焚火を囲む者達
辺りはすっかりと暗くなっていた。その暗闇の中、焚火に照らされる者が5人地面に腰を下ろし、その中の男の顔を残りの4人が何とも言えない表情で見つめていた。
ピンク色の柔らかそうな髪を持つ少女、キナ。
その膝元で目をこする若草色の髪をした少年でキナの弟、エダマノ。
そのふたりの祖父でもある老人、ナットー。
そして先程まで敵対していた山賊団のひとりだった青年、ボンレス。
その4人の視線を浴びる男、女神の使徒でもある現在山賊のザイン。少年と言ってよい見た目だが実際には44という年齢であり、この中では2番目の年長者であった。
ザインが自分が単なる山賊であると名乗ったのが彼らには疑問なのだろうが、取り敢えず腹を満たして落ち着いた彼らは情報交換をすることとなったようだ。
「じゃ、じゃあ私から…」
そう言ってキナが舟をこぎはじめた弟を膝からどかすと立ち上がった。焚火で照らしだされたピンク色の髪が美しく揺れている。
「私の名はキナといいます。この子は弟のエダマノです。改めてザイン様、この度は私達を助けて頂きありがとうございます。それに貴重な食糧も遠慮なくあんなに戴いてしまって…」
キナは久々の満腹感と疲労で既に瞼を閉じてしまった弟を見てから、ザインに向かって頭を下げた。
「ザイン殿。儂からも改めて感謝の言葉を受け取って貰いたい。孫達を救って頂き、誠にかたじけない…」
ナットーも両手を地面につき深く頭を下げる。
ザインはそれを両手をヒラヒラさせながら遮る。
「まあ、助けたのは成り行きだよ。単に、おたくらは運が良かったのさ」
キナ達が頭を上げると、もうひとりの青年ボンレスが申し訳なさそうに口を開く。
「でも、いいのかい? 僕は山賊のれっきとした仲間だったんだ…。そりゃあ助けた貰った以上、僕の命はザイン様の自由だ。好きにしてもらって構わないよ」
「まあ、お前はこれからの事だけ考えればいいんだ。若いんだからいつまでも気にするなよ? それにだな、山賊なのは俺も同じだ。一緒についてくるんなら、もう立派な俺の仲間だよ。見捨てたりしないから安心しな!」
そうザインが言うとボンレスが顔を伏せ、片手でこすって表情を誤魔化していた。
「でだ、聞きたい事は山ほどあるんだが… お前らってエルフなのか? 皆、耳が長くて尖っているようだが?」
その言葉を聞いて、三人が互いの顔を見つめ合っている。
「…確かにそちらのキナさんと弟君、特にご老人はエルフの血が濃いようだが」
「ナットーで構わんぞ、若いの? …そうですなあ、儂らは森エルフの血が確かに濃いのは確かですが…この辺の人間種では彼のように茶色の肌に茶色の髪、尖り耳が普通では? ザイン殿は昨今では珍しい、白い肌に黒髪黒目のヒューマンの純血のようですな。…恐れ入りますが、どちらからこのような荒れ地まで参られたのであろうか?」
ザインはしげしげとボンレスの顔を覗いていたのを止め、
「いやあ、恥ずかしい限りなんだが俺はこの世界に来てからまだ3日くらいでなあ~。全くなんも知らないんだよコレが、アハハハ」
「? この世界とは…」
ナットーの顔の皺が困惑で深くなったのも気にせずザインは、彼の背中にもたれかかった褐色の肌を持つ少女に話しかけた。
「なあ、エルフって珍しいもんじゃあないの? そう言えばボンレスも他の山賊達の耳も尖ってるなあ…なんというかゼル〇みたいな感じで」
「…あ~★ この世界って千年前まではヒューマン・エルフ・獣人と亜人種が均衡を保って、滅多に交流することも無かったんですけど~。世界中で争いが勃発したのを切っ掛けに種族がバラバラに入り乱れることになっちゃんたんスよぉ? それでぇ、エルフって本来は不死性のある種族で不老長寿ってのもあったんですけど男女比が極端に女が多くて、エルフは他の繁殖旺盛な他の種族とむしろ進んで交配していったんですよね~★ だからこの世界ではほとんどの人間種がエルフの血を引いてるよぉ、みたいな? 逆にザインみたいにヒューマンって見た目の方がよっぽどレア種族だしぃ~」
ザインはなんとも言えない価値観の損失に脱力した。
「え”ぇっ?! そんなのアリかよぉ~。じゃあ金髪碧眼のエルフはこの世界にはいないのかよ」
ザインはひとり顔を手で覆い身悶えしていた。
すると、キナが恐る恐る
「…あの? 先程からどなたとお話しされているのでしょうか? まだ、お連れ様がいらっしゃるんですか?」
「…ああ、そっか。君達には見えないのか? うーん、何と言えば良いのかねえ、俺は女神からこの世界に送られた使徒でな? そんでその補佐役の天使が…わからんだろうが、ココにいるんだな」
そう言ってザインが自分の肩の後ろを親指で指す。
「使徒?それに天使?…うーん、私にはよく…」
「め、女神と申されたのか…!? ザイン殿、貴方様は女神によってこの世界に降り立った使徒様であると…っ!!」
ナットーが焚火に突っ込みかねない勢いでザインに詰め寄る。
「お、おう。そうだぞ? というか、爺さんはやっぱりこの【信仰】が失われた世界で…女神の存在を知ってるんだな?」
そうザインが答えると、ナットーは震えて目に涙を浮かべたのでキナは心配して側に駆け寄る。
「…おお!…ついに森を取り戻せるぞ!…ソラ様!…アマナトっ!!」
そう呟くとナットーは地面にうずくまってしまった。
「ソラ様?アマナト? キナ、知ってるひとなのか?」
「はい。ソラ様は私達、森エルフを代表する御方でこの世界に残る数少ない純血のエルフの巫女姫様です。…アマナトは私の父です。私達の里が手強い盗賊団に襲われてしまって…そこで父とは、…はぐれてしまいました。恐らくは、もう…」
そうキナはザインの質問に答えるとナットーの背を優しくさする。
「…そうかい、そりゃあ悪い事を聞いちまったなぁ」
「いいえ、こうして御爺様と弟が無事なだけで私は十分ですから」
ザインは少し湿っぽくなった空気に耐えられなかったのか、
「ところで、キナの髪は綺麗なピンクだなあ。君んとこのエルフの女性は皆そうなのかい?」
「っ?! …え。あ、あの…わ、私達森エルフの血を濃く引く者は年齢によって髪の色が変わるんですよ。生まれてすぐは弟みたいな若い草色。そして成人すると黄色味を帯びます。そして赤い葉の色を経て、最後に白い木肌のような色になるんです。…私のような薄紅色は歳の若い女だけですよ?」
ザインは無遠慮にキナの身体を観察し、キナの顔は赤みを帯びてきているのに気づいていない。
「ところで君と弟はまた爺さんと雰囲気が違うな? それも若い内なのか?」
そうザインに尋ねられたキナは恥ずかしそうに自分の耳に触る。確かにキナとエダマノの耳は祖父のナットーよりも長く、滑らかな艶を持つ栗毛で覆われていた。
「…私達の母親は獣人なので、獣人ほどではありませんが一部の毛皮や獣の尾と角を持つんです。私はそんなに目立ちませんが、弟は成人すれば色々と目立ってくるはずです」
そう言ってキナは自分の髪をかき上げる。そのこめかみには可愛らしい小さな丸い角があった。
それに興味を引かれたザインが立ち上がり、無意識にキナの手を掴んでいた。
「へえ~ホントだ。角があるし、微妙に肌の質感も違うかもだな。ん~あと尻尾があるのかい?」
ザインは所々肌が見えるほど穴の開いたキナの背中を伺う。
「あっ!ど、どうかお許しを…。お願いします、せめて弟を床につかせてからに…」
キナは真っ赤になって尻辺りを掴まれていない手で必死に庇った。
「…ザイン殿。孫娘はまだ生娘でしてな。ザイン殿ほどの御方ならば無体な真似はせぬはず。礼はさせます故、どうか今は許してやってはくれませなんだか」
ザインはハッとした表情をしてキナから離れる。
「いやスマン。獣人もまだ見たことが無くてな? …つい」
「…僕にはさっきからザイン様の言うことがよくわかりませんが、この土地じゃあ獣人なんて珍しくもなんともないですよ?」
「うん。俺が聞きたいのはむしろその辺の情報なんだよなあ、とりあえずこの辺の地理を教えてくれないか? 爺さんにも頼めるかい」
「微力ながら儂もかつては各土地を旅をしておりましので…」
ザインはまだ顔が赤いキナを座らせると、話を聞き始めた。
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■■■ クー ■■■ ■■■
■■ ■ ジルモ ■■
チェティエット ■■■■■ ■■■
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■■■■ シャイサ ■■■ ■■
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■■ ロアッツ ■■■■■■■
サンカラーフ ■ ■■ ■■■■
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■ ■■■ ■ ステークオ ■
■ ■ ■ ❷
■ ■ ■ ◎
■ メエラズォ ■ ■■ ★
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■■■■■■■■■■ コトラン ■■■ ❶ ■■■
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■は各土地の境目と海。
★は現在地。
◎はナットー達が目指す目的地。
❶【マッメ】エルフの聖地とキナ達の里。現在の安否は不明。
❷【フージ】ステークオの数少ない中立要塞(街)。食金稼ぎの街らしい。
ナットーが地面におおまかな地図を描く。
【ステークオ】は中央の【ロアッツ】に接する以外は海に囲まれており、かつては豊かな森が広がる緑の土地であったが、現在はただ荒野が広がるばかり。
【ロアッツ】はこの世界で中心的な土地で恵まれた資源と最も人口が多い繁栄した土地であるという。ただし、その分周りの土地から狙われているという。また、約100年前に発足された騎士団なるものが屈強な者達の集団で、この土地を守っているという。
【ジルモ】は常に凍り付いた寒冷地。【シャイサ】は山岳地帯で敵性亜人と呼ばれるモンスター化した亜人種が多い危険な土地。そして獣人の連合軍が支配する【クー】とモンスターの巣窟と言われる樹海に覆われた呪われた土地【チェティエット】。商業が発展し、大きな船と港がある海賊の土地【メエラズォ】。これらの土地間では中央の覇権を巡って常に戦火が絶えないという。
【サンカラーフ】は帰らずの砂漠が広がる命無き土地だと言う。ステークオ以上の過酷な土地であることが伺える。
【コトラン】は孤島の土地であり、辛うじてメエラズォとの間に定期的な交流がある程度の閉鎖的な場所らしい。噂によれば旧世界の遺産が眠るともされるが、調べる手段が無いという話だ。
ザインが自作の地図に質問をしながらそれを書き写していく。
「なるほどねえ。爺さん、俺達がいるのが【ステークオ】って土地な訳だが爺さん達はどこを目指していたんだ?」
「そうですな、現在我らはステークオのほぼ中央におるのですが、ここから数日ほど歩いた場所に【パアルス遺跡】と呼ばれる古代の都市跡があるのです。先ずはそこを目指すことになるのでしょうなあ。その近くにセンテという儂の旧き友がおります。その者を頼って旅をしていた次第です…恐らく、センテは儂よりも神学に通じる男です。きっとザイン殿の力になってくれるでしょうぞ」
ザインは地図を【ストレージ】にしまい、腕を組む。
「よし、取り敢えずはそこを目指そう。俺も連れていってくれるか?」
「!? は、はい!勿論ですともザイン殿が付いてくれるのならばこの旅は安息の内に果たせるでしょう。儂らの方からこそお願い致す」
ナットーが頭を下げる。そこにエダマノを寝かしつけてきたキナが戻ってくる。
「いいんだ。俺も目標があるからな。特に方法はまだ考えてないんだが、とにかく人間を集めたいんだ。そしてなるべく安定した生活環境も作りたいしなあ」
「それが、ザイン様、女神?様の目的なのでしょうか…」
ザインがニヤリと顔を歪めると口を開いたキナに顔を向ける。
「いや、本当の目的は女神の復活! …この世界【シットランド】を滅びから救うことだ!」




