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深を射す 4


 同じ附属といっても、青大附属中学と高校とでは委員会活動の盛り上がり方が雲泥の差だ。

 ──本条先輩がなぜ、青大附高に進学しなかったのか?

 さまざまな事情は知っているけれども、一番の理由はその辺にあるうんじゃないだろうか。上総は入学してからつくづく思った。もちろん最初から委員会活動に参加するつもりはさらさらなかったし、高校入学以前の段階で大学講義を少し多めに受講するよう指示を受けていたりもしたので、自分自身は気にならない。ならないのだが、しかし。

 ──これなら、天羽たちも面白くないだろうな。

 

「立村、どした」

 羽飛貴史のいるC組を訪問し、挨拶代わりにトランプへお付き合いし、その後大学の講義に向かうつもりでいた。思ったよりも大学の講義数は多く、はっきり言って委員会活動に参加していたらたぶんぶっ倒れるだろう。部活動……特に体育系……は絶対無理だ。良好な人間関係を保ちたい気持ちはおおいにあるのだが、いかんせん時間が思ったよりもない。結局、休み時間と放課後のかなり遅い時間帯を狙って話をするしかない。

 貴史が白のポロシャツ姿で現れた。六月以降、運動部の生徒に限って放課後、ポロシャツ着用が許されている。シャツではもう、動きづらいったらありゃしないのだ。

「これから部活か」

「まあなあ、出ねばな」

 髪の毛はだいぶ伸びたようだ。中学卒業式前にある程度髪型を整えていたが、高校に入るやいなやもうやりたい放題。制服は違反にならない程度にいいかげんな着くずし方だし、ネクタイはいつのまにか緩んでいる……意識的ではないが、結び目が解けていることもある……し、シャツはウエストから出しっぱなし。不良っぽくはないのだが、いいかげんではある。

「お前も、これから大学か?」

「うん、英文学史の授業があるから、六時半まではいるけど、今はまだ四時限目だから時間はあるよ」

 わけのわかりにくい説明になってしまう。顔をしかめる貴史に追加説明をする。

「大学の授業は五時から始まるから、終わるのがだいたい六時半くらいってことだけど」

「今は四時前だから、一時間くらい余裕ありってことな」

 飲み込んでくれたらしく、腕時計を覗き込んだ。中学と同じ形のもので、黒いベルトだけ新調したらしい。艶がてかてか光っている。

「もし少し早めに終わったら、体育館に寄れよ。なんか食って帰ろう」

 先回りされたのが照れくさいが、上総は頷いた。こちらから話を持ちかけるまでもなく、羽飛貴史はすぐに飲み込んでくれる。三年間の蓄積が、ここにある。


 まだ一時間余裕があるということもあり、まずはC組で時間をつぶそうと思っていた。残っているのは天羽と難波、そして更科の三名だ。他のC組連中もそれなりにたむろってはいるのだが、それぞれ部活動なりなんなりに消えていく。南雲は放課後バイトだと聞いているので最初から数には入っていない。

「立村、悪いけどな、ちょいと付き合ってもらえないかねえ」

 相変わらず脳天気な口調で天羽忠文が上総を手招きした。最近は少々女っぽいしゃべりをすることが多いのだが、あまり女子たちからの受けはよくなさそうだ。もともと天羽は、中学三年のさまざまな出来事をきっかけに、大幅な株の下落を経験しているはずだ。そのことは気にしていないらしい。

「トランプやるのか」

「うんにゃ、ちょいとな、元評議同士の密会なんてどうっすか」

 なあ、と難波、そして更科に頷いてみせる。難波は相変わらず黒いめがねをかけたまま、腕組みして頷いている。高校に入り三ヶ月ほどの間に、なぜか難波の背がぐんと伸びているのに気がついていた。決して中学の頃は、上総と殆ど背丈が変わらなかったのにだ。更科を除くと今のところ、上総はちびの部類に入ってしまう。難波は茶色の自前手帳を開きながら、何かを書き込むふりをしている。相変わらずのシャーロック・ホームズ気取りのつもりなのだろう。内面は変わっていないと思いたい。

「いいっすねえ、旦那」

 脳天気な返事は更科だ。こいつの事情も中学時代から聞き知ってはいたが、高校に入ってからはかなりおおっぴらとなりつつある。こうやって子犬のごとくじゃれついているように見えるが、実は年上キラーの禁断の恋真っ最中なんてことは、口が裂けても言えない。男子同士でも滅多に口には出せない秘密。本当に中学養護教諭だった都築先生との関係が続いているのか、気になるところでもある。

「立村も、ちょいと付き合ってもらえないっすかねえ」

「かまわないよ。でも五時少し前には大学についていたいんだ」

「じゃあ、学食がベストだな」

 難波が手を打ち机から立ち上がった。さっさと出て行こうとする。天羽がどっこらしょと腰をあげ、その後からちょこまかと更科がくっついていく。締めが上総となるらしい。この日は雨が降っているせいか、廊下には細かな泥の後があちらこちらに残っていた。


 中学時代と同じようにジュースと菓子パンをそれぞれ用意し、まずは食べ始める。

 みな必死に口へ押し込むのが、はたから観ていて面白かった。

「立村だけなんでそう上品に食うわけなんだ?」

 難波につっこまれた。

「いや、上品も何も」

 考えていないつもりなのだが、やはり目立つようだ。

「おぼっちゃまは辛いねえ」

 さらりと一言、天羽はパンの端っこを一気にジュースで喉に流し込んだ。

「実はだ諸君、本日集まっていただいたのにはわけがある」

「だろうとは思っていた」

 上総が答えると、満足げに天羽は頷いた。相変わらずの気取った口調なのだが、難波がホームズなのに対して天羽は怪盗ルパンだろう。きざでロマンチスト。上総からすると天羽も難波も、結局やることは愛に生きることだけじゃないかと思える。

「本当はトドさんも呼び出すつもりだったんだが、いかんせん彼女は評議だ」

「確かにな」

 相槌を打つ難波。ずいぶんこいつも性格が丸くなったものだ。

「正式声明を出すことにする」

「あまりもったいぶるな」

 時間制限のある上総は少々せかす。

「青大附高の委員会活動復興に備えて、勇士たちよ、立ち上がる時がきたのだよ、諸君」

 さらにもったいぶる口調で天羽は続けた。爪楊枝を葉巻に見立ててくゆらせる仕種。

 ──とうとう決断したのか。

 難波と更科はふたり、水の入ったコップを持ち上げ、何も言わずにこぶしを振り上げる仕種をした。上総はぼんやりと、気合の入った天羽の言葉を聞いていた。

 こうなることは、時間の問題だったのだから。


 C組に元評議委員出身者が固められ、かつ規律委員長だった南雲、そして今までさんざん評議委員かバスケ部所属を薦められていた貴史が放りこまれたクラス構成。これを見た段階で、高校の教師側が何をもくろんでいるのかだいたい読めていた。少なくとも委員会経験者の殆どは、このクラス分けが「過去の栄光をすべて白紙に戻す」ことを意味していると判断するだろう。


 さらに、B組へよりによって、美里をひとり引き離すというのも思惑が見え見えだ。

 羽飛貴史と清坂美里、このふたりの関係を知るからこそだろう。

 しかも美里のクラス女子に関して言えば、ほとんどが元三年C組出身者だ。

美里とはどうも、肌の合わなかった女子たちの集まりとは、いろいろな場面で目にしている。唯一仲良しだった評議仲間の霧島ゆいも今は他の高校に進学している。味方はいないに等しいわけだ。

 もともと女子とは、古川こずえなどの一部を除いて、あまり受けのよろしくなかった美里だ。言いたいことを何でも言い放つ一方で、男子たちとも比較的仲良く、なによりも「クラスのヒーロー」たる貴史と大親友だというこの事実が、女子たちから総すかんを買ったのだろう。上総の見る限り、今までは極端な嫌がらせなどなかったはずだが、その理由ははっきりしている。クラスの昼行灯で、かつ実力ないくせに評議委員長に任命されてしまった立村上総の彼女だったからだ。周囲の蔑視がそれなりにあったから、見逃されていたに違いない。

 しかし、今は上総とも、単なる友だちに戻り、あとはレベルの高い男子を選び放題の時期。しかもこの三ヶ月でターゲットはひとりに絞られていて、相手がいかにも、だ。

 女子たちの反応が芳しくないのは、分析しなくてもわかる。

 

 ──仮に評議委員を別々のクラスに配置した場合、よほどのことがない限り自動選出される確率が高い。それを避けたいという意向なんだろう。

 英語科だけはクラス分けの範疇にないのでどうしようもないが、学校側としてはあまり心配していなかったに違いない。元評議委員長の立村上総がいたとしても、元生徒会長の藤沖が入っていれば特に問題なし。さらに。


「俺たちがなぜ、こうも軽く扱われねばならんのか! みな、その点はよくご存知だな」

 天羽の口調は相変わらず熱い。

「まあな」

 短く、難波が答える。

「俺たちが今まで積み重ねてきた、評議委員会の経験をもなぜ、こうもあっさりと切り捨てられねばならんのだ!」

「体育委員というのがなんだかなあ」

 音楽委員になぜか回されてしまった難波が茶々を入れる。天羽は無視した。更科がアピールする。

「美化委員もまずくはないけどね。楽だし、掃除するだけだしね」


 後期評議委員長を務めた天羽は当然、C組においても評議委員の座を狙っていたようだ。口には出さなくとも意志は持っていたに違いない。同時に難波、更科も心の奥になんらかの気持ちはあったのだろう。

 ──だが、羽飛が入ったなら話は別だ。

 委員会に一切関わったことのない……上総が放棄した三学期後半は別としても……貴史が、なぜか評議委員に選出されたのか、本人の口からは詳しいことを聞き出していない。ただ、受ける以上はそれなりの覚悟もしていたようだ。貴史の性格上、敵を恐れることもなさそうだし、もともと天羽たちとは友だち付き合いもしている。気の合わない南雲を除けばほぼ、良好な人間関係を保っているといえるだろう。当然、教師たちからの受けも悪くない。バスケ部と美術部を兼部することにしたのも、プラス要因だったのだろう。

「南雲がいる以上、規律ももぐりこめないと」

「それは、犯してはいけないルールだよ」

 更科が頷いた。少なくともC組の連中内には、もともと立候補するつもりの委員に無理やり足を突っ込むのはご法度だという価値観が培われている。

「まかりまちがっても、外部生がいきなり立候補するもんじゃない」

「個人の自由だからなあ、そればかりは」

 ──とか言いながら、やはり不愉快なんだろう。

 上総も天羽たちの気持ちがわからないわけではない。だから黙って聞いていた。

 ──せめて、委員連中が内部生でまとまってくれていれば、すべてが丸く収まったはずなんだ。

 関崎さえいなければ。


 上総の知る限り、天羽、難波、更科三人とも、決して他を排するタイプの男子ではない。むしろ、違った個性を喜んで受け止め、なんとか友情を培おうと考える、きわめて心の広い奴らだったはずだ。上総のようないじけた性格の奴を、曲りなりにも受け止めてくれた場所はどこよりも評議委員会、ここに他ならない。本条先輩の庇護があったとはいえ、同学年でとりあえず無事に、前期だけにしろ評議委員長に選んでもらえたことがすべてを表している。

 そういう奴らだったのに、だ。

 ──何でいきなり、内向きの価値観を持ちはじめたんだろう。

 この三ヶ月間で、上総にはだいたい見えてきている。

 ──関崎登場につき、附属上がりの奴らが危機感を感じているんだ。

 交流会を通じて関崎の性格はだいたい理解していたはずなのだが、青大附高でここまで活躍するとは、誰も思っていなかったのだろう。上総も想像していなかった。

 さらに、迎え入れる立場である教師たちの態度が、外部生最優先の方向を向いている。

 露骨に附属時代の蓄積したものを否定されるのも、そう珍しくはない。


「言っとくが、俺は決して羽飛から後期、評議委員の座を奪いたいなどとは思っていないから安心しろ、立村。でなければお前をここに呼んだりしない」

 ──そうだな、それは言えてる。

 天羽の野心が不安なところもあっただけに、少し安心した。

「ついでに、附高でいきなり評議委員会を乗っ取ることも考えちゃあいない」

「違うのか?」

 難波が不思議そうに問い掛けた。めがねを指先で直した。

「そんなことしちゃあ、ああた、即刻俺たち袋のねずみっしょーが!」

 次の天羽の言葉を待つ一同。

「つまりだな、諸君。今のポジションをもう一度考えてみるとするよ。俺はC組体育委員、難波は音楽委員、更科が美化委員、そして立村が……」

「どうせ俺は何にも関わっていないからな」

 言われる前に宣言しておく。

「みな、それぞれ、ばらばらってことよ、諸君。かつては評議委員会を舞台に隠れ演劇部として活躍し、みなの喝采を浴びていた俺たちがだ、このままくすぶっててよいと思うか?」

 ずいぶん天羽も強気である。

「ビデオ演劇はもうやりたくないよ」

 上総なりに一言突っ込んでおく。

「そういう、内輪受けはもうせんでよろしいの、立村ちゃん。もう高校生だろ、俺たち大人だろ? ならやることはもうちっと、大人の感覚でよろしいんでないの?」

「大人の感覚ってなに?」

 更科が相変わらずの子犬笑顔で質問する。このあどけない表情の裏で愛欲の日々が繰り広げられているなんて誰も思わないだろう。上総もまだ、更科の本性を理解していないような気がしている。見た目子どもで、内面大人。

「せっかくだ、俺たちのフィールドでもって、まずは足元から変えて行こうじゃないの。いわゆる内部生の革命ってとこよ」

 ジュースと水を半々に飲む天羽。

「ご存知の通り、青大附高の委員会活動は現在、結城先輩が元締めとなる形で動いているがいかんせん去勢されてる状態だってことは、一年坊主の俺たちにもわかる」

「ちょんぎられてるってわけか」

 冷静に難波が呟く。

「そ、玉を抜かれてる。まず俺たち一年はどの委員会においても、全く活動に参加させてもらえない。体育委員もそうだ。俺がやってることったら、球技大会のボール整理とか、グラウンドの線引きとか、時計を貴重品箱に突っ込んで先生に預けるとか、その程度だ。もちろん二年以降は少しずつ変わってくるんだろうが、活動の拠点ほとんどはクラス内の業務ばかりというのは、先が見えてるだろ」

「そうだな、天羽の言う通りだ」

 言いたいことがあるらしく難波が、間髪入れずに続けた。

「音楽委員会も似たようなものだぞ。第一、委員会に出てくる奴がほとんどいない」

「いないってどういうこと?」

 更科の問いに難波は答えた。

「ほとんどが音大への進学を目指しているか、もしくは吹奏楽部員か、そのどちらかだ。二年以上はほとんどそうだ。仕事ったって音楽室の掃除と準備室の整理整頓、秋に入れば今度は合唱コンクールの手伝いくらいはあるだろうが、まず暇の一言につきる」

 ──暇なんて言葉、青大附中の委員会活動には存在しなかったよな。

「で、美化委員会はどうなんだよ」

 更科に上総が今度は問うた。あまり更科の活躍した情報を耳にしない。

「美化委員会は、もうお気楽だよ。規律委員会とタッグ組んで、規則をそのまま守るように話をしなさいとかさ、とにかくお掃除の毎日。あ、でも花の活け方は教わったよ」

「誰にだよ、都築先生にか」

 難波の鋭い質問に、更科は満面の笑顔を浮かべた。

「そ、玄関の花をいける担当は俺になっちゃった」

 ──玄関って……。

 つまりなにか、更科はすでに、都築先生の家に居座っているってことか。

 噂には聞いていたが。上総は改めて更科の子犬笑顔をじっくりと見つめることにした。


「ま、そういう状態が三年間続くってのはどんなもんかと、俺も思うわけだ」

 脱線しそうになったところを、天羽はすぐに立て直した。そこのところがさすが、後期評議委員長たるところ。

「だが幸い、今のところ何事も起こっちゃあいない。生徒会にも俺なりに探りを入れてみたが、中学時代のようにアグレッシブな日々を送ることはなさそうだし、評議委員会も現在は委員長たる結城先輩の趣味実践の場となっているわけだ。早い話、毎日のようにアイドル研究会化しているということだなあ」

 ──相変わらず、「日本少女宮」に嵌っているというわけか。

 上総の呟きは心の中のみ。

「本来ならば、上の代に本条先輩がいて、そこでいろいろかちゃまわしてもらえるはずだったんだがいかんせん、それもできない。となると、望みは俺たちのみ。特に俺たちの世代は中学時代、とことん評議でやりたい放題の素晴らしい経験を積んできたわけだ。なあ、立村、俺たちだけだよな、ビデオ演劇やら茶会やら交流会やら企画した世代は!」

「確かにその通りだ」

 このあたりは自分でも誇っていいだろう。

「ほとんど教師連中なんぞ当てにせずに、本条先輩たちの下でとことんしごかれてきた俺たちがだ。なんでこのまま、くすぶってなくちゃなんねえのって俺は言いたいんだわよ、な、わかるだろ、難波、更科」

「そうだな、確かにな」

 難波は腕組みをし、何度も頷いた。

「うちのクラスだけかもしれないが、あまりにも外部生に対するひいきが酷すぎる」

 C組に外部生がいたかどうか思い出してみたが、記憶になかった。

「誰かいたか?」

「俺が言っているのは、外部三人組のことだ」

 難波は繰り返した。

「何かがあると『あいつらの懸命な努力を見ろ!』と引き合いに出されることの、多いこと多いことったらないぞ。『外部生は補習をしたり、部活動参加も諦めて必死についていこうとしている。そして少しずつ内部生連中に追いついて来ている。なのに内部生は外部生たちを馬鹿にするような態度をとっている』とかな。俺たちそんなこと、いつした?」

「馴染んでいないのは向こうの方だろってつっこみたくなるよなあ、わかる、わかる」

 更科と頷きあう難波。

「もちろん、補習地獄に追われたり、アルバイトをしっかりやったり、いろいろ努力しているのは俺たちもよーくわかるさ、ああ、そうだよなあ。金かかる学校だ、学費を出したい気持ちもわかるぞ。だがな、何も、俺たちの今まで積み重ねてきた血と涙の結晶すら、否定されるってのはどういうことよ? なあ、立村、どう思う?」

「わからなくはないが」

 何度も、この三ヶ月ほど繰り返されてきた言葉だった。その通り、なのだ。


 天羽が後期評議委員長だったこともあり、C組の評議は自動的に指名されるものだとみな思っていたらしい。しかし学校側では、内部生入学が決定した段階で、一方的に委員選出の際に裏工作を行っていたようだ。英語科の評議委員が、すでに藤沖と古川こずえのふたりに決定していたのも上総は知っている。とにかく評議委員だけでも教師の息の掛かった面子にしておけば、あとはいくらでも調節ができる。

 もっとも、関崎が外部生にも関わらず規律委員に選ばれたのは、あいつのパワフルな根性だけではない。後ろ盾として藤沖がついていたこともあるだろう。確認したわけではないのだが、入学前から関崎の手伝い係として藤沖が指名されていたことも事実らしい。学校側では、交流会を通じて上総が付き合いを持っていたことくらい気付いていてもおかしくないはずなのに、だ。一切上総の存在は無視された。

 ──委員会最優先主義を排他し、その代わりに優秀な外部生をカンフル剤として活用。

 もちろんその意味は理解できなくもない。しかし、あまりにも露骨だ。

 完璧骨抜きの教師ご用期間と成り下がった委員会活動。

 評議委員会に関してはそれほどでもないと聞いているが、他の委員会は三人が語るようにほとんど時間つぶしの世界らしい。退屈だろう。とは思う。

 

「だからだ、俺はあえてこの、すかすか状態の委員会をとことん利用させてもらい、内部生の底力を見せてやりたいってのが、今回の趣旨だ」

 天羽は繰り返した。

「内部生だから苦労知らずだと? 内部生だから楽してるだと? ふざけるなって言いたいだろ? 悪いが俺たちもそれぞれ、青大附中時代いかに戦いを繰り広げてきたのか、よくよくわかるだろう? 難波、そういやあ、キリコはどうしてる?」

 言葉に詰まったようだが、あえてポーカーフェイスで交わす難波。

「相変わらずだ」

「そうか、生きてるな」

 天羽は即、更科に振った。

「都築先生の件、ばれてないだろ」

「ありがたいことに」

 短くもにこやかに更科は答える。一体何があったんだろう。

「そして立村」

 覚悟はしている。何が飛んでくるか。

「お前、関崎はいい奴なのかもしれんが、いつかはお前を食いつぶすぞ。宿泊研修のジョギング事件もそうだが、あの暑苦しいほどの情熱でいつか溶かされるぞ。南極の氷が溶けちまったら地球がひでえことになるって、地学でも習っただろ」

「洪水、だな」

「そ、大洪水で飲み込まれちまう。麻生先生の考えでは、お前を一切無視して、関崎と藤沖のふたりを引き立てる形を取りたいらしい。そんなことされちまったらどうする? お前は単なる自動翻訳機になっちまってそれで終わるわけだぞ。それでいいのか?」

「いいよ、そんなの」

 適当に流した。

「トドさんの一件がいい例だ。俺たちもトドさんの生活苦は承知していたからな。粗大ゴミコーナーに本雑誌が出ていたら、即連絡を入れて古本屋で稼げるようにしていたんだしな。ところが、あいつのせいで」

「正義感だけで決め付けられたらたまったもんじゃない」

 轟琴音が関崎の告げ口により、決まりかけた奨学生の座も奪われたというのが定説だ。

 古本をゴミ置き場から持ち出し、それを古本屋に売って、いくばくかの小遣いを手に入れるという方法がよいのか悪いのか、その判断は難しい。

「たかがそのくらいで奨学生を取り消されるってのは俺もどうかと思うぞ」

 難波も手に拳固を押し付けながら呟いた。

「なんでも、そういうみみっちいことをするのに嫌悪感を感じる先生連中がいたという話と聞いたがなあ。正々堂々と、きちんと、合法的に。ああ、そうだな、合法的にだな。だが実際金がない場合、どうすりゃいいんだよなあ」

「轟さんは今、どうやってお金を稼いでいるんだ?」

 上総が尋ねると、即、返事が返ってきた。天羽と難波だった。

「学校内のネットワークを使って、古い教科書の斡旋をし、その手数料を稼いでいる。あまった奴は俺たちが古本屋に持っていって売る。俺たちは面が割れてねえから、大丈夫だ」

「まだトドさんも、シマを変えていろいろとゴミをあさる努力はしているようだ。まさかな、関崎が見張ってるとは思わなかったらしいんで、別の古本屋を開拓している」

 ──すごい。

 外部生がいくら正義を振りかざしたところで、みな、裏ではやりたいことをやっている。


「具体的には何をするつもりなんだ」

 上総が一番知りたいのは、その方法だった。天羽がすぐに答えた。

「まず、後期の委員会活動でどの分野に回されても即、役付きを目指す。やはりな、役付きになると身動きしやすいからな」

「どの委員会でもか」

「そういうこと。どうやら学校側としては、同じ委員に三年間部活動感覚で携わるのをやめていただきたいらしいんでな。その後は、できれば生徒会にもぐりこむか何かしたいんだがな」

「生徒会?」

「完璧ご用期間になっちまうことを考えるとそれはまたあとで考える」

 なんだ、まだ具体的にことは決まっていないのか。

「とにかく俺たちが言いたいのは、『外部生ばかりひいきするんじゃねえ!』の一言だ。俺たちにしてみれば、もちろんあいつらの力量がすごいのは否定しない。だが、俺たちがやってきたことをすべて否定した後で、どんどん体制側に近づけていくような管理を行うってのはなんか、間違ってると思うんだ。本来なら、青大附中時代のように、完璧自主性を保った形での委員会があってしかるべきだってのに、完全に今は、やる気のない連中と教師の言うことをそのまんま鵜呑みにするいい子ちゃんばかり。あとはやりたいことをこっそりやる奴ら。それでいいと思うか? 俺だけじゃねえ、他にも同じことを考えている奴はどっさりいると思う」

「いたとしても、声は出せない状態だな」

 難波は頷いた。引き継いで続けた。

「今の『外部生人気』を応援しているのは、皮肉にも女子連中だ。俺たち男子が今まで苦労してきたことを、この代の女子たちは大して評価しようとしないのはどういうことだ。女子連中が外部生を応援しだしてから、男子たちの間でも不満は高まっているはずだ」

「一言言わせてくれ」

 どうしてもがまんできなくなり、上総は自分なりに感じたことを伝えた。

「外部生、というよりも、関崎、だろう」

 一同黙り込んだ。


 天羽たちが過剰に反応しているのは、外部生というよりも、関崎乙彦に対してだけだ。

「立村、何、言いたい?」

「俺の知る限り、外部生といっても目立っているのは関崎だけであって、あとはあまりいてもいなくても変わらない存在のように感じている。もちろん天羽の言うように、内部生を無視する学校側には腹も立つが、無理に外部生を攻め立てる必要はないんじゃないか。それぞれやりたいことがあるだろうしさ」

「今はまだいいぞ、立村。だがこれから先」

「何があるっていう?」

 上総が問い返すと、難波はためらいながら天羽と更科の顔を見た。

「言っちゃえよ」

「言っちまえよ」

 ふたりに押される形で難波が答えた。

「もしもだ、関崎と清坂が付き合っちまったら、お前の立場どうするんだ?」


 ──やはり気付いているのか。

 こいつら三人が心配しているのは、上総が傷つくかどうかという問題ではない。

 ──かつての恋人が外部生の彼氏をこしらえた場合、さらに立場が悪化する。

 内部生を見下されるきっかけをつくる、その恐れだろう。

「別にそれは気にしないよ」

 あっさり答えるのが一番よい。三人の生真面目な瞳に恐れず答える。

「俺には最初から立場なんてない。委員になる気なんてないし。とりあえずは何事もなく無事に三年間が終わればいいと思っている。友だちと仲良くやっていければそれ以上望まない」

「はあ? 立村、本気でそんなこと言ってるのか?」

 天羽が口を細長く開けて尋ねてきた。

「本気だけど」

「前からお前に何度も言ってるが、このままだと立村、A組のやっかいもの扱いされて終わっちまうだろう? お前には人間自動翻訳機の能力があるからまあ無視はされないだろうがな、外部の奴らに馬鹿にされて、女子たちには軽く見られて、最愛の清坂ちゃんまで取られてさあ」

「取られたと思ったことないけどな」

 あっさり返す。天羽はもちろん納得いかぬ顔のままだ。

「立村、お前はまだ気付いちゃいないな。清坂ちゃんが今までお前のハニーだったからこそ、だいぶ救われてきたとこあったんじゃないのか。今もまあ、別れたといえばそうだがな、お互いフリーだからこそ、まだまだみな一目置いてくれてるんじゃないか? 人間関係崩壊させずに友だちづきあい出来ているからこそな。それがこれから先、関崎といちゃつかれてみろ。どうするんだあ?」

「どうも、しないけど」

 いらいらしてくる。天羽たちにもそうだが、だんだん美里に対して苛立ちすら感じてくる。もちろん上総は早い段階から、美里の心が関崎に向いてきているのを見て取っていた。それを責める気なんて全くなかったし、むしろお互いそれがいいのかもしれないとさえ思った。関崎は暑苦しいところもあるが、基本としていい奴だ。もしも何かの協力が必要なら、喜んで手を差し伸べるのもよいだろう。だが、今の段階でそれを求めるのは危険だろう。関崎が今だに恋愛感情らしきものを美里に感じていないのは明白。しかも「外部三人組」の一員であるB組の女子・静内菜種と関崎とはかなり熱々の関係と噂されている。そういう段階で、なぜ想いをこうも露わにするのだろう。ただでさえ上総の元彼女という汚点が残っているというのに、明らかに美里の立場は不利だ。

 ──今の段階では絶対に、隠すべきだろう。

 もし上総が、羽飛貴史の立場だったとしたらそう助言したに違いない。

 評議委員チームにばればれの態度を取っている美里には、貴史に忠告させることが必要に思う。

「単刀直入に言おう。立村、よりを戻す気ないのか?」

 今度は難波だ。いらだちを隠さずに上総も答えた。

「ない。友だちでどこが悪い?」

「まさかと思うんだけど、立村?」

 今までにこにこしていただけの更科が、放った。

「あの、修学旅行でおねしょしちゃった子のことが、まだ好きなんだ?」


 ──何言ってるんだ? 更科?


 呆気に取られて口が開いたままふさがらない。いや、口を開けるもなにも、言われた意味が把握できなかった。てっきり更科の奴、杉本梨南のことを突っ込んできたのかと身構えて、答えすら用意していたというのに。「そういう恋愛感情だけで人間関係を決め付けるな!」と怒鳴ってやるつもりだったのに。

「誰だそれ、俺の知っている女子か?」

「当たり前だろう? なあ、難波?」

 難波に更科が、また子犬の笑顔を振り向けた。無表情のまま流そうとする難波に、天羽がいきなり、

「まあまあまあ」

 と割って入ってきた。

「更科、お前ちょっとそれ、やばいネタだろが」

「ごめん、まずかった?」

「当たり前だろう!」

 びしっと叱るそぶりを見せる天羽。しかし上総にはまだ、言われた意味が不明だ。いったいなんだろうかその、「修学旅行でおねしょしちゃった子」とかいうのは。第一、一年前の修学旅行ではいわゆる、布団に地図を描いた女子の存在なんて聞いたこともない。

「立村、お前、中学の話聞いてないのか?」

 天羽は打って変わって小声で尋ね、身をかがめた。それにつられるように難波と更科も同じ格好をした。

「聞いてない。少なくとも今更科が誰を指したのかわからない」

 頭の中がフル稼働している。いや、もしかして……いや、ありえない。答えが出てきそうで出てこない。

「じゃあ、今年の中学修学旅行で起こった出来事、何も聞いてないのか?」

「杉本に聞いたら、全く問題なかったと話していたが」

 なぜか自分の口調が、杉本に触れるところだけかちんと響いた。自分でもそれがわかった。

「それはいつだ」

「修学旅行が終わってからすぐだ」

 更科が今度は、難波と顔を見合わせ肩を竦めた。気取ったホームズ難波はポーカーフェイスのまま。嫌な予感がする。天羽の言葉は続いた。

「立村、杉本以外の女子から、何も聞いてないのか」

「俺が中学で用事あるのは、今のところ杉本だけだ」

 断言した。そのつもりだった。

 

 天羽たち三人が大きな溜息を吐いたのはその後だった。

「もう、打つ手はないのかよ……こいつ」

「俺たち元評議チームがこんなに考えてるってのに」

「もう少し選びようがあるよね」

 上総が言い返す前に、天羽は首を振り、大袈裟に頭を抱えた。

「あのなあ、立村。中学修学旅行三週間経って、今何が起きているかなにも知らないのかよ。まさか、杉本の報告以外何も聞いてないなんて、言わないだろうなあ?」

「ないよ。中学のことなんて、もう役なしの俺には関係ない」

 ──杉本に関係がなければ、だが。

 杉本がこれから先、佐賀はるみをはじめとする生徒会グループに嫌がらせをされたとか、桜田さんという不良女子の悪影響を受けているとか、そういう事情については調べたい気持ちもある。しかしもう、それ以外の情報は切り捨てて構わない。高校と中学をつなぐ鎹は杉本と狩野先生だけだ。後は何も用がない。

「念のため、確認するが、その修学旅行の際になにかをしたというのは、まさか杉本のことを指しているのか?」

 ありえない。更科に向かい、詰問した。真正面から見つめるとすぐ更科は目を逸らした。また難波と「どうする?」と確認し合っている。天羽は腕を組み、毛深い二の腕を掻き毟った後、ふたりに手を伏せる合図をした。黙れ、との指示だろう。

「お前のクラスには下ネタ女王様いるだろ? 古川にまず聞け。あいつなら知っている」

「天羽が答えられないようなことには思えないが」

 首を振った天羽。立ち上がった。

「俺たちもお年頃なんでね。修学旅行中、女子が布団で世界地図なんて話、できるわけないだろが」

「どういうことだよ、それ、まさか杉本が?」

「あとは自分で確認しろ。その後で考えろ!」

 難波が吐き捨てるように言い放った。

 更科も同じく呟いた。

「あそこまで噂が広がっているのになんで立村、気付かないんだろうなあ。ほんとに、杉本の言い分しか聞いてなかったのかなあ。このままだと、おねしょした女子と付き合うことになっちゃうのに、大変だよ」


 もうこれ以上話をすることはなかった。上総は立ち上がった。時計はそろそろ五時十五分前。大学校舎に入ったほうがいい時間だ。

「悪い、先に行く。天羽、さっきの件についてはきちんと話をしよう」

 喉から上だけ活動しているようだ。その下は完全に石と化している感覚がある。

「ああ、連絡よこせよ」

 背を向けたとたん、三人がまた固まってわやくちゃ語り合おうとする気配を感じた。そんなの知るか。上総は一度ぎゅっと目を閉じて呼吸を整えた。


 ──杉本は、やはり、何かをしてしまったのか!


 杉本梨南は、修学旅行で何が起こったか、今まで何も言わなかった。

 上総も全く、修学旅行の話など、他の連中からは聞こうとしなかった。

 ──なんで気付かなかったんだ、俺は!

 高校の連中が知っているような大事件を、何も気付かずにいた自分。どこで天羽たちが情報を得たのかは聞きそびれた。古川こずえが知っているらしいということは、もうかなり広まっているのだろう。

 なのになぜ、上総だけが取り残されたのか。

 学食を出ると、広がる大学校舎の向こうに色濃い夕陽が落ちていた。高校方面を眺め遣るとサッカー部と野球部が元気に試合形式の練習を行っていた。掛け声なく、球の打たれる音が響き渡った。

 学校で起こったとんでもない事件を知らずに三週間も過ごしたことは、評議委員時代一度もなかった。委員会にも、生徒会にも参加しないとは、つまり、こういうことだ。

 

 ──「野に下りた」ということなんだ。




 

 








 



 

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