償い 【ボンレス視点】
次話から鬱抜けの展開予定なんだわさ(白目)
僕の名前はボンレス。もう20歳になった男だ。村の一端の男ならもう子供がひとり、ふたりいてあたり前の年頃だろうけど…
だが、少なくとも自分は一人前の男とは、まあ呼べないだろうとは思うよ? 僕は…腰抜けだからね。
もともと僕は気が弱いし、喧嘩もマトモにできた記憶すらないよ。村では1番の弱虫だったからな~。僕の面倒を見てくれた婆ちゃんには最後まで世話をかけてしまったなあ。
まあ、その村も今はないんだけどね…1年くらい前に大型のモンスターの群れにいきなり襲われて。村でそれなりに戦える男はたった3人しかいなかったし。僕は武器を取る前にさっさと女達と一緒に逃がされたよ。僕は村の皆からはこれでも重宝さられてたからね。僕の生まれ持ったスキル【加工肉】は毒があって食べられないようなモンスター肉や傷んで腐った肉でも関係なくハムやソーセージといった食用アイテムに変えることができる珍しいスキルだから。村の食糧問題に貢献できたからこそ、孤児だった僕が村に置いて貰えたんだけどね。
あの村で僕にいつも優しくしてくれたのは僕を引き取って面倒を見てくれた婆ちゃんだけだった。
…婆ちゃんは、僕がまともに恩を返すこともできずにモンスター共に殺されてしまった。せめて、婆ちゃんに教えてくれたように人に優しく生きていきたいと思うよ。…こんな世界じゃあ難しいとは僕も思うけどね。でも、婆ちゃんが教えてくれた『神様』がホントにいるんだとしたら、僕もその神様に見守られているんだろうか…?
ああ、疲れたな…もう1週間は飲まず食わずで荒野を彷徨っているんだなあ。
結局、モンスターから逃げ延びたのは僕ひとりだけだった。もう村の女達も、僕が手を引いていた村の子供のウィンナもいない…まだ10にもなってなかったろうに。僕は滲んだ涙を乱暴に拭うと歩みを進めた。
しかし、限界を迎えた僕は岩場の影に倒れるように転がり込んだ。そして気を失った。
「…婆、ちゃ…」
「オイ。まだコイツ息があるぜ? ウジ、どうする?」
人の声が聞こえて僕が目を開けるとこの辺ではあまり見ない見た目の男達が僕を見下ろしていた。
「…水が飲めるか? ただし、タダって訳にはいかねえ。俺達の奴隷か下働きくらいにはなるつもりならくれてやる」
「オイオイ、こんなヒョロイ死に掛け助けてなんの得があるんだよぉ?なあ、ザザ…」
僕に声を掛けてしゃがみ込んだ男の周りで他の男とザザと呼ばれた男が文句を言っている。
「うるせえなあ、頭目代行の俺に文句があるのか? よく考えろよゲジ、ザザ。俺達は【ロアッツ】でヘマやらかして仲間の半分以上を失っちまった。だから人手が足りてねえだろ? それに、【ステークオ】は噂以上にしけた土地だし、村を見つけても殆どもぬけの殻。オマケに仲間を増やす伝手すらねえ…コイツが俺達の仕事に向いてるかどうかはわからんが、今は雑用のひとりでも欲しいだろうが? わかったらさっさとお前の水筒を寄越せっ!」
男は仲間の腰に吊っていた水筒を引っ手繰ると僕の口に近づけた。
「た、助けてください…」
「ふふんっ。まあ、せいぜい俺達の役に立ってくれよ? …お前、名前は?」
「…ボンレス、です」
僕は山賊に拾われたんだ。
「この腰抜け野郎っ!なに襲った村のヤツにやり返されてんだお前はよ? おかげでこのザザムシ様が女もろくに抱けずに出貼るハメになっちまっただろーがっ!」
僕はあれから数ヶ月、山賊団の雑用として扱き使われていた。ただ扱いは正直、奴隷以下だろうな。今日もザザムシ達に殴れてるしね。ただ、コイツらは自分の頭であるミズムシ達から僕を殺すなって言われてるからそこまではやらないけど…。
「馬鹿野郎っ。お前ら、ソイツが首の紐で俺達に歯向かえねえからって好き勝手に殴るな」
山賊団のもうひとりのリーダー、ウジムシが部屋に怒鳴りながら入ってくると、ザザムシ達の頭を引っ叩いていく。
「ボンレス、でも殴られんのは山賊仕事ができねえお前ぇが悪いんだぜ。お前はもう山賊だ、変な情けを獲物にかけちゃあならねえだろが!」
そう言って僕の頬を軽く叩く。
「よし、もう行け。そんで急いで肉を作ってミズムシんとこに持ってけ。俺達の分も頼むぞ? オラ!お前らもやる事あんだろがっ。ザザ、ゲジはカナブン達と見張りの交代してこいっ!」
そうウジムシが言うとザザムシ達は手をヒラヒラさせながら解散していった。それを見届けたウジムシも自分の武器の手入れを始めたので、僕も食糧庫に向かう。
「あの、食事を持ってきました…?」
「ん。おおっ、やっときたか。腹が減って仕方なかったんだよ。早く寄越しなあ」
そう土間声で言う半裸の大男にして、僕を拾った山賊団【神吹雪】の頭目ミズムシが僕の手から肉が盛り合わせられた皿を奪うと、下品に貪り始めた。
僕はそれに呆れて視線を下に降ろすと僕を見上げる視線に気づいてギョッとする。それは既にこと切れた少女の亡骸だった。昨日襲った村の娘だろう。そこへ、
「兄貴~、わりぃもうひとりも壊れちまったわ? ゲヒヒっ」
そう言って山賊にしては細身で病的に白い肌をしたミズムシの弟であるフナムシが何かを奥の寝所から引きずってくる。
それはさらに幼い少女の死体だった。刃物で何か所も刺されたのか血まみれである。僕は必死に吐き気を堪える。
「ホントにお前は女を無駄使いして困るぜ。ソイツはウジムシ達にもまわすって約束しちまったのによお、仕方ねえなあ」
「すまねえな、つい興奮しちまってよお。…あ、そうだ腰抜け。お前のスキルならコレも美味い肉に変えられるんじゃあねえか?」
そう言ってついさっき切り落としたのであろう彼女の片手を僕の目の前で弄ぶ。
「うっ!? …す、すいません。僕のスキルはモンスターの肉にしか、に、人間種のはちょっと…」
「あ”? 使えねー野郎だなっ」
フナムシは僕にその片手を投げつける。
「おいおい、うちの優秀な飯係にそう辛く当たるんじゃあねぇよ。そうだ…今度遊ぶときは亜人種にしろよ? それなら肉になるだろーぜ、ガハハハッ」
「ええっ? 亜人種ぅ~。ソイツはいくらなんでも趣味が悪いぜ?兄貴。ゲヒヒ」
僕はただ、少女達の惨たらしい亡骸を眺めていることしかできなかった。
そして、僕が山賊になってから1番大きな集落を襲った時だった。
「おい、腰抜けっ!お前は誰も逃げ出さないようにここで見張れっ!そんくらいならできるだろ」
ザザムシ達が悲鳴と炎があがる村の中に狂った笑い声を響かせながら走っていく。
ああ、僕はいつになったらこの世界から消えてなくなれるのだろうか?僕は腰のダガーを掴む。僕は首の巻き着いた【隷属の組紐】のせいで山賊達に攻撃すること、逃げること、許可なく自傷行為を行うことができないようになっているし、このアイテムは自分で外すことは勿論できなかった。
そこに子供が泣きじゃくる声が聞こえる。僕は咄嗟に既に襲われて火が放たれた家屋に転がり込むと、袈裟斬りにされて息絶えた男が何かを自らの亡骸で覆い隠していた。
僕は男の死体をどかした。そこには涙を必死に堪えて恐怖に震える少女がいた。
その姿がかつての村の子供ウィンナと重なる。
僕はその少女の手を取ると、
「逃げるんだっ!早くっ」
少女を抱えて家屋が飛び出すと、枯れ木の様な家は音を立てて崩れ落ちた。
しかし、どうする…っ!この子を逃がすにも村の入り口は討ち漏らしがないようにカナブン達が固めているし…いや、下見の時に僕が見つけた抜け道がある!そこならこの子を逃がせるかもしれないな。
僕はそこまで仲間に気取られぬように向かうと集落の外壁に空いた穴にその子を押し込める。
「…ごめんよっ。僕はココから出てはいけないんだ。だから君をもう守ってやれない、でも何とか逃げてくれ頼む。…ごめんっ…ごめんなさい…!」
僕は背を向けて走り出した。…あんまりにも不甲斐ない自分に、きっと泣いていたんだろうね。
既に集落の中から悲鳴すら聞こえなくなったころ。外壁の外から悲鳴が聞こえたのだ。あの少女の声だ!
「おい!ボンレスっ。またやらかしやがったな?まあいい、さっさと見てこい!生きてたら連れ戻せっ!」
そうウジムシに命令された僕は手に持った物資を放り投げて、外へと向かう。
走って少しの岩場に彼女はいた。…フナムシと一緒に。
「…ハァハァ。ん? なんだ腰抜けかよ。お前またガキを逃がしやがったなあ~? ゲヒヒ、だが俺はいま機嫌が良い、特別に寛大な気持ちで許してやろう!…だから邪魔すんなよ?」
そう言ってニタリと笑うフナムシの手には血まみれの剣が握られていたよ。
彼女は既に虫の息になっており、その両手両足はズタズタに剣で突かれた傷痕で埋め尽くされていた。
「全く、ションベンしに外に出てて運が良かったぜぇ~!こんなに具合のいいオモチャも見つけられたしよォ? オラッ!なにのびてやがるっ、さっきみたいにいい声で鳴かねえかっ!!」
フナムシは朦朧とする彼女の顔を殴りながら、彼女の腹を剣で突きさした。
僕は腰のダガーを抜いた。
首の紐が蛇のように僕の首を絞めはじめたが、もうどうでもよかった。唇を噛み切るほど歯を食いしばると、奇声を上げ続けるフナムシの背に向かって刃先を向ける…
「…全く、あんまりにも時間喰ってるから見にくればよぉ。ペッ!…下種の極みだな」
ウジムシの声に振り向く暇も無く頭を殴られていた。
気付くと、もう朝日が昇っており、頭がズキンと痛む。
目の前にはボロ布が被せられた遺体があった。周りには激しく飛び散った血と血塗れの剣がゴミの様に捨ててあった。
「…お前が埋めてやれ。だが、もうこれで情けは捨てろ。いいな?」
振り向くとまだ返り血すら拭っていないウジムシが大きなズタ袋を背負っていた。彼は溜め息をひとつつくと、木のスコップを僕に投げ渡してアジトに向かって去っていく。
僕は震える手で布をめくる。彼女は眠っていた…もう恐怖も痛みからも解放されて。
「おい? おいってばよ。大丈夫かボンレス」
「はっ!は、はい。なんでしょうか?…ザイン様」
僕の顔を覗き込むひとりの少年。名はザイン。
僕と同じ山賊でしかないというので僕は未だに信じられないでいる。本当に何者なんだろうか?
僕は洞穴の方を見ると、
「しかし、ウジム…山賊達を縛りもせずあのまま放置していて良いのですか? …しかも装備も戻して、食糧まで置いてきてしまって。目を覚ませば、…また」
「ん? ああ、それなら心配いらんさ。目を覚ますには恐らく後2、3日は必要だろう。今のアイツらの脳味噌は新たな人生に向けてセットアップ中だからなあ~。まあ、俺も脳味噌をイジったのは初めてだし、感触として上手くいったと思うんだが…まあ、また山賊やってたら、そん時はそん時だな」
せっとあっぷ? 脳を弄る? …一体、彼は何を言ってるのだろうか。
彼は見た目こそ僕よりも年下の少年だが、年齢は僕の倍の40代だと言う。冗談にしてはかなり微妙だ。ただ、一部の種族では見た目と年齢に差異があるとは聞いたことがある。
確かに彼は珍しいヒューマンの純血のようだ。黒目黒髪なんて初めてみる。僕みたいな人間種とは違うのかもしれない。人間種と言っても土地の生まれでだいぶ見た目が違うらしいが、どっちにしても大概の人間がヒューマン・エルフ・獣人の混血には違いない。
チラリと横を見ると薄紅色の髪が可愛い少女、キナと彼女の弟はエルフと獣人のハーフだろう。ただ獣人の血を引く混血は【半獣人】などと呼ばれて一部の人間からは遠ざけられる風習が未だに存在しているというからおかしな話だとうは思うけどね。
それに彼女達の祖父であるナットーさんもエルフの血がかなり濃い。ここまでエルフの純血に近いひとにも会うのも珍しいけど。
そんな事を考えていると、
「なあ天使? いい考えだったろ? 名付けて悪人改造脳矯正ってところだなっ! …え?人間の脳を弄るのは天界としては倫理的にアウト? …殺すよりは良いだろ~。 …何だよ、その目は? ひとをマッドサイエンティストみたいな目でみやがって、だいたいなぁ…」
彼が自分の後ろを振り返って喋り始めた。…またか。
「あの…ザイン様はどうなされたのですか? ナットーさん」
「うむ。彼は女神によってこの世界に召喚された使徒様だと言うではないか。恐らく儂らには不可視の存在が彼の傍にはおられるのであろうなぁ」
ナットーさんが顎をさすりながら彼を見た後、視線を焚火に戻す。
「しかし、僕には何がなんだか…」
「お主、神様だと言っておったろう。つまり儂らの住まう世界をお創りになられたのが女神様。そしてその女神様がこの世界を救うべく遣わされたのが使徒様であるザイン殿だと言うわけだ。…まあ、お主にはまだ信じられぬことではあろうがな。だが見たであろう? ザイン殿の…あの凄まじい力をのぉ」
確かにと僕は頷くしかなかった。彼はあの大男のミズムシを木っ端微塵にし、フナムシを凄まじい剣閃で消し去っている。そして僕の自由も…僕は自分の首をさする。
「あ、そういやさァ? ボンレスは珍しいスキル持ってるんだよな? 【加工肉】だっけ」
「はい。というか僕にはそれしかできませんよ? このスキルでモンスターの肉を食べれるアイテムに変えることができるんです。僕も連れていってくださるのならおおいに使って下さい…」
そう言って僕は彼に深く頭を下げる。
「イヤ、気にするな!食糧は毎日補充されるからな。遠慮すんなよ? …パンしかねえけど」
すると彼は腰の袋からゴソゴソと何かを取り出した。
その取り出したものにキナが小さな悲鳴を上げる。
「なっ!なんですか?…それは」
「お? コレはアンデッド・ゴブリンの腕だよ? 一応食べることもできるぞ、腹壊すかもだがな。ホラ、コレでスキルを使って見せてくれないか?」
そう言って彼はモンスターの腕を僕に手渡してきた。…歯形がついてるがまさか、ね?
僕はスキルを使う。
☛【加工肉】スキルによってアイテムが変化。
アンデッド・ゴブリンの腕 → ソーセージ
「ふう、できました。取り敢えずソーセージにしてみました。…どうぞ」
「おおっ!凄いスキルじゃあないか!? こんなに役立つスキルがあるとはなぁ~。どれどれ…」
彼は抵抗なくそれを受け取ると頬張る。キナの表情が引きつっている。ナットーさんは興味深そうな目で彼を見ている。
正直、少し驚いた。生きる為にはモンスターの肉を食べねばならないが、主に食べられるのは獣系のモンスターが多くて、一部では植物系や虫系のモンスターも食べるようなんだけどね。それでも、適性亜人は流石に食べる人間は聞いたことがない。しかもアンデッドなんて…まるでグール、いや流石にあんな化け物と一緒にするのは失礼だな。
「…うんっ。美味いぞ!イヤ~久々に食う肉は格別だなあ。…ボソッ(ちょっとニセモノっぽいが)」
彼は嬉しそうに咀嚼を続ける。
「ううんっ!ボンレス、まだスキルは使えるか?」
「は、はい。あの、ただ材料が必要でして…まだモンスターの肉をお持ちなのですか?」
彼はキナ達にチラリと視線を向けた後、僕に視線を戻す。
「いや…ボンレス。そのスキルは、…人間の肉でも使えるんだろう」
頭をガツンと殴られたような気分だった。僕は震える声で…
「お、恐らく可能だとは…思います。このスキルはある程度の量の肉を消費して全く別の空間から食糧を得られるものだと思うので…。しかし、まだ一度も…人間、では…」
僕が顔を伏せると、
「わかった」
シュっと何かが擦れたような音が聞こえたと思った途端、キナが今度は正真正銘の悲鳴を上げる。その悲鳴に僕が顔を上げると、そこには焚火に照らされる微笑んだ彼の姿があった。自分の右手で左腕を持った彼が。
「いやああああっ?! ザイン様っ!一体何をされるのですか?! 血を早く止めなければ死んでしまいますよぉ!」
「ん? ああ、安心しなよ。俺はこんな程度じゃあ死なないんだ…」
そう彼がキナをあやすように声を掛けると瞬時に彼の左腕がニョキニョキと生え、まるで何事もなかったように元通りになった。その左腕で呆けた彼女の頭を撫でている…わけがわからないよ。
「いやなあ、俺の提供できる食糧にも1日分毎に限りがあるんだよ? それで場合によっちゃあ今後足りなくなる可能性もあるんでな、そん時にお前さんのスキルがあればこうやって他のヤツの飢えをしのげるんじゃあないかと思ってよ?」
そう言って彼は無邪気に微笑んだ。
僕たちは焚火の前に立つ彼にいつの間にか地面に這いつくばって頭を下げていた。
彼は一体何者なんだ?
化け物か?
…イヤ、違うな。彼こそが婆ちゃんが教えてくれた神様ってヤツなんだろうね。僕は不思議と確信していた。
女神とか使徒とかは僕にはわからない。けど、彼なら。目の前にいるザイン様なら心の中から信じることができるだろう。
僕は誓ったんだよ。ザイン様にどこまでも付き従うってね。
これが、僕の償いだ。
【加工肉】
モンスターの肉などを食品に加工(変換)できるスキル。
種類はハム・ソーセージなど種類がそれなりにある模様。




