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天上織姫  作者: 終崎
1/4

1織姫と朝顔


職人の街、飛路フェイルーの朝は早い。

鍛冶職人は夜明けと共に火をくべて、パン職人は粉をこねる。

花売りと水売りが、一日の気温を予想して荷を積み込む頃。


街が

目を覚ます


幾つかの工房が立ち並ぶ、変則的な街並み。

慣れていないと迷路のように感じるだろう。

様々な工房が軒を連ねている。一人の親方が数百人の弟子を抱えている所もあれば、数人の親方が共同で経営してい所もある。

技術を支える職人には、国から一定の権利が与えられていた。

身一つで稼げることは都に根を下ろすには手っ取り早い。

田舎から職人を夢見て上ってくる若者の多いこと。

夢破れ帰る者も。

織物の工房、リュウ親方のところでも職人の卵の娘たちが切磋琢磨していた。

流親方のおかみさんが叫ぶ。

「またあんた、食事の片付け押し付けられたのかい、瑠花ルーファ

少女は少し笑い食器を流しに運んだ。

「どうしてこう、要領が悪いのかねえ。織物の腕はピカ一なのに、他のことときたらボンヤリしてるんだから」

他の織り子たちは、もう機織り機に向かっている。

程なく軽快な音が聞こえてくるだろう。


「いいんですよ。それに…すぐ追い付きますから」

淡々と言い腕まくりして洗いだす。


おかみさんは

(親方の目は確かだね)

と心の中で呟いた。

随分前だが、おとなしい瑠花のことを心配して親方に意見した事がある。

『あいつは大丈夫だ。

自分の仕事に自信のあるうちは何されてもこたえない。 追い込まれるのは相手だ。』

笑いながら言うのを半信半疑で聞いていたが。

実際、そうなのだ。

半刻ほどの遅れは問題にならない。

誰よりも早く瑠花は織り上げるのだから。先輩の織り子達は、自尊心を傷つけられる。しかも焦って瑠花に意識を向けているから失敗が多くなる。

淡々と自分の仕事を完璧に成し遂げる。

職人の資質を確かに瑠花は持っていた。

朝顔のように、誰より早く咲くことは明らかだった


#

瑠花はこのところ、外回りの使いを頼まれる事が多くなった。

得意先に布を納めたり、仕立て屋に見本を持って行ったり。

市井の賑やかな様子を見ても、瑠花は気が晴れない。

(織機踏んでるほうがいいや)

つくづく、外の世界に向いてないと思う。

同期の小蘭(しゃおらん)なら、銀細工の店や服屋ではしゃぐことだろう。

「次は…(シン)親方の履き物工房?」

初めての店だ。

織った布が、室内履きになる事もある。そこまで凝るのは上流の客だけだろうけど。

縫い子さんたちの仕事を少し見せてもらえたら良いのにな、と足を急がせた。

履靴工房は思っていたより大規模だった。

多くの工程を要するので、いくつかの建物に分かれて作業しているそうだ。

シン親方は大柄で鋭い目をした人だった。


「流から聞いてるよ。お嬢ちゃんの下駄を作ってやれってね」

一瞬耳を疑った。

どうして…


「踏み込むの、つらいんだってな?」

流親方の恐ろしさを知った。

確かに機織りは足首に負担がかかる。

人の倍の速さで織る瑠花は尚のこと。

高さを調節しようと踵に台をあてたり、滑り止めをつけた。

それでも最近、以前とは違う。

親方にばれないようにしてたのに。

お見通しだったのだ。

弱みを見せたくない心も。

「あいつが損になることをするわけねえ。あんたが元通りになりゃ、他の奴にも下駄履かすだろ。だから殊更、恩に感じなくてもいい」


顔をあげる。

ああ、この人も。人を育てる人だった。


自分はどんな顔をしてたんだろう。

意固地で情けない顔に決まってる。

顔をあげ、

先導する行親方の後を追った。


材木を削る音がする。

仕事の音は心地いい。

靴底や下駄をつくる工房にきた。 カンナくずが日に透けてリボンのようだ。

「これ、もらってもいいですか」

職人に話し掛けると

こくこく、とカンナを持ったまま若い男は頷いた。

木のリボンをひらひらさせて、瑠花が通ると皆が目で追う。

(軽やかで、さらさらして、良い匂い。こんな風には織れない。どうしたら近づくかしら…)

柔らかい笑みを浮かべていることに本人は気付かないまま。

子晏しあんが木の歪みを見ようと屈んだ時、行親方と少女が戸をくぐるのが見えた。

嫌がらせのような急ぎ仕事を持ってくるにしては、まだ日が高い。

「おう、この嬢ちゃんに高下駄作ってやってくれ」

高下駄…?

小柄な少女に目をやり、木型の棚へ向かう。

「いやいや、

妓女じゃなくてな。

流んとこの織姫さんだ。

機織りの下駄を作ってやれ」

道理で。

妓女には見えないと思った。彼女ら特有の、淋しげな風情や薄い笑顔が無い。

さっきまでの作業を横に置く。

台の高さ、棒の太さを聞き、大体の木材を決める。

「二枚の歯に差をつけよう。固いのを使い、間に滑り止めの溝を彫る」

大筋で話が決めていく。

ふいに窓の外を見て少女が

「あの花、うちの工房にもあります。あれが夕方に萎むまでに織りあげようって毎日思うの」

と言った。

白くて、真っ直ぐ伸びる花。

「北の国には、夕方に酔ったみたいに色付く種類があるそうだ」

つられて、つい言ってしまった。ろくに花を愛でたことも無いというのに。

行が、笑いながら近づいてきた。

「暗くなる前に送っていこう。

こいつ変り者だけど腕は良いから安心しな。 」

「よろしくお願いします。」

少女は、真っ直ぐ目を見て言った。

だから、真っ直ぐ見返した。


たった半刻にも満たない、それが二人の出会いだった。


「色付く芙蓉かあ…。

見てみたいな。

色の変わる布は出来ないわねえ…」

帰り道の瑠花は、心が軽くなっていた。

親方の思いやり。

足を労わってくれる下駄を楽しみに。

また織ることが出来る。

てきぱきとした、先の彼の説明に全て任せられると感じた。


宵の明星が、目の端で光った。






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