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 座布団を尻に引き寄せた関崎は、早速上総に質問を浴びせ掛けた。

 そうとう溜まっていたに違いない。適当に相槌を打ち、聞き流した。

「立村、野球とか、やらないのか」

「やらない」

「サッカーもか、陸上もか」

「嫌いだからしない」

「どうせ部活をしないのなら、運動部に入るという手もあるのにどうして」

「集団活動が嫌いなんだ。サイダーがあるから持ってくる」

 貴史にも天羽にも美里にも、よく言われたことだ。

 その場を離れれば消える言葉。何も気付いていないのか関崎は脳天気に答えた。

「ありがとう」

 上総の思惑など、全く想像などしていないかのように。


 冷蔵庫からラムネ瓶を取り出した。やたらと飲みづらい瓶で、グラスに注ぐ時には偉く難儀するものだった。たださっぱりしていて今飲むにはちょうどいい。氷をグラスに三個ずつ落としてそのまま部屋に運んだ。

 すっかり我が家同然にくつろいでいる関崎に、

「まずは飲めよ」

 そう促した。グラスも一緒に机の上へ置いたのだが

「ああ、ありがとう」

 コルク栓を器用に指で外し、からりと音をさせてラッパ飲みし始めた。どうやら関崎には、グラスに入れ換えるという頭がなかったらしい。半分ばかり一気に飲んでいる。しかもスムーズにこくこくと吸い込んでいる。不思議だ。質問したくなった。

「器用だな」

 尋ねつつ、上総もまずは座り、片膝ついたままコルクをワイン用の栓抜きで無理やりはずした。どうも口をつけて一気に飲み乾すというのが苦手で、一度グラスに入れ替えたい。ちょぼちょぼ溜めるには時間がかかりそうだった。

 瓶を持ったまま片手で口を拭い、関崎が問う。

「どうやって今まで飲んでたんだ?」

 余裕ありげなその言い方にちらといらだつが我慢する。

「なかなか出てこないだろう。サイダーが」

「そういうのはガキの頃にみな習うだろう?」

「誰に習うんだ」

「友だちとかだ。あとはうちの兄貴とかその友だちとかいるだろう? 立村、お前駄菓子屋で見たりしなかったのか? あんこ玉でくじを引いて当たったら煙の出る紙もらったり、メンコ集めたりしただろ? 習うもなにも、そんなの常識だろう」」

 ──お前の常識で俺を計るなよ。

「そんな友だちなんていないからわからない」

 グラスを見つめた。答えと同時にひょいと玉が、瓶の首真中に納まった。あっという間にグラスの縁すれすれまで満たされた。

 

 この違和感はどこから来るのだろう。

 何を話しても平行線に終わる。

 菱本先生のようにむかつき百パーセントの野郎だったら無視するか慇懃にお引取り願うかどちらかですむ。問題は関崎の全身からあふれ出るものがみな善意の塊という事実だけだ。いくら上総が偏った見方をしていたとしても、関崎を悪人扱いはできない。だから扱いに困る。友情めいた熱を感じるから、火傷してしまう自分の痛みを伝えられない。

 このまま語り合っていけば、断然正しいとされる関崎の言葉に頷かされてしまい、上総はさっきのラムネ瓶と同じくちょぼちょぼとにじみ出るものをなめるしかないわけだ。

 いい奴だからこそ、拒否できない。

 拒否のしかたがわからない。

 同時にどのようにこの体勢をひっくり返せばいいのだろう。自分のスペースに引きずり込んだのだから、あとは言いたいことをすべて言い放って追い払えばいいのだろうか。しかし、真剣にぶつかろうとする関崎を交わすことも、正しいとは思えない。

 かつて、貴史や美里に対してしでかした過ちを、ここで繰り返す気はない。

 ──清坂氏、まだかな。

 美里の到着を待ちわびつつ、もうひとつすることを見つけた。

 ──しつこいかもしれないけど、清坂氏が到着する前にこれだけは確認しておこう。

一対一、向こうが切り出したくないことは、こちらが持ち出せばそれでいい。

 先手必勝。

 上総は正座した。足を崩して半分あぐらをかく格好でいる関崎に向き直った。

「関崎、この機会に聞きたいことがある」

 驚くそぶりも見せず、関崎も上総に沿う形で足を直した。

「なんだ」

「聞きづらいことかもしれないが、重要なことなんだ」

 一気に切り出した。関崎の反応はやはりどこかずれていた。

「俺は隠し事をしない人間だ」

 それはよくわかっている。まともに取り合っていては身が持たない。すぐに上総は答えた。

「なら、信じる」

 呼びかけようとしたが、言葉が途切れる。舌がもつれる。

「だからなんだ。言いたいことあるならはっきり言え」

 落ち着いたまま、なんでも来いとばかりに自信ありげな返答だった。そこまで言うのなら、もう遠慮はいらない。一気に突き刺そう。何度も尋ねたその質問の答えを、しつこく問うた。

「あの、静内さんとは付き合っていないんんだろう?」


 すでに答えは関崎の口から、言葉を変えて同じものを聞いている。

 もうふたりの気持ちは同じものだが、いわゆる「付き合い」とはまだ遠いものだということだ。かつて上総と美里が同じ意思確認をし、一年半もの間「付き合い」という言葉に振り回された過去を忘れてはいない。ただ関崎としてはさほどその状況で困ったことに巻き込まれてはいないようだ。時間の問題、とも言えるだろう。

 鼻をすっとすするようにし、関崎は低く、きっぱり答えた。

「今は付き合っていないが、それ以上もそれ以下もない」

 ──少し、答えがずれたか?

 違和感を感じた。問い詰めた。

「今は、ということは将来は」

 付き合う可能性がある、そう持っていきたいのだろうか。上総が再度問うと、さすがに関崎もかちんときたようで、吐き捨てるような答えを返してきた。

「そんな先の見えないことを断言するほど、俺は無責任ではない」

 そこまで言い放ち、ぐいと上総を睨みつけた。

「俺も立村に聞きたい。なぜ、この前の視聴覚教室でお前は、俺と静内との関係を勝手に邪推するような言い方をしたんだ?」

 ──しまった、やぶへびだ。

 舌打ちするが取り返しがつかない。言いつくろうのみ。

「そんな言い方をしたつもりはない」

「『俺と静内とは付き合っていない』などと話していただろう? もちろんそれは事実だが、人に話すべきことでもないだろう。第一俺は立村に、そういう話をしたことは殆どない。たまたまそれは事実だったが、これから先勝手に事実関係を捏造されるのは俺としては不愉快だ」

「それは俺が悪かった。申し訳ない」

 さらに文句を言いたそうな関崎を黙らせるには、まず謝るしかない。不本意であろうが自尊心がずたずたになろうが、一方的な関崎のお説教に持っていかれるよりはましだ。すぐに自分のフィールドに持っていかねば。こちらがしたいのは確認だけなのだ。

 ──関崎が、静内さんと付き合う可能性だけだ。

「なら改めて聞きたい」

 無理やり仕切り直そうとした。力技だ。

「これから先、関崎が静内さんと付き合う可能性は何パーセントくらいある? 大体でいい。七十パーセントか、それとも」

 言い終わる前に即、反撃された。倍返しだ。

「だからそれが邪推だと言うんだ! 立村、お前仮に友だちに対して、『お前は俺のことを親友だと思っているのか? 親友になる確率は何パーセントくらいか?』とか聞くか? そんな阿吽の呼吸でもなければわからないようなことを、なぜ聞きたがるんだ」

 ──それは、清坂氏が。

 口には出せない。関崎が睨みつけるがごとく問い詰めてきた。

「それに第一、俺が静内と付き合うかどうかを知って、立村になんの利益がある?」

 しどろもどろとはこのことだった。慌てると碌な言葉が出てこないのは承知しているが、弱みを見せたら男として負けだ、黙るわけにはいかない。知らん振りして冷静にかわす振りだけでもしなくてはまずい。

「変なことを聞いてしまって申し訳ない。俺は決して関崎に口出しするつもりで聞いたんじゃないんだ」

 どもりそうになるのをごまかしつつ上総は持ちこたえた。

「あの、妙なことを言うようだけど、杉本に対してその、気持ちがないということは」

 ──何、俺は馬鹿なこと言ってるんだろう。杉本のこととは違うだろ?

 表面上冷静沈着を演じるとかならず、こんなところでしくじってしまう。

 すべてにおいて、自分は詰めが甘い。

 答えやすい質問を投げかけて何になるというのだろう。

 杉本梨南に対する関崎の答えは全くぶれがなかった。静内の件とは違っていた。

「その通りだ。変わりない」

 力強く言い切り、漬物石をずんと置いたような重みを加えた。

「わかってる。関崎の言いたいことは、理解しているつもりだよ。無理に杉本の気持ちを受け入れてくれとは、決して言っていない。ただ、もし関崎が本気でこれから静内さんと付き合いたいというのだったら、俺は杉本にきちんと事実を伝えるし、そうでなければまた」

 ──しどろもどろになってどうするっていうんだ、だからなんでそんなことを!

 今、確認すべきことはひとつのはずであり、すでに関崎から言質を取ったも同じこと。 

 すでに美里に、勝ち目はないということ。

「立村、何度言ったらわかるんだ!」

 怒鳴りちらす関崎を観察しつつ、上総は黙って聞いていた。

「そんな未来のことなんかわかるわけないだろう! 第一俺にそんなことを考える暇があると思うのか! 俺はまずクラスの今後とお前の復活と藤沖と片岡の平和と、とにかくたくさんのことを考えなくてはならない立場なんだ。さらに言うなら、奨学金狙いの成績アップの方法やら、バイト先の売上にどうやったら貢献できるかとか、うちの親のすねをこれ以上かじらない方法はあるかとか、そんな付き合う付き合わないの問題を考えている暇なんてない」

「それならば、付き合う可能性はないんだろう」

 一言が倍返し。

「だから言っただろう! もしかしたら別の恋愛沙汰に巻き込まれている可能性だってゼロじゃないわけだ。数限りないパラレルワールドの中の選択肢の中にあるわけで、それが全くなくなるわけじゃない。いや、ありえないとは思うが俺が何かの拍子で別の誰かに惚れて速攻深い関係になる可能性だってないわけじゃあない。つまり、何があっても不思議ではない。藤沖があの、寝小便したという女子と付き合ったことも、半年前の俺たちならまず思いつかないことだが、実際そういう未来はやってきた。俺にそれを見通すことはできない。お前に勝手に決め付けられたくはない。俺の言いたいのはそれだけだ! 立村、俺のことはどうでもいい。お前の方こそ本当はあの女子と」

 

 立ち上がった。関崎がもっともらしい理屈をこねて、恋愛沙汰から離れようとしている姿はどこかこっけいに見えて、同時に息苦しかった。こちらからすれば、気持ちは丸見えだというのに、隠すことすらしない。

 ──関崎は何もわかっちゃいない。

 一年前に同じ道を通った上総には、沈黙でいくらでも反撃することができた。

 そうだろう、確かに関崎は、誰とも付き合う気がないと言い切っている。

 想いは静内のもとかもしれないけれども、「付き合う」という形には持っていく気がしないというそれだけだ。もちろん静内の気持ちも考えねばならないが、とりあえずは誰とも付き合うことは考えていない。もちろん、杉本とも美里とも、だろう。

 ──もし、関崎が本気で静内さんと付き合うと言い切っていたとしたら退くしかない。でも。

 曖昧なままごまかそうとする関崎の態度に、上総は勝機を見いだした。 

「もう一本持ってくる。関崎、悪いが、もう少しここにいてくれ」

 腰をあげたとたん、地面が揺れたようで足がふらついた。弱い地震だろうか。

 手を出すと、さっきまで怒鳴っていたのを忘れたかのように、すっとラムネ瓶を差し出した。残りのラムネを、完全に溶けた状態の関崎用グラスに注ぎ、空にした。


 ラムネ瓶を流しに置いた後、時計を確認した。もう二十分近く経つ。

 そろそろ美里とプラス一名が到着するはずだ。冷蔵庫を覗き込み、まだ十分ラムネが並んでいることを確認した。もうひとつ氷皿から氷を摘んだ。指先が凍りにひっつく。急いで口に押しこみ、がりりと噛んだ。

 ──関崎は誰とも今のところ、付き合う気はない。

 本心がどうであれ、その言葉に嘘はない、そう信じよう。

 もう美里や杉本が入り込むスペースなどないだろう。関崎がもし心を許すとすればそれは、たぶんひとりだけだろう。

 だけど、やはり、とも思う。

 ──ならば、一度だけ、きっぱりとけりをつける機会があったっていいはずだ。

 美里が関崎の入学後、どれだけ想いを募らせてきたのか。関崎はきっと気付いていないだろう。いや、気付いていたとしても即座に切り捨ててきただろう。もちろんそれが男子としての思いやりなのかもしれないが、このままではいつまでたっても美里の気持ちは引きずられたままだ。

 杉本梨南には来年卒業する時まで黙っていてほしい。 

 でも、これから三年間いやでも付き合わねばならない美里には、早い段階で引導を渡してやってほしい。もしくは今後のことをはっきり、思いやりと共に伝えてほしい。

 かつて上総はそれをせずに、一年半美里の月日を無駄にしてしまった。

 もう、二度と同じしくじりはしたくないし、させたくない。

 引っ張られるようなかすれた音が聞こえてきた。

 自転車のタイヤが油さし忘れてきいきい言うような声だ。

 ──来たか。

 上総は玄関の鍵を開けた。黙っていればふたりともすぐに呼び鈴を押すはずだ。

 ラムネ瓶を取り出すのはその後でよい。


 自分の部屋からは物音ひとつ聞こえてこない。

 気付いていないのだろう。

 気付かなくてもよい。呼び鈴が鳴り終わるのを待ち、上総はすぐ玄関へ向かった。戸を開けると顔を熱気で撫でるような空気と一緒に、

「おーい」

 先に貴史が手を振った。パステルグリーンのさっぱりしたTシャツにジーンズ姿というのが、妙に好青年ぽくて笑えた。

「ずいぶんめずらしい格好だな」

 思った通りのことを口にすると、貴史はにやりとした。

「やっぱし学校の制服でいくわけいかねえし、暑苦しい格好したくねえだろ」

「何言ってるの。洗濯終わってたのそのシャツしかなかったって言ってたくせに!」

お邪魔虫ではあるが、それはそれでいい。それなりに話すこともあるだろう。その隣に美里がいた。全身鮮やかなひまわり色、ほんのりと肌が赤味を差しているのは日焼けしたせいだろうか。改めて美里の姿を眺めた。

「いったん、家に帰ってから集まったのか? その、カラオケに」

「うん、そうよ。立村くんも元気になったんだったら、一緒に来ればいいのにどうして?」

 首を振った。

「入れば」

「おじゃましまーす」

 なぜ呼び寄せたのかその理由を説明していないからなおのことだろう。戸惑うように何度も見回している。すぐに玄関たたきのどでかい靴に目を留め、

「あれ、誰か来てるの?」

「ああ、来てる」

「だあれ?」

「俺たちの知ってる奴か?」

 貴史がわざわざ靴にかがみこみ、足のサイズを観察している。

「そう、青大附属の奴だけどさ、ちょっと話があってさ」

「なあんだ、そうだったんだ。そう言ってくれればいいのに。私てっきり」

 言いかけた美里が、すぐに口を覆った。心なしか日焼けが進んでしまったかのようだった。

「どうした?」

 問い掛けると、また慌てて首を振る。貴史が補足説明してくれた。

「こいつ、てっきり立村とふたりきりで貞操のピンチかと思って焦っちまったらしいぞ。まあお前も男だからそのあたりはなあ」

「貴史の変態! 何考えてるの! 立村くんに失礼じゃない!」

 靴を脱ぎながら美里は、貴史の脳天を思いっきり平手でひっぱたいた。言い訳ももちろん続けながら、

「そんなんじゃなくって! 言ってくれたらいいのに。天羽くんたちに聞かれたくなかっただけ?」

「まあそれもあるよ」

 関崎がいる、そう言いきってしまってもよかったろう。言ったからといって美里がすぐに逃げ帰るとは思っていない。貴史もいることだし、何が起こってもまずは穏便に終わるだろう。ただ、もし美里が関崎に告白したいのだったら、やはりふたりきりにすべきではないだろうか。今のところ貴史も美里に対して色気らしきものは感じていないようだし、うまくふたりきりにする方法を考えよう。

「とにかく、今日は羽飛とも話をしたかったしさ」

「へえ、お前にしては珍しいな」

 まんざらでもない様子で貴史が上総の肩を組んだ。

 あまり人に触られるのは得意ではないけれども、貴史たちには慣れたようだ。

 ──羽飛にも、今回のことは話しておいたほうがいいかもな。

 美里が関崎に全力でぶつかり玉砕したとしても、貴史がいれば、ゆっくりかき集めて明日以降繋ぎ合わせてくれるだろう。それは上総も手伝うつもりだ。ただ、今だけは。

 かつて上総に直球で飛び込んできた。受け止めることができなかった。受け止めるだけの器がなかっただけのことだ。美里をずたずたに傷つけた中学三年以降の日々をいつかきちんと償うつもりだった。今は大切な友だちとして、一緒にいられることへの感謝とともに、一学期の間ずっとくすぶってきた美里を解放してやりたかった。

 ──関崎と一対一できちんと話がすめば、きっと清坂氏は中学時代と同じようにまっすぐ歩いていける。今の状況から解放させられる。俺はそう信じている。

 もし関崎が馬鹿なことを言い出したらその時は、上総も黙ってはいないだろう。

 何も気がついていないのは、お前の方だと指差して言い切ってやろう。

「清坂氏」

 貴史の手をほどき上総は肩を並べ、美里にだけ聞こえるよう囁いた。

「なあに」

「今、この家にいる奴はさ」

「え?」

 部屋のノブに手をかけ、開く瞬間耳元に流し込んだ。

「清坂氏の味方だけだから。ちょっと待ってて」

「今、何か言った?」

 全く理解していないのは美里も同じのようだった。

「俺が入っていいって言うまで、ここで待っててくれるか」

「なんだよもったいぶって」

 貴史の言葉は無視し、美里にだけ言い聞かせた。

「すぐ呼ぶから、五秒だけ」


 細く戸を開け滑りこむと、やはり関崎はのほほんと扇風機の風に当たって涼んでいた。

「関崎、あのさ。ちょっと、いいか」

 奴は立ち上がろうとする。用はない。押し止めた。

「もう少し、そこにいてくれないか。頼む」

 両手で空気をぎゅっと床に押し付けるようなポーズで、動かぬよう指示をした。

 戸に向かい、声をかけた。

「入っていいよ」


 思い切り開いた瞬間、関崎の口が半開きのまま動かなくなった。

 全身、腰を浮かしかけたまま止まっているのが笑えた。

 部屋の扉には、美里と貴史が目をまんまるくして突っ立っている。

 一声、美里が発した。扇風機の回る音が急にうるさくなった。

「関崎くん?」

 隣の貴史もきょろきょろ上総と関崎を交互に見やりつつ、言葉もないままだった。

 説明は後でたっぷり行えばよい。上総は三人の驚き顔をつぶさに確認した後、椅子を美里に、貴史を床の座布団にそれぞれ指し示した。もちろん、座れという意思表示である。

「サイダー持ってくるから、少し待ってて」

 戸を閉め、まずは一呼吸置いた。

もう一度呟いた。

 ──今、この家にいる奴はさ、清坂氏の味方だけだから。

 

 

 

 

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