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後退を知らぬ獣よ

作者: 焼魚あまね

 人間達よ! ついに我々を見つけたか!?


 我々の聖域を見下ろすは一人の博士。

 そして、それと意志を共にする者。


「やった! やはり父の予想は間違っていなかったんだ!」


 何を言う。

 我々を生涯かけて捜索しておきながら、死に際に『北かもしれん……』と遺言を残すようなやつだぞ?

 南半球にいなければ、北半球にいる可能性は高いだろうよ。


 我々は心が読める。

 これは神が与えし栄誉あるギフト。


 どこにでもいる動物とは違うのだよ。


 神聖な平原で我々はひっそりと暮らしてきた。

 しかし、諦めの悪い動物学者がここを見つけてしまった。


 この希少動物、『マエムキハシリウム』を。


「マエムキハシリウムって、本当に走るモフモフ丸太なんすね。顔面が断面っすよ!」


 黙れトニー!

 高い撮影技術を買われて博士に同行したようだが、我々を愚弄するなら容赦しないぞ。

 それとお前、我々をアルパカと比較しているな?


 止めろ!

 あれのどこが良い?

 円柱に手足が生えたシンプルなデザインこそ至高なのだ!


 ああ、聞こえる。心の声が、思考が。

 うるさい、うるさい。


 聖域にズカズカと踏み入るだけの理由があるのか?

 我々を発見するのが悲願なのであれば、もういいだろう。

 さっさと失せろ。


「カメラのセットは完了したぞ」

「あとは待つだけだな」


 撮影する気か。しかも、テントを設営だと!?

 数日とどまって観察し、新種の動物として勝手に分類する気だな?

 これだから人間は困る。


 とはいえ、我々は見苦しく抵抗はしない。

 数日くらいは観察させてやろう。


 こうして、博士達に観察される日々が始まった。


「体長はおよそ180センチメートル。まさに走るモフモフ丸太で、顔面は丸太の断面のよう……、伝承によれば表情が豊からしいが、真顔だな」


 博士。

 今、私の方を見て言ったな?

 ああ真顔だよ。

 なぜ残念そうな顔をする?

 伝承などあてにするな!


 博士達が来て数日。

 我々は彼らに気づいていない振りをして過ごした。


 そして、彼らの声や思考に耳を傾けた。

 これが案外面白いものであった。


「マエムキハシリウムは視界が狭く、前方しか見えない」


 普通そうだろう?


「マエムキハシリウムはほぼ前方にしか進めない。何かにぶつかると曲がる」


 おい、他の動物は後ろに下がったりできるのか? 曲がれるのか?

 真っ直ぐ前向き! 素晴らしいだろう?

 ん? 不便とかいう言葉が聞こえてきたぞ?


 知らないことがたくさんあった。

 我々のことなのに。


 そして、我々は理解した。

 我々はあまり美しくない。

 変な身体だ。


 声を上げることができず、視野も狭い。

 進行方向も限定されている。


 そうか……。


 高度な思考能力と聴覚、読心術を有しているのはその制限を補うためか。


 神が与えしギフトだと?

 はは、これは神が哀れみをもって与えたものではないか。


 我々は、知る能力を得ていながら、知る環境を求めなかったのだ。


 人間達の会話の中から我々にぴったりな言葉を見つけた。


『井の中の蛙大海を知らず』


 そうだ、我々は我々自身のことすら知らずにいたのだ。


 平原の中のマエムキハシリウム外界を知らず。

 我々は落ち込んだ。


「何か最近こいつら元気ないですね」


 トニーの声が聞こえる。


 というかもう帰れよ。

 充分撮影しただろう?

 我々のような不完全な生き物を観察して何が楽しい?


 そんな暇があるなら帰って趣味に興じた方が有意義だ。


『トニー? 聞こえますか? 今すぐ帰りなさい。そして、帰ってお気に入りのAVでも見るのです』


 我々にはテレパシー能力がある。

 普段は仲間同士でしか使わないが、試しにトニーに向けて使ってみた。


 しかし、聞こえていない様子……ん?


「A……V?」


 なぜか博士の方が断片的にテレパシーを受信したようだ。


「どうしたんすか、博士。AV観たいんすか? ずっとこいつらの観察してましたからね。息抜きも必要っすよね」

「いや、何か頭に……」

「はぁ? まあ、AVは観たいっすね。博士はどういうの好きなんです? 俺は――――」


 NTRだろ。知ってる知ってる。

 知りたくはなかったがな。


 で、博士は……。


「ん? ああ、AVなら毎日観てるぞ。にしてもその『ネトラレ』って動物は何なんだ?」

「動物? 何の話っすか?」


 そうか、博士は毎日アニマルビデオを観ているんだな。

 って、そっちのAVなのか! そういう略し方するのかは知らないがな。


 彼らの思考や言動は面白く豊かだ。

 馬鹿にしたことを謝りたくなるレベルだ。


 まあ、彼らは馬鹿にされたことすら知らないわけだが。



 ――――もう彼らが来て二週間が経つ。


 彼らは依然として我々を撮影している。

 そして何かの瞬間を待っているのだ。


 そんな中、一匹のメスが我とすれ違った。

 そして、ようやく博士達の目的を理解した。


「交尾まだすかね? 二匹しかいないんすから、さっさとすればいいのに」


 彼らは我々の交尾を撮影したいらしい。

 しかも今知った。


 この平原にいるマエムキハシリウムは我を含めて二匹だけなのか。

 もっと沢山いる気がしていたが、いつの間にか減ってしまったのだろう。


 前しか見えないというのは不便なものだな。

 時折聞こえていたテレパシーの声は、あのメスのものか。


 交尾か……。


 我は考えた。

 人間達の思考を知覚しつつ考えた。


 ああ、アダムとイヴの話が聞こえる。

 絶滅危惧種の話が聞こえる。


 交尾。子孫を残す行為。

 だんだんそれは我の責務のように思えてきた。


 子孫を残さなくては、我々は滅んでしまう。

 それは悲しいことだ。


 それに、交尾をしてしまえば彼らは帰る。

 寂しくはあるが、無理してずっと留まらせるのも悪い。

 何だかんだ言ってここは秘境。

 人間にとっては厳しい環境なはず。


 だから我は交尾することにした。


 そのためにまず、情報収集が不可欠だった。

 何を隠そう、我は交尾の仕方を知らないのだ。

 だからしばらく聞き耳を立てた。


「マエムキハシリウムは額にある生殖器で――――、普段は柔らかく、首に巻き付けており――――」


 なるほど。

 あれ、生殖器だったのか。

 食料がなくなったら最悪あれを食べようと思ってたんだけどな。

 食べなくて正解だった。


 一通りの手順を理解した。

 メスの背後に回るのが一番の鬼門らしい。


 我々はほぼ真っ直ぐにしか進めないからな。

 しかし、我々にはテレパシーがある。


 あのメスはちょっと苦手だけど。


『あー、あー、聞こえますか? 我はマエムキハシリウムのオスです』


 呼びかけると、すぐに返答があった。

 この辺の機能は、人間の使うスマートフォンとやらより高性能なのではないだろうか?


『オスカ? ナニゴトゾ?』


 ほら、何か変なしゃべり方だし。


「あの……あれだ、交尾をしよう」

『ソレヲ、シッテシマッタノカ?』

「方法は理解した」

『ヤレルモノナラ……ヤレ』


 え? それだけ?

 一応承諾を得たようだ。


「人間が見ているがいいか?」

『ソウイウシュミガ、アルノカ。イイダロウ。ワレノ、ハイゴヲトッテミセヨ』

「わ、分かった。またテレパスする」


 ふぅ。

 では始めよう。


 こうして我は走り続けた。

 走って走って、ぶつかって。

 以前はこれが普通の移動方式だと思っていたが、今は滑稽に思えてしまう。


「おや、オスの行動が活発になったな」

「ようやくあのメスと交尾するつもりですかね?」


 博士達の声が聞こえる。

 ああ、見せてやる。

 マエムキハシリウムの交尾ってやつをな。


 しかし、これがかなり大変であった。

 夕方くらいからずっと走り続けたが、未だメスの背後をとれていない。


 そして、いつの間にか朝日が昇ろうとしていた。

 ただでさえ狭い視界が、眩しさでより狭まる。


 だが、我は見た。

 とうとうメスの背後につくことができたのだ。


「オスだ。今メスの背後にいる」

『マブシイガ、ミエテイルカ?』

「確かにいるはずだ」

『ナラバ、キタレ!』

「行くぞ!」


 我はかけ出した。

 博士達の声はしないが、感動で何も考えられないのだろう。


 メスはもうすぐそこだ。

 しかし、メスが動揺し始めた。


『オマエ、ハシッテイルノカ?』

「ああ!」

『アシオトガ、キコエヌゾ?』

「大丈夫だ、リラックスしろ」


 メスも少しは緊張しているのだろう。


「行くぞ!!」

『マテ!』

「もう止まれない!」

『オマエハ……』


 少し強引なようだが、我は突き進んだ。

 そして……。


 結果から言えば、交尾は行われた。

 しかし、それを行う直前、メスは言った。


『チガウ』


 我は間違えた。

 知らなかったのだ。


 いつの間にか、別のマエムキハシリウムが乱入していることに。

 そして気づいた。


 目の前にいるのがオスであることに。

 目的のメスは、その様子を真顔で見つめていた。


 その時、我と出現したオスは伝承通り豊かな表情をしていたが、それは苦虫を噛み潰したような表情だったらしい。

 博士がそう言っていた。

 そして、そういう博士も同じような表情をしていたことだろう。


 そんな中、NTR好きのトニーだけが一人笑い転げているのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  マエムキハシリウムの一人称だったのですね。そして人間の博士とトニーの会話をテレパシーで聴いていたと。  なかなか面白かったです。自分でも知らない生態が博士の頭で知っていくのがよいですね。 …
[一言] アルパカと比較されてしまうもふもふ丸太。 交尾とか繁殖とか知らずに生きていたら、確かに数は減ってしまいますよね。ちょっと口調が異なるメスは、オスよりも高次元の存在のようでニヤニヤしてしまいま…
[良い点] 楽しく読ませていただきました。 この企画に、主人公・虫で来たか~~しかも交尾事情か~~w そんな主人公は、人間がその立場なら発狂しそうな状況にありながら不思議とクールで飄々としていて、自分…
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