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 ──留め金、触ったら、火傷しそうだな。

 自転車置き場に放っておいた皮の鞄が、いつのまにか熱をもっていた。恐るるべし黒皮の威力。直下日光をもろに受けている。こずえと話をしているうちに、勝手に太陽が金具の部分までエキサイトさせてしまったかのようだ。

 柄の部分は触っても問題なしだ。上総は指先で用心深く摘み上げ、腕時計を覗き込んだ。

 だいぶ時間が経ったように思えたのだが、実はたった五分くらいしか進んでいない。

 ということは、

 ──余裕で、あいつが絡んでくるな。

 あれだけ大法螺吹いた後でどの面下げてくるものやら。

 ──なんだかあいつ、俺の登校時刻を見計らったようにやってくるよな。

 最初のうちは偶然だろうとたかをくくっていたのだが、この前のように朝六時台という通常では考えられない登校時刻であっても顔を出すというのはいったいどういうことだろう。もしかしたら自宅に盗聴器を取り付けられているかもしれない。上総の住所自体知らないだろうしありえない妄想ではあるけれども、こうも追いかけられるとふざけた発想をしたくもなる。

 上総はずっしり重たい鞄の柄を握り直した。

 どういう根性しているのか見当つかないが、一応先輩である上総に恥をかかせておいてそれでも顔を出したいと言い放つ霧島のことだ。逃げるつもりはないだろう。

 ──だったら、こっちから迎えに行ってやるか。

 もちろん中学校舎に顔を出す気はなかった。

 霧島の顔を覗き込んでみたい気は大いにするが、他の生徒会メンバーと鉢合わせして気まずい思いはできればしたくない。いや、それ以上に、

 ──杉本も朝早いからな。

 妙な勘繰りされて、またわけのわからない展開に持ち込まれるのは避けたい。杉本梨南の勘が鋭く、また滑稽なほど深読みされたあとフォローするのは、慣れている上総でも大変だ。


 まず高校の校門まで戻り、次に雑木林にもぐった。

 夏真っ只中でありながら涼しさをかこえる場所。

 それを狙ってきたと言われてもしょうがない陽射し。まずは一息ついた。いくら時間があるとはいえ、遅刻だけは避けたいもの。自転車で高校校舎までのこのこやってきて、その後即、中学校舎へ戻るのならばおそらく、林を横断してきているのは明白だ。そう考えるならば、林の中で耳を澄ませていれば奴を捕まえることはたやすい。ついでに言うなら、霧島にとっても話をつけた後、すぐにとって返すことができるのだから好都合なはずだ。なによりも。

 ──誰にも気付かれずにすむから、言いたいこと言えるしな。

 あとは上総と同じことを考えている輩がいないことを祈ればよい。

 自転車特有の、油を欲しがる悲鳴のような音はまだか。

 側の樹木に持たれて、呼吸を整えた。


「僕は最初からあなたを先輩と思ってませんよ。慣例でしかたなく『先輩』と呼び習わしているだけですが」


 てっきり自分に呼びかけられたのかと思った。

 頭の上で寄り添い合う葉のすれるざわめき、時折聞こえる鳥の鳴き声。しかし人の言葉はよく通す林の中。上総は呼吸を浅く、細くした。

 ──霧島か?

 疑いはない。独特の甲高い声も、空威張りに似た早口なしゃべり方も、ここ数週間聞きなれたものだった。かすかに聞こえるだけなのに、なぜかはっきりと聞き取れるのは自分の耳に刷り込まれたからなのか。

「なんで僕が謝らねばならないのですか? 僕は真実を申し上げただけです。誰かが口火を切らない限り、嘘が通用してしまいますからね。それのどこが、間違っているとおっしゃるのですか?」

 ──似てるな。

 何に? その答えが脳裏に走る前に、霧島の嘲笑する言葉が連なる。落ち着いて聞き取る気持ちでいられるのは、それが幸い自分に向けらたものではないと理解しているからだ。まずは霧島と話をしている相手を確認しなくてはなるまい。下手に上総が顔を出せば、今度はそいつにまで「実は僕、立村先輩が例の怪しい本を買っているところを目撃しまして、それで」などとわけのわからないこと言われる可能性、大である。身を隠したほうがよければ逃げよう。一歩踏み出し、小枝の隙間から覗き込む。

 思ったよりも遠くにいる。

 太い木々の、二本ほど向こう。

 ──あれは、まさか。

 ひとりではない、霧島はふたりを相手としていた。

 上総も盗聴することに、即、決定した。

「こんな木陰で話をしろなんて、ずいぶんやましいこと考えているようですね、おふたりとも。それなら堂々と生徒会室までいらっしゃればよろしいのではないですか? 僕はいつでも準備が出来ておりますがね」

 陶器人形にも似た怜悧な顔立ち。誰もあの顔から鼻血たらしたところは想像できやしないだろう。

「いいかげん、覚悟を決められたらいかがですか、渋谷先輩? 藤沖先輩も」


 ──あいつ……何を。

 霧島相手に何度思ったろう。

 「あいつ、何考えているんだ?」なるフレーズ。

 今までは自分に向けられていたから考える余裕などなかった。

 相手が違うなら、考えられる。集中した。


 三人とも上総がすぐ側まで近づいていることに気がついていないようだ。霧島の得意ぶった演説をまずは拝聴したかった。用心深く隠れ直した。

「霧島、お前の言い分は正論だ。それは男としてよく理解している」

「理解されてらっしゃるんでしたらなぜ、認めようとなさらないのでしょうか。さらに言うなら、うちの会長を口説いて無理やり悪事の片棒を担がせようとなさるのは、なんででしょう」

 明らかに藤沖と分かるいかつい白シャツ姿の男子。三人固まっている中で、拳骨から親指を上に突き出している、頭の出方だった。表情は読み取れない。

「渋谷先輩、何度も言うようですが、僕はあなたのしでかしたことに興味はありません。最初から、どうでもいい人のことなど、関心を持つ時間そのものが無駄です」

 次の標的にされた女子は見なくてもわかる。黄色いヘアバンドで額の前髪を留めていた。ヘアバンドの位置が以前はまるまるひたいを出した上だったはず。今は前髪を押さえる格好で眉をすべて隠している。俯いているだけだ。律儀に霧島が、藤沖、そして隣の渋谷のまん前に移動し、人差し指を突きつけながら糾弾しているのはくせだからだろうか。機械仕掛けを思わせた。

「僕は最初申し上げましたよね。生徒会室できちんと話をつけましょうと。それがだめなら次は中庭で、それでも敷居が高いのなら百歩譲って藤沖先輩付き添いのもと高校校舎でいかがですかと。僕なりにそれは善意で譲歩させていただいたのですが、最後には人気のない場所でここですか? 要するに陰で片をつけたいわけですね。たくさんのギャラリーに囲まれることもなく、真実をつまびらかにすることもなく、先輩という名の威厳でもって塗りつぶそうとするわけですね」

 ──「つまびらか」だとかやたらとしゃちほこばった言葉使いたがるのって、なんでなんだ?

 大袈裟というかなんというか。

 自分にも覚えがあるこの、爪先立ちのくせ。

 霧島と同じ年頃だった時期、確かに自分はやらかしていた。特に本条先輩相手に。よくぶん殴られないですんだものだ。感謝したくなる。

「そんなに焦る理由なんてあるのですか? 僕を黙らせるために、口止め料でも用意するつもりなのですか?」

 ──今度は「口止め料」ときたよ。

 事情が事情でなければ、きっと笑い出していたことだろう。観客であれば目の前のふたりも大受けしたいところだろう。そうできないのが、「真実」の重みだ。気取った言葉で責めたてているその「真実」が、渋谷には否定できず、藤沖もかばいきれないからこそ、止めることができないというわけだ。


 再び風が、頭上の木漏れ日を揺らめかせた。ざわめきだけでは隠せない会話が続く。

「とにかくですね、僕としては藤沖先輩のご提案を呑むわけには参りません。『真実』である以上、きちんと覚悟して受け止めていただきます。生徒会側としても、うちの会長には申し訳ありませんが渋谷先輩を何事もなかったかのように受け入れるつもりなどございません。もし再び、書記としてお戻り願うとすれば条件はひとつだけですね」

「条件、って?」

 か細い女子の声。半年も経っていない最後の評議委員会の際、上総に「いいかげんにしてください!」などと金切り声で叫んでいたヘアバンドの女子が同じ口から発したものとは思えなかった。

「全校生徒の前、および、今回の事件において一番迷惑を被られた杉本先輩の前で、土下座することですよ。渋谷先輩、あなたのしでかしたことそのものではなく、そのことを隠して人に罪をなすりつけようとした、その行為を認めなさい!」

 とうとう命令形まで使い出した。

 ──霧島は、嘘を言わない奴だな。隅から隅まで本当のことを言いたがるんだ。

 やはり、似ていた。誰かに。

「霧島、お前の正論は分かっている。だがそれでも、理解してくれ」

「しつこいですね。いったいおふたりの間に何が起こったか存じませんが、僕は黙る気などありません。事実をそのまま伝えるのみです」

 藤沖が、突き出した親指の先で指相撲するように頭を上下させている。

「先日のように土下座されても無駄ですよ」

 言い放つ霧島は、わざわざ藤沖の前に立ちはだかり、

「この前おっしゃいましたね。うちの姉と同じ思いをさせるべきではないと。ありがたいことです。あのごくつぶし女が青大附属から追い出されたように、渋谷先輩が同じ目に遭うのではとご心配のご様子。はは、全くもって笑止、笑止ですよ。ご安心あれ。青大附属の教師たちは学業不振と殺人未遂以外、せっかく獲った金づるの生徒を追い出したりしませんよ。たとえ何があろうとも、恥を背負ってこれからの約三年半の青春を青大附属で過ごしていただくことになるでしょうね。まあ、せいぜいがんばってください」

 

 突如、しゃがみこむ気配がした。服の激しくすれる音。

 ──渋谷さん、倒れたのか?

 思わず姿を見せてしまいそうになり上総の方が慌てて身を引く。

「どうしたんだ」

 藤沖の堅い声に、戸惑いを感じる。

「はいはいなんでしょうか」

 笑いを含んだような霧島の返事。

「そう、そうすれば、私、これ以上、嫌われないですむの?」

「馴れ馴れしい言葉を使わないでください」

 撥ねつける霧島の足元に、手が伸びていた。つかんでいた。止める藤沖を振り切るように、ぎゅっとスラックスの裾を引っつかんだ。

「私、土下座します、いくらでもします、だから、許して、お願い、許して」

「何を勘違いしてらっしゃるのですか。汚いですから放してください」

 馬鹿丁寧な口調だが、その奥に蔑視。遠目で観察している上総にもそれは伝わる。

「お願いだから、これ以上、嫌いにならないで、私」

「ご安心ください。これ以上、嫌いになることはないですよ。いいかげん放してもらえませんと、尾崎紅葉の『金色夜叉』やるはめになりますよ。文学史、ご存知ですよね」

 ──蹴り飛ばしたいんだな、つまりは。

「僕は出会った最初の瞬間から、あなたのことを嫌いでしたからね」

 もはやこれまでと、渋谷を助け起こしたのは藤沖だった。これで霧島は「金色夜叉」の貫一を演じずにすんだ。


 テレビドラマか映画か演劇か。作り物の世界を見せ付けられているように思えて、その一方で演じているのが自分の身近な知り合いだという事実。

 繰り広げられている三つ巴の口論を、他人事のように眺めている。 

──対決したら、杉本の圧勝だな。

 腹の底に広がる何か。不思議と穏やかに感じる。濡れ衣だとか、学校や生徒会から嫌がらせされ続けているとか、杉本梨南にはなにかと不利な情報ばかり流れていた。学校側が顰蹙承知で渋谷名美子をかばうつもりだと聞いた時には、自分が杉本の助太刀をしようといきり立ったりもした。それもこれも、杉本が圧倒的不利だと思い込んでいたからだった。

 なんのことはない。

 ──こんな人を相手にするのか。

 馬鹿にしているつもりはなかった。

 万が一、佐賀はるみ生徒会長と対峙するのならばまた話は変わってくる。すでに勝負付けのすんだ相手だし、やわらかに防禦されてしまえば杉本はもう手も足も出ない。

 だが、渋谷名美子になら。

 ──申し訳ないが、俺も霧島と同意見だ。

 杉本が本気を出せば、もうぺしゃんこにつぶれてしまうだろう。

 たとえ藤沖やこずえが懸命に丸く治めようとしたところで、杉本は容赦しないだろう。

 嘘つくことを潔しとしない、いくさおとめの杉本梨南ならば。

 刃をまみえずとも、「真実」だけを言い放てば、それだけで終わる。

 

 改めて霧島のつんととがった狐顔を眺め遣る。

 汚いものをみるかのように渋谷をにらみつけ、これ見よがしにスラックスの裾を払っている。仕種ひとつひとつが落ち着いていて、どう考えても健康な中学二年男子の言動とは思えなかった。これは浮くだろう。生徒会役員副会長という肩書を踏まえて考えても、同学年の男子たちに共感を持たれるタイプには思えなかった。

 ──女子にはもてていると聞いているけどさ。

 ──あいつに友だち、いるのかよ。

 あの甲高い口調でいばりくさったものの言い方をするようでは、おそらく周囲からも煙たがれているのではないだろうか。例の鼻血事件をきっかけに、上総も霧島を注意深く観察してきたつもりだが、今まで同学年の男子たちと肩を並べて談笑している姿を見かけたことがない。たまたまなのかもしれないが、つい不自然に感じてしまう。

 ──友だちがいれば、まずは朝、教室で馬鹿話でもするだろうにさ。

 

 自分の恥とも言える現場を押さえつけられたにも関わらず、あれからずっと伝書鳩のごとく上総の元へ通いだしたその理由とは。

泣いたり笑ったり威張ったり嘘ついたり忙しくしながらも、いまだ上総を追い掛け回している理由とは。

 人を挑発するような言葉を投げかけつつも、その間際にふと、上総の様子を伺うような目つきをする理由とは。

 

 ほんのわずかな隙間に、答えがするりと忍び込む。

 ──あいつは。

 こずえについさっき使おうとした言葉を、今度は自然に感じることができた。

 ──淋しいんだ。杉本と、同じなんだ。


 合わせ鏡を覗き込んでいるかのようだった。今まであえて意識せずにはきたけれども、霧島の口調といい振る舞いといい、いわば「受け入れられている杉本梨南」のごときもの。成績優秀ながら人の神経をきりきりさせるような言葉遣いをするところもそうだし、さんざん罵倒しつつも結局は上総の側から離れない……杉本は絶対に否定するだろうが……ところも同じだった。

 杉本も、霧島も女子から受けよく、男子から顰蹙を買っているところがまるっきり一緒。

 どうしてこんな単純なことに気づかなかったのだろう。

 本条先輩には「兄貴分になってやれ」とか言われたけれども、要するに杉本と同じ扱いをして差し支えないという、ただそれだけのことだ。か細い声で助けを求めている、あの声を霧島も裏声で呼んでいた。それを聞きつけた上総が手を無意識のうちに差し伸べてしまった。実はそれだけのことだった。

 ──もし、あいつが杉本と同じパターンだとしたら。

 瞬時に結論を出した。

 ──霧島、墓穴掘るぞ! 


 ためらわなかった。上総は木陰から一歩前に出た。声を出す前に三人が気付いたようだった。いきなり霧島が背中を反り返らせたように見えた。藤沖が助け起こしたばかりの渋谷を手でかばうようにして、改めて上総を見据えた。

「霧島、こっちに来い」

 言葉きつく、歩きながら呼びかけた。顎をきつくひいて、肩をこわめに怒らせた霧島は、

「立村先輩ではないですか」

 上ずった声で空威張りした。本人はそう思っていないだろうが上総にはもう見え見えだった。

「今、いらしたのですか」

「ああ、お前がいつまで経ってもA組の教室に来ないので、妙だなと思って迎えにきたんだ」

「それはそれは」

 果たしてこいつは、先日のこずえについた大嘘を覚えているのだろうか。観察するつもりでいたのだが、なんのことはない、もう顔に後ろめたさがまるまる現れている。ごまかしているのだろうが罪悪感たっぷりといった本心は、腹を突き出すくらいに反り返っているその背筋に現れている。悪いが、ほんとうにこいつ、間抜けだ。

「悪いけど、今の話全部聞かせてもらった」

 次に藤沖に伝えた。隣でしゃくりあげている渋谷には目も向けなかった。レディファーストとは違うかもしれないが、女子に不必要な恥をかかせる気はない。

 再び霧島に近づいた。どんどん肩甲骨があがっていって首を短く見せそうな感じあり。知らぬ人からすれば堂々たる態度なのだろうが、上総にはもう、嘘をついた後小さな子どもがきょときょと目を動かすのと同じに感じる。

「霧島、今日はこれでやめとけ。あとは関係者がすべて片付ける」

「関係者、ってそれは」

 言いかけた霧島を制するのはたやすかった。

「まずは期末試験が終わるまで待て」

「期末?」

 小声で、決して目の前のカップルには気疲れないように曖昧な言葉遣いをするよう勤めた。

「そんな悠長なことしている暇なんてないでしょう、立村先輩も杉本先輩に対して」

「お前が協力してくれたお蔭でなんとかなる。感謝する」

「でも、それだけでは困るんじゃないですか。僕は先輩のために」

「ああわかってる。それはよく理解している。でもな」

 霧島にしか聞こえない声で伝えた。究極の囁き声だ。

「この前の写真集の件をばらされたくないんだったら、まずは黙れ。お前に悪いようにはしない。あとで、ゆっくり話そうな」

 両目、しっかと見据えた。

「期末まで、待てるな」

 霧島の返事を待たず、改めて藤沖に向き直った。


「古川さんから聞いてるだろう。期末試験前日、視聴覚教室での話し合いの件だ」

 返事はない。黙って上総を見返している。毛むくじゃらの片腕で、渋谷を背に追いやっている。ヘアバンドで押さえられた前髪の下、その表情は読み取れない。

「すべてはそこで決着がつく。俺も杉本の付き添いだ」

 もう一度霧島を手で招いた。さすがに近づいては来ない。場をわきまえているようだ。

「どういう判断をするかは杉本の胸一寸だし、俺も口出しするつもりはない、ただこれだけは伝えておく」

 真上をよぎる雲で足元が一瞬暗くなる。目眩がする。

「どんなに隠したところで、明るみにされない事実はないんだ。それは俺が実体験から一番よく知っている」

 最後に霧島に向けて、言葉を発した。

「お前と一対一で話したい。期末が終わったら俺から直接連絡する。それまで待ってろ」

 

 霧島の反応がどのようなものか、確認はしなかった。上総は背を向け、急ぎ早に高校校門まで走った。さすがにそろそろ週番の規律委員に捕まりそうな時間帯だった。南雲が週番ならば見逃してくれるかもしれないが、関崎だったら遅刻の違反カードを切られる恐れありだ。ぎりぎり生徒玄関の戸が閉まる寸前にもぐりこみ上履きに履き替えていると、その後ろから藤沖が駆け込んできた。どうやら、この日は多少の遅れを大目に見てくれる規律委員が週番だったようである。最も玄関から近い一年A組の教室に向かい、改めてふたりで並んで入った。藤沖と肩を並べる格好で教室に飛び込んだのは、初めてだった。


 驚いた風に関崎がふたりを眺めていた。

 席脇を通り過ぎた時に聞こえてきた。

「藤沖、おはよう。立村と来たのか」

 席についた藤沖に話し掛けている様子だった。藤沖がどのような返事をしたのか上総には聞き取れなかったし、盗み聞きする気もなかった。もう勝負が決したものについて、しつこく追う必要も上総にはなかった。

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