3朱姐の店
市場にある酒場のなかで、そっけないほど武骨な店構えをしている、それが朱蘭の店だ。
人柄ゆえ皆から朱姐さんと呼ばれる。
首のすっと長い、やわやわとした柳腰の美人である。
でもその容姿とは裏腹に中身は竹を割ったような、そこいらの男より男前。
それゆえに、悩み事、揉め事がいつの間にか寄ってくる。
「珍しい取り合わせだね。例の…?」
松の実の胡椒炒めを盛りながら、朱姐が笑いかける。
胡瓜と鶏の塩漬けをあてに、豪快に冷酒を交わしてるのは、織物の流親方と靴の行親方。
「流石に話が早いな。 」
「久々の宮女狩りだもの。 まあ、婆さんの時代は本当に力づくだったみたいだけど、今回はそうでもないんだろ?」
「しかし、俺たちにとっては痛い。」
宮女狩り。
まだ紂の
美しい娘を、郡司が都に連れていく。 娘たちは宮女になり王に仕える。
しかし、実際に王の側に侍るのは貴族の娘たちで、宮女の殆どは雑用や酒宴の賑わいで独身を貫く。
気まぐれに下賜されたり、捨てられたり壊されたり。
そんな噂がつきまとう。
この国が貧しかった頃、口減らしに 妓楼か宮女か…と言われていた。
実際に悲惨だったかどうかはわからない。
戻ってきた少女はいないのだから。
今回のお触れは職人の親方達に回ってきた。
『 紂王即位の礼に使節団を送る。
技芸に秀でた職人を差し出せ』
親方たちは 詳しい説明を求めたが得られなかった。
大国の技術を学ぶ機会でもある。
が、人材が流出する危険もある。
本当に差し出して大丈夫なのか。
育てあげた職人を誰より手放したくないのは親方だ。
「おめえんとこは娘っこばかりだから、二番手でも送ればいいだろーが」
行が言う。
「ひでえな。
紂を見せてやりたい奴がいる。
あいつなら、一年で他の奴の十年分吸収してくる」
魚のアラの唐揚げにかぶりつきながら、流は......また悩んでいた。
朱姐さんが酒をつぐ。
「使節って、太子サンのお守りだろ?お手がついたら側室には為れるんだから......そういうのに向いてるべっぴんちゃんにすれば?」
親方二人が がばっと身を起こす。
「やっぱりそうか! そんな事のために今まで育てたんじゃねえよ!」
「あら?そんな事って。 女の子には夢だよ」
「馬鹿いうな。そんな柔い根性で職人がやってられっか!
そんな暮らし......そりゃ贅沢できるだろうが......」
「その贅沢な暮らしの、きれいな服や靴に目が無い女のお陰で、あんたら飯食ってんだろ?
小さい事言わずに、女の子に外の世界見せてやんな」
ふぅ~と煙を吐き出して、煙管をクイッと回した。
酔いが醒めたかと思った。
流は、この夜のこの瞬間のことを後に人にそう語った。
行が酒を注ぐ
「あの下駄作りに来た娘、末おっそろしいな。」
「そう思うか?」
「ああ。織物のことしか見えてない。この世に半分しか居ないみたいに。目ぇ キラキラさせて…。
うちの工房の野郎共の魂抜いていきやがった。 細くて白くて、お人形みたいじゃねえか。
ああいうのに惚れたら仕事が手につかねえ。おっそろしい」
「おまえらしいな。 俺も瑠花の純粋さが、恐ろしい時がある。
あいつが織物を失ったらどうなるのかな、とかな。
… 広い世界か。
足を休めろと言っても聞かねえだろうしな…。」
「女の子は恋すれば変わるわよ。 惚れた男に休めって言われたら仕事ほっぽりだすのにねえ。 」
「うちの野郎共は、あの織姫に会えるなら喜んで使節団に入るだろうよ。」
「あらぁ、こんないい女の前で他の美人の話がよく出来るわね。」
新しいツマミを置く。
「違う、あいつは美人とかそういうんじゃねえ。ただ … あいつの中には鬼がいる。上に行く奴は大抵そうなんだよ。給金とかじゃなく、良いものを作りたいという、欲。...モノつくる人間には凄味が伝わるのかもな。」
「じゃあこの街に置いとくと、引く手あまたね」
朱姐は、ふいに店の角に目をやった。
(風伯、うまくやんな)
少しだけ杯を掲げて、風伯は飲み干した。
王の思いつきだけでは、事を成し遂げられない。民の動揺を汲み取って修正するのも、風伯の役目。