01_夜明けの死闘
静けさの中、朝靄に忍ばせるように息を潜める。
明け方の空気は冷たく澄んでいて、吐いた息の白さに思わず顔をしかめた。
建物の影に身を隠しながら、周囲の様子を伺う。
車道には信号機や案内標識が倒れている。大通り沿いの店舗は荒廃し、人気はない。
通りの先を見ると、大柄な人影が目に入った。
筋肉の鎧に覆われた背中。
蛮族風の衣装に身を包み、右手には石の塊のような大ぶりの棍棒が握られている。
遠目には人間に見えなくもない。だが、緑色の肌がそうではないことを主張していた。
前に回って顔を覗き込んでみれば、大きな牙が生えていることだろう。
やつらはゲームや映画に出てくる、オークの姿によく似ていた。
油断しきっているのか、欠伸をしながらのんびり歩いている。
数は一体。こんなチャンスは滅多にない。
手信号で合図を送り、物陰からそっと抜け出す。
瓦礫を踏まないように注意しながら間を詰める。
この瞬間はいつも緊張する。
右手に握った剣が、手汗で滑らないか気になる。
さっきから心臓の音がうるさい。この音は周りに漏れていないだろうか。
オークまであと五メートルといった辺りで走り出す。
相手も気づいてこちらを振り向くがもう遅い。
「−−シッ!!」
頭を狙ってはダメだ。頭蓋骨で刃が滑る。
心臓もダメだ。俺の力では筋肉の鎧を貫けない。
「ヴォーパルソードッ!」
頸動脈を狙って放った渾身の突き。
「カァァアッ!!」
それを驚異的な反応速度で弾かれた。
だが、これくらいのことは想定していた。
やつらは戦士だ。戦い慣れている。
「倒れろッ!」
左腕に装備した盾に全体重を乗せ、走った勢いでそのまま突進する。
オークは倒れることはなかったが、さすがに体勢を崩した。その隙に一旦距離を取る。
頭を振ったオークが、ギロリとこちらを睨みつける。
奇襲の動揺から立ち直ったのか、怒りで顔が歪んでいく。
力任せに大上段から振り下ろされた棍棒の一撃を、盾で軌道を逸らし、返す刀で左脇腹を斬りつける。
オークが後退したところを追って三度突きを放つも、いずれもいなされてしまった。
深追いはせず距離が離れたところで、間合いを保ちながらじりじりとお互いの立ち位置を調整していく。
オークがいい位置に来た。今がチャンスだ。
「政宗ッ!」
「おっしゃあぁ!!」
俺が叫ぶと、オークの背後の建物の二階から長身の男が飛び降りた。
黒いジャージが翻り、金色のプリントで施されたロゴが眩く煌めく。
落下の勢いで被っていたニット帽が脱げ、グレーの短髪が飛び出した。
「ヘビーストライクッ!くたばれェエ!!」
身体を捻りながら戦斧を振りかぶる。空中で縦に一回転して遠心力を加えながら、強烈な一撃を叩き込んだ。
ズガンッッ!!
物凄い衝撃音がした。
オークは政宗の渾身のスキルをなんとか棍棒で受け止めるが、あまりの威力に石の棍棒が砕ける。そのまま大きく体勢を崩して膝を突いた。
その隙に俺は一気に距離を詰める。
「ソニックブレード…!」
加速した俺の剣は、今度こそオークの首元を切り裂いた。
頸動脈から吹き出す血が辺りを染めていく。むせ返るような臭いが広まる。
どんな生命力をしているのか、オークはゆっくりと振り向くとこちらを睨みつけた。
「−−ァア…」
何かを言いかけたところで力尽きたのか、そのまま倒れて動かなくなる。
戦いを終えた安心感から、ドッと汗が噴き出す。
思い出したかのように荒い呼吸を繰り返し、額の汗を拭う。
「衛、怪我はねーか?」
政宗がこちらの様子を伺いながら声をかけてくる。拾ったニット帽の埃を適当に叩くと、そのまま被りなおした。
「ああ、大丈夫だ」
息を整えながら、オークの死体に目をやる。
体の入れ墨は少ない上に、部族の紋章も持っていない。
オークは強い奴ほど入れ墨が多い。戦果を上げれば入れ墨を増やすようなシステムなのだろう。
このオークは群れを追放されたはぐれといったところか。
持ち物はわずかな保存食と酒瓶程度で、めぼしいものはない。
「そろそろ行こう。予定通り川崎駅を目指す」
「あいよ。…生き残った人間が集まってくれてりゃいいけどな」
「これだけ近づいてもオークが少ない。やつらの拠点になってる可能性は低いだろう」
駅のような大きい建造物を、オークが拠点として活用していることは少なくない。
逆もまた然りで、人間側が拠点としていることもあり得る。俺たちはある目的のために、人間が集まる場所を探していた。
「それでも焦らずに行こうぜ。気をつけるにこしたことはねえ」
「ああ、わかってる」
政宗は普段は飄々としているが、こういうときは慎重になる。
「それじゃ行こう」
肯き合うと、俺たちは駅に向かって再び歩き出した。
日が昇るとオーク達の行動が活発になる。そうなる前に辿り着けるか、俺たちは再び建物の影に姿を消していった。
ずっと読む側で楽しんでいたのですが、自分でも書いてみたくなってしまいました。
拙い作品ではありますが、お付き合い頂ける方がいれば幸いです。