青と白と銀色たち
少女は今日も一人で支給されたパンを不味そうに食べていた。
団欒には入らず、それを遠くから眺めていた。
ガソリンとオイルが混じった臭いが充満している飛行訓練所内の格納庫。
息がつまる。
さっさと昼食を済ませた少女は、一人で表に出た。
夏の空。
遠くで絵画のような雲が見える。
UFOが数機浮かんでいる。
一体この地球まで何をしに来たのだろうか。
殺すならさっさと皆殺しにしてくれたらいいのに。
そしたら辛い訓練もこれ以上やらなくていいのに、と少女は思った。
外に出ればいくらかマシになるだろうと踏んでいた暑さは、和らぐ気配はなく、生温い風が髪を揺らした。
気付けば顎から汗が滴っている。
「何か見えるのかい?」
「なにも」
そういえば例外が一人いた。
この男も軍の中では変わり者として見られている。
なんせその無愛想な少女がお気に入りときた。
初めのうちは男がいくら話しても少女は無視を続けていたが、あまりのしつこさに根負けして返事をするくらいの仲にはなっていた。
今日も少女は男に話しかけられている間、ずっと不機嫌そうな顔をしている。
男はそれを気にも留めず会話を続ける。
「嘘こけ。親からもらった目、まだ潰れてねぇだろ」
「特別なものはなにも。いつもの青と白と、銀色に輝いているUFOたち」
「それだけ見えてりゃ、十分だ。お前、パイロットの素質あるぜ」
「素質なんていらない。早く戦争して負けて人類滅亡しちゃえばいい。どうせ勝てないんだから。半年前の戦争の後も、何度か戦闘してるけど一度も勝ててない」
「お前が毎日願ってくれたおかげか、どうやら次の戦闘が最後になるそうだぞ」
「……え?」
今では入手困難な嗜好品であるタバコを咥えた男は、憎たらしい笑みを浮かべて少女に告げた。
煙を空に向けて吐いた。
遥か頭上に飛んでいるUFOには届かず、風にさらわれて見えなくなった。
「ほら、情報屋のババアがいるだろ? もう地球滅びるから情報で商売しても意味がないってんで、みんなに伝えてんだ。一応知らないふりしとけよ。上官もみんな知ってるけど、知らないふりしてるから。そうじゃないとみんな精神イカれちまって、いざって時に使い物にならねぇ」
男は短くなったタバコを大事そうに吸った。
先端が真っ赤に燃えている。
少女はその先端の熱を、物欲しそうな顔で見ていた。
何も言わずに話の続きを待つ。
「……三日以内に敵さんの母船から総攻撃を受けて、地球は焼け野原になる。隕石が落ちた太古の世界と同じ環境で、一からやり直しなんだとさ」
「ふぅん……。みんな死ぬの?」
「死ぬ。まぁ、みんなほっといてもいつか死ぬんだから一緒なんだけどな。みんな揃いも揃って時間を作っては家族や恋人と会ってるぜ」
「あなたは、そういう人いないの?」
「いねぇよ」
「寂しい人」
「みんな死んだよ」
男は遠くの空を見て、なんの感情も込めずにそう言った。
「……ごめんなさい」
少女は今にも泣き出しそうな声で謝った。
「気にすんな。寂しい人であることには変わりねぇ。お前と一緒だよ。俺も死にたいからここに来た」
「また大切な人が出来たら、あなたは生きたくなる?」
「さぁな。とりあえず今は死にたくなくなった。なんでかは分からない。おそらくまだこのタバコの箱の中身がなくなっていないせいだ。俺はもったいないことをするのが大嫌いなんだ」
「意味分かんない。あなたは言葉を使うのが下手くそだね」
「お前にだけは言われたくなかったなぁ……」
男はタバコを一本取り出すと、少女に渡した。
受け取った少女は怪訝そうな顔をして男を見つめた。
男は安物のライターを取り出し、少女の顔の前に持ってきた。
「吸ったことない」
「知ってる。だから一度くらい吸っとけ」
少女はタバコを不器用に咥えた。
男が火をつけると、少女はタバコの先を凝視し、火と先端を必死に近づけていく。
「息を吸い込まないとつかねぇぞ」
タバコは蛍のように儚く光った。
少女はむせた。
咳がとまらない。
「なにこれ。なにがいいのこれ。バカじゃないの?」
「ははっ、お前怒ったらそんな顔すんのか。初めて見た」
「あなたが怒らせるようなことをするからでしょ」
「死ぬ前に見ておきたかったんだよ。悪いな。あと、これお前にやるよ」
箱とライターを差し出した。少女は眉毛をハの字にした。
「……いらない」
「そういうな。もらっとけ。俺はもう充分吸ったからよ。いらなかったらその辺に捨てといてくれ」
「……」
男は強引に少女の飛行服のポケットにねじ込んだ。




