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後退を知らぬ獣よ

作者: 焼魚あまね
掲載日:2020/10/04

 人間達よ! ついに我々を見つけたか!?


 我々の聖域を見下ろすは一人の博士。

 そして、それと意志を共にする者。


「やった! やはり父の予想は間違っていなかったんだ!」


 何を言う。

 我々を生涯かけて捜索しておきながら、死に際に『北かもしれん……』と遺言を残すようなやつだぞ?

 南半球にいなければ、北半球にいる可能性は高いだろうよ。


 我々は心が読める。

 これは神が与えし栄誉あるギフト。


 どこにでもいる動物とは違うのだよ。


 神聖な平原で我々はひっそりと暮らしてきた。

 しかし、諦めの悪い動物学者がここを見つけてしまった。


 この希少動物、『マエムキハシリウム』を。


「マエムキハシリウムって、本当に走るモフモフ丸太なんすね。顔面が断面っすよ!」


 黙れトニー!

 高い撮影技術を買われて博士に同行したようだが、我々を愚弄するなら容赦しないぞ。

 それとお前、我々をアルパカと比較しているな?


 止めろ!

 あれのどこが良い?

 円柱に手足が生えたシンプルなデザインこそ至高なのだ!


 ああ、聞こえる。心の声が、思考が。

 うるさい、うるさい。


 聖域にズカズカと踏み入るだけの理由があるのか?

 我々を発見するのが悲願なのであれば、もういいだろう。

 さっさと失せろ。


「カメラのセットは完了したぞ」

「あとは待つだけだな」


 撮影する気か。しかも、テントを設営だと!?

 数日とどまって観察し、新種の動物として勝手に分類する気だな?

 これだから人間は困る。


 とはいえ、我々は見苦しく抵抗はしない。

 数日くらいは観察させてやろう。


 こうして、博士達に観察される日々が始まった。


「体長はおよそ180センチメートル。まさに走るモフモフ丸太で、顔面は丸太の断面のよう……、伝承によれば表情が豊からしいが、真顔だな」


 博士。

 今、私の方を見て言ったな?

 ああ真顔だよ。

 なぜ残念そうな顔をする?

 伝承などあてにするな!


 博士達が来て数日。

 我々は彼らに気づいていない振りをして過ごした。


 そして、彼らの声や思考に耳を傾けた。

 これが案外面白いものであった。


「マエムキハシリウムは視界が狭く、前方しか見えない」


 普通そうだろう?


「マエムキハシリウムはほぼ前方にしか進めない。何かにぶつかると曲がる」


 おい、他の動物は後ろに下がったりできるのか? 曲がれるのか?

 真っ直ぐ前向き! 素晴らしいだろう?

 ん? 不便とかいう言葉が聞こえてきたぞ?


 知らないことがたくさんあった。

 我々のことなのに。


 そして、我々は理解した。

 我々はあまり美しくない。

 変な身体だ。


 声を上げることができず、視野も狭い。

 進行方向も限定されている。


 そうか……。


 高度な思考能力と聴覚、読心術を有しているのはその制限を補うためか。


 神が与えしギフトだと?

 はは、これは神が哀れみをもって与えたものではないか。


 我々は、知る能力を得ていながら、知る環境を求めなかったのだ。


 人間達の会話の中から我々にぴったりな言葉を見つけた。


『井の中の蛙大海を知らず』


 そうだ、我々は我々自身のことすら知らずにいたのだ。


 平原の中のマエムキハシリウム外界を知らず。

 我々は落ち込んだ。


「何か最近こいつら元気ないですね」


 トニーの声が聞こえる。


 というかもう帰れよ。

 充分撮影しただろう?

 我々のような不完全な生き物を観察して何が楽しい?


 そんな暇があるなら帰って趣味に興じた方が有意義だ。


『トニー? 聞こえますか? 今すぐ帰りなさい。そして、帰ってお気に入りのAVでも見るのです』


 我々にはテレパシー能力がある。

 普段は仲間同士でしか使わないが、試しにトニーに向けて使ってみた。


 しかし、聞こえていない様子……ん?


「A……V?」


 なぜか博士の方が断片的にテレパシーを受信したようだ。


「どうしたんすか、博士。AV観たいんすか? ずっとこいつらの観察してましたからね。息抜きも必要っすよね」

「いや、何か頭に……」

「はぁ? まあ、AVは観たいっすね。博士はどういうの好きなんです? 俺は――――」


 NTRだろ。知ってる知ってる。

 知りたくはなかったがな。


 で、博士は……。


「ん? ああ、AVなら毎日観てるぞ。にしてもその『ネトラレ』って動物は何なんだ?」

「動物? 何の話っすか?」


 そうか、博士は毎日アニマルビデオを観ているんだな。

 って、そっちのAVなのか! そういう略し方するのかは知らないがな。


 彼らの思考や言動は面白く豊かだ。

 馬鹿にしたことを謝りたくなるレベルだ。


 まあ、彼らは馬鹿にされたことすら知らないわけだが。



 ――――もう彼らが来て二週間が経つ。


 彼らは依然として我々を撮影している。

 そして何かの瞬間を待っているのだ。


 そんな中、一匹のメスが我とすれ違った。

 そして、ようやく博士達の目的を理解した。


「交尾まだすかね? 二匹しかいないんすから、さっさとすればいいのに」


 彼らは我々の交尾を撮影したいらしい。

 しかも今知った。


 この平原にいるマエムキハシリウムは我を含めて二匹だけなのか。

 もっと沢山いる気がしていたが、いつの間にか減ってしまったのだろう。


 前しか見えないというのは不便なものだな。

 時折聞こえていたテレパシーの声は、あのメスのものか。


 交尾か……。


 我は考えた。

 人間達の思考を知覚しつつ考えた。


 ああ、アダムとイヴの話が聞こえる。

 絶滅危惧種の話が聞こえる。


 交尾。子孫を残す行為。

 だんだんそれは我の責務のように思えてきた。


 子孫を残さなくては、我々は滅んでしまう。

 それは悲しいことだ。


 それに、交尾をしてしまえば彼らは帰る。

 寂しくはあるが、無理してずっと留まらせるのも悪い。

 何だかんだ言ってここは秘境。

 人間にとっては厳しい環境なはず。


 だから我は交尾することにした。


 そのためにまず、情報収集が不可欠だった。

 何を隠そう、我は交尾の仕方を知らないのだ。

 だからしばらく聞き耳を立てた。


「マエムキハシリウムは額にある生殖器で――――、普段は柔らかく、首に巻き付けており――――」


 なるほど。

 あれ、生殖器だったのか。

 食料がなくなったら最悪あれを食べようと思ってたんだけどな。

 食べなくて正解だった。


 一通りの手順を理解した。

 メスの背後に回るのが一番の鬼門らしい。


 我々はほぼ真っ直ぐにしか進めないからな。

 しかし、我々にはテレパシーがある。


 あのメスはちょっと苦手だけど。


『あー、あー、聞こえますか? 我はマエムキハシリウムのオスです』


 呼びかけると、すぐに返答があった。

 この辺の機能は、人間の使うスマートフォンとやらより高性能なのではないだろうか?


『オスカ? ナニゴトゾ?』


 ほら、何か変なしゃべり方だし。


「あの……あれだ、交尾をしよう」

『ソレヲ、シッテシマッタノカ?』

「方法は理解した」

『ヤレルモノナラ……ヤレ』


 え? それだけ?

 一応承諾を得たようだ。


「人間が見ているがいいか?」

『ソウイウシュミガ、アルノカ。イイダロウ。ワレノ、ハイゴヲトッテミセヨ』

「わ、分かった。またテレパスする」


 ふぅ。

 では始めよう。


 こうして我は走り続けた。

 走って走って、ぶつかって。

 以前はこれが普通の移動方式だと思っていたが、今は滑稽に思えてしまう。


「おや、オスの行動が活発になったな」

「ようやくあのメスと交尾するつもりですかね?」


 博士達の声が聞こえる。

 ああ、見せてやる。

 マエムキハシリウムの交尾ってやつをな。


 しかし、これがかなり大変であった。

 夕方くらいからずっと走り続けたが、未だメスの背後をとれていない。


 そして、いつの間にか朝日が昇ろうとしていた。

 ただでさえ狭い視界が、眩しさでより狭まる。


 だが、我は見た。

 とうとうメスの背後につくことができたのだ。


「オスだ。今メスの背後にいる」

『マブシイガ、ミエテイルカ?』

「確かにいるはずだ」

『ナラバ、キタレ!』

「行くぞ!」


 我はかけ出した。

 博士達の声はしないが、感動で何も考えられないのだろう。


 メスはもうすぐそこだ。

 しかし、メスが動揺し始めた。


『オマエ、ハシッテイルノカ?』

「ああ!」

『アシオトガ、キコエヌゾ?』

「大丈夫だ、リラックスしろ」


 メスも少しは緊張しているのだろう。


「行くぞ!!」

『マテ!』

「もう止まれない!」

『オマエハ……』


 少し強引なようだが、我は突き進んだ。

 そして……。


 結果から言えば、交尾は行われた。

 しかし、それを行う直前、メスは言った。


『チガウ』


 我は間違えた。

 知らなかったのだ。


 いつの間にか、別のマエムキハシリウムが乱入していることに。

 そして気づいた。


 目の前にいるのがオスであることに。

 目的のメスは、その様子を真顔で見つめていた。


 その時、我と出現したオスは伝承通り豊かな表情をしていたが、それは苦虫を噛み潰したような表情だったらしい。

 博士がそう言っていた。

 そして、そういう博士も同じような表情をしていたことだろう。


 そんな中、NTR好きのトニーだけが一人笑い転げているのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  マエムキハシリウムの一人称だったのですね。そして人間の博士とトニーの会話をテレパシーで聴いていたと。  なかなか面白かったです。自分でも知らない生態が博士の頭で知っていくのがよいですね。 …
[一言] アルパカと比較されてしまうもふもふ丸太。 交尾とか繁殖とか知らずに生きていたら、確かに数は減ってしまいますよね。ちょっと口調が異なるメスは、オスよりも高次元の存在のようでニヤニヤしてしまいま…
[良い点] 楽しく読ませていただきました。 この企画に、主人公・虫で来たか~~しかも交尾事情か~~w そんな主人公は、人間がその立場なら発狂しそうな状況にありながら不思議とクールで飄々としていて、自分…
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