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深を射す 3


 家に戻り、まずは留守電を確認する。五件入っているが、そのうち四件はすぐに切れた後。たぶんセールスの電話だろう。そして五件目、いきなり受話器から響いた声は、

 ──関崎です。また電話します。

 簡単な一言だった。

 上総は即、消去ボタンを押した。アナウンスで「ゼロ件です」のしゃちほこばった声が流れた。折り返しの電話をかけることはしなかった。

 ──たぶん、今の時間は居ないだろうし。


 父の仕事上、留守番電話を設置せざるを得ず、仕方なく今年の春から使っているのだが、実は上総宛のメッセージばかりで頭が痛い。

 ──セットし忘れたことにしておこうか。

 特に、関崎の声が入っている時はそう思う。

 ──それにしても関崎って、こんな奴だったろうか。

 部屋に戻り、窓を開け放ち制服のままベッドに横たわった。もう六時半過ぎなのに空はまだ明るい。六月中旬ともなるとだんだん日の落ちるのが遅くなるようで、風がまだやんわり冷たく感じる程度。庭にはあじさいの花が緑色のつぼみを少しずつ膨らませているようだ。まだ、夏には遠い。

 ──俺の知っている関崎とは、やはり違う。

 上総は目を開けたまま、天井を見上げた。

 ──いくらなんでも、毎日留守電にメッセージを入れるような奴には思えなかったが。

 自分自身の感覚で考えても、少し、何か、違う。

 上総の知る限り、大抵の男子はあまり電話を好まない。もちろん何か用事があり相談しなくてはならないことがあればかけるが、それ以外は極力避ける。家族の居る部屋に大抵の場合電話機は設置されているし、そこで変な話をするわけにもいかない。何よりも長電話で怒られるケースの方が多い。一度上総も、たまたま誰かと長話をするはめになった時、母からの連絡を受けることができず思いっきりひっぱたかれたことがあった。

 よっぽどのこと、用件がなければかけてこないものなのだ。

 しかも、関崎とは。

 ──あれだけ俺と関わらない方がいいって言っておいたのにな。

 できる限り上総は話し掛けないように心がけていた。挨拶はもちろんするけれども、それだけだ。関崎もあらゆるやり方で上総にアプローチしてくるが、それもさらっと流すようにしていた。うっかり変なことを口にして、関崎へなんらかの理由を与えてしまうのは避けたかった。

 ──また、かかってくるんだろうか。

 父は今日も遅い。電話が鳴り響いた時に気が付いたら出なくてはならないだろう。


 上総が関崎乙彦と初めて顔を合わせたのは、中学二年の学校祭でだった。

 当時、本条先輩にべったりくっついて評議委員長教育なるものをみっちり受けていた時期だった。評議委員長だった本条先輩のお供として、生徒会室で他校の生徒会役員たちと挨拶する程度のものだった。その頃はまだ改選が行われておらず、生徒会副会長だった藤沖も同席していたはずだ。

 何校か生徒会役員グループが訪れては挨拶し、言葉を交わしたが内容は殆ど覚えていない。当然、関崎が生徒会副会長として所属していた水鳥中学のグループとも何かかしら話をしたはずだが、全く記憶になかった。上総はどうも人の顔と名前を一致させるのが苦手だった。

 その後、両校の生徒会顧問教師が意気投合したらしく、いつのまにか交流会を行うことが決まっていった。話自体は生徒会から流れてきたのだが、青大附中の場合どちらかというと評議委員会が優先される形となっていたので、いつのまにか上総が渉外という形で担当することとなってしまった。最初のうちは本条先輩がどんどん進めてくれていたが、評議委員長に指名されてからは自分ひとりでやらざるを得なかった。

 何度か水鳥中学生徒会役員たちと顔を合わせて、両校の交流会を開くためのさまざまな準備を行い、とんでもないハプニングも乗り越えていくうちにいつのまにか、関崎と親しく交わるようになった。もともと水鳥中学生徒会役員の連中が、少し不良じみた……というか、いわゆるヤンキー風ということもあって、正直苦手な感じもしたのだ。その中で唯一、同じ感覚で話をすることができたのが、関崎だった。


 ──確か、「シーラカンス」だとか言われていたんだろ?


 いろいろな出来事の合間に関崎の人柄を知ることもできた。

 幼なじみの親友のためならば、土下座することも厭わない。

 堅物で融通が利かないガリ勉野郎でありながら、どこか抜けてて憎めない。好きな女子……別に関崎がそんなことを言ったわけではないが……の前ではゆで蛸さながらに真っ赤な頬を膨らませ、意味もなくぐるぐる回ったりもする。

 怒鳴る時は怒鳴り、喜ぶ時には素直に万歳する。

 非常にわかりやすい感情表現をする男だとは、もちろん感じていた。

 しかし、こういったらなんだが、女子受けはしないだろう。

 ──制服をきちんと着たほうがおしゃれに見えるから、制服厳守を主張した。

 などという全くわけのわからないエピソードを耳にするにつれ、上総の中では関崎の性格がどちらかいうと内に篭るタイプなのではというイメージが湧いていた。だからこそ、うまが合う。そんな気がしていた。


 ──青大附高に入ってからいったい、何があいつを目覚めさせたんだ?


 正直、上総にとって現在関崎の置かれている立場には信じ難いものがある。

 なによりもまず、女子たちからの絶大なる人気。あれはいったいなんなんだろう?

 もちろん、外部生だからというのもあるのかもしれない。もともと青大附高に受験で入ってくる数少ない外部生は、どうしても興味の的となる。附属上がりの生徒たちは合格発表の直後、すぐに外部生の仔細についてありとあらゆるネットワークを集めて調べ上げるのが常だった。公立中学の友だちに少し動いてもらえればあっさり情報は入るし、彼ら彼女ら外部生がオリエンテーションで青大附高にやってきた段階で完璧に知り尽くされていると言ってもよい。もちろん外部生たちがそのことをどこまで気付いているかはわからない。しかし、関崎の性格や噂話などを聞く限り、女子たちの人気者になるとは思えなかった。むしろ、堅物すぎる関崎にとって、脳天気な青大附高は居心地が悪いのではないかと密かに心配すらしていたくらいだ。

 なのに、あれはなんだろう?

 オリエンテーション当日から、いきなり直球そのものの自己紹介をやってのけた関崎は、あっという間にクラスのヒーローとして祭り上げられてしまったではないか!

 ちゃんと前もって関崎には、上総との交遊を話さないようにと釘をさしておいたにも関わらず、あっさり「俺は立村くんと友だちで」とばらしてしまい、上総としてはひやひやものだったのだ。上総自身は女子にどう思われようが知ったことじゃないし、最初から嫌われ者の道をそのまま歩いていくつもりだったのでどうでもよかったのだが、関崎まで最初からそんな扱いをさせるつもりはなかった。だから、絶対に言うな、とあれだけ言っておいたのに。

 ──俺と友だちだとか言って、それで嫌われなかっただけでも奇跡なのにな。

 上総の危惧は幸い、取り越し苦労に終わった。 

 入学当時から世話役として付き添った藤沖の存在も大きかったのだろう。

 元・青大附中生徒会長で、当然A組の評議委員を早い段階で打診されたと聞く。高校のクラス自体は早い段階で決まるので、クラス委員関係は四月を待たずにある程度決定するのが常だという。最初からみそをつけていた上総には、一切お声がかりなどなかった。

 ──だから、それがよかったのかもしれないな。

 淡々とそれを受け入れる。今ならそれが、たやすくできる。

 三ヶ月前の卒業式から、何かがゆっくりと変わっていった。

 自分の思っていた通り、一年A組では存在があるのかないのかわからなくなり、同時に担任の麻生先生からも無視に近い扱いを受けていた。それはそれで構わない。中学時代やたらとしつこくまとわりついてきた菱本先生に比べたら楽だった。

 だからこそ、関崎と多少縁があったとしても、周囲からは……特に女子たち……全く見えないものとして扱われ、迷惑にもならず居座っていられるわけだ。

 かつての堅物ど真面目秀才野郎は、青大附高において、もはや誰もが知らぬものなし新しいヒーローとして熱い視線を浴びている。たぶん戸惑っているのは関崎自身だろう。


 ──いい奴なんだが、けどな。

 上総は起き上がり、机に向かった。予習復習なんてする気はない。

 引き出しからノートを取り出した。購買部で手に入るタイプの、A5版のノートで表紙に浮き彫りの校章が浮かんでいる。一センチくらいの厚みがある。

 開いてみた。書き込みはすべてドイツ語で行っている。英語なら両親もそれなりに読めるのでへたなことを書けないが、ドイツ語ならばうまくごまかせる。ドイツ語の文法は若干、英語に近いところがあるので上総も短期間でなんとか、マスターできた。もちろん大学の語学の授業、および辞書頼りなので正しい文章なのかはわからない。別にいいのだ。日記用なのだから。それも極秘の。

 高校進学時、「おちうど」のおかみさんがお祝いに贈ってくれた万年筆を使う。

 綴り始めた。だいぶ筆先も自分なりにしなってきた。インクの出すぎることもない。


 ──関崎の件で天羽と話をする。天羽の考えとしては、今のうちに青大附属の基準を関崎に話しておくべきだという。難波、更科も同意見だ。しかし、五月の新歓合宿が終わった段階で関崎のポジションがA組の中で確固たる場所にあることを説明し、行動を慎んでもらうように話をつけた。天羽たちは納得いかないようだったが、まずは前期の改選が終わるまで様子を見るということでまとまった。

 現段階において、天羽たちの不満を押さえることが僕のできる唯一の方法だ。

 元・青大附中評議委員長だった天羽にとって、体育委員というポジションは納得のいかないものだというのは承知している。また、中学時代全く委員会を経験したことのない羽飛が評議委員を務めているのも、不可解だろう。僕自身は羽飛で問題ないと考えているが、それはまた別の問題だろう。羽飛についてはこれ以上何も言う気はない。

 だが、これから先、A組の関崎の言動によっては、天羽たちC組チームがなんらかの行動を起こさないとも限らない。関崎については僕なりに、折りを見て話をしていくつもりだが、今の段階では情報収集に止めたほうがいいと考えている。


 もちろん、個人名はイニシャルだ。

 万が一ノートを盗まれたりしても、ドイツ語堪能な人間でなければ内容がばれることはほとんどないだろう。その点、自分に与えられた語学習得能力には感謝している。うっかり本音を書いて自分の首をしめるはめにはならないだろう。

 ──万が一のことも考えて、フランス語で書くことも考えた方いいかな。 

 放課後はほとんど語学の授業を受けに大学へ出かけることについやされていた。中学二年の頃から英語の講義を週一の割合で受けることは許可されていたが、高校進学後は一気にその科目が増えた。同じ立場で、美術関連の講義を受けに通う金沢も、似たような状況らしい。

 もともと部活に入る気もなかったし、委員会活動も一切手を出さないつもりの上総にとってはそれほど負担ではなかった。もっとも面倒なのはそれプラス、理数科目の補習も加えられた点だ。はっきり言って、これは苦痛以外の何者でもない。中学時代狩野先生の下で、いろいろと指導されていた頃は相性もあったのだろう、さほどでもなかったのだが、どうも担当の先生とうまが合わない。顔色を見ながら必死に問題を解き、「こんなのもできないのか」とか言わんばかりの表情を伺っては落ち込む、の繰り返しだ。

 もっともこれは、上総も最初から覚悟していたことだった。

 もともと、本来自分があるべきポジションなのだから。

 落ちこぼれで嫌われ者、それでいい。まかり間違っても評議委員長になんて復活するなんてことはありえない。

 

 上総はノートを閉じた。

 卒業後しばらくして、狩野先生と一対一でゆっくり話をする機会を得た。その際いろいろと語るべきことを語った後、言われたことは、

「立村くん、差し出がましいようだけれども、高校に入ってからは日記をつける習慣をつけた方がいいですよ」

 だった。日記なんて女子の書くものだ……とまでは言わないが、かつて「班ノート」記入を無理やり押し付けられた過去が今だに響き、日記というものに拒絶反応を起こしていた。狩野先生は、

「男子と女子の違いは、自分の内面にどこまでたどり着けるかでしょう。他の男子生徒たちにはこういうことを話しません。まだ今の段階では、無理に自分を見つめる必要もないからです。しかし、立村くんに対してだけは、あえて自分という人間が何を感じ、考えているかをじっと見据えてほしいと思わずには居られません。今まで無意識のうちに行ってきたことが実は、自分の思ってもみない感情のほとばしりから出たものだとか、なぜか人を傷つけてしまった、傷ついてしまった場合において、何がきっかけだったのかを粒さに観察することができます。繰り返しますが、これは他の生徒たちには勧めません。自分自身を見つめるよりもまずは体験する方が先決というタイプの生徒が殆どだからです。しかし、立村くんは自分自身を掘り下げる段階に今、来ているような気がします。つまり、精神的に、他の生徒たちよりも早く青春期に入ったからかもしれませんが」

 珍しく熱く上総を説得してきた。その他、ドイツ文学のヘッセやゲーテ、およびロマン・ロランなどの作品を読み返すよう……一応上総はすでに、そのあたりの世界名作は読破していたので……勧めてきたのも驚いた。

 天敵・菱本先生の言葉ならば無視してゴミ箱、だろうが、狩野先生の勧めることならば素直に受け入れてもいいだろう。どうせ人にも見せるものでもない。 

 珍しく上総は、人の助言を受け入れることにした。「他の生徒たちよりも早く青春期に入ったから」という、少々優越感をくすぐられるような言葉が心に響いたのも、事実ではあるが。


 とはいえ日記といっても、実際は記録に近かった。

 日記ではないけれども、評議委員時代に上総は本条先輩からいわゆる「評議委員教育」なるものを受けていたため、メモだけはしっかりつける習慣を身に付けていた。父からもらった黒皮の手帳に、しっかりと予定から他クラス、および他校の生徒の電話番号、その他本条先輩から教えられたテクニックなどなど。評議委員長の座を追われた段階で、その手帳は天羽に渡ったが、それが役立ったかどうかは定かではない。ないが、本条先輩の教えてくれた方法に関しては上総の身体にいつのまにかしみついていた。

 すでに委員会から距離を置いた上総ではあるけれども、学校内の出来事に関するメモはこれから先、つけておいた方がいいとも思っていた。もちろんふたたび委員会に復活したいとはさらさら思っていないが、もし何らかの形で事件が起こった場合、過去データをもとに少しでも協力できるのではないか、という目論見もあった。

 ──これから先、いろいろありそうだからな。

 天羽、難波、更科、南雲、さらには羽飛。こいつらが全員なぜか、C組にまわされた段階で上総もいろいろ危険を感じてはいた。ちょくちょくC組に顔を出しては様子を伺っているのだが、今のところ南雲と羽飛との間ではトラブルはないようだ。評議委員である羽飛をうまくあしらう形で、元規律委員長だった南雲が通しているのが理由だろう。一番心配だったことでもあるのでその点はほっとしている。

 しかし、問題は別のところから湧き上がっていた。

 ──まさか、関崎とあそこまでこじれそうになるとは。

 新歓合宿の際の出来事は非常に頭の痛いことだった。五月の新歓合宿後、一気に書きなぐった後死んだように眠ったことを、よく覚えている。


 ──朝一番ならみな寝ているだろうと考えて、外の空気を吸いに出かけたが、まさかあんな早くに関崎がジョギングをやらかすとは思ってもみなかった。しかも先生までお供につけてだ。何よりも驚いたのは、関崎が直接朝、麻生先生に談判して早朝ジョギングの許可を得たという点だ。信じられないことだが、事実である。

 関崎に関しては今までの経緯もあり注目はしていたが、ここまで自分の意志を貫き通す男子とは思わなかった。本来ならば許可がなかなか下りないアルバイトに関しても、入学オリエンテーションの段階で麻生先生に話をし、藤沖を味方につけて許可を得たと聞く。また、アルバイト先でたまたま見かけた轟さんの仕事を告げ口し、そのために彼女は特待生からはずされたというのもまた事実だ。

 関崎は自分の意志で、自分が正しいと判断したことは他人がどう言おうとやり通すタイプの男子だ。それは僕も、交流会を通じて感じていた。また嘘を全く言わない男であるとも気付いていた。もちろんそれは長所だろう。しかし、それによってとばっちりを受けている人間がいるのも事実だ。轟さんのように、本来受けるべき特待生奨学金を受けられなくなったために、仕事をこれから別の場所で探さなくてはならない生徒も出てきている。

 また、それを発端として、天羽たちC組グループの間から不満・不平も出てきている。

 天羽たちも交流会を通じて、関崎と話す機会があったはずだ。関崎が入学を決めた時もさほどいやがってはいなかったようだ。それなりの噂も耳にはしていたはずだが、轟さんの事件が起こるまでは、別に気にもしていなかったようだ。

 それが轟さんの出来事をきっかけに、一気に外部生に対しての不満が噴出した。

 関崎だけではなく、他の外部生たちへの不満もあるのだろう。

 関崎が、入学後一ヶ月も経たないうちに、女子たちおよび教師たちの支持を得たために、いつのまにか内部進学生たちの評価が下がっているように感じたらしい。実際、同じことはB組でも起きている。外部生たちが人一倍努力をして入学してきたことに敬意は表するが、だからといって内部進学生をないがしろにされるのはたまったものではない、という考えだ。

 僕もこの件については、例の早朝ジョギングの件さえなければ、大して気にはしなかったろう。だが、あまりにも関崎の言動がよい形で目立ち、その反面内部進学生たちの立場が危うくなっているという現状は確かに感じている。

 天羽たちの気持ちがわかる反面、関崎の人柄のよさも理解しているだけに悩むところである。


 この日、本来書きたかったことの半分も綴っていない。そう感じる。

 ──なんであいつ、よりによって俺のことに首をつっこんできたんだろう!

 新歓合宿の最終日早朝、ひとりにどうしてもなりたくなり抜け出した自分が悪いのは承知している。麻生先生にとっつかまり、人間性を否定されるような罵倒を受けたのも仕方ないことだ。それが自分の立ち位置である以上、甘んじて受け止めるしかない。他人に迷惑はかけていないつもりだし、言い訳もする気はなかった。

 しかし、まさか関崎に、

「俺が事情を立村から聞き出します!」

などとかばわれて面目なくするとは思っても見なかった。

 ──あれは、してはならないことだろう。男子の世界では。

 少なくとも関崎も、そのあたりの決まりは理解していると思っていたのだが、なぜいきなり割り込んできていろいろ言われねばならなかったのだろう。

 関崎が、上総に対し、深い友情を感じているのは理解できる。上総も関崎のことは決して嫌いではない。

 また、決してそれが悪意でないことも頭ではわかっている。

 しかし、

 ──まさか、同級生に天敵・菱本ばりの奴が混じっているとは。

 あの時、誰もいなかったら殴りつけていたかもしれない。合宿中そんな衝動に駆られたことが、少なくとも三回ほどはあった。

 なぜか天羽がうまく立ち回ってくれて、嘘みえみえの理由を述べてかばってはくれた。おそらく麻生先生も見抜いていたろう。天羽の性格を考えればそれは理解できなくもない。だが、ふたりのしてくれたことが結局は、A組の上総の立場をぐらぐら揺らしているのが現状だ。人を恨んではいけないと思うものの、やはり腹立たしく思ったりもする。


 ──だがどうすればいいだろう。


 それとは別に、天羽たちがもし、なんらかのいちゃもんをつけに関崎にぶつかってきたとしたら。今、一番恐れているのはそこだった。

 関崎は今、評議委員の藤沖と一緒に行動している。藤沖は比較的関崎とうまが合うらしく、しょっちゅうなにかかしら兄貴風吹かせてアドバイスをしている。関崎も時々うんざりした顔を見せたりするものの、さほど文句を言うこともなく流している。

 今はまだ、規律委員でおさまっているからよいものの、これから先が問題だ。

 ──天羽たちも今はまだ大人しくしているが、これから先、先生たちや女子たちの態度が外部生寄りになってきたらプライドを傷つけられて憤るに決まっている。元・青大附属中学の評議委員チームが、外部生の足元で平伏すなんてこと耐えられないだろう。

 上総のように最初から捨てているなら、構わない。

 しかし天羽や難波、更科たちにとっての元・評議委員という肩書は、本来もっと大切にされねばならないもの。それを一切、ゼロに戻され、格下扱いされているという思いがこのまま何も起こさずにすむとは思えない。特に轟さんの事件は、元・評議委員たちにとって最大の憤りであったことは想像に難くない。女子というよりも「仲間」としてうけいれられている轟さんの身を、友情でもって守ってやりたいと感じる天羽の心意気には共感するものの、関崎のまっすぐな魅力を理解する上総には同調することができない。

 なんとかしてうまく、やり過ごさねばなるまい。

 仲良くなれ、とは思わないが、せめて何事もなくすれ違わせるだけでも。

 

 電話が鳴った。聞こえた以上出ねばならない。予想はつく。

「はい、立村です」

 ──立村か!

 ほっとした声と、深みのある短い区切り。

「関崎、だろう」

 ──そうだ。元気か。

 元気もなにも、つい数時間前教室で顔を合わせたはずだ。

「何か用か」

 男子は用事がない限り、電話をかけないのが普通。

 ──ああ、立村、今週の土曜、空いているか。

 まただ。先週も、その前の週も。そう、あの新歓合宿以降かならず週一回かかってくる。

「いや、大学の講義があるんだ。ごめん」

 ──そうか。なら来週また誘うからな。俺のうちで飯食わないか。

「ありがとう。また今度」

 適当に礼を言って後、切ろうとすると関崎が続けた。とつとつとだが、決して受話器を置かせないという迫力を感じた。指先が重たくなる。

 ──立村、俺はお前の味方だ。忘れるな。じゃ、また。

 別にそんなこと、毎回毎回、どしっと付け加えなくてもいいのに。


 いつも上総に電話をよこす時、関崎はその言葉を付け加える。

 ──俺はお前の味方だ。

 それが関崎の、上総に対する友情表現だと、理解はしている。しているのだが、

 ──あいつはそういう人間だったろうか。

 思わずにはいられない。もしそういう奴だと、一年前に気が付いていたとしたら、上総はこうやって関崎を青大附高に合格させようとしていただろうか。自分でもわからなかった。

 受話器を置き、ふと思った。


 ──こういう男を、杉本も、清坂氏も、好んだのだろうか。

 


  


 

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