30
炎天下の羽毛めいた空気を自転車でかきわけ、帰路に着いたのは夕方過ぎだった。
玄関に飛び込み倒れ込む。
──まだ、冷たい。
靴を脱ぐだけでもまた汗が流れる。全身汗だく、というよりも水びたしといったほうが近い。這いつくばって部屋に向かい、もう一度起き上がってドアノブをひねった。締め切りの窓までたどり着くため立ち上がろうとして、足首からこける。二回転んでやっと開け放った。
夕暮れではない、まだまだ青い空が真上に広がる。
かすかにゆるゆるしたやさしい風が流れてくる。上総は空を見上げたままベッドによじ登った。制服はもちろん脱ぎ捨てたいところだが、シャツのボタンやネクタイを外すことすらしんどいのは何故なのか。だるすぎる。
──なんか、飲み物ほしいな。
飲み物なんて悠長なもんじゃない、氷を丸のままがりがりかじりたい。
なんとか台所までたどり着き、今度はグラスいっぱいに氷を詰め込み、あとはひたすらほおばった。少し溶けたところを一気に噛み砕き飲み乾す。まもなくすぐに次の氷を放り込む。またかじる、飲み込む、ほおばるの繰り返しで頭が痛くなる。それでもやめられない。氷皿は当然空になった。
──いくら冷たい氷噛んでも、ぜんぜん身体が冷えない。
目眩と頭痛と、頭だけやたらと熱い。
上総は居間のソファーにもたれ、しばらく目を閉じていた。考えなかった。
「上総、どうした」
揺り起こされたのはすでに部屋が藍色に染まった頃だった。
「誰?」
「おいおい寝ぼけてるのか」
夢も見ず、いつ眠ったのかも当然覚えていない。父が帰ってくる時間帯というのはだいたい午前様のことが多いのだが、今日は早かったらしい。部屋のシャンデリアが一気に部屋をまばゆくした。上総が頭を無理やりもたげて居間の掛け時計に目をやると、針は九時のところを差していた。
「夕飯は済んでる、お前はどうなんだ」
「食べたくない」
簡単に答えた。本当に、いらない。
「いいかげん制服だけでも脱げ」
「すぐ寝る」
「風呂は」
「いい、明日で」
本当はシャワーを浴びてからだのべとべとぬるぬるを流したいところだが、頭の重さはそれ以上のものだった。身体が持ちそうにない。眠すぎる。
父はネクタイを外してソファーに投げかけた。
「氷、もうないのか」
「食べた、悪いか」
父がいつもお茶に氷を三つばかり放り込み一気飲みするのは習慣だと知っている。わかっていたけど食べざるを得なかった。だったらここは謝るべきところだろう。しかしそんなこと、考えたくもない。
「おい、食べたって、腹壊すぞ」
あきれた声で父はつぶやき、台所に向かった。ソファーに横たわったまま水道の水が流れる音を聞いていた。たぶん氷皿に水を張り直したのだろう。こういった細かい家事の担当はいつもなら上総なのだが、とてもだがそんな気力などない。
「氷がないのは我慢しろよ」
グラスに水を汲み、テーブルの上に載せた。水道の水をそのまま汲んだほうが冷たいのは分かっている。母がいるころなら決して許されなかったろうが、父子家庭四年目の今ならば平気で飲み乾せる。口をつけた。ぬるかった。
「もっと冷たいのは」
「だから、言っただろう。氷がないんだ」
おだやかに父が言い放つ。
「お前が食ってしまったからだぞ」
「しょうがないだろ、暑いんだから」
身体のだるさと気味悪い汗のべたつきとがからまって、いらだってしまう。
「暑いたってな、氷そんなに食ってどうするんだ」
ビール瓶と自分用のグラスを携えて父はゆっくり、真向かいに腰掛けた。
紺色のポロシャツを捲り上げてまずは栓を抜いた。
「つまみはないな」
「そんなの知るかよ」
これもまた父子家庭となってから変わったことのひとつだ。もともとアルコールをあまりたしなまない父だったのだが、母が出て行ってからはこうやってちょびちょびとひとり晩酌を楽しむことが増えた。もっとも上総にそれは関係のないことだったので気にもしていなかったのだが。どんなものを食べてきたのか知らないが、父は楽しそうにコップへ口をつけ、
「やはり夏にはビールが一番だ」
ひとりごちた。
──喉が渇いた。
ぬるい水道水でもいい、とにかく水分がほしい。上総は身体を半ば起こして、一気に飲み乾した。当然グラスは空になる。向かいには父が微笑みながらビールを口に運び、上総を見つめている。自分の息子を見ていて何、楽しいのだろうか。第一明日、期末試験を控えているくせにこうやってごろごろしている息子のぐうたらさに腹など立たないのだろうか。もちろん上総も勉強しなくてはならないことくらい承知しているけれども、身体が動かないのだからしょうがない。着替えたいのだが身体が重たすぎる。なによりも喉がからから、水、氷、冷たいものがとにかく欲しい。
目の前のビール瓶にはまだ半分以上残っている。水滴がたらたら落ちているのが横たわった上総の目にも見える。冷たそうだ。
「父さん」
「なんだ」
「その、ビール瓶、貸して」
「お前未成年だろう」
「飲むわけない、吐きたくないし」
背中を起こし、上総は手を伸ばした。父がまた呆れたように眺めている。
「どうしたいんだ」
「冷たそうだから」
自分でわけのわからないことを話しているという認識はある。あほらしいと父が一蹴してくれればもちろんそれでいいのだが、何故かわざわざ手元に持ってきたではないか。よくわからない人だ。受け取る自分も自分だと思う。
「いいかげん、部屋にひっこめ」
黙って頬に当てて冷やしてみる。だいぶ楽にはなったが、抱えているのがしんどい。
「お前、風邪引いてるんじゃないか」
「そんなことない」
「いつも夏に入るとお前ぶっ倒れるだろう」
「倒れたくて倒れてるんじゃない、明日試験だし」
思わずビール瓶に口をつけたくなる。さすがにひったくられた。
「上総、いいかげん今夜は寝ろ。身体壊したらお前、試験どころの騒ぎじゃないぞ」
残りのビールをグラスに注ぎ、父は一気に飲み乾した。
「ずいぶんとぬるいな」
結局だらだらしているうちに十時半過ぎとなり、試験勉強なんてできず、それでも無理やりシャワーだけは浴びた。いつもだったらさっさと部屋に篭るのだが、身体が重たくて動けなかったからしかたなく居間でごろついていただけのことだ。
「明日、熱が下がらなかったら、学校休みなさい」
「試験すっぽかしてどうするんだよ」
休みたくたって休めないのに、父はまた脳天気なことを言う。
「追試があるだろう」
「追試になんかなったら、順位から外れてしまうからいやだよ」
「そんなに試験が好きなのか?」
別に好きなわけではない。ただ、中学入学以来一度も奪われたことのない英語トップの座から陥落するのだけは避けたい。理数課目はともかくとして、英語の試験だけは意地でも受けたい。
「英語だけじゃなくてな、別の科目にも力入れたらどうなんだ」
のんびりした口調の父を部屋から追い払うと、上総はすぐに着替えて横たわった。
もう、何も考えたくなかった。いつもならば頭に張り付くであろういくつかの出来事も映像も、熱で蒸発してしまったかのようだった。
こずえから視聴覚教室での話し合いを提案された段階で、すでに期末試験を捨てていた。とはいえ英語だけはトップを守りたかったので一通り目通しはしておきたかった。目が覚め、枕もとの大きな目覚まし時計を覗き込んだ瞬間、意識が途絶えた。すぐに引き戻されたのはその側にさっぱりしたお茶の葉の香りが漂っていたからだった。
──あれ、誰か、いるのか。
頭をもたげたいのだが、少しでも動かすときんと鳴り響くものがある。
肩から下がやたらと冷たくて、額から奥が熱せられたかのように熱い。
──起きなくちゃな。
もう一度身体を浮かそうとして、また時計の針を追う。
今度はしっかと目に焼きついた。昨夜目覚めた時と同じ、九時のところに針が直角で留まっていた。
もう、とっくに試験は始まっている時刻である。
「上総、あんた何やってるの」
声ではっと気がついた。お茶の香りの正体は、やはりあの人だ。
袖のない黄色いワンピースに白いスカーフを折り目正しく折って巻いている。
「母さん、なんでいるの」
長い髪をくるくると真上で巻き上げているところみると、これから何かの会があるのだろう。それにしては服装が簡単すぎるのが気になる。いやなによりも、なぜ朝っぱらから母がいるのだろう。しかも、すでに登校時刻を過ぎているというのに起こそうとしない。上総もさっき時計を確認した段階で即、諦めたし恨み言を言うつもりはない。身体が動かないのだから、もうどうしようもない。
「昨日の夜よ、和也くんから電話が来て、上総が毎年恒例のあれだから面倒みてくれって頼まれたのよ。しょうがないじゃないの」
言いながら母は、小さなテーブルに湯気のたった飲み物をマグカップに注いだ。
「ほら、飲みなさい。漢方の薬。あんたの夏風邪はね、あったかいものを飲むのが一番なのよ。和也くんあきれてたわよ。あんたが取り付かれたかのように氷をばりばり食べてて、あやうくビールまで飲まれそうだったってねえ。何があったか知ったことじゃないけど、自分の体調くらい自分でコントロールするようになりなさいよ」
──こんな暑いのに、なぜ、熱いもの飲まなくちゃなんないんだ?
問い返したいが、気力が続かない。いきなり背中がぞくぞくしたかと思うと、全身から骨のがちがちいう音が聞こえそうなほどこわばった。母には気付かれたくなかった。
「麻生先生には電話で今日休むからと伝えておいたから、とにかく寝てなさい」
「試験だけど」
「何馬鹿言ってるの。身体壊したら元も子もないでしょうに。麻生先生も了解してくれているわよ」
──俺のことを一切無視しているわけだしな。さぞクラスは平和なことだろうな。
一年A組、おそらく関崎も藤沖も、元気に試験問題に取り組んでいることだろう。一時間目は確か英語の試験だったはずだ。追試の場合順位には含まれないはずだから、これで今回科目別順位においてのトップ陥落は確定だ。
──俺のたったひとつのとりえもなくなるってわけか。
上総は母に背を向け壁を見つめた。
あの長い一日。そして一夜明け今。
ひとり、布団に蒸されながら身体を丸めている。
いつもだったらきっと考えていただろう。荒れていただろう。どうしようもなく泣き喚いていただろう。親相手とはいえ醜態をさらけ出さずにすんだのはひとえに熱のおかげだ。風邪ならば多少不機嫌でも不思議ではない。英語学年トップを明け渡す悔しさを紛らわしても変とは思われない。
「ほら、だいぶ冷めたから薬を早く飲みなさい」
珍しく放っておいてくれた母だが、さすがにしびれを切らしたのか上総を促した。
「苦いのは我慢しなさいよ。あんた、子どもの頃は砂糖が入ってないと飲めなかったけど、今なら平気でしょ。平気よね」
──砂糖なんて誰が入れるっていうんだ。
かなりむっとして、上総はもう一度寝返りを打った。意地でも全部飲んでやる。
脇で母がしてやったりとばかりに、マグカップを差し出している。
枕に背、腰を支えてもらいながら上半身だけ起こし、受け取った。やはり漢方薬は苦かった。もちろん、そのまま一気に飲み乾した。すぐにベットにもぐりこんだ。
「水が欲しい」
「はいはい」
また穏やかに母がマグカップに注ぐ。てっきり冷たい水と思っていたのだが、口をつけてみるとやはり生暖かい。
「もっと冷えたのないの」
「冷たすぎる水は身体に悪いってこと、あんたも覚えておきなさい」
「けど、喉が渇いたんだ」
さらに言い募ってみるが、あっさり無視された。
「上総、いいかげんあんたも赤ん坊から卒業しなさい」
「飲みたいものを要求してどこが悪いんだよ。病人なんだ」
「まあそうね。今回あんたは本当に風邪引いてるみたいね」
また生ぬるい水を注ぎながら母は呟いた。横顔を見たらやはりしっかり、頬の横に赤い頬紅をはたいた跡が残っていた。本格的化粧、ということはやはり、これから出かけるのだろう。さっさと出ていけばいいんだ。そうすればあとは死んだように寝ていられる。いらいらしないですむ。冷たい水も昨日の夜こしらえた氷も好きなだけ飲める、食べることができる。
「悪いけど今日は一日、うちにいるから覚悟しておきなさいよ。あんたが仮病使っているようだったら出かけるつもりできたけど、相当酷いようだし」
いつものとがった言い方を控えているようだった。何か母にも心境の変化があったのだろうか。少し自分でも戸惑っている。それこそ「上総、あんたが悪いのよ! 風邪ひくなんてたるんでいる証拠じゃないの! いいかげんあんたも自分に責任を持ちなさいって言ってるのわからないの!」などと罵倒されるのが大抵のことなのに、珍しい。
「いいよ、寝てれば直るから」
「直るわけないじゃないの。病人かどうかは顔見れば一発よ。私があんたの仮病を見破れなかったことあったと思う? その私があんたは具合悪いって断言してるのよ。ほら、黙って寝なさい。今りんご剥いてくるから待ってなさい」
──母さん、何か、あったのか?
上総が唖然としている間に、母は本当にりんごとフルーツナイフを持ってきて枕もとで剥き始めた。今までこういう風な行動をすることは、めったになかったはず。記憶になかった。
丸く、綺麗に、S字型の赤い皮を剥き終え、切り分けた一片をそのまま上総の口に押し込んだ。かじりとり、そのまま動物のように食べていた。
「やっぱりね」
溜息交じりの憂い顔もやはり、めったに見ないものだった。
「上総、食べながらでいいから、聞いてなさい」
「なんだよ」
冷たいりんごがさくさくして気持ちよかった。黙ってされるがままに噛んでいた。
「これから、あんたの手に余るようなことがあったら、たとえ真夜中でもいいから和也くんか私を頼りなさい。これは命令よ」
──この人、何か悪いもの食べたのか?
上総は口にほおばったりんごを飲み込むのも忘れ、ぽかんと母の顔を見上げていた。
だんだん身体が漢方薬の効果からか暖かくなってきた。同時にふと眠気に襲われそうになる。まさかとは思うが母の言葉は夢の中で語られているかのようだった。ありえない言葉だった。
椅子に腰掛けたまま枕もとに侍っている母の視線はそのまま、まっすぐ上総を見下ろしていた。
「あんた、小学校の修学旅行前日におねしょしちゃって、パニック起こして不参加になったこと覚えている?」
──何言い出すんだこの人。
よりによって昨日の今日においてだ。タイムリー過ぎる。身体を強張らせて身構えた。
「真夜中に泣きながら私のところに来て、『もし修学旅行中にやっちゃったらどうしよう』とか大嘘言ってたことあったわよね」
──大嘘?
もちろんその通りなのだが、気付かれていないはずだ。状況証拠なども念入りに用意して演技したわけだ。決してばれていないはず、なのだ。
母の口調はなだらかだった。
「さっき私も言ったでしょう。あんたが本当に具合悪いのか、それとも仮病使っているのかくらいは簡単に見通せるって。あの時もまさか、一度もそんな粗相しでかしたことないあんたが、なんで六年になっていきなりって思ったわよ。部屋の中も確認して、いきなり玉露の香りが漂ってきた時もね。なんでそんな見え見えの大嘘をつく必要があったのか、そこが私にはわからなかったのよ。でも、上総」
言葉を切り、ゆっくり確認してきた。
「あんたは、そういう形でしか、SOSを出せない子だったのよね」
上総は目を逸らして背中を向けた。
「あの時に、あんたが辛い思いしていることに気付くべきだったのよね。気付いたのは悪いけど、卒業式後」
背中がぴくっとする。母の言わんとすることから耳をふさぎたかった。しつこくりんごを噛みつづけた。
「あんたがまさか、浜野くんに決闘を申し込むようなこと、考えているなんて思っていなかたからね。さすがの私も、驚いたわよ」
──当たり前だろ、気付かれないようにしてたんだ。けどなんで気付いたんだよ! 嘘だろ、嘘だろ、嘘だろ!
今になってなぜ、そんなことを言い放とうとするのだろうか。
理解できなかった。
倒れてる今だからこそ、止めを刺すつもりなのだろうか。
歯をかみ締めた。口の中が重くなる。
「もう二度と、あの時のような失敗をあんたにはさせたくないのよ。上総、わかるでしょう。あんたはいつも自分をひとりぼっちだと思い込んでいるようだけど、和也くんや私をはじめ、麻生先生、菱本先生、狩野先生をはじめとした先生たちもみんな、あんたのことを気にしている。いつも嘘ばっかり言って自分をごまかして、ひとりで自分を守ろうとしているあんたのことがみな、心配でなんないのよ。そして最後には脱走したりわけのわからないこと口走ったりしているあんたのことが、いとおしくてならないのよ。上総、あんたには小さな親切余計なお世話に映るかもしれない。それは仕方ないことだけど、もし何かに追い詰められた時にはまず、私たちを思い出してほしい。それだけは忘れないで」
──やはり母さん、何か変なキノコ食べたんだ。
上総はゆっくりと口の中のりんごを飲み込んだ。聞き流しておけばいい。
「わかった」
その一言だけを告げた。
「それより、りんご、もう少し食べたい」
薬の効果か、眠気とともに空腹感も湧いてきた。上総が身を起こした時、机の上に広げられたままの手帳が放置されていることに、初めて気が付いた。
──あれ、あの手帳、まさか。
引き出しにしまい込んでおいたはずだ。すべてドイツ語で綴っているあのノート、万が一親に見られても大丈夫なはず。まさかドイツ語をいくらなんでもあの母が読めるとは思えない。心の奥底を綴った日記、どうしようもないやりきれなさや本心を綴ったノート、でも決して誰にも読まれない……ドイツ語が堪能な人を除けば……はずだ。
視線の先に何があるのか気がついたのか、母は溜息をわざとらしくついた。
「あのねえ、上総。どうしてあんた、ノートをああ開きっぱなしにしとくわけ」
「あ、あれ、ドイツ語の勉強用ノートだから」
適当に言いつくろったつもりだった。
「ばかね、上総。私も和也くんも、大学時代第二外国語がドイツ語だったこと、知らないでしょう」
「第二外国語?」
言われた意味がすぐに理解できず戸惑った。その空白を縫うように母の返事が返ってきた。
「ふたりとも、ドイツ語すらすら読めるのよ。私もそうだけど、和也くんもね。あんたが必死に隠していることの殆どはみな、私たちも知っているってことをもう少し意識しなさい」
「まさか、母さん、あんた日記、読んだのかよ!」
広げっぱなしにしていた以上、何も言い返せなかった。
抗議するだけの力も出なかった。
──あのノートを読まれていたのかよ! 最低だ! プライバシーの保護って観点ないのかよあの人には!
一瞬だけでも親らしい暖かさを感じて、胸が詰まった自分を上総は恥じた。冗談じゃない、やっぱりわが母時辻沙名子は、筋金入りの悪党だ。誰がそんな奴、信じるものか。追い詰められたって誰が、あんな大人を信用するものか!
「少し寝てから、言いたいことあったら言いなさいよ。私はいつでも、受けて立つわ。今夜は泊まっていくから、抗議したいならいつでもどうぞ」
やはり、今までとは違う。母は余裕しゃくしゃくの態度で
上総に微笑んだ。