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探偵の憂鬱

神奈川と東京を股にかけた人質立てこもり事件は、寝台探偵東出勝馬の活躍により事なきを得て解決に至った。しかし公の発表では、犯人の薬物発作による体調の急変があって、それに乗じた人質の勇気ある行動。陣頭指揮に当たった小暮警視の判断力ばかりが評価されていた。

小暮警視と近藤知佳さんには本日、警察庁にて表彰状が授与されることになっている。


「小暮さん、お久しぶりです。その節はお世話になりました」


「やあ、近藤さん。今日は表彰式ですね。おめでとう」


「そのことなんですけど…ちょっと良いですか?」


近藤は小暮を人気の少ないところに誘った。


「私、何度も言ったんですよ。あの時は機転を利かせたのじゃなくって電波…ですか?新宿署の方から指示をいただいたんだって」


「それは私も分かっていますよ。只、この方法は警察内部でもまだ秘密にしたい事項でね。出来るならあなたにも内緒にしててもらえたらと思うのです。良いでしょうか?」


「はい…そうゆう事でしたら私の方も協力させていただきます。でも勇気ある人質ってのもなんだか恥ずかしいです」


「いえいえ、指示とはいえ行動を起こしたあなたは立派でしたよ。その表彰をこれから受けましょう」


小暮は近藤に笑って見せたが、いやはや自分は…自分はいったい何の表彰を受けるのだろう…

逮捕劇の真相は一部の信用の置ける幹部連中には話して聞かせた。皆、揃って信じられない様子だったが、警察庁刑事局長の意向で、新宿署に開設された特種情報通信局情報管理課の噂を知らない者もいなかった。もう動いているのか。本当に使えるのか。もしそれが本当ならば、今までにない捜査ができるだろう。

しかし誰も心底信じてはいない。この度、山田の協力で事件を解決できた小暮でさえ、狐につままれた感は未だにあるのだから無理もなかろう。小暮は最後にこう付け加えた。


「彼らは本物です。信じる者は救われる。早い者勝ちですよ」



その後、特種情報課には、ちらほらとではあるが仕事が入ってきた。警視庁麻布警察署からは前々からマークはしているが、現行犯逮捕までには及ばない盗撮の常習であろう会社員の家宅調査の依頼。勝馬が潜入して動向を調査すると、そいつはすぐにボロを出した。パソコンに保存してある画像をウットリと見始めたのだ。勝馬はその様子を携帯動画で送信した。麻布署では送られてきた画像から、被害者を特定する作業に移る。盗撮のターゲットは主に女子高生で、制服の形状や撮影された場所付近を通学する生徒に目星を付け聞き込むと、該当する被害者はざっと十数名にもなった。盗撮された画像は女子高生の下腹部を撮影しているだけでなく、ご丁寧なことに顔や全体像を撮った物が大半を占めていた。これは盗撮した画像を、自ら後で見て楽しむ為の撮影構成だろう。悪趣味にも程がある。自分が撮されている画像を見せられた女子高生は、一様に顔色を無くし、あるいは怯えて震えが止まらず、泣き出す者も少なくなかった。可哀想な被害者達に、泣き寝入りはだめだ、絶対にこのような犯罪を許してはならないと勇気づけると被害届はすぐに集まった。麻布署はこの被害届を受けて、会社員宅の家宅捜査令状を取る。捜査員達の狙いは一点、件のパソコンだ。言い逃れのできない証拠を押さえられては、今まで狡猾に犯行を繰り返してきた男も諦めるしかない。任意同行で連れて行かれた麻布署で容疑を認め、逮捕に至った。

だが、この事件も証拠となる盗撮画像の入手経路に問題がある。勝馬が会社員宅に、不法に侵入して手に入れた物だからだ。マスコミ向けの警察発表では、会社員のSNSから足が付いたということになっている。


「もー!オレの手柄なのに!」


「まあ、そう言わずに。特種情報課は世間にはまだまだ秘密ですからね。ご褒美に鰻、奢りますから機嫌直してよぉ」


「特上なっ!」


夕食を済ませた山田と勝馬は、鰻屋の近くにあったチェーン展開している大衆居酒屋で軽く呑んで帰ることにした。


「いやー、さっきの鰻、旨かったわ。いつも悪いねーシャチョウサン」


「そろそろかっちゃんも自分で払いなよ。ちゃんと探偵の報酬は振り込まれてるでしょ?」


「そりゃ、まー戴いてますけどね。じゃーここはオレが奢ってやるよ」


「えーと?1番高いのどれじゃろ?」


「バカバカ!高いのはさっき食ったじゃろ。今度は安いのじゃ」


二人の飲み物がビールからチューハイに変わった頃に、また勝馬の愚痴がぶり返してきた。鰻の効力は思いの外、短かった。


「オレだってねー頑張っとるんよ。この前のあれだってねー。変態の部屋に入るのってゾーっとする訳よ。これがかわいい子のファンシーな部屋なら良いんじゃけどねぇ」


「なかなかかわいい犯罪者っておらんよね」


「そーそー!そこを我慢してオレはお仕事頑張ってるっちゅーの」


「うん!かっちゃんの活躍が容疑者逮捕に大きく尽力してるのは間違いないよ。かっちゃんはよくやってるわ」


「じゃろ?でもオレの活躍は表に出んじゃん。名探偵東出勝馬、警察も手を焼く難事件を鮮やかに解決。警視庁より感謝状が授与される…なんてないじゃんよ」


「前にも言ったかな…?今、僕らのやってる捜査方法ってほんまはやっちゃいけんことなのんよ。勝手に他人の住居に入っちゃいけません。そいつが怪しいからって盗聴器や隠しカメラを取り付けることもいけません。犯人を捕まえるにしてもルールを守んなきゃね。でも僕らはかっちゃんの特種な能力のお陰で、万事バレずに違法な捜査が出来てる。バレなきゃ良いなんて僕は思っとらんよ。いつも心の中では葛藤があるし…それでも特種情報課として動いているのは1番には被害に遭った人の為。次に、新たな被害者を出さない為。3番目くらいになるかなー罪を犯した者にそれ相応の罪を与える為。警察は悪い人を捕まえるのが仕事じゃけ。

警察上層部では特種情報課の捜査方法は最初から認められてる。でも警察署や警察官の間では、まだ認められつつあるってとこよね。所詮、違法な捜査機関なんよね…いつまで経っても日の目は見んかも知れん…」


「おいおい、山ピー。オレの愚痴じゃったのにお前が愚痴ってどうするんや」


「だよねー!でも僕はやりがいを感じとるんよ。事件の早期解決、犯人の迅速な逮捕は世の中のみんなが望むことじゃけーね。じゃけーかっちゃんも僕と一緒に正義の忍者、やってくれん?屋根裏や床下に潜っては情報集めて悪い奴を懲らしめる忍者みたいに」


「ニンニン!しょうがねぇーなっ!付き合ってやるよー我が友よ」


二人は残り少なくなったグラスを合わせて乾杯し、居酒屋を後にした。




「課長ー事件の依頼入りましたー!」


特種情報課の電話を取った西野は課長の山田に取り次ぐ。


「西野さん…その、Aランチひとつみたいな感じやめません?」


山田はやれやれといった表情で電話を取った。相手は新宿署から程近い多摩中央署からだった。話の内容はこうである。


平成29年1月15日、安部加奈子さん(29才)は勤めていた都内の保育園を無断欠勤した。まじめな勤務ぶりの彼女はそれまで無遅刻、無欠勤であった。携帯、自宅にも連絡が付かず、娘の勤務先から連絡をもらった実家の父親が、北海道から上京して警察に捜索願を出した。マンションの部屋には争った形跡などもなく、冷蔵庫にはイチゴや牛乳が残されていた。580万円の預金のある通帳が持ち去られていたが、それがその後、引き出されたということはない。そして、平成28年と29年の日記帳が持ち去られていた。

加奈子さんの消息は依然として不明。

そして先週、6月下旬の梅雨の大雨により事態は急変する。

場所は東京都多摩市貝取一丁目。小田急多摩線の永山駅と多摩センター駅の間くらいだ。周辺には公園や緑地も多く、住み心地のいい場所だ。そんな街のマンホールから、死体が出てくるとは、誰も思いはしない。

1週間前の6月25日のことだった。マンホールから汚水が溢れている、という電話が多摩市役所にかかってきたのが午前8時過ぎ。連絡を受けた下水道工事業者が現場に着いたのが、午前10時半頃だった。

マンホールには雨水用と汚水用がある。そこは汚水用と分かっていたので、臭いがきついのは当然だ。だが作業員がマンホールの蓋を開けると、凄まじいほどの異臭が立ち上ってきた。マンホールをのぞき込んでみるとマネキンのようなものが汚水に浸かっている。業者は警察に連絡した。駆けつけた警視庁多摩中央署の捜査員が見ると、それは女性の遺体だった。深さ3メートルのマンホールの底に、腰掛けるような形で遺体は置かれていた。年齢は20~40歳代、髪は短く、ワンピースにセーターを着ている。腐乱が激しく、頭と鼻などの骨が折れていた。

歯の治療痕から、近くに住んでいた安部加奈子さんであることが判明。彼女は前年の1月から行方不明になっていた。司法解剖がされたが、死因は特定されなかった。

マンホールは底に、幅25センチの溝があり、水が流れるようになっている。遺体の一部がはげ落ちて溝をふさいだのが、汚水が溢れだした原因だった。


「殺人事件ですね…しかし…これは…」


課長の山田は被害者の無念を思い辛そうな顔をした。と、同時に大きな溜め息をついた。


「我々の得意とする分野は潜入調査、これに尽きます。しかしこのヤマはすでに何処ともなく消えてしまった犯人の捜索…はたして力になれるでしょうか…?」


沢田が手を挙げた。


「ああ、良いですよ。自由に発言して下さい」


「あっはい。俺はこのヤマ、受けてみたいと思う。俺の感では多分このヤマ…お宮入りの予感がしてならねぇ…普通の捜索じゃまず駄目だ。俺達でどうできるかもわかんねぇけど、足掻いてみるのも良いんじゃねえかと」


「他の人はどうですか?」


西野が控えめに手を挙げている。


「はい。ご自由に」


「この犯行は物盗りではないでしょう。マンションから無くなった貯金通帳はたぶんカモフラージュ。重要なのは通帳と一緒に消えていた二冊の日記帳とそれに書かれていた内容の方。私は怨恨の線で探ってみてはどうかと。被害者と付き合いのあった人間に東出さんを付けることで何らかの結果が期待できるのではないかと思うのですが」


「しかし西野さん」


黙って様子を伺っていた山根が口を開く。


「害者の交遊関係ははっきりしてないんですよね課長?」


「ええ…まあ…少なからずあったとは思いますが、はっきりした異性とかは…」


「ほらな。そんな誰彼構わず調査するなんて、いくらうちの探偵でも骨が折れますよ。はっきり言ってこの事件はうちの課には不得意分野です。よく考えた方が良い」


吉村はパソコンを開き、この事件についてのできるだけの情報を洗い出していた。

消息を断つ前日の午後9時には、新聞の集金人が安部さんと会っており、彼女はその後に出かけたと見られる。マンションとマンホールの距離は、400メートルほど。呼び出して殺害し、素早くマンホールに入れるという、極めて練られた計画的犯行と思われる。


「犯人はいるんです。たぶん被害者のすぐ側に。今は誰もその人間に気づいてないだけで。僕は沢田さんの意見に賛成です。悪足掻きでも良いからしてみたいと思います」


「と…みんなの意見は聞いたけど。東出探偵、どうします?」


犯罪捜査のプロ達の意見が飛び交う中で、1人小さくなっていた勝馬だけれど、自分なりの考えは決まっていた。


「犯人見つけられるかはわかんないけど、オレはやってみてもいいよ。確かに山根さんの言ってくれたことはその通りだと思う。ありがとね。でもオレがやる気なら問題ないでしょ?この課で出来ること、やれるだけやってみよう」


「じゃーみなさん良いですね?多摩中央署にはこの事件のサポート、新宿署の特種情報課が受けますと伝えておきます。頑張りましょうね」


早速、沢田が動く。


「おい、吉村。死体の見つかったマンホール見に行くぞ。車、借りてこい。トンマも行くか?」


「あ、はい。」


「じゃー早く寝ろ!お前は生身のままじゃ糞の役にも立ちゃしねぇからな」


「ひ…ヒドイ…」


「ああ…かっちゃん…課長室に布団ひくからね…枕はいつも持ち歩いてるよね?他に何かいるものある?」


「おいそこ!笑うなー西野あいら!」


「子守唄はいりまちゅかぁ?勝馬くん」


「いりまちぇんよーだっ!はい、おやすみっ!」


間もなく吉村の携帯が鳴った。


「吉村さん。オレの準備はできました。出れますよ。あのイカツイおっさんはいますか?」


「聞こえてるぞトンマ!外の白いクラウンだ。早く来い!」


「ひぇぇ…はい…トンマ行きまーす」


三人は吉村の運転する車で東京都多摩市貝取一丁目を目指す。

首都高速4号新宿線から中央自動車道を進み30分ちょっとで到着した。吉村は方向音痴ではないらしい。勝馬は密かに尊敬した。


「さてと、現場には来てみたがー!さて、どうしたもんかな…」


「もしもし?沢田さん…何か考えがあったんじゃないッスか?」


「バカヤロー!昔からデカは現場100回って言ってな!まずは現場を見ない事には始まらねぇ。そんで何か閃くかと思ったんだが…何も思いつかねぇや」


「この辺りの人通りは多くないですね。犯行が行われたのが夜の9時以降となると、まず目撃者はいないでしょうね」


「ほらな、トンマ!現場に来たらこうゆうことが判るわけよ」


「はぁーい」


「それで吉村、他に何か感じないか?」


「マンホールの蓋ってデカイですね。直径60㎝ってとこですか。それに重量もかなりですよ。簡単には開け閉めできそうにありません。ココとココに工具をひっかけて持ち上げないと、手が掛かるとこなんてないですよ」


「そうだな。女の力じゃ難しいな。工具の方は専用の物じゃなくてもどうにかなりそうだな。計画的犯行となれば、それなりの物も用意できただろうよ」


沢田は煙草に火を着けて一服した後で勝馬に言った。


「犯人は男だ。ちょっとこの辺の男を調べて来いよ」


「そんなぁ…男ったって…世の中には男と女しかいないんですよ。もう少し絞りましょうよ…」


「バーカ!冗談だよ、本気にするな」


「それにしても死体発見現場って気分の良いとこじゃないッスね…お化けが出そう…まあ今のオレも似たようなもんだけど」


「お化けが出たらちゃんと聞いといて下さいね。あなたを殺した犯人は誰ですか?ってね」


「もー!吉村さんまで冗談言わないで下さいよ。よ!よよよ…?」


「どうした?変な声出して?本当にお化けが出たか!」


死体発見現場に連れて来られたせいで、勝馬が臆病になっていると思った二人は笑っていた。特種情報課に配属される前までは、捜査一課で数々の修羅場を潜り、多くの死体も見てきた沢田と吉村だ。今さらどうということはないのだろう。

しかし彼らには見えていない…ベンチに座る青い影を…


「で…でで…出たかも…」


「はぁ?お前も冗談かよ?そんなんで俺らがビビると思うなよ!」


「冗談じゃないッス…なんかあそこのベンチに…青い人影がゆらゆらーっと…」


「ベンチ?あのベンチか?じゃーお前、行って話しかけてみろよ」


沢田は勝馬をからかった。だけど、からかわれた勝馬の方は本気にしてしまった。沢田は見るからにイカツイし言動も粗雑だ。勝馬にとっては苦手なタイプに属している。こうゆう人の言うことは、出来るだけ従った方が良いことを、これまでの経験から学習していた。


「はい…東出行きまーす」


「あ?」


「へ?」


勝馬は意を決して近付き、ベンチでゆらゆら揺れている青い人影(幽霊)?に話しかける。


「あ…あの…えーと…コンニチワ!」


「はい、こんにちは」


律儀な青い人影は挨拶を返す。その声は綺麗なソプラノで、女性の声に間違いなさそうだ。勝馬は次に話しかける言葉を探しながら青い影を見つめていた。すると、ぼんやりとしか見えていなかった人影が輪郭を表し、次第にはっきりと見えるようになってきた。ショートカットがよく似う、快活そうで綺麗な顔立ちの女性の姿が現れる。突然声をかけてしまったのに挨拶を返してくれたのと、美人だったせいもあるのかはわからないが、勝馬はたぶん幽霊であるだろう彼女に対して、あまり怖いと感じなくなっていた。


「オレ、東出勝馬といいます。すごく怪しいと思うけど悪いヤツじゃないんだ。もし、良かったら君の名前を聞かせてもらえないかな…」


携帯電話から沢田が話しかけてくる。


「おい…東出?お前、今誰と話してる?」


「沢田さん、少し黙っていて下さい!お願いします」


勝馬の思いがけない毅然とした態度に気圧された沢田は、ふて腐れたようにまた新しいタバコに火を着けた。まあまあと、吉村が沢田をなだめる。


「あの…名前、ダメかなぁ?」


「私は安部加奈子といいます。こうして誰かと話すのなんて…いつぶりかな…言葉…忘れちゃったみたい…」


「アベカナコ…さん?…安部加奈子さん!まさか会えるとは思わなかったデス。オレはこう見えても探偵で、警察にも捜査協力を頼まれてるちゃんとした探偵なんだけど…一応。あっ…この度はお気の毒さまです…」


「はい、お気の毒さまでした。東出さん?って言ったよね。あなた面白い人ね」


安部加奈子はそう言って、少し笑った。しかし今の彼女を形作っているであろう青色のオーラが、隠しようのない悲しさを訴えかけてくる。勝馬は彼女の笑顔を見て、胸が苦しくなった…

しかし、気を取り直して彼女に質問をする。仕事だから。


「あの…あなたを…その…殺した犯人は誰ですか…?」


「ああ…犯人ね。実は知らない人なんですよ。こうゆうのって、通り魔的犯行って言うんですかね?なので、どこの誰かもわかりません」


「オレが聞いた話では、ご自宅のマンションから預金通帳と日記帳がなくなってるらしいんです。ですから、安部さんの家にある程度自由に出入りできる人物?親しい付き合いのあった人、例えば恋人の犯行ではないかと。警察ではそういった方向で捜査が進められているみたいなんですが」


安部加奈子を取り巻く青色のオーラが揺れる…


「恋人…ですか…確かあの日は…彼から電話で呼び出されて…日記帳?私も何がなんだか…わかりません…」


タバコを吸い終えた沢田が携帯電話で勝馬に呼びかける。


「おい東出。本当にいるのか…?安部加奈子が…」


「はい。今、彼女と話しています。オレ素人だから、捜査とか犯人の見当なんてつかないけど。でも一人の人間として、オレ彼女をほっとけません。もうしばらく話してみて、一緒に考えて、判らないことは一緒に悩みたいと思います。沢田さん達は先に帰っといて下さい。すみません」


「なんだよ!俺達は邪魔だってか?」


「まあまあ沢田さん。そんな恐い顔してたら幽霊だって怖がりますよ。ここは我らが探偵さんに任せてひとまず退散しましょう」


「幽霊が怖がる?俺…そんなに顔、恐いか?」


沢田は無理に頬を吊り上げて、笑顔の練習をしている。その様子をちらりと横目で見てしまった吉村は、これが笑顔の見本だよ、とばかに満面の笑顔を沢田に向けて言った。


「沢田さんかわいいですね!」


「なんだよ…気持ちわりーな…よし!トンマ置いて帰るぞ。車出せ」


吉村は笑顔のままでハンドルを握り、少し機嫌の悪くなった沢田を横に乗せて車を出す。白いクラウンが見えなくなるのを待っていたようにして、安部加奈子が口を開く。


「東出さん、ありがとう。こんな私をほっとけないなんて言って下さって。あなたは綺麗な魂をしてるものね。澄んでいるもの。それに比べて私の魂は哀しみの青で出来てる」


「そうゆうのは色に出るんですか?」


「あなたは知らないの?会ったことないの?あら?でも私も初めて!あなたみたいな魂。そんなに澄んだ魂なら成仏するでしょ?普通」


勝馬は彼女から聞いた。この世に残る成仏できない魂のことを。

怒りを持って成仏できない魂は赤。怨みを持って成仏できない魂は黒。彼女みたいに哀しみを持って成仏できない魂は青く見えるのだそうだ。勝馬は自分のことも彼女に話した。すると彼女はすごく喜んでくれた。


「東出さんは生きているんですね。良かった…何よりです。良かった…」


「ありがとう。オレのこんなのも何かの役に立つかもしれないし、こうしてあなたとも話が出来てる。力になれるかな…なりたいんだ!わからないこと、一緒に考えてみようよ」


彼女から聞いた事件当日の実態はこうである。

平成29年2月14日の午後11時少し前。50分かそれくらいだったと記憶している。彼女の携帯電話に着信があった。携帯の画面には発信先は公衆電話と出ている。彼女は訝しみながらも電話を取る。もしもし、と言う声で彼女はすぐに電話の相手が誰なのかわかった。当時、交際していた後藤淳平だった。彼とは友人同士の飲み会で知り合い、趣味や価値観が同じということで意気投合して交際に発展した。元来、引っ込み思案な加奈子にとっては珍しいことだった。後藤淳平は加奈子より3つ年上の当時32才、川崎の方で歯科医院を開業しているそうで、子供の患者にはいつも困らされると愚痴る淳平の話を、加奈子は微笑ましく聞いていたそうだ。二人の交際も順調で、結婚の話も出始めていた頃だった。その日、淳平は携帯電話が壊れたとのことで、公衆電話から加奈子に電話したのだった。いつもはこんなに遅い時間から会うことはない。大事な話がある。と淳平に呼び出されて加奈子は近くの公園に向かった。幸せの予感。淡い想いを抱きつつ…

しかし加奈子はその夜、淳平に会うことは叶わなかった。見知らぬ男にいきなり顔面を殴られた加奈子は、倒れた拍子に後頭部を地面に激しく打ち付けた。それからの意識はない。気がつくと加奈子は自分の体を離れ、幽体になっていたのである。


特種情報課では勝馬が安部加奈子に聞いてきた情報を検討していた。


勝馬の話を黙って聞いていた課員達だったが、最初に口を開いたのは課長の山田だった。


「かっちゃ…じゃなくて!東出君に幽霊と話せる能力があったとは…今更ながらに驚きです。被害者本人の証言となると、これ以上確かな事はありませんし」


「だけど害者は犯人の顔もろくに見てないんだろ?いきなり殴られてそれきり。何かないのかよ?身体の特徴とか服装とか」


沢田は課長の手前、苛立ちを抑えながら話しているらしいが、やはり素人の聞いてきた話に物足りなさを感じているようだった。


「現場は暗くて…その…でも知らない人だったと…彼女自体、知り合いも多くはないんですけどね。そのぶん、知ってる人なら暗くても判ったはずだと…彼女は言ってました…ハイ…」


フン!と沢田は鼻で笑った。次に吉村が手を挙げた。山田がご自由にと言うと、あっ、そうだったと少し顔をしかめて話し出す。


「やはり怪しいのは犯行が行われた当夜に彼女を呼び出した、交際相手の後藤淳平だと思います。しかもこの後藤淳平の存在は、今でも浮かんで来てなくて、捜査線上に上がっていません。洗ってみる価値はあります」


西野も吉村に続く。


「事件当夜に彼女を呼び出すのには公衆電話が使われています。これは彼女の携帯電話に着信履歴が残ることを避ける意図が感じられます。それに日記帳が無くなっているのも、自身の存在が明るみに出るのを隠す為ではないかと。彼女のマンションなら合鍵を渡されていたかもしれませんし、隙を見て作っておくことも出来るでしょう。侵入するのは簡単です」


その間、山根はパソコンで後藤淳平なる人物を検索していた。歯科医、川崎、そのいずれにも該当するであろう人物は引っかからない。山根は言った。


「もしかすると偽名かもしれません…」


「一筋縄ではいかないみたいですね」


山田は頭をかきながら捜査方針を告げる。


「まずは安部加奈子さんと後藤淳平(仮)が出会った飲み会の出席者を当たってみましょう。沢田さん、吉村さんお願いします。そして東出君の報告が確かならば、この事件は呼び出した交際相手の他に実行犯が存在します。この二人の関係は依頼者と殺し屋ということにも。本件は依頼殺人の可能性が高い。山根さんと西野さんはネットに潜ってそれらしい情報がないか調べてみて下さい」


捜査方針は概ね決まった。みんな燃えている。しかし勝馬の胸に去来するのは言いようのない哀しみ、虚無感。もし犯人が彼女の彼氏ならば、今も彼氏への想いを絶ち切れずにこの世に留まっている彼女が可哀想過ぎる…

青く透き通った安部加奈子の姿を思い出し、勝馬は溜め息をついた…



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