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さびたUFOの残骸





 午前四時に叩き起こされた。

 まだ空は暗く星が微かに見えた。


 上官が指示を出した。

 どうやら地球の裏側で敵方の母船と人類の最終決戦が始まったそうだ。


 任務は本国内上空を飛行しているUFOを全機殲滅するという内容だ。

 「こんなことしたところで……」

 と少女の隣の青年が唇を噛み締めながら呟いた。


 少女は気にも留めずに上官をじっと見つめていた。

 自分に指示を出している上官は数時間後に死んでしまうだろう。


 自分の周りに整列している兵士たちも全員死んでしまうだろう。

 もちろん自分も例外ではない。

 それなら淋しくはない。



 あの男も死ぬのか、と少女は思った。





 各自自分の戦闘機に飛び乗り、起動させる。

 電子制御された機体が順番に滑空する。


 空は白い。

 遠く向こうに太陽の光を見た。


 街はまだ眠っているようだ。

 よかった。


 もうすぐ国民保護サイレンは鳴るだろうけど、どうかそれまでは安らかに眠っていてほしい。




 UFOとの交戦を開始する。

 いくら技術が発達したところで文明のレベルが違いすぎる。


 戦闘機たちはすぐに後ろをとられ、レーザービームのような光線をくらい火花を散らして海に落ちていく。

 死んでいった彼らは魚たちの餌になるのだろうか。




「コスモ3! フォックス2!」


 追尾型のミサイルを発射するが、軽々と避けられてしまう。

 反重力装置を搭載しているUFOは根本的にマニューバが違うのだ。

 戦闘機を想定して作られたミサイルが当たるはずもない。


「……はぁ」

 少女は大きな溜息を吐いた。




『おいおい、一発外したくらいで溜息とは、自分を買いかぶりすぎなんじゃねぇのか? 訓練のときもろくすっぽ当たんねぇくせによ』


 あの男の声が聞こえた気がした。もう死期が近いのだろう。


『あー、あー。応答せよ。応答せよ。聞こえてんだろ。返事しやがれこの根暗野郎』

「……え」



 個体同士の無線など繋がっていないはずだ。

 でも、たしかに聞こえた。あの男の声だ。


 少女が聞き間違えるはずがなかった。

 よく耳を澄ましてみると、タバコを入れっぱなしにしていたポケットから聞こえているようだった。





「……なにこれ?」


 ノイズが混じる。

 さすがに高速で飛行している機体同士の無線など無理がある。


 しかし頑張れば聞き取ることは出来る。

 この男はタバコといい情報といい、この御時世でどうやってこんな超高性能な無線を手に入れてくるのだろう。


 軍に入る前は何者だったのだろう。

 そういえば自分はそんなことも知らないな、と少女は思った。


 それと同時に、あの男のことを知りたいと思っている自分がいることにも気づいてしまった。

 もう死んでしまうのに。




『……俺たちさ、もう死んじまうだろ。どれだけ頑張ったところでよ。人間なんて地球がなかったら生きていけねぇのよ。……だからさ、最後にちょっと話でもしないか?』


「……話? そんなことしてたらUFOに撃ち落とされる」



『あぁ、そうかも知れないな。でも、これなら死ぬとき怖くないだろ』





 少女は操縦桿を握っている手が震えていることに気づいた。

 それを見透かされているようで、顔が少し赤くなった。


 私は死ぬことを畏れてなどいない、ギュッと下唇を噛んで気丈に振る舞った。



「……あなたが死ぬときの音を聞きたくない」

『大丈夫。俺はお前よりかは死なないから』


「……バカ」

 いつの間にか会話に乗せられていた。

 返事を返さなければ終了するはずだ。


 しかし少女は律儀に返事をした。

 その間もどんどん味方の戦闘機は撃ち落とされ、こちらの戦力は半分を切っていた。





「ミサイルが当たりさえすれば撃ち落とせるのに」

『じゃあ、俺が囮役をしてやる。その間に当てろ』


「ダメ。そんなの危険すぎる」

『もうそれしか当てる手段がねぇだろ。ほらいくぞ。しっかり当ててくれよ』


 自分たちが撃退出来る敵機の数などたかが知れている。男はそのことを十分に承知していた。

 それでもやられっぱなしは癪に障った。

 どうしても一矢報いたかった。



『任せたぜ』



 男が乗っている戦闘機の後ろにUFOがついた。

 レーザービームを紙一重でかわしていく。


 少女はレーザービームが放たれるたびに目を覆いたくなった。

 耳を塞ぎたくなった。

 叫びたくなった。

 そんな本能を無視して少女はしっかりと狙いを定める。



「絶対、死なせない」

 スイッチに指先が触れた。


「コスモ3! フォックス2!」

 胴体の下部分から勢いよく放たれたミサイルは一直線にUFOを追尾し、そして跡形もなく粉砕した。




「あた……った……」

『やったぜ! さすがだ!』


 その後も同じ方法で数機を撃墜した。

 朝日は完全に顔を出していた。


 眼前に広がる海が空と同じ色をしている。


 



 司令本部から連絡が入った。

 なんと地球の裏側の国が対母船用兵器を使用し、人類が勝ったそうだ。


 全機直ちに帰還するようにと指示が出た。

 司令塔を失ったUFOたちはよろよろと頼りない飛行をしている。


 その姿を見て、少女はある噂話を思い出していた。

 どうもUFOは無人戦闘機らしい、というものだ。


 それは戦場での兵士たちの一瞬の躊躇を消しさるために流されたガセ情報かも知れない。

 それでも役に立たなかったかというと嘘になる。

 海に落ちていくアダムスキー型の敵機を上空から見つめていた。





 長いようで短かった戦争が、終わったのだ。






『なぁ、俺たちさ。地上に戻ったら付き合わないか』

 少し男の声が震えていることに、少女は気づいていた。らしくない彼の声色を聞いて笑った。


「やっぱりあなたは言葉を使うのが下手くそだね」

『なんでだよ』


「そういうときは先にね。好きだって、そう言うんだよ」

『あ……あぁ、俺としたことがついうっかりしちまった。どうもこういうのは慣れてねぇや』


 男はわざとらしい咳払いをした。

『……好きだ。ずっと、好きだった。初めて話したときからずっと。帰ったらお前の笑った顔を見せてほしい。未だに見たことがないんだ』




 男の照れた顔が目に浮かんだ。

 少女はいっぱいの幸せに包まれて微笑み、今までの人生で一番優しい声を出した。



「私も好きだよ。こんな気持ちになったのは、初めて。戦争が終わってからでよかった。そうじゃないと怖くて戦闘機なんて、乗れなかったから……」









 応答がない。








 しまった。

 赤裸々に語りすぎた、と少女は思った。


 急に恥ずかしくなった。

 引かれてしまったらどうしよう。

 嫌いになられたらどうしよう。


 ねぇ、早く返事をしてよ。




 もう一度好きだって、そう言ってよ。






 聞こえないはずだった。

 どこまでが夢だったのだろう。


 少女は気付けば頭から大量の血を流していた。

 耳障りなアラームがずっと鳴り響いている。


 ガタガタと機体が音を立てる。

 黒煙で前が見えない。


 視界の端にUFOの破片が見えた。

 どうやらコントロールを失ったUFOが死角からぶつかってきたらしい。


 なんとか爆発は免れたようだが、UFOが自機に覆い被さる形で絡まっているので脱出装置も作動しない。



 死ぬんだ、と少女は思った。



 思いの外、少女は冷静だった。

 あの幸せは夢だったのだと思うことにした。

 その方が死ぬには都合が良かった。どこかで期待していたのだろうか。





 こんな自分でも誰かに愛してもらいたいなんて、願っていたのだろうか。

 バカげた夢だ。

 残酷で平等な神様が最期に見せてくれたのだろう。



 どこかで聞いた話では、神様は質問に対してYESとしか答えないらしい。



 私は戦場で死にたいと願った。

 だから最後の戦闘で死ぬんだ。


 私は心のどこかで愛されたいと願った。

 それは現実的には不可能だったので、仕方なく夢として見せてくれた。


 私の人生はそれだけでよかった。




 あなたという宝物に出会えた。

 それだけで幸せになった。





『……い、おい………』


 ノイズ混じりのスピーカーがポケットから流れる。

 ほとんど聞こえない。


 太陽の光を浴びて輝いている海が目前に迫ってくる。

 タバコの箱を取り出した。

 小型無線機が入っていた。


 夢なら、いいよね。

 死ぬから、許してね。

 最後だから、聞いてほしい。



「……ねぇ、……大好きだよ。……今まで……ごめんね」




 そっと、無線機のマイクにキスをした。

 バレないことを祈った。 





 無線機を投げ捨てようと掲げたとき、声が聴こえた。

 少女がその声を、聴き間違えるはずがなかった。


『……、……愛し……てる……、……』


 



 ――――夢じゃなかった。





 それを知った少女の瞳に、大量の涙が溢れた。

 それは頬をつたわず、空に向かって零れていった。


 嗚咽が出た。

 自分が死んでしまうときの音を聞かれたくなかった。


 泣いていることを知られたくなかった。

 スピーカーを放り投げた。


 手放すだけで、空に吸い込まれていった。




「……幸せを、教えてくれて、ありがとう、ね」


 誰にも聞こえない声だった。

 今までも誰にも聞こえてなかった。


 ただあの人だけはずっと聞いてくれていた。

 だから、届くような気もしていた。


 最後までバカげたことを信じている自分を、少女は初めて愛おしく思えた。


  



 少女を乗せた戦闘機は海面に着水すると同時に大破した。

 男が基地に戻ったあとも、無線のスピーカーからはずっと波の音が聞こえていた。






 あの戦闘から三日経った。




 世界は未だ醒めることのない歓喜に包まれている。

 人々は皆、幸せそうに笑い、生きていることを祝った。



 窓の向こうは騒々しい。

 遠くで喜びの歌が聴こえている。


 暗い小さな部屋の中、無線の接続が静かに途切れた。





 ただ一人だけが、その音を聞いていた。






  

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