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霧島は朝も昼休みも姿を現さなかった。
──そりゃあそうだろうな。
きちんと「大学受験用模擬試験集」の表紙をかぶせ、念を入れてビニールをかぶせて学校に例の本を持ってきた。上総が家に帰ってその本の内容を一通り目通ししたところ、「キャリアOLの禁じられた遊び」とかいうやはり趣味の疑われそうな内容に気がついた。
プライドの高い仕事のできるキャリアウーマンが、夜は派手なスーツ姿のまま平伏したり叩かれたりいろいろ屈辱ポーズを取っているものだ。こういってはなんだが、家には持ち込むのにかなり勇気が必要だろう。上総も一夜だけとはいえ、かなり心に負担がかかった。
──そういう趣味なのか。
気の強かった霧島の姉・ゆいを知っている上総としては、非常に複雑なものがある。
巷では、姉を心より嫌悪しているマザコンの弟らしいが。
──いや、相当ストレスが溜まっているんだろうな。
預かり物の本で自分の欲求を解消しようとは思わない。内容もとてもだが、上総には向かないものだった。何よりも赤いスーツ姿のモデルが、上総にはどう見ても母と重なってしょうがなかった。
──まあいいか。取りにきたら渡すだけだ。
本条先輩から習った、エロ本を隠す術を教える程度のこと。
──普段から写真集を隠すことのできるような大きめの参考書を買い集めておき、そのカバーを使うこと。
男子の後輩たちに口伝えで語り継がれてきた、男子の心得。
霧島もおそらく知っているとは思うのだが。
「りっちゃん、悪い。ちょっといい?」
上総が数学のプリントをまっさらなまま机に広げていると、南雲がいきなり教室に現れた。
「どうした?」
「宿題の真っ最中だったりする?」
「いや、あとで教えてもらうものだからいい」
南雲は襟のボタンをひとつ開けたまま、手で「あちーあちー」と繰り返しながら上総の前に前かがみとなった。
「東堂大先生の件なんだけどさ、あいつが直々りっちゃんと語りたいことあるらしいんだ」
それは上総の方からもちかけたことである。頷くと、
「ちょっとさー、なんかあいつにしてはいろいろストレス溜まってるみたいでさ。俺もちょいとすっきりしたらあ?なんてお勧めしたりするんだけどね」
肩を竦めてにやっと笑った。
「なんかさ、あいつもりっちゃんに相談したいらしいんだけど、俺の家よか学校内でやる方がいいんじゃねえのってことでさあ」
「それはまずいよ」
上総は言い返した。
「あまり、人前で知られたくないことだから」
「知られたくない気持ちもわかるんだけど、東堂大先生、ちょいとね、どうしてもね、中学で語りたいらしいんだ」
「中学?」
「つまり、中学の校舎内で、きちんと話をしたいんだって。よっくわからねえなあ」
わざとくだけた口調で続ける南雲だが、その言葉の裏にはかなりの重たいものがあるようだ。上総の見たところ、どうも東堂がぶっちぎれているらしい。一日空いたその間、何か上総に対して不快なものを感じたのか、それとも違うのか。その辺はわからない。ただ、相当言いたいことがあって、それが中学とかかわりあるということ、またその件がおそらくだが杉本にもかかわりあるのでは、というのは感じられる。桜田という東堂の彼女の件も含めて、だ。
「中学校舎内でか」
「高校の連中には知られたくないらしいんだけどね。ほら、あいつの彼女のこともあって、帰り一緒に帰りたいじゃんってこと」
不良少女の彼女を持つといろいろ大変なこともあるらしい。
「ちゃんと俺も間に入るから、その点は安心してよしよし」
「何がよしよしだよ」
とはいえ、南雲がいるならぶん殴り合いにはならないだろう。
「てなわけで、よろしゅうに」
南雲は軽く手を振って教室を出て行った。
ふと隣を見ると、後ろの席から藤沖と古川こずえのふたりが上総に視線を送っている。こずえだけなら聞いてもいいけれども、藤沖とはあまり関わりたくない。
東堂としっかり話をしたいと考えたのにはいくつか理由がある。
まず、貴史から聞いた、美里の件。
杉本の問題もさることながら、そこから派生して美里と険悪になってしまった理由を直接問いただしたかった。美里の性格上、かなり余計なおせっかいだったことは想像がつく。気持ちがわからないでもない。しかし、
──以前の清坂氏とは別なんだから、それは考えてもらいたい。
かつての美里のごとく、貴史が側にいてこずえがフォローしてという関係がクラス内に存在すれば、さほど問題は起こらないだろう。しかし今は、四面楚歌。本来手に入れるべき評議委員の座も奪われている。女子たちからは総すかんを買っている。どうも担任ともうまく行っていないようす。そういう美里を、元D組メンバーだった東堂がないがしろにするとなると、もう居場所がなくなってしまう。
──羽飛と離れている以上どうしようもないってことを、わかってもらわないとまずいよな。
事情は理解している旨伝え、東堂に頭を下げて我慢していただこうと、まずは考えている。
と同時に、もうひとつ。これは頭を下げられない。
──杉本の件だ。
はたして杉本の修学旅行おねしょ事件が、東堂にも流れているかは不明だ。杉本の新しい親友・桜田が口の軽い女子ならともかくもだ。ただ、もし知っているとすれば、かなり生々しい情報が手に入るだろう。実際杉本が本当に、やっちゃったのか、それとも噂なのか、ある程度の判断はできそうだ。
もちろん最終的には杉本を捕まえて、ある程度かまをかける必要もあるかもしれない。
──最後は事実関係を確認して、それからだ。
できればそんなことありえないという答えを見出したいのだが、そうでないという覚悟も上総はしていた。万が一、嘘をついて布団を隠していたとしたら、これから上総はどういう態度で杉本に接すればいいかを考えるだけのこと。方向性は見出せる。
少しずつだが、上総なりに杉本梨南への今後について、形作りはしていた。
──してても、してなくても。どちらにしても。
どの答えが出たとしても、上総のスタンスに変わりはない。
──俺は杉本を嫌ったりはしない。
中学時代の約束は、まだ上総の心に生きていた。中学二年、やはり初夏のことだった。
長い長い数学の授業が終わり、もう一時限の授業が入り、ようやく放課後だった。
鞄に荷物を整理していたが、やはり霧島は来なかった。
「じゃあな、立村!」
明るく関崎に声をかけられ、頷くだけで教室を出た。いったいこいつは落ち込むことがあるのだろうか。少なくとも青大附属に入ってからは一度もないような気がする。校風がたった三ヶ月で人格を変えてしまう稀有な例だと思う。
南雲を通じて約束した通り、上総は中学校舎の玄関口へと急いだ。
東堂直々のご希望とのことだ。
──何言われるんだろうか。
見当がつきそうでつかなかった。南雲がどのように上総の意向を伝えているかは定かではないけれども、おそらく最近の出来事を鑑みていろいろ想像しているような気はする。南雲と東堂とは、上総とまったく別の点からなる親友同士。理解できそうになかった。
珍しくこの日は太陽が弱めで冷えを感じる。こういう時羽織もののパーカーかジャケットが欲しいところだ。二の腕を片手でこすりあげ、上総は軽く身震いをした。
「りっちゃーん、こっちだよ!」
あいかわらずさらっとした口調の南雲。大声で呼ばれて思わず戸惑う。
三ヶ月前まで自分の庭だった中学校舎だが、すでに別宅のようだ。
杉本に会うため通ってはいるけれども、自分から少しずつ離れている感覚。
「遅くなり悪かった」
「いいよ、それよか東堂大先生はまだかねえ」
とぼけた口調できょろきょろ見渡す南雲。どうやら東堂とは別行動で待ち合わせ場所に来たらしい。
「なんかさ、昨日の規律委員会でさ、いろいろ疲れてるみたいでさ」
区切りながら、それでも明るく南雲は伝えた。
「まあ、規律自体の仕事は朝夕の週番くらいで、一年ぺーぺー連中はたいしたことないんだけどね。けど、いろいろと人間関係がさ」
「清坂さんのことか」
ここでは「氏」を使わずに尋ねた。
「あ、ああそっか。りっちゃん清坂さんから聞いてるの」
「少しは、いや、伝聞で」
わけのわからない答え方をしてしまった。
「あっそうか。でもまあ、大丈夫だよ」
南雲の答え方からすると、若干の事情は把握しているのだろう。
「俺もいろいろと気になったことあったしね。りっちゃん、けどまあ、女子たちのことはあんまし気にしないほうがいいよ。めんどううじゃん」
「まあ、面倒だよな」
本当だったら触れたくないけれども、美里は上総にとって、大切な友人のひとりだ。
彼女がピンチに立たされているのなら、なんらかのことはせねばなるまい。
「東堂先生もさ、りっちゃんが話したがっているって伝えたら、あああれかって顔してたしさあ。ま、しょうがないよ。東堂にとってはアキレス腱切られたようなもん」
「悪いことは確かに悪いよな」
ほぼ事情を把握していると判断してよさそうだ。上総は話を「関係者」向けに切り替えた。
「人のことに口出ししたがる人だというのは三年間よくわかっていたし、東堂が迷惑がるのは理解できなくもないんだ。だから、それで東堂がなんとかしたいと思っているなら協力しようかな、とか思っているところなんだ」
「そうか、考えてるんだなありっちゃん」
茶化すわけでもないのだが、重たくない返し方をする南雲。
「やはりそういうのはあるよなあ」
「だから今回、東堂とその事情について」
上総がそこまで言いかけた時、南雲の表情がふと、真面目に固まった。
「あらら、噂をすればなんとやら、あすこにいるじゃん東堂が!」
南雲の指差す方向は、なんと生徒玄関だった。
上総たちが待ち合わせた時間帯は、大半の生徒たちが下校しているはずだった。もちろん生徒会や部活動、委員会で残る奴もいるだろうが、そろそろ期末試験の準備も重なる頃だし、わりと残っている生徒は少ないのではないだろうか。
「どこにいる?」
「ほら、三人で固まってるだろ? やたらと四角い顔している奴が美女二人にかこまれてまっせ」
美女かどうかは別として、確かに東堂はふたりの女子中学生に囲まれていた。入り口でどうやら二対一に分かれ、なにやら語らっているようだ。女子たちの様子は遠すぎてわからないのだが、ひとりがなんとなく見覚えある子に見えるのはなぜだろう。
「東堂も待ち合わせ、このあたりだと把握しているだろう」
「いやね、例の彼女に少々あいつ、過保護の嫌いが無きにしも非ず」
南雲は肩を竦めた。白いシャツに少し張りの出てきた肩が上下する。逆三角形を形作りつつあるその体格、やはり中学生とは違う。
「りっちゃん、悪いけど、東堂がエキセントリックに騒ぎ出しても、まあ大目に見てやってもらえるとありがたいなあ。なんせさ、あいつ例の彼女をなんとかしてまっとうな道に戻そうとがんばってるとこなんよ。ほんと、あいつ真面目だからさ。けどね」
そこで言葉を区切った。
「けど、よりによってあそこまで、なあ」
言いたいことはわかるのだが、たぶん東堂も南雲にだけは言われたくないと思っているだろう。
「りっちゃん、行く?」
「行く」
上総は南雲の返事を待たず、東堂たちの居る場所へと向かった。
あの中にいる女子が、上総の一番よく接している中学生だということにやっと気付いたからだった。
──東堂の奴、いったい杉本に何話をしてるんだ?
東堂が杉本に向かって、何かを訴えている様子だった。
駆け寄ると、曇り空の下三人がこちらを見た。杉本が軽く一礼をし、東堂が「やあ」と片手を挙げた。間に挟まれる格好の、少し茶色っぽい髪型の女子がふくれっつらをしている。見た感じ、小鳥、ふくら雀といった雰囲気だった。髪の毛を染めているということ自体、まず優等生ではないだろうと判断した。
「立村、どうもどうも、悪かった。待ってた待ってた」
「何を待ってたんだ」
憮然と上総が言い返すと、東堂はいかにも即製笑顔といわんばかりににやけた。
「いやいやね、この機会だからな」
元D組同士、会話は和やかだ。
「彼女に伝えてもらえるとありがたいんだけどね」
彼女とは、おそらく杉本のことだ。不承不承ながらも杉本は頷いた。言い返した。
「ですから、なんの御用ですか。私と桜田さんはこれから帰宅予定です。なぜ東堂先輩が話し掛けてくるのですか」
上総も素早く杉本の背に立った。
「何があったんだ」
「私にはよくわかりませんが、東堂先輩は私と桜田さんに干渉したいようです」
小声で返してきた。
「干渉だって?」
聞きつけた東堂がすぐに補足し始めた。もちろんもうひとりの女子……桜田さんを支えるような格好でだった。
「お互いべったりしすぎるのは、よくないと言うことを伝えただけなんだけど、やっぱしわかってもらいづらいよなあ」
「よくわからないな。女子同士の話になぜ東堂が割り込んでるんだ?」
全くつかめず、上総は問い返した。
「せっかくだ、立村もいることだしきちんと話そう」
おちゃらけ口調ながらも東堂は続けた。
「どういう立場にいるのかふたりとも理解しているだろう? 教師連中からお前なんと言われているか、わかるだろ? そんな目をつけられたもの同士でべったりしていたら、痛くない腹を探られるだけだ。ふたりとも、幸い味方になるお兄さんがいるんだか、そいつに助けてもらえばいいんだ。何もふたりでくっつきあう必要はないだろう?」
言葉を返せなかったのは、何度理解しようとしても東堂の言葉が把握できなかったから。
ひっそりと様子を伺っている南雲が、困った顔で頭を掻いているのだけがやたらめだった。
通り過ぎる生徒たちが上総と杉本たちを蔑視した後、「南雲先輩だ!」とか囁くのが聞こえる。このあたりは変わっていない。
──いったい東堂の奴、何を言いたいんだ?
全く脈略がないその言葉。杉本と桜田さんとの繋がりを快く思っていないのだろうということくらいはわかる。しかし、だからといってなぜ、ふたりに割り込む必要があるのだろう。いやなによりも、なぜ上総を前にして、証人の南雲もセットに用意して、演説する必要があるのだろう。
「東堂、申し訳ない、何を言いたいかが全くわからないんだ」
仕方なく上総は白旗を揚げた。
「杉本が何か、お前にしたのか?」
「いや」
言葉短く答えた東堂。
「だったら、なぜ」
黙ったまま返ってこない。そのかわり、桜田という女子がきっと東堂の顔を見据えて罵った。
「あのねえ、なんであんた私の友だちにけちつけたがるわけ? 私はあんたの妹なんかじゃないってのに!」
「俺はお前のご両親からお墨付きをもらっているんだ。言うこと聞けよ!」
「はあ? 何考えてるのよ。あんな勘違い連中の言うことを鵜呑みにしてる馬鹿のくせにさ。第一あんた、杉本さんのことをちっとも知らないくせに何考えてるのよ」
なんとこの女子、東堂のことを「あんた」呼ばわりしている。
「男子ってほんっと馬鹿よね。やることばかりやりたがって、そのくせ自分の気に入らないことしようもんなら文句たらたらだし。ばっかみたい。ねえ、杉本さん」
「男子が馬鹿なのは今に始まったことではありません」
杉本の言葉と同時に、ちらと上総を見たのはどういうことだろう。ちりりと響くもの、心にある。その後杉本はまっすぐ東堂をねめつけるように見返した。
「もしも、私に関する修学旅行関係の噂で桜田さんがとばっちりを受けることを懸念されてらっしゃるのでしたら、ご安心ください、ご迷惑は決しておかけしませんので」
「いや、そういうことを言っているんじゃないんだよ、だから、立村と」
いきなりしどろもどろになる東堂を冷たく見返して、
「立村先輩とも関係ございません。ただし、私が桜田さんと人目につくところで友人付き合いをすることが不快なのでしたら、隠れて語ることにいたします。桜田さん、それでよろしいですか?」
──杉本、おい、友だちに言う言葉じゃないだろう?
つい先日、上総に文句を言った時、杉本は桜田を素晴らしい友人として守る発言をしたはずだ。しかし杉本の口調はどうもその友情をドライに捉えすぎているようにも思う。これで傷ついたりしないのだろうか?
「オーッケー! もうね、馬鹿は馬鹿よ。何言ったって馬鹿。言っとくけど杉本さんがおねしょしたって噂を間に受けてる馬鹿男なんて、誰が信じるってのよ!ねえ」
「貴女がそうおっしゃってくださるだけで、嬉しいわ」
杉本は穏やかにそう答えた。
──杉本はやはり、例の噂を意識しているのか?
いつか本人を前にしてはっきりと確認しなくてはならない。そう思っていた。
もしかしたら杉本は、そんなの知らないと思い込もうとしているのではと感じていた。
杉本ならば、あまりにも辛い現実から逃げたくなるのもわからなくもないから。
──でも、なんでこんなに落ち着いてる?
いつも見ていた杉本の姿とは違う。
こういう「ありもしない噂」を立てられたら、以前の杉本なら激しく罵倒し、相手が反省するまでの間しつこく攻め立てることだろう。
なのに、今は。
──東堂を最低限の罵倒しかしてないよ、いったいどうしたんだ杉本は。
上総の知る杉本梨南とは違う、何かだった。
「立村先輩、よろしいですか」
いきなり杉本は上総に近づき、片手でまっすぐ校門を指差した。
「東堂先輩がお感じのことも想像できないわけではないので、私は仰る通り立村先輩と一緒に帰らせていただきます。ただし、桜田さんを一方的に所有物とするのはやめていただきたいと存じます」
「所有物?」
上総が呟いただけ。東堂が黙って聞いているだけ。
「私が見る限り、東堂先輩の言動は、桜田さんを人形化しているように思えます。守りたいからといって、ご自分の一方的な感情を押し付けることは、暴力です」
最後まで東堂の目的はわからなかった。それ以前に、美里の話もできなかった。何一つ上総も伝えることができなかった。杉本の静かな瞳に逆らうことが出来ず、上総は東堂へ一言挨拶した。
「悪かった、また後で続きを話そう」
東堂はまたにやにや笑いで両手を合わせた。
「立村、ごめんな、あとでまたな」
その視線ですぐに、南雲を呼んでいる。どうやらこの茶番劇、上総と杉本はお役ごめんのようだった。
──いったいなんだったんだろう?
唯一収穫だったのは、杉本の新しい親友・桜田の顔をまじまじと眺めることができたことだろうか。見た目は子どもっぽいが、口の悪さはどうみても杉本にふさわしいと思えなかった。こういう性格の女子をなぜ、杉本は佐賀はるみの後釜として選んだのだろう。東堂が杉本と付き合うことを避けさせようとしているのだとしたら、上総もむしろ、なぜ杉本が桜田を親友に選んだのか、その理由を聞き出したかった。
「杉本、今日は付き合えよ」
校門から足を踏み出す寸前杉本へはっきり伝えた。
「これから『おちうど』に行くからな」
しばらく黙っていた杉本は、溜息を小さくついて答えた。
「かしこまりました」
その後すぐ、また上総の目をじっと見据えた。にらみつけるような眼差しはやはり、数ヶ月前のかたくなな杉本梨南のものだった。