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深を射す 28


 上総は腕時計を覗き込んだ。まだここに来てから十五分くらいしか経っていない。

 目の前で繰り広げられている出来事は、いわば阿鼻狂乱だというのに、なぜか他人事のように眺めているのが自分でも理解できない。いつもだったらそれぞれの登場人物に対し感情移入して分析していくというのに、今はただ冷静に見下ろしつつ座っている杉本梨南のみと心を合わせている。一切上総の顔を見ようとはしないのに、見えない紐を互いに握り締めているような感覚に捕らわれている。

 ──なんであいつ「渋谷も犠牲者だ」とかわけのわからないこと言うんだろう。

 藤沖の言葉にひっかかりつつ、上総は黙ってこずえの仕切りを待っていた。

 この場は古川こずえが行司軍配を執り行っているのだから口出しはしない。


 すすり泣きつつも藤沖に向かって激しく首を振る渋谷、しかし声は出さない。鼻水が流れるのか何度も手の甲で口許を抑え、すすっていた。

「この場で言うぞ」

 藤沖の繰り返す確認台詞を撥ね返そうとしているようだ。

「言わないと誤解されたままだ。俺は言う」

 必死に押しとどめたいのだろう。かぶりを振る仕種は、藤沖の繰り返す言葉に比例して大きくなり、最後には身体全体を揺らして、激しくしゃくりあげた。

「渋谷さん、言いたいことあるなら、自分でまず、言いな」

 こずえが見かねたのか、渋谷を諭した。

「さっきから渋谷さん、『ごめんなさい』か『許してください』しか言わないじゃん。それだけじゃだめなんだよ。もちろんしんどいことだってのはわかってるけど、あんたが杉本さんに今までしたこと考えたら当然、我慢しなくちゃなんないことなんだよ。それに藤沖も」

 ゆでダコ状態の藤沖をも、たしなめた。

「あんたもさ、渋谷さんをかばうのならもっとやり方考えないとだめだよ。今の話でさ、風見さんが一枚かんでたってことはよくわかったし、そこから杉本さんの濡れ衣騒動へ発展していったてのも理解できる。もともと風見さんは杉本さんのこと嫌ってたからね。ついでに立村も相当、ねえ」

 ──俺の顔をそう見るなよ。

 もちろん口には出さない。

「けどどういうことよ。その、渋谷さんも犠牲者ってのは聞き捨てならないよ。どう考えたって今までの展開じゃあ、渋谷さんと風見さんのタッグで行われた修学旅行完全犯罪じゃん」

「犯罪と呼ぶな!」

 荒い言葉で遮る藤沖だが、こずえは冷静に交わした。

「とにかく、人として、やるべきではないことをしたのは事実でしょが。でも弁護人藤沖としては言いたいことがあるんだよね」

「そうだ。理由がある」

「渋谷さん、そういうわけだけど、このまま藤沖の口から聞いたほうがいいの? それとも自分自身で語る? 杉本さんがそうして欲しがっているようにね」

「どちらも、私」

 ここで言葉を詰まらせ、渋谷は再び泣き伏した。

 

 杉本はずっと黙りこくっていた。

 基本姿勢は変わらない。背を伸ばしたまま、じっと渋谷ひとりを見下ろしていた。

 おそらくこれこそ最大の処罰ではないだろうか。被害者からじっとにらみつけられる恐怖を、渋谷は今味わっているのだ。だから声も出ないのだろう。おびえるしかないのだろう。見方によってはこれをリンチと表現する人もいるだろうが、これまで杉本が与えられてきた罵倒の数々に比べればささいなことと、上総は思う。

 ──ある程度明らかにされないと納得できないよな。

 藤沖が言う「渋谷も被害者」の意味はなんとなくわからないでもなかった。

 去年の段階で、渋谷と風見、そして佐賀はるみの三人が仲良しトリオを組んでいたらしいというのは知っていたし杉本からも聞いていた。生徒会がらみで杉本が最大の屈辱を浴びせられたこと……たとえば音痴だとか……もやはり、この三人がいたからだとも聞いている。

 仲良し三人組。

 どこかの誰かと同じ立場だったとも考えられる。

 ──善意で、渋谷さんの失敗をごまかそうとした、そのことが重荷だったと言いたいのか。

 想像つかないわけではないのだが、だからといって杉本に罪をなすりつけようとしたことをひっぺがえすようなものとは思えない。


「渋谷は、風見にすべてを知られていたんだ」

 とうとう藤沖が口を切った。耳を覆ってさらに首を振る渋谷の姿は、以前舞台で観た人形振りの狂いにも似ていた。しかし声は出さない。身振りだけに留まっている。

「小学校から一緒ならね」

「前から知っていたのは、風見だけだった。だからこいつは、逆らえなかったんだ」

 ──逆らえなかった、といっても実際は守られたわけだろう?

 こずえが受け答えし、あえて後輩ふたりには何も言わせない方針で進めるつもりらしい。

「ええとつまり、はっきり言っちゃえば、渋谷さんのおねしょ癖のことを風見さんは唯一知る人だったってことなのかな」

 ──そんな露骨に言っていいのか?

 敵方の上総でもかなり恥ずかしく感じる台詞である。こずえは一切気にしないで進めていく。

「でもさ、かばってあげたってことはいいんじゃないの。それのどこが被害者、犠牲者なのよ。同じ穴の狢に思えるけどさ」

「小学生女子の考えていることはわからんが、風見は渋谷の秘密を知ってから、わざと親友面して近づいてくるようになったらしい。そうだな、渋谷」

 ひくっとしゃくりあげ、頷くような仕種をする渋谷に、上総はどうもねばっこいものを感じる。何が、というわけではないのだが、素直にその動作からくる言葉を受け取れない。

「本当はそんな深い付き合いをするつもりなどなかったが、弱みを握られてしまっては逃げられない。しかたなく風見の求める友情を培ってきたわけだ」

「だいたい、話が読めてきたよ」

 まっすぐ、どことなく感情を平らにしたような口調でこずえが相槌を打つ。

「つまりさ、ほんとは友だちになんかなりたくなかったのに風見さんに一方的ラブコールされてしまい、しかたなく親友の顔してたってことかあ」

 ちらっと上総の顔を横目で見るのには、いいかげんにしろと言いたくなる。

「青大附属にも一緒についてくられるし、そりゃあ大変だわ」

「だが、風見なりに思いやっていた節もある」

 いきなり渋谷が座り込んだまま、涙目で藤沖を振り返りにらみつけた。その目つきの変わる瞬間を思わず捉えて、背筋が寒くなる。理由はない。

「クラスは別々だが、風見はあの脳天気な性格であっという間に友だちをこさえ、そのルートから渋谷を紹介して交友関係を広げていったようだ。今だから言えることだが、生徒会関係の行事に参加してきたのはまず風見が最初だった。用もないのに生徒会室にたむろい出して、それを放っておけずに中へ入れると、ついでに渋谷もついてきた」

 ──ついでに、ってどういうことだろう?

 初めて杉本が、渋谷から目を逸らし藤沖の話に耳を傾け始めた。その合図はわかりやすい。まっすぐ背を伸ばしたまま、約四十五度席をずらすのだ。その変化に気付いたのかこずえがすぐに会話を藤沖へ促した。

「つまりさ、生徒会に入るきっかけを、風見さんが作ったってことなのかな」

「そういうことになる」

 首を振り、違うと言いたそうな渋谷の様子だが、なぜかものを言わない。藤沖に対して抗議の態度こそ示している。しかし、発しないのが上総には解せない。

「渋谷さん、反論したいなら口を使いな。返事がないから先にいくよ。けど、それは女子同士のうるわしき友情の現れでしかないじゃん。女子ってそうだよ。そことどうやって繋がるのよ。被害者だとか犠牲者だとか」

 沈黙が流れそうになるのをこずえひとりで留めているような気がする。

 上総はあえてどのような工作もしなかった。

 ただ、杉本の様子だけを伺っていた。


 空調が効いていた部屋だが、やはり密封されていいるせいかほこりっぽい臭いが広がってくる。誰かに聞いたことがある。カビくさい、とも言う。喉が渇いた。むせそうになるのを喉の真中で止め、話に耳を傾けた。

「なるほどね、渋谷さんってさ、一年上から見ててすごいしっかりしてるように見えてさ、なんてっかとっつきにくそうな感じがしてね。こういったら失礼かもしんないけど、お高く止まっているようでさ。藤沖、あんたもしょっちゅう文句言ってたじゃん」

「俺もそう思っていた」

 面と向かってそこまで言うか、と正直思うが当然上総は黙っていた。

「だが今になって気がついた」

「何をさ」

「そうさせていたのは、風見だったんだとな」

 ──影の功労者か。

 藤沖が何度か咳払いをし、額の汗を拭った。抗議を諦めたのか渋谷は両耳をふさぐようにして俯いた。それはそうだ、自分の内面を丸裸にされるようなものだ。聞きたくないに決まっている。

「風見なりに努力して、渋谷を守り立てようとしていたのはわかるしけなげだとも思う。だが反面、渋谷の方ではその善意で息が詰まりそうになっていたのだろう。本来ならば追っ払いたいところ、友情という名目であれやこれやと世話を焼かれ、しかもすべてがポイントを押さえている。実際風見は見た目馬鹿に見えるが結構賢い。今回の出来事でも、俺と佐賀との間を取り持とうとしたのは風見だし、決して悪意があるようには見えない」

「へえ、ずいぶん風見さんのことひいきするねえ。男尊女卑野郎だったあんたがねえ」

 皮肉るこずえを一瞬黙って見据え、藤沖は頷いた。認めた。

「そうだ。俺は、渋谷を基準にして女子を判断していたからだ。風見や佐賀を知ればそうは思わなかっただろう」

 言い切った瞬間、再び激しく渋谷が床に突っ伏した。全身からすすり泣きが溢れ出す。

 今度は杉本も一切無視したままだった。

 ──露骨だな。

 どちらにも言えた。杉本にも、渋谷にも。

 ──演技しているの見え見えじゃないか。

 藤沖の冷静な弁明はまだ続いた。

「俺は決して風見を責めるつもりはない。今回の一件にしても双方から事情聴取を行った」

「へえ、事情聴取ね」

 だんだん冷えていくこずえの声が少し怖い。

「風見なりに渋谷をかばって行った行為とはいえ、人間としてすべきことではない。ましてや人に罪をなすりつけるとは言語道断。俺も確かにそれは思う。だが、善意が悪意にすり変わることもあるわけで、渋谷にとって風見の言動は嫌がらせとして映っていたようだ。風見が懸命に渋谷の面倒を見ようとすればするほど、渋谷は追い詰められていったというわけだ」

「そういうことね。藤沖、あんたが渋谷さんを被害者とか犠牲者とか言うのはそのあたりに原因があったわけかあ。だいたいわかってきたよ。要するにさ、押し付けがましいってことよね。友情の現し方がさ」

 底から響く渋谷の泣き声と、その真上の空間で交わされる藤沖とこずえの対話は、どことなくどこかで観たギリシア悲劇のように思えた。白い布で身を纏い、ずらりと舞台上に並んだ登場人物が、朗々と台詞を謳い上げる。こんなのどこが面白いのかと、観た当時まだ就学前だった上総は感じたのだが、その記憶だけは鮮やかに残っていたようでぴたぴた合わさっていく。

 ──芝居だろ?

 問い掛けたい。

 ──なぜ、こんな白々しい演技をして、同情を引こうとするんだろう。

 上総は藤沖を観察した。同じ地平にいながら、自分ひとりが客。杉本すらも舞台道具のひとつに見えた。

 

 藤沖の性格を上総はまがりなりにも読み取っていたつもりだった。

 少なくとも、

 ──同情買うような話をする奴じゃない。

 男子たるもの、強さ、そして辛抱強さ。それを美点とする男のはずだった。

 硬派で曲がったことが大嫌い、だからこそ、上総と袖を分かった。

 その理由が理解できるだけに決して恨んだりはしなかった。

 杉本に対しての行動に関しては許しがたいものこそあれど、それでもまだ上総の心中には藤沖の価値観を受け入れる隙間を残しておけたはずだ。この場で話し合いを持つことに賛同したのもその「隙間」があってのことだ。

 ──なぜなんだ。

 上総は目でその質問を固め、眼光で飛ばした。いわゆる「ガンをつける」に近い。

 無視された。藤沖は語ることに夢中で、上総の様子を伺うことすら忘れているようだった。

──渋谷さんが風見さんの善意に窒息しそうになっていたのは理解できるさ。同じ立場だったらさぞ地獄だと思うよ。けど、そのことを明らかにして、何になる? 少なくとも俺はそんな白々しい話を聞かされたって聞く耳なんて持たないさ。

 言葉の積み木で組み立てて思う。なのに、なぜか苦しいのはその積み重ねた積み木の「隙間」から吹き込まれる言葉の毒だろうか。足元に這いつくばって全身ひくつかせている渋谷も演技しているようにしか見えないのに、ぐさぐさと目に見えない針が突き刺さってきて動けない。宿泊研修の夜に見上げた、千本の針を思わせる夜空、あの星空が静かに攻め立ててくるかのようだ。なぜこんなに苦しいのだろう。なぜこんなに息が詰まるのだろう。

 こずえがちらと上総に視線を送った。逸らす間もなくじっと射られた。

「あんたは黙ってな。最終的に判断するのは、杉本さんなんだからね」

 小声で囁き、また藤沖に向き直った。

「じゃあさ、藤沖としてはどうしてほしいのさ。つまり何? 風見さんのせいでずたずたになった渋谷さんを救いたいだけなの? けどそれは私らが判断することじゃない。被害にあった杉本さんが決めることだよ。そんなにまでしてなぜ、藤沖は渋谷さんを守りたいの? そこのとこまであんたの口から言わない限り、誰も納得しないよ。私も、立村も、もちろん杉本さんも」

 全身汗だくの藤沖は俯いた。喉を詰まらせたようになんども手でさすった。

 ──さっきまで立て板に水状態だったってのにな。

「もう二度と、誰も死なせたくない。それだけだ」

 空調の音が唸り声に聞こえた。


「もう二度とって、誰か死んだのか?」

「立村、あんた黙りな」

「尋ねただけだよ、一言か二言しゃべったっていいだろう?」

 上総は立ち上がった。パイプ椅子が後ろにずれた。

「さっきから一方的にしゃべりやがって、いったい何が言いたいんだよ!」

 こずえの制止などもう聞く耳持たない。ちょうどこずえの前まで一歩踏み出し、藤沖を見下ろした。立ち上がらず俯いたままの藤沖に今までがまんしていた言葉ですべて砲撃した。

「藤沖、今の話がすべて本当なら、もちろん俺は同情する。大変だったとねぎらう気持ちもある。けど、その話をここでぶちまけることに意味なんてあるのかよ!」

 果てしない水鉄砲のように、勢いよく言葉が発射されていく。留められないその理由がわからない。

「善意の顔した悪意、それがどんなにしんどいことか、もちろんわかってるさ。相手が自分のことを思ってしてくれていることだから、受け取らなくちゃならないことだってさ。そんなわかりきったことをなぜ、関係ないところで、赤の他人のまえで暴露する必要があるんだ? 藤沖、今の言葉でお前、渋谷さんを殺していることになるって気付いたこと、ないのか? こんな、女子にとって絶対に知られたくないことを俺みたいな男子どものいるところでぺらぺら聞かされて、感謝するとでも思っているのかよ!」

 ──違う、俺はこんなこと言いたいんじゃない、そんなんじゃない。

 ほとばしる言葉の洪水を押さえられない。しかも何を叫んでいるのか、連なる言葉はすべて、突っ伏している渋谷をかばうようなもの。本来なら杉本にめった打ちに遭わせてやりたい相手のはずだ。どんどん恥ずかしい過去を男子どもの前で暴露してもらった方が好都合、杉本のためにもよいこと尽くめのはず。勝者でいられるはず。

 ──けど、なぜ叫んでしまうんだ?

 頭の中とは違うところで、言葉の製造機が激しく作動している。忘れられていた倉庫から物が運び込まれてきたかのよう。このまま違う言葉ばかりぶつけていたら、せっかくの有利な立場から外れてしまうというのに、なんでだろう、どうしてか上総も心の中で手をこまねくしかない。

「俺が言いたいのは、そういう余計な援護射撃なんかやめろってそれだけだ。今、杉本が言っただろ。杉本の要求だってひとつだけだ。渋谷さんの口からはっきりと、直接、事実関係を述べてほしいという、それだけなんだ。それも露骨な事実を知りたがっているわけじゃない。なぜ、杉本を生贄にしようとしたのか、その理由だけだ。そうだろ、杉本」

 背中をじっと射る視線、それが杉本梨南だとは気付いていた。背中がちくっとする感覚は気のせいじゃない。上総は振り返らず、ただひたすら藤沖を責め続けた。

「藤沖、今、これ以上死なせたくないって言ったよな」

 ふっと顔を上げた藤沖の眦が赤かった。

「だったら、これ以上茶々をいれるのはやめろ。ふたりと、行司軍配を握り締めている古川さんにすべて任せろよ。こうやって藤沖が説明すればするほど、恥の上塗りをされている相手のことも考えろ」

 さらに続けようとしたとたん、膝の裏をちょんとつつく誰かの指の感覚あり。

 誰がやったかは明白。思わずふらつく。床に座り込むのだけは避けられた。


「立村、言いたいこと言ったなら、もういいでしょう」

 いつのまにかこずえが、上総のずらしたパイプ椅子を元の位置に戻していた。

「あんたの言う通り、私も悪かったよ。藤沖の気持ちもわからないでもないけどさ、ちょっと露骨過ぎとは思うよ。悪いけどあそこまでぺらぺらしゃべっていいのは、お互いしっぽりぬっくりやっちゃった後くらいだよ。やることやった間柄ならさ、しょうがないにしても、そこまでの関係がないのに暴露ってのはまずいかもよ」

 相変わらずのやんわりした下ネタで話を締めようとしたのだろう。こずえが軽く交わそうとした。突然藤沖と渋谷が顔を見合わせ、何かを相談しあうように首を振ったり手を揺らしたりし始めた。

 まず上総が、次に側にいた杉本が気がついた。

──どうしたんだろう、やはり付き合ってるのか。

 想像はついたし驚きはなかった。

 むしろ、次の杉本の言葉に全身が硬直した。

「そういう間柄なのですね」


 理解するのに約、五秒。こずえが確認するまでの間だった。

「杉本さん、なぜ、そうシンプルに、核心に突っ込むのよ、もう、笑っちゃいけないのに笑っちゃうじゃないのよ! 今杉本さんが言ったことってさ、『あんたたちもう、お互い乳繰り合ってるんじゃないの』ってことと一緒だよ」

 茶化すこずえの笑い声を打ち消すかのように、杉本はきっぱり言い放った。

「古川先輩の意味する通りです。私はそのような事情ならば、藤沖先輩の援護射撃の理由を理解します」

「杉本、ちょっと待て、お前何を言いたい?」

 上総の問いにはこずえが答えた。

「ばっかだねえ立村。いいかげんあんたも男女の機微ってものを学びなよ。相変わらずあんたガキなんだから」

 ゆっくりと、藤沖と渋谷を交互に眺め、最後に藤沖へ確認するように問うた。

「藤沖、あんた、渋谷さんに責任とる覚悟で、やったんだね」

 返事はなかった。

 無言の肯定サインだと、男女の機微を知らない上総にも理解できた。

 泣きはしなかったが、渋谷も顔を上げられずに俯くだけだった。


 再び空調の音が響き、教師用机の電気器具のライトが黄色と赤に何度も点滅した。

 上総は杉本の顔をそっとのぞきこんだ。目が合った。

 今度は杉本も無視をせずに上総をじっとにらみ据えた。いつもの瞳だった。

 

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