昨晩はお楽しみでしたねぇ~?」

 ウチはニヤニヤしながら黒髪黒目の生意気な顔をした少年。…イヤ、もう44歳だったか。

 いつの間にかウチの3倍以上、むしろ4倍近い歳になっちゃたんだね…イケナイ、イケナイ。今のウチはサポート役の【天使】だった。決して忘れてはならない。彼がこの異世界【シットランド】で生き続ける限りはウチとお姉ちゃんの正体を彼に告げてはならない。それが彼を傍で見守る為の条件…。


 ウチは軽く息を吐くと彼の肩にフワリと肘をかける。

「おまっ! しっかり見てんじゃあねーかっ?! 昨日の夜はどこ行ってたんだっ。ホント大変だったんだからなぁ~。…まさか、…あんなことになるとは」

「イヤ~童貞卒業★オメって言いたいところなんだけどぉ? ザインが手を出さないでくれたのは正直グッジョブだったんだよね~★ 彼女にはまだ清らかな体でいて欲しいんだよぉ」


 そうだザインが助けた少女、キナにはこれからまだ役目がある。それが務まるかどうかは彼女次第だが。


「なんだぁ? 彼女に一体何をする気だ」

 ザインの目つきが鋭くなる。ウチは彼にそんな目を向けられると泣き出したくなるが、我慢するしかなかった。


「や、やだなぁ★ …別に酷いことするわけじゃあないから安心してほしいんスけど?」

「…まあ、いいさ。ただ、その何だ。いくら世界を救う為だからって何の罪もない人間を犠牲にするって方法なら俺は…悪いが従う気はねえからな?」


 …ホント、変なところでひとに優しいのは昔から変わらないね。


「まあ、あくまでザインの意思を尊重するけどさ~? あんまりスキルの悪用はやめた方がイイよ★ 下手すると彼女壊れちゃうかもしれないしぃ~?」

「あ、悪用? な、ななんのことかな? 俺はそんな事はしてないぞっ」

 目の前の少年が顔を真っ赤にして目を激しく回転させる。

 ふふっ。ヤバい昔を思い出して吹きそうになる…そういえば、あの時もお姉ちゃんの飲み物を間違って口つけちゃって『関節キスだね?』ってからかわれて同じ顔してたもんね。ププッ!


「ところでさぁ」

「なんスかぁ? 無茶ぶりならしないでよぉ」


 彼がコチラに笑顔を向けると、

「これから長い付き合いになるんだからさ~。【天使】ってずっと呼ぶのはなんか抵抗あるんだよなぁ。イイ加減名前教えてくれないか?」

「はぁ~。だから…私には名前は無いって前にも言ってるでしょお~」


 嘘だ。ウチとお姉ちゃんは神界での名前がまだ与えらていないだけで、生前の…人間だった頃の名前を名乗ることが許されている。けど…彼には教えられない。


「…なら、勝手に俺が名前をつけて呼んじまってもいいか?」

「え~★ 変な名前じゃあなきゃいいスけどぉ」


 ………。


 嫌だ。でも彼から全く別の名前を付けて貰えばウチは彼の前では本当に別人として今後、振る舞えるかもしれない…でも、嫌…彼に別の名前で呼ばれる、なんて…。


「う~ん、そうだな… マユ(・・)ってのはどうだ?」


 それを聞いた瞬間、ウチは天使(・・)の役に耐えられなくなった!ウチは彼の前から姿を消し、天界へと転移した。もう彼の前で耐えきれる自信がなかったから…。



「なんだ~? そんなに気に入らなかったのかあ? しかし、なんでマユなんて名前が頭に浮かんだのか…わからん。なんでだろ?」

 そう言って取り残された少年が頭を掻いて空を見上げていた。



====(天界、大女神ホーリーの神座)====



「ハァハァっ、ううっ…!うええ~ん!おねぇちゃ~ん、ウチもう耐えられないよぉ~」

 そう叫びながら褐色の天使は女性の胸に飛び込んだ。


 その姿はまるで光の鱗がはがれる様に変わっていき、黒髪黒目の少女の姿へと変わる。

「…よしよし。辛かったね? …ごめんね。マユミ(・・・)ちゃんに苦しい思いばかりさせちゃって…」


 そう言って少女を抱きしめて頭を撫でている長い赤髪の女性は彼、ザインには彼の異世界担当の女官だと名乗っている。彼女の姿も同様に光とともに剥がれ落ち、そこには同じ黒髪の少女が涙を浮かべて姉妹のように見えるもうひとりの少女を抱きしめていた。


「…辛いですか? サユリ…そしてマユミ」

 この異世界を創造した【大女神ホーリー】が彼女達に話しかけた。


「…申し訳ありません、ホーリー様。私達の力不足です…できるだけ彼の前世の記憶は削いだはずなのですが…特に私達ふたりの記憶については…」

「…彼の魂に刻まれた傷痕はそれほどまで深いということでしょう。彼の半生は常に貴方達との思い出しか彼の心には無かったのですから…」

 そう言われた少女達、サユリとマユミは涙を流す。


 サユリの記憶がまるで水の中に氷が溶けだすように流れ出ていく。



「なあ、今日帰りにゲーセン寄ってこうぜ?」

「はあ? カズキ、あんたまだ懲りてないの? この前も生活指導のヤマダ先生にこっぴどく怒鳴られてたじゃないの。大丈夫なの」

 カズキはいわゆるゲームオタクというやつでこれでもオンラインゲームのタイトルホルダーだというのだから呆れる。その熱意を少しでも勉学に向けてくれたら私も安心なのに。う~ん、これじゃあ同じ大学に行けなくなっちゃうじゃないのよ。頭は悪くはないはずなんだけどね?


「本当にあんちゃんはゲーム馬鹿でウチもお父さん達も困ってるんだよ? ねえ、サユリお姉ちゃん。こんな不束な兄ですがどうか見捨てずに末永くお願いします!」

「はっはっはっ!なんだよ照れるじゃあねえかよっ!マユ。変な気を遣わなくてもサユリと俺は大丈夫だ。なあ、サユリ!」


 兄妹でからかってくるふたりに私は顔を赤面させる。

「ちょっと!ふたりともやめてよねっ。…ところでカズキ、ゲーセン行って何するの?」

「ンなこたァ決まってんだろっ!ゲームだよ。しかも最近激アツのオンライン対戦ゲームだよっ!俺この前また新しいランキング入りしたんだぜぇ~? んで俺のIDハンドルネームが"ザイン"っつーんだけど、これは伝説のゲームランカーのザ・シャインをだなぁ…」


 完全に自分の世界に入りこんで語り始めた少年を無視してふたりの少女は歩みを進めていた。


「すいませんね~。あんちゃん、ああなると周りが見えなくなっちゃうんだよね…」

「いいよ。気にしないでマユミちゃん。…あ~いう馬鹿っぽいところも…」

 私は未だに私達から距離が離れていることに気づかないカズキを見つめる。


「好き?」

 カズキの妹であるマユミにニタリと肘で小突かれて私は思わず吹いてしまう。


「…もうっ!ホント兄妹してひとをからかうんだから。でも早く帰ろ? 最近なんか誰かに見られてるような気がするんだよね…。それにマユミちゃんも少し前に変な男の人達に追いかけられたって言ってたでしょ?」

「そだね。あんちゃんじゃ、ウチ達のボディガードにはなれなそ~だし」

 そうじゃれあいながら私達、幼馴染みの3人はいつも通りに、あの日も一緒に帰路についていた。


 …ザイン。彼の本当の名前はカズキ。現在の日本に非常に酷似した魔力が存在しない世界の出身。

 本来はゲームオタクであった為、モンスターやエルフなどのゲームや異世界の設定や情報にはそれなりに明るかった。因みにザインという名前は彼の記憶に残らなかったが、彼がオンラインゲームで使用していたハンドルネームである。…異世界転生時に彼の記憶から精神ダメージを可能な限り取り除く為、関係のある記憶を優先して消去されているから。



 …ここからは私達にとって決して楽しい思い出の話ではない。



 彼が17歳の頃、下校途中に幼馴染の私、サユリとまだ小学生だった妹のマユミが絡んで来たチンピラ達に拉致された。恐らく前から目を付けられていたんだろう。

 彼は必死に私達を助けようとしたんだけど、返り討ちに遭って重傷を負ってしまう。

 その後、病院で意識を取りも戻すと、彼は…既に妹のマユミが長い間強姦された上に惨殺死体となって発見されたことを知ってしまう。

 その数ヶ月後、サユリだと思われる人物が国外で発見されるが、酷い薬物中毒で四肢を切断された廃人となっており、彼がその姿を目にして間もなく死亡する。

 私達を攫ったのは世界的な犯罪組織で政界にも大きな影響力を持った悪の権化であったことを突き止めたカズキは消息を絶ち、それから20年以上もの歳月を復讐に費やしている。その間に両親と密かに彼を支援した仲間達も組織によって殺されている。

 組織の関係者を粛々と皆殺しにしていく彼は歴史に名を遺すほどの世界的なテロリストとして全世界に知れ渡るが誰も阻止できる者はいなかった。年齢も40を超え、彼が殺害したとされる者は数万人ともなっていた。

 最後の組織幹部の生き残りを始末すると自ら警察に自首し、その後死刑となった。


 彼の魂は深く傷ついており、神々の慈悲により無に還らんとした最中、既に天界でカズキを待っていた私とマユミ。そして、彼に味方する者達の嘆願によって異世界転生という処置がとられた。彼の魂に刻まれた"ふたりにもう一度会いたい"という願いを叶える為に。


 そんな彼を迎え入れたのが滅びゆく世界である【シットランド】の【大女神ホーリー】であった。彼女は彼の魂と共に私達の魂も引き取り、私を異世界転生担当の女官として。マユミはサポート役の天使として容姿を変えて女神の下に侍り、異世界でのカズキ、…ザインを見守ることになったのだ。



 まだサユリの胸で泣きじゃくるマユミが鼻声で自身の気持ちを打ち明ける。

「ヒック…昨日、あんちゃんが山賊の記憶を覗いた時、山賊に殺される女の子を見てあんちゃん…ウチの事を思い出して泣いてたっ…とても心の深いとこでずっと…、ヒック…あんなあんちゃん。可愛そうでウチ、みてられないよ…」

「…!ごめんね…マユミちゃん…まだ【信仰】が集まらない限り、私が手伝うことはできないの…だからっ…!」

 サユリがマユミをまるで母親のように抱きしめる。


 彼女達は死後、安楽な転生を望まずにずっとずっと彼を見守り続けてきたのだ。復讐の鬼と化した彼をただずっと…彼の代わりに涙を流しながら…。


「彼は未だに大いなる苦しみの最中にいます。ですが、それは彼の望み。そして貴方達の願いを叶えようとするが為… たとえ、彼が私の世界を救えなかったとしても…この滅びゆく世界で魂は巡り、いつか貴方達との出会いを果たし、共にこの世界と一緒に滅ぶことになるのですからね」

 【大女神ホーリー】はどこまでも穏やかな声で告げる。


 そう、彼の望みは既に叶えられているのだ。その為に慈悲深き女神は自分の世界をたったひとりの人間の魂を救済するために差し出したのだから…。


「いえ、ホーリー様。カズキ…ザインはきっとこの世界を救ってくれるはずです。私は不思議なんですが…そう信じているんです。ね? マユミちゃん…」


 鼻を啜りながらマユミも頷く。

「…うん。あんちゃんが諦めない限りはウチも諦めないで頑張るから」



 そんなふたりの決意を秘めた表情を見て、女神の彫刻は静かに微笑を浮かべていた。



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