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寝台探偵誕生

東出勝馬は23時までのバイトを終えて部屋に帰った。途中、コンビニに寄って500mlの缶チューハイと弁当を買い、後は酔っ払って寝るだけ。今日もいつもと変わらない1日が終えようとしていた。1つだけいつもと違うのは、この前通販番組を見ていて、つい注文してしまった枕だけだ。思い起こせば1週間前、勝馬はひどい寝違えをしてしまった。首が痛くて回らずに、今週は散々な1週間を送った。そんな時目にしたのが安眠枕、メッチャネレールだった。19800円という、勝馬にしてみれば高価な買い物だったけど、首が痛くて堪らない勝馬は、良いことばかりの通販の売り文句にストンと落とされた。信じるものは救われる。さあ今夜はこの枕で良い夢を見よう。チューハイのお陰で良い感じに眠くなってきた…勝馬は枕に頭を乗せて眠りに入る。うん、なかなか良さそうだ…

勝馬は妙な夢を見た…自分がフワフワ浮いている…下を見ると眠っている自分がいた。我ながら間抜けな寝顔だ…夢の中の勝馬は思い通りに飛べた。試しに部屋の中を飛び回って見たが、行きたい方に行けるしスピードだって自由自在だった。調子に乗った勝馬はスピードを出し過ぎて部屋の壁にぶつかった…?いや、壁をすり抜けて外に出てしまった!見上げれば月が煌めいていた…

すごくリアルな夜空を見て、勝馬はなんだか恐ろしくなった…

勝馬はもう1度壁をすり抜けると、だらしない顔で眠り続けている自分の体めがけて飛び込んだ。

目が覚めた…楽しいような、そうでないような、不思議な夢…


東出勝馬は広島県出身の23才だ。地元の工業高校をなんとか卒業してからはミュージシャンを目指して上京した。高校時代に地元の同級生と組んでたバンドはそこそこの人気もあった。みんな揃って東京で勝負しようと勝馬はバンド仲間に持ちかけたのだが、みんなは口を揃えて、「お前はバカじゃ」と言って勝馬の誘いを断った。それなら俺一人でもと意気込んで東京に出て来たは良いのだけれど、何のツテもコネも持ってない勝馬はオーディションの受け方さえもわからない。とりあえず駅前で歌ってればいつかスカウトされて…なんて時代が違うのかな…?駅員さんには叱られるし酔っぱらいには絡まれる…挙げ句警官まで駆けつける始末…

今さら恥ずかしくて地元には帰れない。それじゃなくても昔から勝馬は、東出勝馬の名前から、『トンマ』なんてバカにされてるのだから…意地でも一旗揚げるまで帰る訳にはいかない。その意地の一端が新宿で家賃4万7000円のワンルームだった。決して広いとは言えないその部屋に、今夜も居酒屋のバイトを終えて帰って来た。いつもと同じ買い物をして。

ほろ酔いになった勝馬はベッドに横になり、そのまま眠りに付いた。どのくらい眠っていただろうか…目覚めた勝馬は時計を確かめる。午前2時半…0時半くらいに寝付いたはずだからまだ2時間しか経ってはいない。おかしいな…もう1度寝直そうとした勝馬の目には、またしても昨夜と同じ光景が映し出された…

あれ?寝とるじゃんオレ…じゃーまたアレか?昨日の夢の続きか…

そう思うとなんだか楽しみになってきた。昨日はちょっとおっかなかったけど、慣れてしまえばどおってことない。所詮、夢は夢なんだから。勝馬は迷わず飛び出した。今夜は月が出ていない。

新たなリアルを探しに行こう。

眠らない街・新宿は今夜もその触れ込み通りの様相を見せていた。路地にあふれる酔客に、手招くキャバクラやホストクラブの客引きの黒服。風俗店の妖しげな看板も堂々と輝いている。勝馬は手始めにキャバクラに忍び込んでみた。期待とは裏腹に店内に綺麗な女の子の姿はなく閑散としている。なるほど、もう営業が終了している時間だった。最近では警察の取り締まりも厳しく、歌舞伎町では深夜1時以降の営業は禁止されている。まだやってる店もあるだろうと気を取り直して外に向かう。

壁をすり抜けて店の裏手に出ると、男が一人しゃがみこんで何やらやっている。手に持っているのは雑誌と新聞紙。その男はキャバクラの入っているビルの裏側通路脇のごみ置き場で放火をするところだった。男は焦っているのか、カチカチと100円ライターで着火を試みるがなかなか上手く火が付かない。勝馬はその様子を焦れったく思いながらも見守った。新聞紙から雑誌へ燃え移った炎はやがてごみ置き場のポリバケツをテラテラと炙り溶かしてゆく。何かに取り憑かれたように気持ち悪い薄ら笑いを浮かべそれを眺めていた男は、やっと自分のやったことに気づいたみたいに脱兎のごとく走り去った。ものはついでだ。どれだけリアルな夢に出来上がっているか、この男を追跡してみよう。勝馬はヒュっと体を飛ばして後を追う。タクシーを拾い乗り込んだ男に続いて勝馬もちゃっかり同乗する。どうやら行き先は埼玉県川口市らしい。街灯の灯りを受けて顔がぼんやりと浮かび上がる。華奢で神経質そうな男だ。歳は勝馬とそう違わなく見える。そう思うと何故この男が放火なんてしたのか理由を考えてみたくなった。おそらくはあのキャバクラに熱を上げて入れ込む娘でもいたのだろう。給料のほとんどを注ぎ込んで通って、もしかしたら借金もしてたのかもしれない。とにかく男はお目当ての娘に気に入られようと足しげく通う。やっと打ち解けてきて、子供の頃の他愛のない話や冗談も言えてくる。何かプレゼントもあげたのかも。男はその娘との距離が縮まったと感じる。今こそ想いを伝えようと。

だがそれは男の勘違いだ。残酷なようだが歌舞伎町の女達は男が思っているよりずっと手強い。地位や名誉のある男、金を唸るほど持っている男、容姿が良くて口が上手い男など、男を見る目は他のそれとは次元が違う。良くも悪くも歌舞伎町の女は見る目があるのだ。勝馬は無理して新宿に住んでるうちに、人には分相応ってのがあることが身に染みていた。高嶺の花には手を出さない。自分が社会の底辺を這いずってるということを心の念頭に置いておく。そうすれば背伸びしないで済む。だがこの男は判っていなかったのだろう。男の告白は叶わない。交際を断ったキャバ嬢はどんな断り方をしたのだろうか?たぶん酷い言い様だったのだろう。じゃないとここまで男が打ちひしがれてるはずもない。今や男の心は焼け野原だ。心と同じくあのきらびやかな店も焼いてやろう。一方は真っ黒で一方はピカピカじゃ可笑しいや。物事にはバランスが重要だから。なんて考えたのかもしれない。勝馬は空想豊かに他人事を楽しんでいた。男は家に着くまでに1度タクシーを止めて外に出て、嘔吐した。男がタクシーに戻るとすえた臭いが車内に充満したものだから、勝馬はもう止めにして帰ろうかと思った。だけどタクシードライバーが窓を開けて走り出すと、すぐに嫌な臭いも収まったので勝馬もまたタクシーに収まった。それから10分ほど走ると着いた。埼玉県川口市○○○○。埼玉といえ、東京に程近い所に男の住まいはあった。昔ながらの一軒家で、表札には山本とある。彬、奈都子、翔太と名前が出ているが左の2つは両親で、男の名前は山本翔太だろう。本当に良くできた夢だ。勝馬は今までこんなとこに来たこともないし、山本翔太なんて知り合いもいない。付いてきたにもかかわらず、思ったよりつまらない結末にがっかりして、勝馬は新宿にあるアパートに帰ることにした。部屋に着くとまたしてもだらしない顔で寝ている自分がいた。勝馬は体に戻るとそのまま朝まで眠った。もう夢は見なかった。

翌朝の目覚めは最悪だった。どうせ夢ならもっと爽快で楽しい夢を見たいものだ。なのにうだつの上がらない山本翔太などと言う男の登場する鬱々しい夢など見てもテンションの上がりようがない。勝馬は煙草を咥え、テレビを付けた。テレビキャスターが朝のニュースを読み上げている。どこかの銀行を襲った犯人が捕まったらしい。ニュースは次に移ろうとするがそのタイミングで勝馬はチャンネルを変えようとした。本日深夜3時頃、東京都新宿…身近な住所を耳にして勝馬は手にしていたリモコンを置く。

歌舞伎町で店舗の一部を焼く小火騒ぎがありました。火災が起きたのは1階にキャバクラ、2階にダーツバーが入っているビルの1階部分で、出火元は裏のごみ置き場からということで警察では放火の可能性が高いと見ており、有力な犯人情報を集めています。

あれ?それって昨夜オレが夢の中で行ったキャバクラじゃろ?

夢が現実になったのか?いいや、違う。夢じゃなかったんだ。

だったらオレは一部始終を見てる。なんなら犯人の住所氏名まで知ってる。本当に夢じゃないなら。

勝馬は番組をザッピングして歌舞伎町のニュースが他でもやってないか探してみた。これだ。こっちのニュースでは誰かが撮ったスマホの動画を写している。ごみ置き場の火は勢いを増し、キャバクラに火を移して2階の床下をメラメラと炙っている。間違いない。昨夜のあそこだった。

勝馬は生まれて始めて110番に電話した。名前は名乗らない。いや、名乗れない。

「オレ見たんです。はい。その放火犯はタクシーに乗ってゲロ吐いて…埼玉県の…え?なんでそこまで知ってるか?なんだよ!オレ疑ってるのかよ。オレは善意で…あーもういいよ!そいつの名前は山本翔太。埼玉県川口市○○○○」

プツ…

勝馬は言いたいことだけ言って携帯電話を切った。どの程度信用してもらえるかはわからないが、国民の義務は果たしたぞ。

容疑者の



その後、勝馬は自分の見る不思議な夢について調べた。ネットでヒットした情報は幽体離脱…?寝てる間に魂が抜け出て…と、勝馬の体験した内容に当てはまっている。超能力かよ!勝馬は良い方向に受け取っていた。

それからの毎日。いろいろ試してみた。どうやら幽体離脱のポイントは枕の高さ固さによるもので、枕を変えて寝たあの日から始まっているのも確定要素だ。上向きに寝た時にだけその現象は起き、横向き、うつ伏せの寝かただと何事も起きない。だいたい眠って2時間くらいで体から魂が離れて自由に飛び回れるようになる。誰からも気づかれず、誰にも気づいてもらえない。

どこにでも忍び込めるのを良いことに、勝馬は自分の考えうる大抵の悪事をやってみた。銭湯の女湯にも入ったし、スカートの中を覗き込んだり可愛い子に着いて行ったりもしてみた。だけどすぐに飽きてきた。くだらない夢など叶ってしまえばその程度だ。

勝馬は次にスリルを求めた。危なそうな人に付きまとってヤバい状況を楽しむ。これはなかなか面白かった。客引きの甘い誘惑に引っ掛かり、法外な料金を支払うサラリーマン。怪しい外国人に警官が職質をかけるが、言葉が通じずに弱っている警官のボディーランゲージには笑ってしまった。お仕事ご苦労さん。

そんなことを繰り返していく内に、とうとう本当にヤバい事件に遭遇してしまった。



新宿署では新宿歌舞伎町で起きた放火事件の捜査が続いていた。

繁華街で起きた事件にもかかわらず有力な目撃情報は無いままだった。


「班長。110番での情報なんですが…どうにも信じがたいと言いますか…出来過ぎていて逆にガセかと思ったんで後回しになってたんですけど…一応タクシー会社に問い合わせてみたんです。確かに犯行が行われた時間に付近で客を乗せたと運転手が覚えてました」


「運転手の言ってることは確かなんだろうな?」


「はい。その客は途中で車を止めて嘔吐したらしくて。運転手は車内で吐かれないかヒヤヒヤしたと言い、よく覚えてました。タクシーに取り付けられているドライブレコーダーにもその様子は残ってます」


「で?その乗せた客の調べはついてるのか?」


「これがまた奇妙な事なんですが…110番の情報と運転手が客を降ろした場所とが一致してるんです」


「情報提供者は容疑者が乗ったタクシーを追い、降りるとこまで見届けたとでも?馬鹿らしい。そんな暇人いるわけないだろ」


「それが…通報者は容疑者の住所氏名まで伝えてきてるんです…もし班長がよろしければ、今から捜査員を行かせて、任意で引っ張ってみようかと」


「どうせ他にたいした情報は上がってないんだ。やれやれ。やってみろ」


こうして新宿歌舞伎町ビル放火事件の犯人、山本翔太24歳は逮捕され事件は解決に至った。



勝馬は今、潰れた廃ビルの中にいる。黒いハイエースに乗った若者グループが、同じくらいの年頃の男を無理やり車に押し込めて走り去ってゆくのを見かけ、何か面白そうなことが起こったと思いついてきたのが事の始まりだった。連れて来られた男は顔を腫らしてはいるがまだまだ元気で抵抗を続けている。あら、また殴られた…4人のいかつい男達は、少しおとなしくなった男を引きずるようにしてソファーに座り煙草をくよらせている男の元に連れて行った。こいつは悪そうだ。ワクワク。そいつの前に膝まずかされた男はよく見るとなかなかにイケメン君だった。顔を腫らしていなければもっとカッコいいのだろう。女の子にもモテモテなのだろう。何があったかは知らないがイイキミダ。


「坂田さん、例の男を連れて来ました」


「ああ、うん」


坂田と呼ばれたその男は半分くらいになった煙草を揉み消すと、連れて来られた男に近づいて髪の毛を掴んで顔を覗き込んだ。悪いやつがよくやる仕草だと、勝馬は手を叩いてウケた。


「ブラックジャックのホスト、最上蓮。本名、興梠和也はお前だな」


ホストの蓮君は答えようとしない。


「だんまりか…まあ良い。俺達はお前に何の恨みもないんだがな」


「じゃー何でこんなことするんだよ!」


「おー喋れるじゃないか。俺達も仕事でな。まあ協力してくれ」


「協力…?」


「おとなしく死んで化けて出るなってことだよ」


「嫌だー!死にたくない!助けて…助けてくれよ…俺が何したって言うんだよ!俺はホストだからそりゃー女も騙したよ。でも女は金を払って夢を見たんだ。俺が見せてやったんだ。殺されなきゃなんない事なんて俺はしてねえ!してねえよ!」


「まあな、ホストなんてそんなもんだろうよ。お前は正しい。だが俺の依頼人はあいにく男でな。女房たぶらかしたホストが許せないらしいんだわ。あっ、これ内緒だぜ」


「石動建設のババァの旦那か…?そうだろ!あのしつこいババァ!1回ヤッてやったらもう自分の男みたいに勘違いしやがって!俺は小遣いが欲しかっただけなんだよ!」


「もういい…黙らせろ…後のことはお前らに任す。見つからないとこに捨てとけよ。だがよくあのババァと出来たな…感心する」


ホストの蓮君は注射器で薬を射たれるとぐったりした…

ヤバいぞ…こりゃ洒落になんない。警察だ!警察呼ばないと!

でもオレ幽体離脱中だし、なんもできないぞ…とりあえず体に戻って通報入れなきゃ!マジで蓮君殺されちゃうよ…

勝馬は廃ビルの外に出ると、改めてこの廃ビルのある場所を頭に入れた。自宅の方向を確認するとひとっ飛びで体に戻る。

焦る指先で110番をダイヤルする。


「もしもし、警察ですか?ホストの蓮君が殺されそうになってます。もう何かを注射されちゃって!あれで死んだのか、眠らされただけなのかはわかんないけど。依頼殺人ってやつです。とにかくヤバい!場所は港区虎ノ門○○○○のクリーム色の廃ビルの中です。外に黒いハイエースとベンツが停まってます。はい、はい、そうです。早く行ってみて下さい。はい、オレの名前?オレは東出勝馬…あっ!…」


プツン!


「ヤベー!焦っててつい名前名乗っちまった…めんどくさいことにならなきゃ良いけど…」


勝馬の通報により近くにいた警官2名が現場に急行した。情報通り廃ビルの外には2台の車があった。本部にその旨を報告すると、応援の警官と刑事が増員されて計10名の体制で廃ビルを取り囲む。逃走防止の為に車両には車止めが取り付けられ、正面入り口、裏口には2名ずつの警官が配備された。残り6名で現場に踏み込む。もはや監禁グループに逃げ場はない。一網打尽とはこの事だ。


「なぜわかった…どこでバレた…俺達はプロだぞ…?どうして…」


坂田彬と実働犯グループの5人は抵抗することも諦めて半ばポカーンとしていた。リーダーの坂田彬を含む犯行グループは新宿辺りの半グレで、主にぼったくりなどの悪質な飲み屋の用心棒的な役割を果たしていた。後の執拗な取り調べで今回の依頼殺人未遂の件も明るみになるのだが。犯人達はこの迅速な逮捕劇については最後まで納得いかない様子だった。

依頼殺人未遂と述べたのには訳がある。誘拐されたホストは大事には至らず無事に助かったからだ。未遂に終わったのには注射器で射たれた覚醒剤が少量であった事と、何より1番は勝馬の通報が効を奏したからだった。

こうして警察内部では『東出勝馬』という人間にスポットが当てられる事となる。放火事件の時に録音されていた通報者の音声も鑑定の結果、同一人物と断定された。東出勝馬の情報は警視庁のコンピューターで調べると簡単にヒットした。以前、酔っぱらいと揉めた時に聴取をしていたデータだ。

とりあえず会ってみて怪しい奴なら引っ張って来い。

これが沢村と吉村に出された指示であった。


ピンポーン ピンポーン


「すいませーん。東出さーん。お届け物でーす」


あれー?なんかポチって頼んだっけ…実家から米でも送ってきたのかなと、勝馬は不用意に部屋のドアを開けた。


「東出勝馬さんですね?少しお話伺えますか」


外には配達員の姿はなく、代わりにスーツを着た二人の男がいた。堅気には見えない。勝馬は危険を察知して、


「ま…間に合ってまーす」


ドアを閉めようとしたのだけれど間に足を挟まれて閉めることができない。


「け…警察呼びますよ…」


二人の男は互いに顔を見合わせてニヤニヤ笑っている。勝馬の脅しもまるで効果がない様子だ。それもそのはず…


「はい。何かご用でしょうか?俺達警察でーす」


へ…?ドアを引く手の力が抜けてドアが開け放たれた。


「新宿署の沢村だ」「同じく吉村です」


吉村と名乗った男の方は警察手帳を提示していた。間違いなく警官…制服を着てないから刑事なんだろう。勝馬は悪い予感しかしてこなかった…


勝馬の悪い予感は当たった。まず、通報したのはオレじゃないと言い張ったところで音声が残っている。ボイスレコーダで聴かされた内容はたどたどしくて思わず赤面してしまう。次に、仮に通報したのがオレだとしてもいったい何の罪になるのだと、善意の第三者ではないのかと開き直ってみる。誉められどすれ、咎められる謂れはないと。しかし沢村は勝馬の開き直りにすぐに食いついた。尻尾は掴んだ。もう離さないぞと。


「お前の通報内容は完璧過ぎるんだよ。これじゃ犯人の共犯者と疑われてもしょうがないだろ。だが取り調べた犯人からはお前の名前はおろか、影すらも出て来やしない。こいつぁーいったいどうゆうカラクリだ?」


「あ…あう…ん…」


勝馬は話す言葉を失った…正直に話しても信じてもらえるような内容でないのは自分でも判っている。相手は夢見る夢子さんじゃなくて現実に生きる刑事なのだから…


「とりあえず署までご同行願えますか。任意ですので気が進まなければ断っても良いですけど?後でややこしくなりますよ…いろいろとですね」


勝馬は諦めた…早く帰して下さいね…

連れて来られた新宿署の一室には先程の刑事達の他に、二人の上司に当たる中西という青白い顔をした男がいる。この部屋はどうやら取調室とは違うみたいで、勝馬は少しホッとしたが、聞いてくるのは刑事なのだからあまり好ましい状況とも言えない。

勝馬はさっきから同じ事を何度も話していた。体から魂が抜け出て自由に飛び回れるのだと。それで見聞きした犯罪を善意で通報したのだと。次第に刑事達は苛立ってきて、悪い薬をやってるんじゃないかと疑い始めていた。麻薬の検査キットを持って来いと、沢村が吉村に命令した時に上司の中西が動いた。まず検査キットを取りに行こうとする吉村を止める。苛立つ沢村をやんわりといさめる。そしてどこかに1本の電話をかけた。

勝馬の供述はいつまでたっても堂々巡りで、刑事達も呆れてしまい、部屋の中は沈黙が支配していた。

やがて廊下を駆けてくる音が聞こえ、慌ただしくドアが開かれた。


「この人ですか?特種な能力を持ってらっしゃる方は」


銀縁眼鏡のヒョロリとした男。歳は勝馬と変わらないくらいの若造だ。こっちの刑事の方が100倍恐い。


「もしやと思い連絡差し上げました。もし間違っていましたら申し訳ありません」


そこそこ偉いであろう山根が若造相手に敬語を使ってる?何なんだ?この若造さん?


「ああ、ご挨拶遅れました。僕は山田美春と言います」


差し出された名刺には警部と書いてある。警察にも名刺はあったのね、と少しずれたところで勝馬は感心していた」


「僕はこの度、あるプロジェクトのリーダーに選ばれました。あなたも何かのテレビ番組で観たことはありませんか?超能力捜査官。もっともそういった捜査官なんて警察機関に実際はいないんですけどね。メディアの語呂の良い宣伝文句です。だけどFBIなどでは操作協力といった形で外部の方に協力を依頼してます。その方が本物ならね。しかしこれまでの実状と言えば、自称超能力者、霊能力者ばかりが押し掛けて来ては、あることないことをもっともらしくもまあ…そこは海千山千の我が警察ですから、嘘と本当を見抜く眼は養ってます。簡単には騙されませんよ。それでも本物はいます。私はまだ出会ったことがありませんが、あなたがそうなら良いと思います。

本題はここからです。昨今、凶悪事件、未解決事件は増えております。捜査方法のオプションとして、我が日本でももしそういった本物がいたならば、協力を願って試してみてはどうかと、まあ…上から言われておりましてね。あなたがたいへん興味深い事を話されていると聞きまして。東出勝馬…23歳…出身地広島県…?」


「やまだみはる…?」


「ひがしでかつま…?かっちゃん?」


「山ピーか…?駐在さんの子で小学校の時に転校してきてまた転校して行った?」


「そーそー!三年生から五年生まで一緒のクラスだったー!」


「うわー!懐かしいのう!元気でおったか!なんか偉ろーなっとるみたいなのー」


「かっちゃんのお陰よー!転校してきていじめられっ子だった僕をかっちゃんだけは仲良くしてくれたじゃろ!お陰でグレずに済んだわ!」


「グレるも何もお前今、警部?スゲーじゃん!警部って言ったらルパン三世の銭形警部や相棒の右京と一緒じゃろ!?」


「僕一応キャリアなんよー。そんで入庁した時が警部補で一つ昇進して警部ね。でも全然ダメよー周りのみんなに助けてもらってばっかりじゃし…」


「山ピー頭良かったもんなー!入社していきなり古畑任三郎や青島俊作と一緒かよ!」


「かっちゃんそこらへん詳しいね!僕は推理なんかできんよ。でも緑のミリタリーコートは買ってみたんよ…似合わんかった!」


「あははー!似合わん似合わん!オレにくれー」


まるで蚊帳の外の山根、沢村、吉村の三人は黙って幼なじみらしい二人の会話を聞いていた。先程から沢村が中西の方をチラチラ見ている。中西さん、この二人に何か言って下さいよ、と目が言っている。中西は控えめな咳払いでしか対応出来なかったので盛り上がってる二人の耳には届かない。幼なじみのトークはもうしばらく続く事となる。


「じゃーこの後、山ピーの奢りでメシな!」


「オッケー!ありゃ…?何でかっちゃんココにおるんだったっけ?ほうじゃ!捜査協力のお願いをするんだったわ!ええか?かっちゃん?」


「まあ良いっちゃ良いけどー。メシ喰いながら話そうや!」


「じゃー僕らはこれで帰ります。皆さんお疲れ様でした」


中西、沢村、吉村の三名は敬礼をして山田警部と勝馬を見送った。


「マジでぇー!ヒューっと飛んじゃうんよ!」


「スゲーなっ!かっちゃんサイコー!」


勝馬と山ピーは再会の喜びに浸り、お酒も回ってきた。警察署を出た二人は勝馬のリクエストで高級焼肉店で腹を満たした。居酒屋で呑み直した後は山ピー行きつけのこじゃれたバーでバーボンのロックを舐めるように呑んでいる。


「で?オレは何をするんじゃったっけ?探偵?になれば良いん?」


「そうそう!かっちゃんの探偵社に僕の部署から依頼をするんよ。捜査協力お願いしますって。そしたらベッド・ディテクティブ参上ってことになる訳よ!」


「ベッドデデデ…?なんじゃそりゃ?」


「ベッド・ディテクティブ!日本語にしたら寝台探偵ってとこじゃろか!小説とかにもあるじゃろ?自分は部屋から出んこーと椅子に座ったまま指示だけ出して事件を推理してしまう探偵。アームチェア・ディテクティブ!日本語にしたら安楽椅子探偵!かっちゃんは寝たままだからベッド・ディテクティブ!」


「オレはベッドデデデ…寝台探偵になるんか…んで!給料は出るんか?」


「うん!それなら大丈夫!依頼料としてちゃんと払うよ」


「やったー!バイトせんでも良いし寝てて稼げるなら最高じゃわ」


「じゃー頼むで!寝台探偵さん!」


「おー!任せとけや警部殿!」


こうして新宿署に特種情報通信局情報管理課が発足されることとなる。







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