18
夜が日ごとに寝苦しくなってきているのは、ただ夏の気配が部屋に居座っているだけではない。瞼を閉じたまま意識がもうろうとしたまま朝を迎え、上総は自動的に身支度を整えた。
──朝六時半とか言ってたな。
父がすでに起きて、コーンフレークに牛乳をかけて混ぜ合わせていた。わざわざ干しぶどうと蜂蜜もトッピングしている。トマトを脇に置いたまま、
「おはよう」
いつもの挨拶だった。上総は口篭もりながらその一言をごまかし、テーブルに向かった。
「先生、お元気か」
いきなり思い出したくもない話題を振られて、自分の食事……同じくコーンフレークだが……にむせた。牛乳を一気に飲み干した。
「人のことは興味ない」
「麻生先生はいい先生だからな。お前も少し考えろ」
──何が考えろだ。
上総は完全に無視したまま、スプーンでコーンフレークをかきこんだ。父の
手元にある袋にはいったままの干しぶどうをひったくり、適当に放り込んだ。
「はちみつもあるぞ」
「甘いのは好きじゃない」
「ああ、それとだな、上総。来週母さんが泊まりにくるから、その準備だけたのんだぞ」
「また来るの?」
うんざりしてくる。爽やかな朝の目覚めが吹っ飛ぶ。つい先週さんざん部屋を片付けるという名目でかき回していき、罵倒するだけ罵倒して去っていったあの母がだ。
「悪いけど、期末試験もあるから母さんの相手はしてられない」
「しないとご機嫌斜めなんだよなあ」
確かにその通りではあるのだが。暫くスプーンをくわえたまま上総は考え込んだ。
「たぶん、七月下旬に例のゆかたざらいがあるんだろ。それに俺がまた手伝えってことになるんだろ?」
日舞の簡単なおさらい会の一種で、お弟子さん全員がおそろいの浴衣姿で舞うちょっとしたお食事会だった。毎年上総も、母の命により荷物運びおよび片付けの手伝いをさせられていた。もっとも、
「今回は『おちうど』の座敷でやる程度だから、そんな手伝いいらないと思うけどさ」
食事は『おちうど』内でまかなう形になるはずだ。
「母さんにもいろいろ考えることがあるんだろう。とにかく、覚悟はしといたほうがいいぞ、それと、見られたくないものは隠しておいたほうがいい。いろいろあるだろう」
毎度のことだ。危険なグラビア本やらなんやらはすべて引き出しの中に押し込んである。常識を知らない母のことだから、うっかり日記を見つけられたらしゃれにならない。そのために上総は毎日、日記の文章をドイツ語で綴っているのだ。保身ともいう。英語ならともかく、ドイツ語を母が読解できるとは思えない。
深めの皿に残ったうっすらとした牛乳を、スプーンで掬い取り、上総は食事を終えた。
「もう行くのか」
「朝、バイトしている友だちがいるから、そいつに会う」
別に説明なんか父にする必要はないのだが、つい口に出てしまう。父は小さな声で感嘆の意、「おお」を呟いた。
「バイトをしている子がいるのか」
「古本屋で」
もちろん関崎のことである。
「学校の許可はもらってる」
「偉いなあ」
偉いも何もあるものか。なんだか自分を貶められたような気持ちになり、早朝から腹が立つ。自分の小遣いくらいもちろん自分で稼ぎたいけれども、そんなことが許されないことくらいわかっている。ついつい、言い訳が口をついて出る。
「うちの学校は学費を稼ぐとかそういった理由がなければ、アルバイトを許してないんだ。友だちは外部生だから、うちの学校の学費を稼がないといけないからであって」
「ああ、上総、お前には卒業までアルバイトなんかさせる気ないから、そんな言い訳しないでいい」
父は話を強引に断ち切った。
「学生のうちは、勉強のことだけ考えていればいい。社会に出たらいやというほど、仕事漬けになるんだからな。学べるうちに、学んでおけ」
──父さんの説教なんか、聞きたくないさ。
聞こえなかったふりをして家を出た。「ふり」しかできず、「聞き流せない」自分がいやになる。
まだ気温はさほど上がっていないようだった。自転車のペダルを踏んでも居心地悪い汗が流れてこない。むしろさらりとしたパウダー状の風がまとわりつくようだった。父との不毛な会話が切り替わり、すぐに別のことへと思考が動く。
──杉本は本当に来るんだろうか?
昨夜の会話がどことなくぎこちなかったのを思い出し、また鬱陶しい気持ちになる。
──古川さんがどういう説得をしたか想像つかないけど、杉本があっさりと無謀な条件を呑むとは思えない。
一晩置いて考え直してみたけれども、やはり杉本梨南にとって不利な提案であることは否めない。もちろん、古川こずえの言う通り、「関崎は信じているから」の一言で素直に頷く可能性は高い。だが、それを受け入れたところで杉本梨南になんのメリットがあるのだろうか。
──修学旅行の失態を否定しないで押し付けられたまま流す。こちらが黙っていれば、向こうだっていくらでも捏造できるわけだからな。
楽天的に考えすぎているんじゃないだろうか。
視点がどうしても、自殺未遂を繰り返しているらしい渋谷名美子に向かっているのはしかたのないことだと思う。こずえの言う通り、一番大切なものは人の命だろう。
だが、杉本梨南の名誉と今後はどうなるのだろうか。
嫌われ者はこれ以上嫌われても、なんとも思われないのだろうか。
さらに気になるのは生徒会内部の動きだ。
──俺が単純だったゆえに読みきれなかった、霧島の動きだが。
鞄の中には、例の「キャリアOL」のグラビア写真集を押し込んである。今日、もし奴が現れたら押し付けて黙って去るつもりだ。こずえや関崎と接していることに気付いていたら、上総もそうそう霧島を受け入れることはしなかっただろう。生徒会副会長でありながらなぜ、落ちぶれた元評議委員長に近づいてくるのか? そのあたりの疑問をもっと深く考えるべきだった。
──俺を通じて、藤沖サイトの考えおよび杉本の弱点を探りにきたと考えれば、確かに話は通る。誰もまさか、興奮して鼻血出したところを見られて、それで懐きにくるなんて行動は、まずありえないことだろう? 俺も最初はそう考えていたけれど。
胸の真中辺りに、拳骨くらいの重みがくる。
──俺はしっかり騙されたというわけか。
先輩として後輩を面倒みた経験は、あまりない。評議委員会の頃も、もちろん下級生の世話をする機会がなかったわけではないが、くどくどと人生相談されたり、一方的に甘えられたりとかそういうケースは殆どなかったと断言してよい。第一想像できやしない。順位立てしていけば上総の弟分に当たるのは新井林健吾のはずだが、奴が霧島のように家庭事情やらなんやらをべらべらまくし立てる姿は絶対にありえない。
──もう、信じない。
ようやく校門が見えてきた。自転車から降りてまずは高校へと向かった。六時十五分過ぎ。まだ女子ふたりの姿は見えなかった。
しばらく上総が自転車を置いた後校門をうろうろしていると、続々と運動部朝連に参加する連中が、Tシャツとジャージ姿……中には短パンも……で現れた。顔見知りの奴もいるが、
あえて顔を伏せたままにした。みな、何かかしら用があって早朝登校することもざらなので、そのあたりはみな、大人の顔して見逃してくれる。
ふと見やると、グラウンド奥で奇声を上げる集団もちらほら見かける。
単にストレス発散しているのかと観察してみると、どうやら演劇部の発声練習らしかった。
「あ、え、い、う、え、お、あ、お!」
「か、け、き、く、け、こ、か、こ!」
──演劇部なんてうちの学校にあったろうか?
上総の知るかぎり、確かなかったような気がするのだが。
背伸びして、さらに向こうを眺めようとした時、声をかけられた。
この一週間ほど、聞きなれた年下の声。
「中学では現在、演劇部が設置されておりませんが、現在外部生にあたる方々が同好会を結成されておられるようです」
またかしこまった、少しトーンの高い響きが耳に残る。上総は振り返った。
霧島が、片腕にブレザーを抱える格好で一礼し、上総の真後に立っていた。
「こんな朝早くに」
「立村先輩こそ、なぜこんなにお早く」
あっさり霧島は答え、かすかな微笑みを浮かべた。
やはりこれは怪しい。
──第一、俺が六時半に古川さんたちと話をすることを、なぜ気付いているんだろう?
理由は簡単、生徒会の裏工作担当者だからこそ。
そしておそらくは。
「例の事件で話し合うべきことがあったからだけどさ」
静かに答えた。霧島の反応を見た。
「例の事件、ですか」
「そうだ。生徒会を絡めた、修学旅行関連の話だけど」
歯切れが悪い。霧島の瞳を覗き込む。やはり姉弟なのかもしれないと思う。色白の、指
で触ったら破れてしまいそうな肌も、日本人離れしている少し薄茶色の瞳も、唇の上品な薄さも、すべてが霧島ゆいに瓜二つだった。それでいてこいつはとことん姉を憎んでいる。その理由を一通り理解はしたつもりだが、じゃあなぜ上総にその話をしたがるのか、そのわけが読み取りきれていない。
「決着をつけられるのですか!」
心なしか、霧島の口調にきらめきを感じた。
興奮と言うにはやはり何か違う。わざと押さえているわけでもないのだろうが、雲から日が薄く広がった風な輝きに近い。しかし「決着」とはどういう意味合いなのだろう。
「俺はつけたいと思っているけれども、そうなるとこれ以上君と話はできないだろうな」
視線を逸らさず、上総は鞄から袋に入った本を取り出した。
「これ以上俺に近づいていると、生徒会側でも誤解するだろう。この本は適当に処分すればいい。もう来ないほうがいい」
「僕は、お伝えすべきことがあってお伺いしているのですが」
──やっぱりこいつ何考えているかわからないよ。
霧島は受け取ろうとしなかった。
「君が伝えたいこととは、本当のところ何なのかわからない」
上総も今は退くつもりなどなかった。
「この一週間ほどいろいろ情報提供してもらい感謝しているけれども、それによって君になんのメリットがあるのかとうとうわからなかったんだ。俺以外にも上級生はいるだろうし、君のことだから天羽とか難波とか更科とかとも話はしているんだろう?」
今まで「お前」と馴れ馴れしく呼び捨ててきたが、あえて「君」としゃちほこばってみる。
「だったら俺よりも、そちらと話を進めたらいいだろう、俺と話をしても何も徳になることはない。評議委員長だった頃ならまだ別だが」
「お言葉を返すようですが、立村先輩」
しばらく拝聴という顔でじっと耳を澄ましていたようだが、霧島はたてついた。
「まず、僕は先輩のお話を聞きにきたことは一度もありません」
「じゃあこの一週間は」
何が楽しくて朝から上総を追いまわしているのか、その理由を明確にしてほしい。
「僕が情報を提供するためにお伺いしたのです」
なんの情報提供なのか? 少なくとも霧島家の姉弟げんかやのれん事情を提供してほしいと伝えたことは一度もない。あえて口には出さずに霧島の言い分を聞く。
髪の毛をさらさらに整えた気品に満ちた、いわゆる貴公子たる霧島。
動ぜず続けた。
「立村先輩がこれから先巻き込まれるであろうご事情を、僕は生徒会副会長の立場から見通しておりました。中学だけならともかく、高校に至るまでトラブルの火の粉が飛べば一大事、僕は生徒会役員としてかつ、高校進学された先輩たちのために、ご報告させていただいたわけです」
ずいぶん堂々たる態度である。きっかけがエロ本の鼻血事件とは、もう霧島の奴、すっかり頭の中からとっぱらっているようだ。もちろん自信を取り戻したらそれはそれでいいだろうし、何も知らない上総だったら素直に受け止めるだろう。
しかし、本当の目的はなんなのだろう。
──やはり、佐賀生徒会長および藤沖の差し金なのか。
こずえの言うのを信じるならば、そうとしか判断できない。
かといって露骨に「俺に汚いやり方で取り入ろうとするとは不届きな奴だ!」と怒鳴りつけるのも、上総には性に合わなかった。たぶん貴史や新井林だったらそのくらい罵倒して当然と思うだろうが、その言葉を発した瞬間の霧島の表情を想像するたび、ぎゅっと胃が締め付けられるように痛くなる。
──やはり、はっきり言ってやろうか。
自分の唇を前歯で軽く噛んでみた。
「あららあんたら、何やってんの、こんな朝っぱらから!」
迷いはそれこそお天気な女子の声によって吹き飛ばされた。
「立村、こんなとこで何してんのさ。それに霧島、あんたもまあ、ねえ」
いつのまにかふたりの側に近づいてきたこずえが、スカートのひだを少しつまむようにして、風を中に入れるような仕種をした。男子の前でやるもんではない。
「あ、ああ、今行くから」
急いで答えると背中をはたかれた。文句を言う前にこずえは霧島の前でポケットに手をつっこみながら溜息を吐いて見せた。初対面どころか、すっかり馴染んだ雰囲気だった。
「古川先輩もお早いですね。昨日はどうも失礼いたしました」
霧島は貴公子風に慇懃な礼をした。かしこまった仕種を茶化すことのできるこずえ。
「なんか最近立村にやたらと張り付いてるけど、なんかあったのかねえ」
探りを入れる発言にどう答えるか、上総は横目で観察した。
貴公子は全く仮面を外さなかった。
「実は、先日先輩が街で落とされた本がございまして、それをお返ししたかったのです」
──俺が本を落とした?
仮面が崩れたのは上総の方だった。右手に抱えた紙包みを鞄につっこむべく一歩下がろうとするが、がっちり片手でこずえに腕を押さえつけられた。これは最悪のパターンではなかろうか。
──こいつ、何言い出すんだ?
「へえ、立村が落としたんだあ。で、どんな本?」
「男子同士の事情もあるので、申し上げられません。そうですね、立村先輩」
なんと霧島、とんでもない大法螺をふきはじめた。
「霧島、ちょっと待ってくれ、何を言いたい」
上総の制止も一切気にせず、貴公子はいつもの甲高い声で説明しつつ紙袋を指差した。
「僕はその内容を知ってますが、先輩以外の人にお見せするつもりはありませんので、早朝にお渡しする手はずを整えた次第です。が、先輩にはまだ僕なりにその本のことでお話したいことがございますので、またこれからもお伺いさせていただきます。古川先輩、そういう事情ですので、今後僕が高校校舎へお伺いする際には、必ず立村先輩を呼び出していただけますでしょうか。よろしくお願いいたします」
一礼し、ちらと上総を見つめた。
強気な口調の奥で、怖がるような視線が刺さった。姉のゆいも同じ眼差しを見せていたように記憶していた。それと重なった。やはり弟だ、と言葉がよぎった。
「では、また明日、改めて」
こずえにしたのと同じ礼をした後、霧島はそそくさと校門へ駆け出していった。
──どちらにしても、また逢いにくるつもりなのか。
今まで感じたことのない、奇妙な肌触りの風が半そでの腕にからみついた。
こずえがさらに手首を握り締めた。色気はない。
「杉本さんは今、自転車置き場にいるよ。けどさ、その前に」
「頼むからいいかげん、その手を離してくれないか」
できるだけ刺激を与えないように頼んだつもりだったのだが、こずえは聞く耳持たずに上総の手首を振った。持っている指先の紙袋がずり落ちそうになる。
「さっき霧島が言ってたねえ、曰くありげな本を落としたってねえ」
「関係ないだろ、今しまいたいんだ」
「こんな朝っぱらに待ち合わせて本を渡さねばならないような内容ってことは」
「だからどうでもいいだろ」
ごまかしたいのだが、相手が悪すぎた。なにせこの方は。
「杉本さんにも、美里にも言わないから、ほら、見せてみ」
「いやだと答えたら」
「じゃあ実力行使だね」
上総が次の言葉を発しようとしたとたん、こずえは紙袋の下のみくいとひっぱり、すぽりと抜いた。しっかり押さえていたつもりだったのだがうかつにも、袋を本よりも一回り大き目のものにしてきたのが間違いだった。するりんと本が地面へと落ちた。あせるよりもまずは拾う。隠す。願わくばこずえの目が一瞬だけ曇ることを祈るのみ。
──いや、もう遅い。
取り繕う間もなく、こずえは黙って上総の隠す様を観察し、ふうっと息をついた。
「あーあ、だからねえ男子ってのは」
しゃがみこみ、ひょいとその本を手に取った。
「何するんだよ」
「もうばればれだしいいじゃん。それにしても、あんたってばこういうタイプが好みだったわけ? 年上の、『キャリアOL』なんてのがさ」
「事情があるんだ、関係ないだろ」
言い訳したくともできない。第一霧島はなぜあんな、大嘘ついたのか理解に苦しむ。ほんのわずかに上総が油断したのを見逃さず、いかにも正当な理由がありげの言い分を提示して去っていった。あの堂々たる態度では、こずえも本当のことを見抜けまい。
──ばらしてやろうか、例の一件を。
ちらと頭を掠めるもすぐに打ち消す。
それができないのが、上総の弱み。
楽しそうにページをめくりしゃがみこんだままのこずえに、上総は背を向けて立ち上がった。もう勝手にしろ、である。
「あのさ、立村。この件は杉本さんにも、もちろん美里にも言う気ないけどさ」
「別にしゃべりたければしゃべればいい」
鞄を肩からひっかける格好で諦めの言葉をぶつければ、こずえは首を振って袋に入れ直した。
「しっかし、まさかゆいちゃんの弟に、エロ本持っているところ見られちゃったとはねえ。先輩としてもう、頭上がらないんじゃないの。とんだとこであんた弱み握られたってわけよねえ。どうすんのよ。なんで立村のことを霧島があんな詳しく知っているのかって変だとは思ってたよ。けどねえ、下級生にばかにされるようなへまやらかして、ほんとあんたどうすんの」
ほら、さっさと鞄に入れて、とばかりにこずえは上総の鞄をひったくり、素早く詰め込んだ。
「とりあえず今日は抜き打ちの持ち物検査もなさそうだから、うまくごまかすんだよ。いいね」
ありがたいことにこずえはすっかり、霧島の作り話をそのまま信じてくれたようだった。下ネタ女王とはいえ、上総の好みが「キャリアOL」の真っ赤なスーツを着た、紐でしばかれるような女性ではないということを、把握してはいない様子だった。しばらくはそのまま誤解させておくしかないだろう。真実の「鼻血事件」を上総が暴露する気にならない限り、今のところは。
──とりあえず、か。
杉本梨南の待つ教室へ、まだ青みのたりない空のもと上総はこずえと共に歩いた。
──また明日も来るんだろうな、霧島は。
これで霧島も、第三者たるこずえにまで上総訪問の了解を得た格好となる。いくら上総が追っ払ったとしても、簡単に退散しそうにない。しかも上総の「弱み」を握った形に持っていくとは恐れ入る。目的が何であれ、今の上総には霧島を突き放すことはできそうになかった。
──もし決定的な証拠が見つかったらそれはその時だけどさ。
佐賀はるみ生徒会長の差し金なのか、それとも。
上総にはまだ、「それとも」の続きが見つかりそうで、見つからなかった。
──霧島は明日、俺にどんな顔して話をするつもりなんだろうか。想像つかないな。
言い訳して謝るのか、それとも正当化して一方的にまた家庭の歴史を語りつづけるのか。どちらにしても、上総はただ黙って霧島の話に聞き入るしかないだろう。上総が霧島にしたことというのは、この一週間、それしかなかった。